冒険者ギルド
『まどろむ子ヤギ亭』の食事は肝っ玉母さんと言いたくなるような女性が作っていた。ここは親子でやっている宿屋だそうで、父親がディラン、母親がケシー、娘がエミリアという。家族経営の宿なのでこれで従業員全員だ。父親がどこでも眠るらしく、それもあってなかなか大変だ、というのをメシを食いながらケシーから聞いた。
オヤジさんサボり常習犯かよ・・。まぁ学校をサボろうと考えている俺が責められるわけない。
食堂で腹を満たした後は、今日の目的地である冒険者ギルドを目指した。学校の試験?あれにはまだ4日ほど時間がある。
ギルドはゲームなんかでよくある、魔物・魔獣の討伐、フィールドの探索、動植物の採取などを請負い、それを冒険者に紹介する一種の仲介業者だ。
俺が冒険者ギルドに行くのはそのものズバリ、冒険者として登録するためだ。冒険者になったとしてなんの意味があるのか、というとまずひとつは報酬金が手に入る、ということか。今、俺の記録板には少なくない金額の貯蓄がある。竹刀を販売した利益の一割が俺の所持金に入ったほか、今回の学校行きに際してダリア家からの入学金、授業料+生活費用として多額の金が入金された。だがこのまま無制限に金を使えるか、と言うとそう多くの余裕があるわけでもない。なので自分が使う分の収入を稼ぐ必要があった。依頼をこなし、その報酬で稼ぐのが最も手っ取り早い。
二つ目は経験を積めるということ。もし将来、世界を旅して『黄道十二宮』を倒そうとするならば、単なる力押しで解決できないことが多々あるだろう。それについての多様な依頼が舞い込む冒険者という職で経験を積む、ということ。それと、安直に魔物を倒して出てくるエーテルを吸収して強くなる、ということを合わせて、『経験|(あるいは経験値)を積む』と言っているのだ。
三つ目は情報だ。ギルドには時に魔物の大量発生の情報や、強い魔物が出現した情報が舞い込む。その情報を活かして金稼ぎや経験値稼ぎをする。それと同時に、未だに動きを見せない『黄道十二宮』についての情報を求めていく。こればかりはひとりではどうにもならない。膨大な情報が行き来する冒険者ギルドの情報網ならいつかは引っかかることを期待している。
四つ目は・・・あまりやりたくないのだが、腕の立つ仲間を見つけることだ。『黄道十二宮』がどの程度強いのか、現時点ではまったくわからない。世界に変化をもたらす、という目的上、弱いわけがない。もしかすると俺ひとりでは倒せないかもしれない。なので、ゲームよろしくチームを組んで対抗する・・・のがいいのだろうが、俺の正体や能力がバレるとマズイ事になるだろう。怪物どもに対抗できるように改造を施されている以上、バレたら気ままに旅をするというわけにはいかない。魔力量の増大や魔法の強化なんてものをひとつとっても、その仕組みを解明すればパワーバランスが崩れるのは簡単に想像できる。それ以上に俺は他人を信じることができない、という内情も関係してはいるが。なので基本的には自分ひとりで倒すのを想定している。
そうこうするうちに冒険者ギルド前に着いた。話に聞いた通り、看板に『鞘入りの剣を掴んだ鷹』が描かれている。
やはり王都だけあって人の出入りが激しい。見るからに荒っぽい人が出入りしている。意外なのは、女性も多いことか。冷静に考えてみれば、ゲームの魔法使い職の代わりに『魔法ツガイ』があるんだから、そういう関係の男女がいるのもおかしくはないのか。
ちなみに今は月光熊ローブを着て、フードを目深に被って顔を隠している。冒険者になったことが学校に知れるとまずい、というのもあるが、ギルドを通して俺の素性を知られるわけにはいかなかった。あの学校には独自のルールがあって、そのひとつに家のことを隠す、というのがあった。なので俺がダリア家の人間だとバレると、非常に良くない結果を招くことになる。
ギルドではもちろん偽名を使うつもりだが、これだけ人の行き来が多いとダリア領の人間がいるかもしれないので念のため顔を隠していた。
ついでに言うと、チャルナは首とフードの隙間にいて、今はおとなしくしている。宿に置いていくと暴れる可能性があるので連れてきたのだが、なぜかそこに居座ってしまった。あったかくて、毛がさわさわと刺激してくる。地味に触れ合うのが気持ちいい。俺から離れられないんじゃないかこいつは?
ギルドに足を踏み入れるといくつもの視線を向けられるのを感じた。屈強な大人の中に小さな子供が紛れ込んでいるのは目立つ。微妙に居心地が悪いな。見せもんじゃねぇ!とチンピラまがいの罵声でも浴びせてやろうかと、思ったが自重した。
とにかく『受付』と書かれたカウンターにまっすぐ足を進める。カウンターには薄紫色の髪を肩まで伸ばした、いかにもお姉さんという印象の人が座っている。彼女もこちらを怪訝そうに見ている。
カウンター越しに話しかけようとするが・・・。クソッ!このカウンター高ぇよ!仕方なくジャンプして、机の上に顔を出して手で体を支える。足をつま先立ちにしてなんとか話ができる。
「ええと、なにか御用ですか?ボク。お父さんとお母さんはどこかな?」
「ああ、別段迷子ではないからそういうのはいらん。」
てっきり迷子が来たのだと思っていたのだろう。俺がはっきりと否定すると、若干笑顔が引きつったような気がする。周りの反応をいちいち気にしていたら何もできない。それが俺の学んできたことである。要は力押しなのだが。
「冒険者登録、というのはここでいいのか?」
「はい。ここで出来ますが・・・。登録する方はどちらにいらっしゃるのでしょう?」
「どこを見ている。目の前に居るだろう。俺だ俺。」
「あなたがですか!?」
「声がでかいぞ。」
「す、すみません・・。」
驚いたのか、大きな声を出す受付の人。おーい。笑顔が崩れてんぞー。注目されてる気がするから今更声を下げたところで意味はない。会話が聞こえていたのか後ろのざわめきが大きくなった気がする。暇人どもめ・・。
「ええと・・。登録にはある程度の年齢であることが前提となります。幼い時にいきなり戦いに放り出すと何もできずに死んでしまいますから。」
「具体的にはいくつから?」
「最低でも15歳からですね。今はおいくつですか?」
「7歳・・になるとこだ。」
・・・なんてこった。こんな初歩的なとこでつまずくとは。これだと依頼が受けられない。ああ、クソ。稼いだ金で読書三昧と洒落込むつもりだったのに・・!
