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憂さ晴らし

 ついついハッスルしてしまった。俺は馬車に積んだどデカイ熊の死体を見ながらそう思う。今はまた馬車での移動中だ。昨日の熊の死体の近くには魔法で作った氷の塊が置いてあり、冷気を放っていた。チャルナがそれを転がして遊んでいる。

 この熊は月光青熊ナイトライトベアとかいう魔獣らしい。魔獣はエーテルを取り込んで変質した野生動物なので、倒してもエーテルが抜けるだけで死体は残る。魔物は死ぬとエーテルになる。まれに核になったものが残っているらしいが俺はまだ見たことがない。


 嬉々としてコイツに向かった時のことを思い出す。あの時は長旅の苛立ちをぶつける相手を見つけたことと、拳銃型魔道具の試し撃ち相手を見つけたことが嬉しくて、めっちゃハイテンションで襲いかかってしまった。幸い効果を発揮したから良かったものの何も起きなかったらあっけなく死んでいただろう。


 結局、熊鍋はコイツの皮を剥いでから、というシェルビーの案を飲むことにした。あんまり綺麗に死んでいるので専門の職人に頼んで加工してもらえば高くなるらしい。首ないけどな。なんでも普通はもっと攻撃を当ててから倒すので、体の毛皮が無傷で残っているだけでも珍しい、とのこと。幸いここからすぐの場所にその職人がいる村があるそうで、そこまでなら、と氷を生み出して肉が痛まないように冷蔵している。血抜きが滅茶苦茶大変だったので少しでも傷んでいるとそれが無駄になる。



 遠くに家屋らしきものが見える。あれが例の村だろう。しかし様子がおかしい。

 黒煙が上がり、甲高い悲鳴が聞こえる。何かの襲撃でも受けているのか?シェルビーもそれに気づいたようだ。馬がその速度を上げる。

 ガラガラと耳障りな音を車輪がたてる。俺はチャイナを抱いていた手を下ろし、懐から拳銃型魔道具を取り出す。チャイナも何か感じているのか毛を逆立てている。なんだってこう、立て続けに面倒事ばかり起きるんだ・・・。まぁ俺としては憂さ晴らしの的がわざわざ出てきてくれるので嬉しくもあるが。


 村の入口に着くと、なにが起きているのか理解した。魔物だ。ゴブリンの集団がいたるところで村人に襲いかかっている。あるものはナイフで。あるものは斧で。またあるものは棍棒で。振るうたびに悲鳴が上がる。村人の方もただやられているわけではない。鉈や鎌で一匹ずつ仕留めているがいかんせん数が多い。ここから見ても20匹はいる。

 俺はその姿を見て笑顔を浮かべた。昨日の熊はなかなか恐ろしいものだった。一発でも攻撃を受ければ即死する、と思っていただけに興奮はしていたが楽しんではいなかった。


 今はどうだ?


 たかだかゴブリン。近づけさせなければ余裕で勝てる。攻撃をくらっても回復魔法で治る。はっきり言って雑魚だ。それが20匹。


 馬車に缶詰の日々は地味に地獄だった。振動で寝ることもできず、さりとて何かできるわけでもない。

 なら本を読めばいい、そう考えていた時が俺にもあった。だが考えても見て欲しい。何の緩衝材もなく、整備したといっても土を固めただけの道を延々と走り続ける馬車。地球のようにサスペンションでも入っているならいざ知らず。そんな状況で本を読んだらどうなるか。絶対に酔うこと間違いなしである。

 おかげで結構なストレスが溜まっていた。この数日間の憂さ晴らしにちょうどよさげな者が目の前にいる。熊が強敵を倒す快感だとしたら、こいつらは蹂躙する快感。敵を綺麗に掃除してついでに俺のストレスも掃除して、爽快感を味わいたい。その一心だった。馬車が止まり切る前に荷台から飛び降りる。


「あはっ。くははっ!あははははははははっ!」


 シェルビーのギョッとした顔を尻目に、勢いのまま、笑い声でドップラー効果を引き起こすような勢いで走り出した。手近にいた一匹に近づきながら、手に持つ銃で周囲のゴブリンに狙いを付ける。

 ガチガチガチンッ!

