生きている死者、偽りの生者
「はぁ・・。アホくさっ。」
ギルドからの帰り道、俺はへこんでいた。
少し時間が経って冷静になると自分のやらかした事に頭を抱えた。正体や素性がバレるのはまずい、と言っておきながら騒ぎを起こし、スキルの一端を見せつけるような真似をしたのである。自分で自分が嫌になりそうだった。
胸ぐらを掴まれたあの瞬間。喧嘩を売られた、と思った瞬間に全部頭の中から吹っ飛んでしまった。いや、喧嘩がどうのこうの、というわけじゃないか。
理不尽な暴力の矛先が俺に向いてる、と認識すると怒りがわき、相手のことが憎くなる。前後の状況から俺が煽ったこともあったのに、いざ暴力が振るわれるとなると憎くて仕方がなくなる。そいつを攻撃することに躊躇しなくなる。
俺は『暴力』そのものが憎いのだろうか?
「くくくっ」
口から自嘲の笑いが漏れた。
『暴力』が憎い?自分自身で暴力を振るっておきながら?いったい何の冗談だ。
くだらない疑問を持ったところで、俺がすることは変わらない。殴りかかってきたら殴り返す、ただそれだけだ。
そこまで考えたところでふと、以前森で考えたことを思い出す。『上月祐次』の亡霊が『ユージーン・ダリア』にとり憑いている、ということ。
『上月祐次』は果たしてこんなことを考えるだろうか?
自分の非を認めず、相手に責任のすべてを押し付けるようなこの思考は。
ひたすら攻撃的に、他者を排除することで問題を解決しようとする性格は。
―――――本当にキミは『上月祐次』なのか?
地球で死んだ『ボク』の骸が、次元を超えて『俺』の肩を掴んだ気がした。
「――――ッ!?」
後ろを振り返ったが誰も俺に触れてはいない。
錯覚だと分かっていても呼吸が荒くなるのを止められない。寒くもないのにガタガタと体が震えた。得体のしれない感情が滲み出す。
恐れを振り払うように走り出した。何かにぶつかっても気にしない。とにかくこの場から去りたかった。
どこに行くかなど考えもせず、ひたすら人目につかない場所を探す。汗が止まらない。
誰かが、追いかけてくるような気がして。脇目もふらず俺は逃げた。
気づくと薄暗い路地の片隅に、壁を背にして座り込んでいた。家と家の隙間に身を潜めるようにして俺は荒い息を吐いている。
落ち着け、落ち着けと念じても、呼吸は一向に収まらない。ドクドクと鳴る心臓の音が今は煩わしかった。
思考が千々に乱れてまとまらない。さっきから何分もこうしているというのに。
今もなお、そこの角を曲がって地球にいた頃の『ボク』が現れるような気がしてならない。そして、『俺』を指差して言うのだ。
「偽物」、と。
ふと、湿ったもので頬を撫でられる感触。
驚いてそちらを見るが何もいない。
――――いや、いた。
「みゃー・・・。」
チャルナが被ったフードの隙間から顔を出して俺の頬を舐めていた。様子のおかしい主人を心配するかのように、優しく舐め続ける。
そういえば連れてきていたな、とぼんやり思う。いくぶん冷静になった頭がようやく活動を始めたようだ。意識して呼吸を整える。
大丈夫だ。誰も追いかけては来ないし、俺は俺だ。全部ただの妄想だ。大丈夫。
「みぃっ!」
肩から降りて、足の上に乗ったチャルナが一声鳴く。そういえば森のときにもコイツに助けられたな。礼を言う代わりに頭を撫でて、指先でのどのあたりをくすぐると心地よさそうに目を細めた。それを見てさらに心が和む。
どうやら離れられないのは俺の方のようだ。大の男がネコに執着するなんて情けない。今の俺は子供だから良い、と思うようにしよう。ため息一つついてチャルナを抱き上げる。すぐさまローブを駆け上りフードの間に入るチャルナ。
暖かな体温と、毛の感触、それとトクトクと刻まれるリズム。それがたまらなく心地よかった。
路地から出ると太陽が沈みかけ、あたりが薄暗くなっていた。周りを見てもまったく見覚えがない。どうやら長い間走り回っていたようだ。滅茶苦茶に走ってきたのは覚えているが、どこをどう走ってきたのかはまるで覚えてない。人が多い通りはいくらか先らしく、出たのは人通りもまばらな場所だった。
ふむ、どうやって帰るか。いっそのことここらで一晩明かすか?
