前世襲撃
備品置き場の扉に手をかける。まだ昼にもなっていないというのに辺りは薄暗く、人影はない。
周囲を見渡したあと、ゆっくりと扉を開ける。
明かりの無い倉庫の中はよく見えない。目が慣れれば見えてくるだろう。
紺色に染まった視界の中、金色のものが目に入る。声をかけてきた彼女は確か金髪。小柄な人影が闇に溶けるように佇んでいた。
ビクッとした。若干怖い。
「…………アケミ、さん?」
なんで電気つけてないんだか。よくわからないな。ここで何をするんだろう?片付け?大事な話じゃないなそれは。
振り向いた彼女は笑っていた。朗らか、と表現しても違和感ない笑顔。
けれど薄闇に沈んだそれはひどく不気味に見えた。ホラー映画ならここらで襲われるな。
おっと、失礼なこと考えてないで話を聞かないと。
「来てくれたんだ。よかった」
「そりゃ呼び出されたからね」
濃い化粧の顔がほっとした、とでも言うように緩む。少し緊張気味だったようだ。
金髪に濃い化粧、そんで名前がアケミならキャバ嬢みてぇだな、と仲間内で笑っていたっけな。
行ったことがあんのかよ、いやないけどさ、などと馬鹿な会話をしていた奥手な仲間たちを思い出す。
顔はいいんだがなぁ。顔は。仲間も目の前の彼女も。
「んで話ってなにかな?レポートの写しなら断るけど」
「もう。こんなとこに呼び出したんだから、わかるでしょう?」
スネたような顔をしながら甘えた声を出すアケミさん。ギャハハとか爆笑していた時の声はどこに行った。
しかし、これはもしかするともしかする、のか?期待が高まる。鼓動が早くなる。
「あのね、ホントはずっと前から君のこと…………」
ためらうように言葉を切る。
これは…………告白しかないんじゃないか!?
ど、ど、どうしよう。なんて返事しよう。
ああこれでボクもリア充(リアルが充実してる人)の仲間入りか。
すまんなみんな。
ボクは大人の階段を上るぜぇぇぇぇぇ!
と、そこまで考えると同時、頭にガツンと衝撃。とっさに頭を押さえた。よろめいて、たたらを踏みつつも振り返る。
男がバットを持って立っていた。アレで殴られた、のか?
痛い。遅れて痛みがやって来る。
うめきながら状況を把握しようとする。
「あれー?おっかしいなぁ〜気絶しねぇ〜ジャーン」
笑いながら近づいてくる男。チャラい。たしかアケミと同じグループの…………。
ジクジクと広がる痛み。考えがまとまらない。なんだ?なにがどうなってる?
後ろからクスクスと笑い声。振り返った先には先ほどよりイビツな笑みを浮かべる女。
「ホントは君のこと、ずっとうざいと思ってたんだ♪殺したいくらい」
おかしくて堪らないという風に腹を抱えて笑い出す。
本当に、本当に心の底からおかしくて楽しくて堪らない。笑わなかったらおかしくなりそうだ、とばかりのけたたましさ。
呆然とそれを眺めるボクに二度目のバットがめり込んだ。
床に倒れこんだボクは狂ったような笑い声の中、意識を失った。
激痛とともに意識が覚醒する。腹部が異常な痛みを訴えていた。どうやら腹を蹴られたらしい。
「お?おっめっざっめジャーン。元気してるー?」
頭のよろしくなさそうな声。後ろでは下品な笑い声が響いている。
意識を失う前は頭に二発食らっただけなのに、体中が痛い。意識がない状態で嬲られていたようだ。
動こうとしても痛みでままならない。というより力が入らない。
目を開けるとアケミ、チャラ男の他に5人ほどいるように見える。グループ全員集めやがったのか。
ガラの悪い男たち。化粧の濃い派手な女たち。
対するボクはズタボロのボッチ。
逃げるにしても分が悪い。そもそも立てるのかすら怪しい。
場所は・・・。わからない。雑多にものがある、工場らしき場所。
襲われた場所ではないようだ。視界の端に雑草が伸びている。手入れをした様子もない。
なんでこうなったのかもわからない。倉庫で襲われたのは覚えているが、なぜ襲われているのか。
そもそも接触らしい接触もないのに、わかるわけがない。痛みにうめきながら声を搾り出す。
「うぅ…………。なんで。なんでこんな…………」
「あー?コイツなんか言ってるぜ〜?」
「だまっとけやオラァ!もうすぐお友達連れてくっからよォ」
また、蹴りを喰らう。蹴られた場所から痛みが広がり、別の怪我と重なり合ってのたうちまわりたいほどの激痛となる。
どこか折れているのかもしれない。
致命的なダメージを内蔵に負っているのかもしれない。視界の端には血がにじむジーパンに包まれたボクの足。
なんだ?どうしてこうなっている?お友達?連れてくる?
