表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/198

牡丹の悪童

 今日は街に買い物に来ていた。正式に名前はあるのだけど屋敷の連中も街としか呼んでいない。まぁここらで街と言える規模なのは多くない。この国アルフメートの王がいるのは王都アルフライラだし、そもそも国境にほど近い場所に多く拠点があるのは問題だろう。

 四つ葉のクローバーに似た形をしているフォーリーブス大陸。その一片のアビブ大陸にある、四葉に例えるなら茎に近い方の国がプラータだ。そのプラータと国境を接しているのがトルドイ。大陸の中央から北東の端にまで国土を築いている。アルフメートがあるのは中央から南東までだ。プラータとのあいだには未開の地が広がっていて、凶悪な魔物がひしめいている。なのでプラータからここを通って攻め込まれることはない。代わりにこちらも攻め込めないが。

 このダリア領があるのは未開の地とトルドイに接する部分だ。他国と戦争になった場合矢面に立たされるし、未開の地から出てきた魔物も退治しなければならない。割譲された部分がここなので思うところもあるが、『王国の騎士』としての役割を任された、という解釈をしている。いつ戦争になるかわからないため、領土内は装飾性よりも実用性を重視する気風が広がっている。屋敷も飾るよりは軍備に回せ、というのを方針としている。だからダリア家の屋敷はあまり大きくない。まぁそこは王城との兼ね合いもあるが。あまりに立派にすると王族の面子を潰しかねない。向こうにその気がなくとも周りの貴族達が騒がれると面倒だ。

 とはいえ普通はそれでも『城』を建てるだろう。間違っても『屋敷』は建てない。この辺はダリア家の武人としての大雑把な部分が関係している。要するに「疑いようもないくらい劣ればいいだろう」というわけだ。その分、砦や要塞の方に金をつぎ込んだ。戦争が起こったらそちらに移り、指揮をとるという方針になっている。来客にナメられると思うが、仮にも一国の王に等しい貴族が、城にも住まず軍備に金をつぎこんでいるというのはインパクトが大きかった。質素な執務室で会えば、豪華な装飾品の代わりに強大な軍勢に圧倒されるというわけだ。

 そんなのが国の代表だ。求める人材も自然と武芸に秀でたものに偏る。それが活躍すれば話は広がり、腕の立つ者が国に集まってくる。そしてそんな者はえてして粗暴な者が多い。

 ―――――こいつらのように。


「ヒャッハー!金目のものを寄越しやがれえええええ!!」


「うひひひひひひひひ」


「ゲッへへへへ!おお?ネェちゃんかわぅぃぃねぇぇぇ!」


 周りが中世なのにこいつらだけ世紀末にいやがる。目的の店に行くと丁度こいつらが襲撃してきた。革ジャン装備にナイフとか、鼻リングに斧とか、バンダナ口に巻いてたりとか。どう見ても狙ってやってんだろこいつら。可哀想に。店番の娘さん涙目で笑うのこらえてる・・・・わけじゃないか。怯えてんのか。ちなみに俺はカウンター前で商品の精算中だった。クロは店に入らないから置いてきている。

 魔法関係が解禁になったことで俺への監視はだいぶゆるくなった。ドルフが懸念していたのは『ツガイ』の存在を知った俺が暴走して女に無理やり関係を強いることだった。だが実際には『ツガイ』にはまるで興味を示さず、黙々と個人魔法を練習するし続けた。それで危険性はないと判断し、行動がかなり自由になった。今日もナタリアを撒けばやすやすと街に来れた。結果はこれだが。


「なんだ坊主?勇気振り絞ってネーチャン守ろうとしてんのか!?」


「うひひひひひひひひ」


「健気だねぇ!かわぅぃぃねぇぇぇ!」


 おおかた軍属になろうとして落ちたやつだろう。時たまこういう輩が騒ぎを起こす。腹いせなのか、ヤケなのか。わざわざこんな店襲わなくてもいいだろうに。


「キッキミ!早く逃げなさい!私のことは気にしなくていいから!!」


 おーおー。店のネーチャンも頑張るねぇ。腰ぬけて立ってられなくなってんのに。

 俺?なんかアホみたいな展開で動くよりも呆れて立ってただけだよ。そっちこそ気にすんな。面倒事は勘弁だね。


「んじゃ帰るからどけよ。」


「・・・は?テメー、ネーチャン見捨てんのか!?」


「うひぃ!?」


「かわぅぃくないねぇぇぇ!生意気!」


 ・・・こっち絡んできやがった。メンドクセー。さっきから「うひひ」とか言ってる奴が斧を持ち上げる。その顔に喜色が浮かぶ。頭逝ってるっぽい。帰れないなら残りの2人を宥めて穏便にすませるか。


「うひひひ、ひいーひっひっひ、ひゃーひゃひゃひゃひゃははははは――「・・・ウゼえ!!」ひげぶうぁ!?」


 あまりのウザさに思いっきり腹を蹴る。体がくの字に折れ曲がり、一瞬体が浮いて、そのまま崩れ落ちる。手にあった斧が落ちてガラガラと音をたてる。

 ・・・よわっ。そりゃ軍の試験落ちるわ。少しも反応することなく蹴りをそのまま喰らった鼻ピアスの頭を踏みつける。


「こんだけ至近距離の相手に鈍重な斧とか馬鹿?」


「ジニー!?テメーよくもやりやがったな!」


 革ジャンナイフが斬りかかってくる。が、遅い。【剣豪の系譜】で強化してる俺からすれば素早いナイフにも普通に対応できる。余裕を持って躱し、隙をついて踏み込む。んで子供視点から見ると、絶好の場所に最大の弱点があるわけで。

 ドムン!