「あれ?ユージーンじゃない。あんたこんなとこで何してんの?」
ふと、横から声がかかる。そこにいたのは宿屋の娘、エミリアだった。茶色の髪に夕日の残滓がキラキラと反射して眩しい。その手には紙袋が2つ。
フードを被っていたが、周りを見回すときに顔を出したのでバレたのか。
「なんだエミリアか。お前こそこんなとこで何してる。」
「呼び捨てにしない!『さん』をつけなさい『さん』を。―――――ちょっと買い出しに遠出したらあんたがいるんだもの。驚いたわよ。ここは北区画よ?うちは東区画。あんたはこんなとこでいったい何をしていたのかしら?」
「ああ、ちょっと迷子になりに来た。」
「ウソおっしゃい。そんな自信満々な迷子なんていないわよ。というか『なりに来た』ってなによ。ほら、帰るならついて来なさい。」
本当に迷子になったんだがな。まぁいいか。
エミリアの差し出した手を取る。意外に綺麗な手だ。宿屋の手伝いなんてしてたらかなり荒れそうなものだが。
「晩飯はなんだ?」
「あんた私にご飯のことしか聞かないわね・・。アルフサンドよ。この街の名物。・・あんた手ぇゴツゴツしてるわねー。」
「鍛えてるからな。」
「時たま来る冒険者の人がおんなじ事言ってたわ。その人はしょうがないけど、あんたは何してるのよ?遊ぶのもいいけど少しは怪我に気をつけなさい。」
やっぱり世話焼き。というかお節介だなこの女。
しっかしこの会話・・・。
「くくく。」
「うわ。悪そうな顔してる。何がおかしいのよ。」
「いや、なに。仲のいい親子みたいな会話だったからな。おかしくなって。」
「誰があんたの親よ!?あたしはこんなおっきい子供がいるような年じゃない!」
「そうだな。まだ未通女だもんな。」
「なっ・・!だだだ誰が処女だっての!?」
「そこでめっちゃ動揺してるおまえだ。ほら荷物寄越せおかーさん?」
「むっきぃぃぃぃぃ!!」
顔真っ赤にして地団駄踏んでるエミリアから荷物を奪う。エミリアの反応がからかった時のナタリアと被る。こいつら実は姉妹とかないよな?
振り落とされるゲンコツの雨を避けながらそう考えていると、体力が切れたのか、ラッシュが止まった。ここら辺はナタリアより下だな。あいつは一発で仕留めにくる。
「ぜぇっぜぇっ・・。な、なんでそんなにすばしっこいのよ・・。」
「鍛えているからな。」
「もう、それでいいわよ・・。」
心底疲れた様子のエミリア。しかし、うつむいていた顔を上げると、その表情は笑顔だった。
「良かった。元気出たみたいね?」
「え?」
思わず素で返してしまう。・・・バレてたのか?
「あんたさっきのとこから出てきたとき、ちょっと元気なかったみたいだったからさ。心配してたんだけど、その分なら大丈夫そうね。」
「・・・よく気づいたな。」
「あたしは宿屋の娘よ?人を見るのは慣れてるの。あんたみたいなガキが隠したってバレバレなんだから。ほら、荷物半分よこしなさい。」
「・・やれやれ、かなわないな。」
素直にそう思う。
「はい。おぼこいおかーさん。」
もっともそのまま素直に表に出すとは限らないが。
エミリアはまた懲りずにゲンコツしようとするが、同じく一発もカスリはしなかった。
一緒に宿への道を帰りながら考える。こいつは世話好きで、お節介で、気配りができる。文句なしにいいやつだ。ヒネた俺とは大違い。
ああ、そうだ。ついでに聞いてしまおう。
「エミリア。ちょっと聞いてもいいか?そんなに難しいことじゃない。」
「なによ?だいたいのことなら答えるわよ。」
「女物の服を売ってる店でいいとこ知らないか?」
「・・・。・・・え?」
お節介さんの顔は引きつって見えた。