別れ
それから話はトントン拍子で進んだ。願書を出し、簡単な書類審査があり、最後に王都へ行ってから試験と面接だ。とはいえ転生した俺には簡単だからほぼ問題なく乗り切れるだろう。試験に落ちる心配はないから、もう向こうに宿をとって、合格したらそのまま寮に住めばいい。試験から合格発表までは何日かあるが資金はある。
行くのは俺一人。あとチャルナ。監視をつけないでいいのか聞いたが、最近はおとなしかったので大丈夫だ、とドルフに言われた。問題は起こすなよ、と釘も刺されたが。
大陸中央のダリア領から南東にある王都までは、ダリア家御用達の商人が買い付けのついでに馬車に載せてくれる。何度も子供一人を私に預けて大丈夫なのか、と聞いてくる商人に、『牡丹の悪童』だからと笑いながら言っていたユーミィーが印象的だった。
兄二人は俺だけが王都の学校に通うことについて不満があるみたいだが、いつの間にか、なにも言わなくなったところを見るに、どうにか納得したらしい。
ナタリアは俺の担当から外され、普通のメイドになるらしい。ようやく肩の荷が下りました、と言って笑っていた。きっと帰ってくる頃にはあの庭師の息子と結婚しているだろう。俺も撲殺される心配が無くなった、というと笑いながら殴ってきた。最後までこの関係は変わらんようだ。
クロはユーミィーと契約しているので屋敷に残る。チャルナは俺がいないと暴れるので連れて行くが、クロは元から大人しいので大丈夫だろう。別れを惜しむように頭を擦りつけてきた。
ちなみに他の使用人どもは俺のイタズラから解放されるせいか、露骨にホッとしていた。帰ってくるときは楽しみにしていろ、と言うと全員足を震わせていたが。
銃に関しては王都行きが決まってから急ピッチで作業を進めさせた。受け取り時、鍛冶屋のハロルドは以前より一層痩せていたがその分満足した仕上がりのようだ。無骨な黒い鉄の塊を愛おしそうに撫でていた。これから魔法陣を刻むので、正確にはまだ未完成だが、それは俺の仕事。ハロルドはしっかりと自分の仕事を成し遂げた。ねぎらうと照れの混じった顔で笑っていた。竹刀に関してはもう十分に完成していたので、それを1本もらい、契約の対価である収益の一割はダリア家に入るように話をつけた。もらった竹刀は鍛錬用に持っていく。
俺は出発の日まで、学校へ提出する書類を作成したり、鍛冶屋・木工商会と交渉をしたり。その他にもすることが多くかなり忙しかった。中でも一番大変だったのは、書斎の本を「ススメ」に全部コピーしたことだろう。
歴史書、小説、教本、専門書、旅行記、実用書。ジャンルを問わず、質を問わず、量を問わず。ありとあらゆる本をコピーした。しまくった。きっと偽札を印刷するのはこうゆう感覚なのだろうと思える程の充足感。知らず知らず高笑いが漏れていたようで、ナタリアが様子を見に来て「また壊れてる・・。」とか言っていたが、まったく気にもならなかった。たぶん脳内麻薬がドバドバ出ていたはずだ。コピーした端から読み出すので片付かないこと甚だしい。これに一番時間がかかった。
「一覧」と書いてコピーした本の一覧が出なかったら、本のタイトルだけを書いた紙を持ち歩かなければならなかった。しかも相当の量を。ターブが俺にしたことは許せないが、これを授けてくれたことだけは本当に感謝している。もう完全に『怪物を倒すための補助ツール』ではなく『楽しい読書ライフのための万能ツール』になっている気がしないでもないが。
