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学校へ


「みゃーっ!」


 屋敷の敷地内に入るとチャルナが屋敷から出てきた。足元まで来たのを抱き上げる。あの後、順調に回復しこうして元気に走り回るようになっていた。というか元気すぎた。あちこち暴れまわって大変だ、なんとかしてくれ、と、ナタリアがメイドからの陳述書を持ってきていた。まるで小さな坊ちゃんみたい、とか、坊ちゃんが連れてきたんだからまともな訳が無い、なんて書かれていた。幸い、俺のとこにいると飛びついてくる以外は大人しい。膝に乗せながら本を読むのが習慣になっていた。


「お転婆でも可愛いものは可愛いな。お前は俺の清涼剤だよ。」


 「何それ?」て感じで首をかしげるような動作をするチャルナ。頭を撫でて誤魔化しておく。なんとなくこっちの言葉を理解しているような節がある。クロは魔獣だし、現在はユーミィと契約しているからおかしくはないだろう。チャルナはただのネコだ。理解しているはずがないのだが反応を見ると、こちらの言葉を理解して考えているようにとれる。

 契約した動物や魔物と心通わせる魔法がある。指示を出すと特定の動作(舐める、お腹を見せる)を行い、自らの感情を喚起し、魔力を引き出す。要は芸を仕込み、それを見て感情を高まらせて魔法を使う。主に動物や魔物を強化・回復する魔法だ。ツガイのシステムを使っていて、男の立ち位置に動物を置いている。ある意味寂しい魔法。ユーミィはその魔法で有名だった。優秀な魔法使い=優秀なツガイではない、と言われる一因だ。


 チャルナがこちらの言う事を理解しているように見えるのは、単純に他人の感情を察知するのに長けているからだろう。野生動物は弱った生き物を察知するのが上手いので、その延長線上の能力だろうか。ちなみにここまで考えている間、腕に抱いたチャルナをずっと弄っていた。爪と歯でずっと抵抗されているのだがまったく痛くない。部屋に着いてから持っていた紙袋に気づく。


「おっと、そういえば忘れてた。はいチャルナ、プレゼント。」


「フー!」


 街に行って身につけるものを買ってきたのだが、すっかり忘れていた。弄りすぎて警戒しているチャルナを机の上に乗せる。最初は首輪を買うつもりだったが、ネコ用の首輪、しかもまだ子供用のものは置いてなかった。犬用はあったんだがサイズが違いすぎる。

 しょうがなく他の物をいくつか買ってきた。ひも付きの鈴を首に着ける。んー?なんか嫌そうだ。後ろ足で引っ掻いて取ってしまった。元は野良だし、しょうがないのかもしれない。次にリボン。細いものを買ってきた。これも首に着ける。・・・ダメか。

 首なのがいけないのか?少し大きめのシンプルなピンクのリボンを腹に巻き、背中でちょうちょ結びにする。ふむ。動きにくそうだが、これで暴れんぼうなとこが治るといいな。幸い、首に着けたときのように嫌がってはいない。ついでに鈴を結んでおく。リボンを着けたチャルナは一層可愛らしく見えた。よしよし、上出来だ。思いっきり手に噛み付いているのは頂けないが。


 そういえば、と使わなかった細いリボンを手に取る。エスニックな印象を受ける色使いと刺繍が目に付く。この国の文化はどこか歪だった。建物の建て方が西洋風なのに対して、こんなふうにまったく別の文化が混じり込んでいる。いくつかの違う文化が入り混じったような、そんな歪なものが、ひとつの文化として根付いている。

 戦争をして技術水準が上がるというのは理解できる。地球でも大きな戦争の時あったことだからな。しかし文化はそうはならないはずだ。どこか国が滅んで、大量の難民が流入してこんな文化になったのだろうか?歴史書にはそんなことまで書いてなかったからわからない。

 ダリア家の先祖は別の大陸から来て、ここに定住したらしいがそこはどんな文化だったんだろう。花の『ダリア』は夏から秋の花。彼らはそのどちらかから来たのだ。『黄道十二宮』がどこに出るかわからない以上、もしかするといつか行けるかもしれない。

 興味は尽きないな・・・。

 元は堅物だったせいかこういうのには興味がわく。いつかすべての大陸を回るのは、この世界を楽しむ、という目標に沿っている。将来、冒険をしている自分を想像して楽しみになってきた。

 と、ドアがノックされた。ナタリアだろうか。


「入れ。」


「失礼します坊ちゃん。旦那様がお呼びになっています。学校の件について話がしたい、と。」


「わかった。すぐ行く。」


 学校とはおそらく、この近くにある学校だろう。兄達が行っているのもここだ。俺は学校で学ぶようなことはないから行かない、と宣言している。ドルフもユーミィーも一応納得していたはずだ。今更何の話があるってんだ。

