ローブ
ちなみに前話で『魔法弾』を『バレット』と表記したのはシェルビー視点だからです。漢字で『魔法弾』と当て字したのはユージーンだけです。
「ほれ坊主。ちゃんと食ってるかー?喰わんと小さいままだぞ?」
「大きなお世話だ酔っ払い。それよりちゃんと仕事しろ。」
「だーいじょうぶだって!わかってるよ。」
あの後、襲撃で破損した場所の復旧をする、ということになったのだがとりあえずメシを食わねば。という話になって、村で炊き出しをすることにした。襲撃で気が立っているので落ち着く時間が必要だろうと、備蓄の中でも少し豪華なものを出して宴会をすることになった。ならば、と倒したナイトライトベアの肉を提供することにした。もともと日持ちがしない上、俺とシェルビーだけでは消費しきれないので無駄にするよりは、という心持ちだったが、村人からは大層喜ばれた。
なんでも最近森の動植物の落ち着きがなく、変に興奮していたようで狩人が魔獣に襲われることが頻発して、必然的に肉の供給量が落ちてきていた。そこに滅多に食えないナイトライトベアの肉が出されたのだ。久しぶりに美味い肉が食える、と熱狂した村人を見るとほんの数時間前まで襲撃されて疲弊していたようには見えなかった。ぶっちゃけドン引きしていた。
今はその宴会中だ。シェルビーと話していたおっさんが目の前で果実酒を飲んでいる。こいつが皮を取り扱う職人だった。死んだナイトライトベアを見て、そしてそれを倒したのが俺だと知って驚いていたが、ゴブリン戦のことを思い出したのだろう。納得した顔になっていた。
目の前で素早く丁寧に皮を剥ぎ、細かな調整を行っている間に熊鍋が完成していた。癖が強く、正直あまりうまくはなかったのだが、村人たちはそれでも十分らしく美味そうに食っていた。チャルナに切った熊肉をあげて四苦八苦しながら食っている様子を楽しんでいると、遠巻きにこちらに視線をよこす村人が何人かいるのに気がついた。
おおかた俺が何者か気になっているんだろう。ガキの身でほぼ単身でゴブリンを殲滅し、その上貴重なナイトライトベアの肉を提供してくれた、恩人だが得体のしれない子供。そんな認識だろう。何人かは俺が笑いながら戦っているところを見ていたから余計に怖いのか。酔っ払いを除いて俺に話しかけようとするものはいない。あれこれ聞かれるよりマシなのでそのままにしておこう。
俺の情報が漏れるとしたらシェルビーからだが、王都の学校はその特殊性から入学者の情報が広まるのを良しとしないので、事前に言い含めてある。俺がダリア家の者であるとはバレない。王都に届ける荷物だと説明はするだろうが素生までは話さないわけだ。
俺がそこまで考えていると、おっさんは視線に気づいたのか笑いながら俺の肩をバンバン叩いた。
「ガハハ!心配すんなオメーがなんであろうと恩人には違いねー!他の連中だって無下にはせんよ!」
「いてーよおっさん!あんたが一番無下にしてるよ!」
「おっとっと。こりゃすまんかった。」
「イタタ・・。そんなに酔っ払って仕事は本当に大丈夫なんだろうな?」
「おうともよ!この俺が酔ったくらいでしくじるなどありえんな!」
「余計に心配になってきた・・・。」
今回の件で村のまとめ役のじーさんが礼をしたい、と言ってきたとき、俺は『ナイトライトベアの皮の剥ぎ取り』と『頭と手足の皮でローブを作って欲しい』と依頼した。ナイトライトベアの防御性能をシェルビーから聞き、それで防具を作ればこの先いくらか楽になるのでは、と思いついたからだ。
俺が戦闘で使える技能はスキル【剣豪の系譜】、【妖精眼の射手】、魔法『魔法弾』『武器精製』が主だったものだ。あとは回復魔法くらいしかない。こうして並べるとわかるのだが、俺には防御系統の技能がない。今までは攻撃を受ける前に倒していたのだが、これからはそう上手くいかないだろう。防御方面に力を入れるのは急務だった。なのでこのナイトライトベアの防具は必要だ。
頭と手足の皮を使うのは、なるべく商品価値が高い状態で残りの皮を売り払いたいからだ。幸い今の俺の体格ではそれほど布地を必要としない。成長すればもっと必要になるだろうが、その時はもう別の防御手段が手に入っているだろうし、そこまで持っていて布地が劣化するのも避けたい。最悪、もう一度狩りに来れば良いことなので今ある分は売ってしまおうと考えている。