耐え難い痛みに身をよじる。思考が千々に切れてまとまらない。疑問と恐怖と痛みが頭の中いっぱいにぐるぐる駆け回る。
笑い転げているアケミの顔が目に映る。回りの男も女も同じように笑っている。全員正気じゃない、と思えるような酷薄な笑み。
そんなにおかしいか。
激痛を耐えるボクが、そんなにおかしいのか。
イモムシのように地面に這う様子が…………、
――――そんなにおもしろいのか!
薄暗い火が灯るように、心の中に憎しみが広がる。
あいつが、あいつがボクを騙してこんな目にあわせているのかと思うと視界が赤くなるような怒りを覚えた。
殺してやる。
「やーん怖ぃー。めっちゃこっち睨んでる〜」
「キメェんだよ!こっち見んな!オタク野郎!」
甘えるようなわざとらしい猫なで声。
再度襲いかかる理不尽。
降り注ぐゲラゲラと濁った笑い。
状況は理解した。させられた。
騙され、拉致され、嬲られている。
しかしどうしてかわからない。
おかしい。いくらなんでもこんなことをされる謂われはないはずだ。
こちらの考えを読んだわけではないだろうが、パンチパーマの金髪が説明を始める。自分の武勇伝を話すように自慢げに。大仰な手振り付きで。
「てめぇよー。最近チョーシ乗ってんじゃん?いかにも真面目ですー。みたいなツラァしてさぁ」
「話しかけてもニコリともしねー。せっかくパシリにしてあげようと思ったのによぉ」
また笑いが広がる。げらげらと耳障りな笑いが。
ボクはというと、言われた意味がまったく理解できなかった。キョトンとした顔をしていたように思う。
だってそうだろう?本の中のチンピラだってもう少しまともな理由でいちゃもんつけてくるだろう。もっとちゃんとした理由があるはずだ。
大体、自分の格好見てから言えよ。威圧感丸出し、見下しているのが丸分かりの視線。顔だって強ばるしお前らからしたらみんな真面目だよ。
本当にそんな馬鹿げた理由でここまでいいようにされたのか。
たかだかそれだけの、ちっぽけな矜持とも呼べないプライドで、こんなことをしでかすなんて考えもしなかった。
その考えが理解できない。その理由じゃ、納得しない。できない。できるわけがない。
それでもこいつらは実行したという現実。実行したがゆえの今の状況。
目の前にいるのが人の形をした化物に見えた。人の理が通じない、『異形』。
そんな奴らにこれから何をされるかと思うと怖くてたまらない。
「で、さぁ身の程を教えてやろうと思ってさー。コレ、借りてきたんだよねー」
鼻ピアスをつけた男が取り出したのは、半壊したボクのパソコン。鈍器で殴りつけたのか右半分がぐしゃぐしゃに潰れていた。
外装が崩れ中身が覗けるようになっていた。
コードが飛び出し、中の基盤が折れて完全に使い物にならなくなっていた。
酷い有様だった。こいつら…………なんてことを!
アレにはボクのお宝と、論文データが入っている。ボクの大学生活すべてが詰まっている。
だが大丈夫だ。こらえろ。データにはバックアップが――
「…………バックアップなら壊してあるぜ」
「なん…………だって……?」
一瞬で血の気が引いた。真偽を確かめる、という考えすら無かった。
なぜこいつらが知っている。いや、そもそもどこから持ってきた。これは家にあったはず。
それを知っているのは。
バックアップの存在を知っているのは。
―――図書館のあいつらだ。
「感動のご対面ですー!」
おどけた声に顔を上げる。入ってきた友人の顔を見てボクは理解した。