依頼以外で稼げばいいのだが・・。カバンの中に入れてきたものを思い出す。登録しなければ施設を利用できない、と言われると、もう完全に別の手段を取るしかない。
「いくつか聞きたいんだが・・そうだな。まず、その登録の年齢制限は実力を示すことで認められる、ということはないか?」
「それはありませんね。冒険者というのは単純な力だけでこなせるものではありませんから。それにそんな特例を作ってしまうと、『実力を示すため』と言って無茶をする方が出てくるので。」
「なるほど。じゃあ、登録してなくてもここの施設を利用することは可能か?」
「はい。いくらか制限はありますが、施設を利用できます。」
「ならば情報は?大量発生情報や、危険な魔物の出現情報とか。」
「そちらも問題ないですね。街にも警報として発令したり、掲示板に貼りだしたりしているのでそちらでもご確認いただけます。また、いくらかお金は必要ですが魔物自体の情報や、付近の動植物についてもここで知ることが出来ます。」
良かった。全部ダメってわけじゃないのか。ならば・・。
「魔獣の素材の買取は?」
「あ、はい。あちらのカウンターで出来ます。鑑定に時間がかかることもあります。」
「なら良かった。その場合、必要なものは何かあるか?身分証とか。」
「特には無いですね。冒険者でなくても利用可能です。」
よし、それなら魔獣の素材を中心に売りに来ればそれなりに稼げそうだ。剥ぎ取り・解体が面倒だがなんとかなるだろう。スキルで体が強化されていて成人男性並の力もある。
「この付近にいる魔獣の情報と、売れる素材の情報を売ってくれ。」
「はい、それはいいんですが。・・・その、本当に危険ですのでやめたほうがよろしいかと――――」
「邪魔だ坊主!どけ!」
いきなり後ろから男の声が響く。振り向くと同時に胸ぐらをつかみあげられて俺の体が宙に浮いた。目の前に鶏のようなトサカ状に髪の毛を立てた男が居る。周りに何人かいる取り巻きもそうだが、こいつら揃ってガラが悪いな。なんというか山賊っぽい。
というかいきなり過ぎてかえって冷静になっているが、コイツ突然何しやがる。こっちはただでさえ見世物になってイラついてんだ。頭の中に怯えではなく、怒りが満ちてくる。
トサカ野郎は俺に顔を近づけてその口を開いた。
「ここはガキの遊び場じゃねぇんだ!とっとと家に帰んな!」
「―――おかしいな。ここはニワトリ小屋でもなかったはずだが?」
「なんだとテメエェッ!」
気にしてんのか。ならそんな頭しなけりゃいいのに。というか後ろの連中笑うの我慢してるぞ。俺も少し溜飲が下がって笑えてきた。
てっきりキレて殴りかかってくるかと思ったのに、顔真っ赤にするだけで何も手を出してこないな。『あんた今おれのこの頭のことなんつった!』とか言ってきたら腹抱えて笑ってたんだが。
「なんだって?コケェ?クエックエッ?」
「そのニワトリの真似をヤメろ!このクソガキがッ!」
片手で俺を持ち上げながら、もう片方で俺を殴ろうとするトサカ。テレフォンパンチってやつだな。動きもそこまで早くない。
だから。
こうやって簡単につかみ取れるんだ。
「な・・。テメー離しやがれッ!」
「嫌なら振り払えばいいじゃないか?どうした。大の大人が、たかだかガキの手のひらを振り払えないのか?」
周りの笑いをこらえている連中もなにかおかしいと感じ始めたのか、訝しげな顔でこちらを見てくる。マズイな。そろそろ終わりにするか。
冷笑を浴びせながら少し強めに手を握ってやる。すると短くうめいて俺を掴んでいる手の力を緩めた。俺は床に降りてからトサカ野郎の背後に素早く回り、膝裏に蹴りを叩き込んだ。
「ガアッ!」
それなりに手加減したとはいえスキルで強化された状態での蹴りだ。たまらず膝から崩れ落ちるトサカ野郎に背を向けて出口に足を向ける。周りの連中は何が起きたのかわからない様子だ。子供の蹴りで大の男が膝をついて、今も動かない。冗談や悪ふざけならわかるが、さっきの剣幕を考えるとありえない、といったところだろう。まさか本気でただの子供に蹴られたくらいでダメージが入ったと思うやつはいないはずだ。いつまでも立ち上がらないトサカを見て何やってるんだ、ということを考えている奴が多い。
その混乱を利用して逃げようと思ったが、最後に言うのを忘れていた。カウンターに視線をやり、びっくりしているお姉さんに声をかける。
「またあとで来るよ。邪魔して悪かったな。」
ちょっとしたアクシデントがあったが、必要な情報は手に入れた。俺はギルドを後にした。