 椅子から立ち上がり、部屋を出る。向かうは執務室。暴れるとアレなのでチャルナも連れて行く。相変わらず執務室の扉は簡素で、ここに公爵がいる、といっても信じないだろう。さて何を聞かされるやら。俺にとってはここは学校の校長室と同じだ。面倒な話を延々と聞かされる。どうせめんどくさい話だろうな。


「父上、ユージーンだ。話があると聞いた。」


「ああ、入れ。」


 扉に負けないほど簡素な言葉のやり取り。もう何回も繰り返した、お叱りを受けるときの行事だ。これまでと違うのは中にユーミィーがいることだろう。二人共神妙な顔になっている。なにかイタズラした覚えはないのだが。近くのソファーに腰掛けると、ドルフが口を開いた。


「単刀直入に言う。学校に行け。」


「単刀直入に言う。断る。」


「・・・・あなたたちは、もう・・・・。」


 呆れたようにユーミィーがつぶやく。ある程度予想していたので答えはすんなり出てきた。向こうもそう返されるのは想定していたのだろう。表情を微塵も変えていなかった。


「俺が学校に行く必要がないのは理解したはずだろ。何故そんなことを言う。」


「先程、衛兵が確認しに来た。街で強盗退治をしたそうだな。現場から立ち去った者と特徴が同じだからお前だと判断した。」


「ああ、それで?まさか強盗退治したから学校に護身術でも教えに行けと?」


「そうではない。街では最近お前の良くない噂が広がっているようだ。今回の一件でその噂に少なからず信ぴょう性がでたらしい。住民が不安がっているそうだ。」


「おいおい、大の大人が?たかだか6歳のガキに?そいつはただの臆病者だろ。だいたい何の噂だよ。」


「・・・・。」


「・・・言う気はない、と?」


「ああ。儂らはこれがお前の社交性のなさと、素行の悪さから来る誤解だと考えている。なのでに学校に通わせてお前の性格改善をするつもりだ。」


「だから学校に行け、ってことか?」


 ドルフが重々しく頷く。冗談じゃない。なんで理解している内容をもう一度学んで時間をムダにしなくちゃならないんだ。


「断る。俺はそんな無駄なことをする暇はない。だいたい兄上達と同じとこに行ったって性格が治るとは思わないし、学校から噂はまた広がるだろ。なんの解決にもならない。」


「いや、お前には王都の学校に行ってもらう。お前にはここから離れてもらい噂が収まるのを待つ。同時に今までと違う環境で学校に通わせる。」


「王都の学校・・・?・・・!!?」


 なぜ王都に・・・。と考えたところで思い出す。王都には特殊な学校がある。『学ぶ』のが目的ではなく、『仲良くする』ことが主目的の、俺にとっては地獄のようなところを。


「俺をあそこに入れるっていうのか!?あの『ワライラ王立学校』に!正気か!?」


「お前のその性格を治すにはあそこで多くの人と触れ合うことが最善だと考えている。この国の最高学府だがお前なら問題ないだろう。」


「問題しかない!俺は絶対にあそこには行かねえぞ!」


「ではどうする?このまま何の進展もなく、ただ魔法の練習をするのか?愚直に剣を振るうか?」


「!?」


 それは俺の心の深い部分に突き刺さった。個人で使える魔法は今のところ『魔法弾』『武器精製』くらいしか攻撃に使えない。いくら性質変化を研究しているからといって、バリエーションは増えない。端的に言って俺は弱い。いくら強盗を倒したって、いつか必ず出会う怪物を倒すのは無理だろう。その焦りからひたすら魔法の研究をしていたが、それも行き詰っている。ドルフはその内情までは知らないまでも、戦士の勘で俺が焦っていることを知っていたのだろう。

 もし、王都に行ったら現状を打破できる何かが見つかるかもしれない。だがあの学校は俺にとって鬼門だ。できることなら近づきたくない。


「・・・・。」


「・・・。」


 ドルフは何も言わない。こちらが迷っているのがわかるのだろう。断定口調で言ってきた割には最後は俺に判断させるあたり、コイツも迷っているのかもしれない。ユーミィーはただいつもどおりに微笑んでいる。その顔が少し寂しそうに見えるのは俺がどちら選ぶのかわかっているからなのだろうか?

 しょうがない。このままいっても勝てる見込みはない。ならば・・・。


「わかった。俺は行くよ。王都に。」


「そうか・・・。なら急いで準備させよう。もうすぐ入学の時期だ。」


 学校に行くのは嫌だ。でも王都には行きたい。ならば――――――


 ―――――――サボるしかないだろう。問題児らしく。




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