「か・・げ・・。」


「もうちょい早くなってからかかってこいよ。」


 自分でやっといてなんだが、こう、切なくなる倒れ方をした革ジャン。さて後はバンダナ野郎か。そいつの方に向く。逃げようとこちらに背を向けていた。既に走って追いつく間合いではない。魔法で仕留めるか。


「『我と我が名と我がしるべ!誓いによりて敵を撃つ 破敵の弾丸 いざここにッ!』」「『魔法弾バレット!!』」


 気になっていたことを叫びながら撃ち込む。


「テメーはなんで丸腰だあああああああ!?」


「ういいいいいいいぃぃぃ!?」


 後頭部に思い切りぶち当てた。なんでコイツだけ何も持ってないんだよ!ナメてんのか!?

 アホトリオをのしたところで衛兵が到着した。人通りも結構あるし気づいた奴が通報したんだろう。今も野次馬が店に群がっている。


「全員動くな!おとなしくしろ!」


「強盗は全員おとなしくなってる。というかおせーよ。」


「あの、この子がみんな倒しちゃいました。君は、いったい・・?」


 こっちに疑問の視線を向けてくる店番の娘。見た目は6歳のガキが強盗退治したのだから、そりゃわけわからんよな。衛兵の隊長もこっちを訝しげに見てくる。たぶんここで名乗っても面倒なことになる。名乗らなかったら怪しい奴、ということで衛兵に捕まってやっぱり面倒。偽名でも名乗るか、と思ったところで野次馬の中から大声が飛ぶ。


「おい!ありゃ『牡丹の悪童』じゃないか!?」


「『牡丹の悪童』!?本当かい?」


 その声を契機にざわめきが広がる。いい反応とは言い難い。今もざわめきの中からは「あれが・・。関わっちゃなんねぇ」「見てよあの目。怖いわ」とか聞こえてくる。目をむければ悲鳴が上がる。強盗退治をしたってのにまるでこちらが犯罪者だ。胸糞悪いな。とっとと帰るか。衛兵にも今の声は聞こえていたのだろう。驚いた顔になっている。


「と、いうわけだ。帰ってもいいだろうな。」


「貴族とはいえ少し話を・・・。」


 食い下がろうとする衛兵をきつく睨んでやる。それ以上何も言えなくなる衛兵を見て、ギャラリーのざわめきがさらに高くなった。


「あ・・・あの・・。」


「・・?」


「ひっ・・・。」


 店番の娘が何か言おうとしたようだが、俺が視線を向けると後ずさってしまった。ちっ。何なんだ。物は買ったし用はない。これ以上不快にならないようにさっさと帰ろう。屋敷に足を向け歩き出す。野次馬の列が割れ、自然と道ができる。誰も何も喋らない。奇妙な静寂の中、背中に恐怖を含んだ視線が集まるのを感じたまま、俺はその場をあとにした。



 妙だった。いくら俺がイタズラ好きと噂されていてもあの反応はおかしい。まるで殺人鬼にあったような、そんな反応。大の大人がたかだか6歳のガキに、だ。強盗を倒したというのが原因でも変だ。俺がいるのはダリア家だ。幼い頃から戦闘訓練をしていてもおかしくない。ガレフやメイアが同じことをしてもあそこまで恐れられたりはしないだろう。噂に尾ひれがついたとしても、その内容は聞いたものによってバラバラになるし、その真偽は怪しくなる。あそこまで一様に同じ怯えた表情にはならないだろう。

 そもそもその噂の大元はどこだ?俺の被害に遭うのは大体、使用人連中だ。己の使える家の愚痴を漏らす。ありえない話ではないが、おおっぴらにはしないだろう。自分の恥にもなるし、バレたら罰を受ける。少なくともあの場の全員が使用人の身内でもなければありえない。


 何かがおかしかった。俺の知らないところで事態が始まっているような気がする。だが、俺にとっては今更気にすることでもない。評判を良くしたいなら最初からお行儀よく過ごしている。

 いつか俺はここを離れる。貴族の位はガレフが継ぐだろう。俺は政略結婚に利用されない、適当なとこで冒険者に鞍替えするつもりだ。屋敷の奴らはイタズラの被害に遭うから怖がっているだけで、俺が殺人鬼だ、とか言われても信じない。なら旅立つ日まで、街に出る時だけ、あの不快な反応に耐えればいい。俺はそう思うことにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