人化
次の日、俺は女性服を扱っている店の袋を抱えて街を走っていた。
別段、服を盗んだとか、はたまた女装癖を知り合いに見られないようにしているわけではない。原因は―――
「待てコラチャルナあああああああああああッ!」
「みゃあああああああああああああああああッ!?」
脱走したこいつだった。
昨日、なにか誤解してるらしいエミリアに店の場所を教えてもらい、朝になってからチャルナ(人化)の服を買いに来ていた。一応、エミリアにはただのプレゼントだ、と言っておいたがどう見ても納得してなかった。俺からチャルナへのプレゼントだし、間違ってはいないはずだが。
『変化の輝石』について、俺はひとつの活用方法を考えついた。それは、チャルナと契約を結んだあと、人化するということ。こうすると、人同士では使えない専用の魔法を人型の者に使えることになる。加えて、専用の懲罰魔法なんかもあるので、俺を裏切ることもできない。元は獣と契約を結んだ際に躾をするためのものらしいが、使えるので裏切り防止に使わせてもらう。
そうして人化したチャルナに戦いをしてもらう。ただのネコなら戦力にならなかったが、人化して体術を教えれば使い物になるだろう。
入った店はいかにも流行の最先端っぽいところで、正直言って気後れしていた。地球だと着れればいいと思って安い量販店しか行ったことなかった俺が、いきなりこんなとこに連れてこられたら無理もない。自分のローブは見た目重視なのも災いする。どうにもここに来る客には見えないらしく、入店直後からジロジロ見られていた。
あまりやりたくないのだが仕方がない。俺は奥の手を出すことにした。
近寄ってきた店員に話しかける。
「あのぅ、プレゼント、選びたいんですけど、どれがいいのか、わかんないんです。選ぶの、手伝って、もらえませんか?」
いかにも恥ずかしさをこらえた顔ではにかむ。
喋り方も意識して幼く、拙くした。
そう。要するに『ぶりっ子』である。
設定は『プレゼントを買うために慣れないとこまで買いに来た純朴な男の子』だ。
・・・わかってる。わかっててやったんだ。中身28歳のいい年こいた大人がガキの真似をする痛々しさを。
だがこれはあまりにもキツい。見た目ガキだが俺の自意識は自分を大人だと認識しているわけで。
背中に鳥肌が立っているのがわかるくらいに気持ち悪い。喉のあたりに酸っぱいものがこみ上げてきた。
だが幸いにも店員は騙されてくれたようで、不審そうな眼差しが生暖かいものに変わる。この店員なんか頬に手を当ててまぁオホホ、なんてやりそうなほどだ。というかやった。やりやがった。
結局、演技を続けながら、相手が同い年の女の子であること、背格好も近いこと、髪の色が黒いことを伝える。必要以上に根掘り葉掘り聞かれたが、なんとか乗り切った。なんでこうファッション系ショップの店員はかしましいと言うか、やかましいと言うか・・・。勘弁してくれ。
俺の罰ゲーム的な時間が終わり、最終的に髪の色を考慮して、フリルのついた白いワンピースと、同色でピンクの飾りのついた幅広いツバの帽子を買った。人目を気にして朝一で行ったのに、昼までかかりやがった。そして高い。あいつら俺の予算も考えないで好き勝手やりやがった。なんとか払えたものの、もし普通の少年だったらどうするんだ。
その代わりと言ってはなんだが、かなり質のいいものを買えた。恐らく、デザイン的にも人化したチャルナに似合うだろう。体を動かすときに着るものはこれを着て買いに行かせるか。
ここまでは順調だった。
問題が発生したのは宿に帰り、『変化の輝石』を、というところだった。俺が輝石に手を伸ばすと、それを見てチャルナは身を強ばらせた。今までおとなしく寝ていたのが嘘のように機敏な動作で部屋の隅に退避した。
「ど、どうしたチャルナ?ほーらこっち来い。なんも怖いものないから。」
「うみゃあ・・。」(じりじり)
「ほーらおいでー。美味しいものあげるよー。」
「みゃ、みゃあっ!」(ブンブン)
こいつ完全に俺の言ってることを理解しているな。俺の言葉に「嘘だッ!」と言わんばかりに首を振る。言葉の裏側も、こちらの思惑も完全に読み取っているようだ。まったく喜ばしいかぎりで。
このタイミングじゃなかったらな。
昔ネコを飼っていたが、病院に連れて行こうとするとなにかを察知して必死に逃げ回るんだよな。表面上はなにも変わっていないはずなのに。
だが俺もバカじゃない。作戦の実行に伴ってあらかじめ逃げられような場所は塞いでおいた。扉は閉まり、窓は閉じ、ベットの下やタンスの間などにはあらかじめ物を置いてある。完璧だ!逃げ場はない!
チャルナも遅まきながらそれに気づいたようだ。周りを見回して鳴き声を上げている。
「みゃ!?みゃみゃあッ!?」
「くくく。気づいたな。そのとおり。お前はとっくに俺の手のひらの上だったのさ!さぁ観念して―――――」
ガチャ
「ユージーン?なんかチャーちゃんの鳴き声が―――――――ネコ相手に迫ってる!?」
「な、なにぃぃぃぃぃっ!?」
「うみゃっ!」
「助かった!」とばかりに乱入者の開けた隙間から外に飛び出すチャルナ。バカな!こんなことで俺の完璧なプランがッ!
というかデジャブ!?ナタリアも同じようなことやってたな!本当にこいつら似なくていいとこまで似てやがる!