 それぞれ3回、両手の引き金を引いた。歓喜の感情に反応して湧き出る魔力。それが撃鉄の音の回数分小分けにされて手の中の拳銃に染み込んでいく。生み出された魔法弾バレットは6発。光の軌跡を残して拳大の光球が飛んでいく。

 それは狙い違わずゴブリンに命中し、体を消し飛ばす。仲間が死んでようやくこちらに向いたゴブリンに強化された膝蹴りを叩き込む。当たった腹を中心にくの字に折れ曲がり、足が中に浮いた。そのまま空中を滑り民家の壁に激突してエーテルの光をぶちまける。


 体に吸収される紫の光を見ながら俺は声を上げて笑っていた。

 あ〜。いいね。スカっとする。インターネットではこういうのを『無双する』、と言うんだったか。運動不足気味だった体が嬉しがっているようにゴキゴキと骨がなる。

 他のゴブリンもこちらに気づいたようだ。俺は笑顔を浮かべたままこちらに手招く。嘲笑っているのがわかるのだろうか。キィキィと声を上げてこちらに向かってくる。

 村の連中はポカンとした顔でこちらを見ている。扉を盾にしたおっさんも、鉈を手にした若者も。悲鳴を上げていた女も。突然の闖入者に驚いているように俺を見ていた。が、構っていられない。残った13匹が一斉にこちらに襲いかからんと走ってんだ。相手してられないっての。

 手にした銃の片方をしまい、空いた手に剣を生み出す。


「『我と我が名と我がしるべ! 誓いによりて敵を断つ 破敵のつるぎ いざここにッ!』」「『ソード・クラフト!』


 先頭の集団に向けて魔法弾をばらまく。何匹かのゴブリンに直撃したが、2匹が抜けて来てしまった。眼前まできたゴブリンがそれぞれの武器を振り上げる。だが振り下ろされる前に両方の頭に俺の手が回っている。片方のゴブリンは手にした剣で頭を刺し貫かれて。もう片方は零距離で発射された弾丸で、それぞれ死んでいた。エーテルになる前のゴブリンの体を引き寄せて、前方から迫る集団に押し出した。


「ギギィッ!?」


 ぶつかり、四散する仲間のエーテルが煙幕になり集団の先頭にいたゴブリンは足を止めた。その隙を逃さず、俺は引き金を連続して引いた。エーテルの煙幕を突き抜けて魔法弾が飛ぶ。その先でさらにエーテルの光が連続して生じていた。かろうじて煙幕を抜けた個体も俺が剣を振るって仲間と同じ結末に導いてやる。エーテルが俺に吸い込まれたとき、その場に残っているゴブリンはいなかった。


「うーん。スッキリした。」


 気分は爽快だ。生き物を殺した罪悪感もない。適度な運動をした時の心地よい疲れが体にあった。


「お、おい坊主・・。おめぇ何もんだ?なんでそんなにつえーんだ!?」


「そこはまず最初に感謝の言葉じゃないのかおっさん?」


「お、おう。すまんかった。おかげで助かった。しかしふてぶてしい坊主だな。お前みたいなのは初めて見るわ。」


「だろうな。俺も俺以外に見たことない。」


「――――――ご無事ですか!?ユージーンさん!?」


 おっさんと話しているとシェルビーが息せき切って駆け込んできた。俺はコイツにとっちゃある意味荷物だからな。死なせでもしたら大事になるのだろう。


「いや、もうダメだ。腹減って死ぬな。ああ死ぬ。今すぐ死ぬ。」


「・・・大層元気なのはわかりました・・・。」


 なんかげんなりしてるなシェルビー。話しかけてきたおっさんも面食らった顔をしている。


「ほらシェルビーこれやるから元気出せ?な?」


「・・いえ。いいです。」


 足元にゴブリンが使っていたものなのか、ナイフが落ちていたので差し出してやるが、心底疲れきっているような反応で拒否された。ちなみに全部わかった上でやっている。


「お願いですから無茶をしないでください。万が一があるとお父上になんと申し開きして良いものか。」


「心配するな全然無茶なんてしてない。運動不足を解消しただけだ。」


「冒険者のパーティを連れて来なきゃなんないような仕事をほぼ一人で片付けといて、『運動不足の解消』って、本当に何もんだ坊主・・・。――――それはそれとして久しぶりだなシェルビー殿。相変わらずお元気なようでなにより。」


「ええおかげさまで。そちらは怪我などないですか?」


「この坊主のおかげでな。」


 どうやらこの2人は知り合いどうしらしい。そのまま話を進めている2人を放っといて、馬車に戻りチャルナの様子を見に行った。心細かったのだろうか。馬車の覆いを上げると飛びついてきたので抱いて頭を撫でてやる。撫でる手に甘噛みしたり、舐めてきたりして甘えてくる。この頃になると村人も動き出していた。こちらをチラチラ見ながらも怪我人を治療したり、残党がいないか見回ったり。

 俺はそんな様子を見ながらスッキリした顔でひたすらチャルナをいじっていた。


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