「とりあえず明日の朝方取りに来てくれ。それまでに鞣したり縫ったりしておくからよ!」
「頼むぞ・・・。本当に。」
思わずため息をつきそうになるのをなんとかこらえ、手に持った果実水を一気に煽る。果実の甘やかな香りと、うっすら感じる酸味が疲れた体にゆっくりと染み渡った気がした。
翌朝、職人の小屋に行くと、宣言通りしっかりと完成していたローブを持ったおっさんがいた。・・・うっすらと隈ができているのは見なかったことにしてやろう。
「おう坊主。ほれみろしっかりできてるだろう?」
「・・・・おう。そうだな・・。」
まはやなにもツッこむまい。
手渡されたローブを見てみる。淡い青色が艶やかに光を反射してさながら満月の夜のようだ。大きさは俺の膝ほどまであるだろうか。思っていたよりも長い。聞くと、ある程度成長しても着れるように配慮している、と言われた。袖もそれに合わせて少し長めだ。袖口付近、手の甲側にあたる部分にはナイトライトベアの爪の一部が装飾されていて、ちょっとしたアクセントになっている。
そして最大の特徴が・・・。
「おいおっさん。なんだこの耳は?」
「ん?頭の皮って言ってたから丁度その部分に使っただけだぞ?」
そう。このローブのフード部分には熊の耳が付いていた。しかも大人の熊のもののせいか大きめだ。これのおかげで妙に子供っぽさが印象に残る。
一瞬ふざけてんのか!と怒鳴りそうになったが、思いとどまる。たぶんこれを見てそんな感想を抱くのは俺が日本人の感性を持っているからだ。どっかの部族に毛皮を着ることでその霊が降りてきて力を貸してくれる、なんて信仰があったらしいがそれに近い感覚なのだろう。おっさんは俺が何に引っかかっているのかわからず、首をかしげている。それを見る限りこの部分は別段変なことでもないらしい。気にするだけ無駄か。
職人のおっさんに礼を言い、小屋から出てシェルビーの馬車がある広場に戻ってくる。ちなみに昨日はこの馬車の中で寝た。この村には宿泊用の施設なんてないし、どの家も襲撃で破損した部分の復旧に忙しいのでこの馬車での就寝となった。俺としても誰か知らない奴から腫れものを触るように扱われるよりはマシだ。
馬車に近づくと、村長がいるのが見えた。向こうも俺に気づいたようで、こちらに近づいてくる。
「おお、戻ってこられましたか。出発なされると聞いて見送りに参りました。渡すものもありますし。」
「渡すもの?」
村長はそう言って懐から赤い宝石の付いた首飾りを取り出した。首飾り、というか首輪に見えなくもないな。
「はい。村を助けていただいたお礼としてこれを差し上げます。村に伝わるもので身につけた者に不思議な力を与えるそうです。」
「昨日おっさんのところで皮を加工する分として礼は受け取ったはずだが?」
「それだけでは心苦しいので別途用意させていただきました。」
「・・くれるというならありがたく頂こう。」
ここで受け取りを渋ってもいいことはないな。くれるなら遠慮なくもらっておこう。後々鑑定すればどんな効果があるかわかるだろう。
「しかしいいのか?代々伝わったものなんじゃないのか。そんなものを村の外からきた者に与えても。」
「いえその。身につけても何も起こらないのでただの置物と化していまして。アクセサリーとしては使えるのですがその言い伝えのせいで誰も身につけないのですよ。それならお礼として知らない方に持っていただけた方が良いだろうという話になりまして。」
そんなもん渡すなよ・・・。
確かに綺麗な飾り付けだから身につけるには良さそうだが。
何かの拍子に特殊効果発動!みたいになったら嫌だな。そこらへんも鑑定でわかるといいな。
「それでは王都まで無事につけるよう、祈っております。」
「ああ、世話になったな。」
村長に挨拶をして馬車に乗り込む。御者席のシェルビーは既に出発の準備を整えているらしく、視線を向けると頷いて馬にムチをいれた。王都まではあと数日かかる。そのことを考えながら、馬車の覆いから顔を出し、村長に手を振る。こうして俺は村をあとにした。