後は弾丸の弾頭にそれぞれ改造した魔法弾の魔方陣を刻む作業をした。銃が2つあるので連射できるように各種2つずつ刻むので時間がかかる。改造したせいで細かくなった魔法陣と、弾丸の丸みに手間取った。細かくなったおかげで弾頭なんて小さなスペースに刻めるのだが、これはこれ。それはそれである。弾倉の装填数は5。基本的な無属性+火水土風の4属性の弾を収めた弾倉がセットされ、残すは銃口から弾倉までの間にもう一つ魔方陣を刻めば、俺の拳銃型魔道具は完成する。いずれはなんか無意味に禍々しい名前を付けるつもり。
慌ただしく日々が過ぎ、あっという間に出発の日になった。今、屋敷の前には俺、商人、ドルフ、ユーミィー、ナタリアの5人が集まっていた。兄のガレフとメイアは見送りに来ていない。まだ俺が王都に行くことに持っていた不満を引きずっているのだろうか。俺だって今回の王都行きには不満がないわけではない。それを知らずにうるさく言われるのには正直辟易していたからちょうどいいだろう。
両親はいつも通りそれぞれニコニコ笑顔とイカつい無表情だ。ナタリアは少し寂しそうに眉根を寄せていた。こいつのこんな表情を見るのは初めてだ。
商人は若く体の細い男だ。こちらは未だに俺を送るのに躊躇しているのか、表情が晴れない。道中、貴族の息子になにかあれば問題だし、ましてや俺は問題児として有名だ。情報に敏い商人なら当然噂も知っているだろうし不安でいっぱいなのかもしれない。
俺は、というと未知への好奇心と、その先にある煩わしさを思って複雑な気分でいた。あの学校に行くことだけを考えると気分は最悪といっていい。そこに俺の欲するものがなければ絶対に行かなかっただろう。
この顔を見て、新生活に対する不安でいっぱい、などと可愛らしい勘違いをするものはいない。身内は俺の本性を知っているし、商人は噂を知っている。どちらから見ても機嫌が悪いのは明白らしい。片方は苦笑し、もう片方は恐怖に震えている。
少しは気遣ってやるか。俺は笑顔を浮かべて商人に向き直った。
「そう怯えるな。これから王都までの同行者になにかしてもいいことなんかないだろう。」
「は、はぁ・・。」
「すまんな、シェルビー殿。このような可愛げのない息子で。色々変わったところはあるが基本的に邪魔さえしなければ大人しい・・・はずだ。」
それを聞いた商人の顔が余計に不安に染まる。・・・おかしいな。不安を軽減しようと思ったら逆効果だった。こいつはビビリ野郎なんじゃないか?それともそんなに悪質な噂が広まっているんだろうか。
「さてユージーンよ。もうわかっていると思うがくれぐれもシェルビー殿に迷惑をかけないようにな。」
「心外だな父上。俺がそんなことをするとでも?」
「・・・・。」
「こいつ何言ってんの」とでも言いたげな表情を全員が浮かべている。そんな意味ありげな沈黙をしていると・・・ほら。シェルビー殿とやらが一層怯えているじゃないか。これ以上は良くないと思ったのかナタリアが口を開いた。
「あまりいつまでも話し込んでるといけませんね。そろそろ出発なさっては?」
「あ・・はい。で行きましょうユージーン様。」
「おう。よろしく頼む。」
「シェルビー殿、不肖の息子だがよろしくお願いします。」
「気をつけるのよユージーン。無事を祈ってますからね。」
「お気を付けて、いってらっしゃいませ。」
玄関脇に停めていた馬車に乗り込む。中には王都で売るものなのか雑多に物が置いてある。シェルビーが御者席に座り、馬に指示を出したのか、ゆっくりと動き始める。幌馬車、というのだろうか。覆いがつけられて雨風が入らないようになっている。
後ろの覆いから顔を出し、屋敷の前の3人に向かって叫ぶ。
「行ってくる!」
極めてそっけなく、短い別れの挨拶。だらだら口上を述べてもしょうがない。いつかは帰ってくるのだから。転生した俺の、生まれた家へ。
将来、冒険者になって出て行くにしても、ここでのことは忘れない。
屋敷の3人が手を振る。俺も返事のように手を振った。小さなこの体を、大きく見せるように。