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王都へ

 予想外のことで時間を取られはしたが、旅は順調に進み、無事に王都アルフライラに到着した。

 広大な草原の中に大きく白い塔がいくつも立ち並び、そこを中心に家々が広がっている。恐らく中心のあそこが王のいる城なのだろう。草原を囲む丘の上から見たとき、草原に咲く色とりどりの花畑の中に巨大な塔が構えている様子はいかにもゲームの中のようだ、と感じたものだ。

 街の構造は中心に王城。そこを囲むように堀が巡り、その堀の外に豪華な屋敷が。そこからさらに外堀を挟んで普通の家屋がある。大体円状になっていて最後にそれをすべて包むように外壁が築かれている。約7メートルの外壁を除けば外側から中心に向かって段々と建造物が高くなっているのが壮観だ。

 こういうのを見ると無駄に高い場所に登ってラッパ系の楽器を演奏してみたくなるな。・・・やらないが。というか吹けないが。


 外壁の所々に扉があり、そこに向かって馬車は道を進む。道中、早馬くらいしかすれ違わなかったが、今は至るところに人や馬車がいる。この国中から人や物資が集まってくるのだろう。いかにも文明の中心、といった感じだ。


「みぃー。」


 馬車の幌から顔を出して外を眺めていると、背中にあるフード部分からチャルナが顔を出して俺の頬に頭を擦りつけてきた。ここ何日かあまり相手にしてなかったから寂しいのだろうか。いつにも増して甘えてくる。俺は少し硬い動作でその頭を撫でた。


 あの変身のあと、こいつが少女になるかと思うと、どうにも扱いづらく感じることが何度かあった。必然的に相手をする回数が減ってきて、逆にチャルナは意地になったようにくっついてきて。ついには片時も離れなくなったチャルナと、根負けして戸惑いながら相手をするようになった俺、という構図が出来上がった。


 はぁ。今だってこいつがもし人間なら、男のほっぺたに頭を擦りつけている少女、という絵面になる。そう考えるとあまり今の状態はよろしくないんだよな・・・。

 そう考えても撫でる手は止まらない。相手をしないと、いかにもしょんぼり、といった感じでシッポが下がっていくのだ。そしてこちらに背を向けて寝っころがりピターンピターン、といじけてますよーって感じでシッポを床にぶつける。あれを見て心苦しくならない訳が無い。

 というかコイツは感情表現が上手過ぎる。地球にいたネコは絶対に途中で飽きて他の場所に行ってしまうし、内情が読み取れるほどシッポに感情を載せたりはしないだろう。

 可愛らしい反面、それをこちらに向けられても・・・、といった複雑な心境である。

 その時、御者席にいるシェルビーが話しかけてきた。


「そろそろ王都に着きますよ。ユージーンさん。」


「・・・ああ、わかった。」


 一旦この愛くるしい毛玉のことは忘れてこれからのことを考えよう。


「あそこの関所では検査とかするのか?」


「はい。盗賊団とか指名手配されてる連中、外国の間者などが入らないように荷物検査しているのですよ。大丈夫です。戦争から何年も経っていますからそこまで厳しいわけではありませんよ。ただ時間と通行料が取られるだけです。」


「なるほど。わかった。」


 その言葉の通り少し時間はかかったがすんなり通ることが出来た。シェルビーは顔見知りだったらしく衛兵と雑談していた。そりゃそうか。あいつは商人だからな。何度もここを通ったろうし、そうなれば向こうも顔を覚える。ある意味あれも商人の利益だ。あの村でも顔を覚えられていたし、そういった人脈も販路を広げる手助けになる。

 街に入ると途端に喧騒が耳に入ってくる。ザワザワとした判然としない音の集合体。そこを馬車で通り抜ける。

 街にいる人の種類は様々だ。普通の住人らしき人もいれば、冒険者らしき人もいる。商人が通りで声を上げれば、巡回中の騎士が興味を引かれて覗き込む。ドワーフの鍛冶屋が喧嘩をしているのはエルフだろうか。人種も職業もバラバラな人々がこの音ひとつひとつを作ってると思うと、ああ、王都に来たんだなーと感じる。会話が活発な分、東京なんかよりも活気を感じられる場所だ。しばらく、その空気に馴染ませるように深呼吸をしながら街を眺めた。


 しばらく進むと、宿屋の前で馬車が止まる。ここが学園が始まるまでの仮の宿か。石造りの3階建て。正面の看板には眠っている子ヤギの絵と共に、『まどろむ子ヤギ亭』と書かれている。御者席からシェルビーが降りてきて、ついてくるように言う。扉を開けて入ると、中のカウンターでオヤジが・・・寝ていた。カウンターに突っ伏して鼻ちょうちん出して寝ている。ものすごく気持ちよさそうだ。