とっさに手近にある服屋の袋を手に持って追いかける。中身は既にタンスの中だ。こいつにチャルナを捕獲する。
「ちょっとユージーン!あんたチャーちゃんに何を――――」
「すまんが話は後だッ!そこをどけ!」
「きゃ!?ちょっと!?」
なんとか押しのけて廊下を走り、階段を駆け下りる。視界の隅に黒い毛の塊と揺れるピンクの布が見えた。これならまだ追いつける。階段を下りた勢いのまま、姿勢を下げてスライディングした。
「ヒャッハー!もらったあああああああ!」
「うみゃ!?みゃあッ!」(ヒョイッ)
こいつ俺のスライディングキャプチャーを避けただと!?野生の勘か!
チャルナはそのまま宿屋から逃げ出してしまった。俺も追いかけて宿屋を出る。魔法弾で進路を妨害しながらなんとか追いかける。チャルナも元野生だっただけある。俺の魔法弾を避けて逃げ回る。
あいつなかなかの運動能力だ。強化された俺の脚力でも引き離されないように食いついて行くのが精一杯だ。このタイミングじゃなかったらほんとに嬉しいんだがな!めんどくせー!
チャルナにつけたピンクのリボンを目印に、街の中を駆け回る。鈴もあるので音でも楽に追跡ができる。しばらくはそのまま追いかけっこをしていたがそう長くは持たないはず。
そしてついに・・・!
「ハッハー!ゲットだぜーッ!」
「うみゅッ!?」
さすがに体力がきれたのか速度が落ちてきたところを捕まえる。咄嗟に避けようとしたらしいが、体力がないのに加えて、俺が避けるコースを先読みしたためにあっさりと手の中に。しばらくジタバタしていたが、逃げられないのを理解したようで、おとなしくなった。
「ハァ・・ハァ・・。まったく、手間かけさせやがって。ほら、行くぞ。」
「みゃあ・・。」
ここは・・・。ギルドに行く道の途中か。知ってる場所でよかった。また迷子になるの嫌だからな。
とっとと帰るか。袋にチャルナを押し込めて、『まどろむ子ヤギ亭』へと歩き出した。
ようやく自分の部屋に帰って来れた。チャルナは逃げ出さないようにしっかり捕まえている。こんなことなら最初から契約魔法について調べておくんだった。時間がないからと手近な方法で逃亡対策をしたのがいけなかった。
赤い輝石のついた首飾りを取り出す。チャルナはそれを見て再び逃げ出そうと暴れ始めた。
「くくく。さぁ観念するんだな。さっきみたいな助けはもう来ない。」
鍵かけたからな。
「みゃうぅぅぅ。」
「心配するな。すぐ終わるさ。お前がおとなしくしていたら、な。」
不安そうなチャルナに声をかけ、ベットの上で仰向けにして前足を頭上で抑える。これなら引っ掻かれる心配もない。ようやくこれでできる。
柔らかい黒毛に覆われた首もとに首飾りをかける。以前と同じく、輝石から赤い光が滲みだしてチャルナを包んだ。
ボンっ!という破裂音。そして・・。
ガチャッ!という金属音。
「とっつにゅーう!あんたいったい、なに、して・・・・。」
「・・・・。」
「・・・・。」
エミリアがそこにいた。手には鍵とあとホウキ。そうか。マスターキーで開けたのか。
というかまずい。俺の今の状況は、服を着てない女の子をベットに押さえつけている、という非常によろしくないものだ。どうみても犯罪者。なんとか弁明を――――
「助けて・・・。」
加えて俺の下にいるチャルナからの援護射撃。これは終わった。
「き、きゃあああああああああああああああッ!!」
宿中に響きそうな悲鳴と共に振り落とされるホウキが俺の視界をいっぱいに広がった。
「この子があのネコ?冗談もほどほどにしなさいよこの犯罪者!」
「いや、マジなんだって。ホント。インド人嘘つかない。」
「なによインドジンって。」
あの後、気絶していた俺は、食堂の椅子に縛り付けられた状態で目を覚ました。そこには宿の連中が勢ぞろいしていた。泊まっているやつも一緒だ。全員が全員、ものすごく怒った目をしている。チャルナも大きめのTシャツみたいなものを着て、エミリアの後ろに隠れている。なぜか腹の部分にピンクのリボンが巻かれ、背中で結んである。アレは俺が結んだやつだろうか。なぜ大きく?
そして俺の糾弾会が始まる。何を考えているんだ、から始まり、親はどんな教育をしているんだだの、見た目通りのクソガキだな、とか罵詈雑言を浴びせかける。口汚く罵る怒声が食堂に響く。
俺はそれを冷めた目で見つめてた。この状況はたった少しの誤解でこうなったわけだ。ほんの少し行動を起こすだけで簡単に崩壊するわけだ。
「嘘だと思うなら、そいつの首飾りを外してみろ。」
「そんなわけないじゃない。ほら、こっちおいで。」
「みゃう・・・・。」
おずおずと前に出てくるチャルナ。片方が欠けた耳をピクピクと動かしてこちらを警戒しているようだ。あれ?なんでネコの名残が出ているんだ?完全に変化するわけじゃないのか?
エミリアはチャルナの首にかかっている首飾りをつかむ。チャルナはビクッとしたがそのままなすがままにしていた。そしてゆっくりとチャルナから首飾りが引き離された。
そして――――
ボンッ!
「「「「・・・・え?」」」」
「うみゃあ!」
食堂中の視線を集めた中心で、首元が自由になったチャルナは嬉しそうに一声鳴いた。