「さすが王都・・!看板に偽りなし、だな!」


「違いますからね!?」


 俺が店の名前を思い出しながら愕然としてつぶやくと、脇の階段から若い女の声で否定が入る。そちらに視線を向けると、布団を抱えた娘が階段を下りてくるところだった。長い茶色の髪を木製のシンプルなバレッタでまとめている、18歳くらいの娘だ。少し気の強そうな顔立ちをしている。


「すいません。もうちょっとお待ちください。―――――もう!お父さんったら!お客さんが来てるよ。ほら起きて!」


「―――ふがっ?!」


 娘がカウンターの中に入って寝ているオヤジに蹴りをいれる。腰の入った良い蹴りだ。どすん、と音をたてて椅子から落ちるオッサン。容赦ないなコイツ・・・。打たれた腰をさすりながらオッサンが起き上がる。


「あいたた・・。痛いなぁもう。」


「それよりお客さん来てるよ!もう!こんなとこで寝てるとお母さんに言いつけるからね!」


「それは勘弁して欲しいなぁ・・。――――いらっしゃ・・・ああ。シェルビーさんでしたか。」


「ええ。ご無沙汰しております。今日は私の分の部屋ともう一つお願いします。」


「もうひと部屋?・・・おや、こちらの小さなお客さんかな?」


「ああ、ユージーンという。よろしく頼む。」


 ようやく俺に気づいたらしい宿屋のオヤジに胸を張って答える。おやおや、と言いながらカウンターを出て、膝を曲げ、視線を合わせてくる。ものすごくお人好しの近所のオヤジさん、って印象だ。なんというか今にも頭を撫でてきそうだ。


「これはこれは。ようこそいらっしゃいませ、小さなお客様。何日間お泊りになられますか?」


「とりあえず『ワライラ王立学校』の合格発表まで、だな。あと、ネコを連れているんだがいいか?」


「はい。大丈夫ですよ。暴れなければ。」


「そうか。よろしく頼む。」


 一連のやり取りを娘が呆れたように見ていた。布団を降ろして一息つき、腕を組んで見下ろしてくる。


「もう。勝手にそんな事決めて・・。食堂には連れてこないでね。あと!ちゃんと敬語を使いなさい!」


「よしわかった。断る。」


「分かればいい―――って分かってない!?」


「んでオヤジ、て言うとアレか。オヤジさん。この『まどろむオヤジ・・・亭』で短い間だが世話になる。よろしく頼む。」


「ちょっと聞きなさいよ!?あとここは『子ヤギ・・・亭』!!」


「はい。よろしくお願いしますね。」


「お父さんまで無視!?く、こうなったらシェルビーさ――――。」


「あ、表の馬車に商品積んでますんで、すぐに下ろしますねー。」


「こっちも!?」


 何かわめいている娘ツッコミを無視して俺とオヤジは部屋へ。シェルビーは馬車へと向かった。




 一通り荷物を置き、オヤジさんと共に降りてくるとさっきの娘とシェルビーが話し込んでいた。シェルビーがこちらに気づき、話しかけてくる。


「ああ、ユージーンさん。私は明日、ここをたちますが、お一人で本当に大丈夫ですか?」


「むしろ何が問題なんだ?」


「・・・ああ。こういう人でしたね。これが聞けなくなるのが嬉しいやら、物寂しいやら・・。」


 こいつ月光青熊ナイトライトベアのあたりから急に悟ったような顔をするようになったな。どうした?そのうち悟りでも開く気か?


「何か問題があったら近くの人に相談するんですよ。」


「心配すんな。問題デカくしてから丸投げするから。」


「何一つ安心できない!?」


 横から娘がツッコミを入れてくる。が、取り合う者はここにはいない。


「そうですか。では試験頑張ってください。私は行くところがありますので、これで。」


「おう。世話になったな。」


 そう言うと外に出て行った。これから仕入れてきた商品を売りに行くんだろう。俺はその背中を見送った。

 こいつには色々世話になったからな。今度会ったら恩返ししておくか。



 時刻は昼に近い。俺も行くところあるがメシを食ってから行こう。


「なあ。ここでメシってどうなってる?」


「ほんとにあんた図々しいわねー。宿泊代とは別料金で食堂で食べられるわよ。ホントは事前に言ってくれるといいんだけど、まぁあんたくらいの分ならあるでしょう。」


 なんだかんだ言いつつ教えてくれるあたり、こいつは世話焼きなんだろう。

 なんとなくナタリアを彷彿させるような気の使い方だ。

 ・・・もうホームシックにかかったのだろうか。こいつを見てナタリアを思い出すとか。俺も年取ったな。まだ7歳だが。


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