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亡霊と猫

 竹刀を使っての鍛錬、魔法弾の形質変化の実験、あるいは剣と魔法を使った連携訓練などをしているうちに日々は過ぎていった。

 そんなある日のこと。


「ひでーよ皆してさ。俺は期待に答えただけなのに・・。」


 俺はクロに乗ってふてくされていた。現在地は街から近い森の中である。

 きっかけはふとしたことだった。毎日鍛錬に勤しむ俺に対し、屋敷の連中はあまりに大人しいことに不安を募らせ、昨日それが爆発した。毎日なにかしらの騒動を起こしていたのがぴたっと収まったのが不気味だったようだ。実際はそんな暇なかっただけだ。魔法が解禁されたのだから無茶なことはそうそうしなくなっているし。

 

とにかく何かを企んでるならさっさとやってくれ、もうこれ以上は耐えられない、と言ってきた。初めは否定していたがあまりに必死なので軽く騒ぎを起こしてやろうと思ったわけだ。最初は小規模なイタズラとも言えないことをやっていたのだが、だんだん興が乗ってきて色々やらかしてしまったわけだ。誰か通過すると水を吹き付ける水球を作ったり、落とし穴仕掛けてみたり、金ダライがどこからか落ちてきたり、破裂すると小さな金属球を生み出す球をそこかしこに潜ませたり。ちなみに多くは魔法弾の魔法を改造してできたものだ。


 使用人どもは最初の頃は安心した顔をしていたが、やがて真っ青になり、右往左往し始めた。コントばりのコンボを仕掛けておいたから、無惨な姿になった同僚を見て、今更ながら自分たちが何をしてしまったのか理解したようだった。

 ナタリアはバナナの皮で足をとられ、ヌルヌルの水で濡れた床を滑っていき、落とし穴にはまり、出ていた頭を金ダライが直撃した。今はまだ気絶しているだろう。


 まあ端的に言ってやりすぎたわけだ。

 片付けに邪魔なのと、お仕置きを兼ねて外に放り出された。護衛としてクロがついてきてはいるが・・・。

 俺一応貴族の息子なはずだよな?扱い雑じゃね?

 可愛い子供がどうなってもいいのか、とドルフに詰め寄ったが半笑いで追い返された。曰く、お前なら大丈夫だろ、と。ユーミィは笑っていた。


 プチ家出とはこんな感じなのだろうか。なんとなく寂しい。帰りたくないのに人が恋しい。

 まぁ実際には追い出されたわけだが。街に行くと問題児が来たと騒がれるので森に来た。魔獣でも倒して時間潰して帰るつもりだ。




 暇つぶし用に持ってきている竹刀の試作品(短め)を適当に振る。

 ふと自分の姿を客観視してみる。金髪・竹刀・三白眼。ああ、これ、ヤンキーだわ。この世界には『こういうのが不良』という型がないからそこまで不自然ではないだろう。金髪も染めたわけではなく地毛だし。

 だが、精神が日本人の俺はこの格好がどうにもそういう連中(古め)のものにしか思えないわけで。自分が『グレた』ような錯覚を覚える。


 結局、転生してからの性格の変化については何も分かっていない。何故『ボク』が『俺』になったのか。死んだ瞬間のことが関係しているんだろう、とあたりをつけてはいるが。


 死んでからは人を信じなくなった。


 死んでからは人を傷つけるようになった。


 死んでからは人を愛さなくなった。


 ここまで性格が変わると、生前の『ボク』、上月祐次は完全に死んでいるのと同じではないだろうか?

 今、生きているのは、異世界の知識を持った『俺』、ユージーン・ダリアという独立した人格ではないのだろうか?


 ふと、そんなことを考えてしまう。今の俺の思考は、地球の知識に依存する部分が大きい。なのに、もし、上月祐次の記憶を引き継いだだけで、ユージーン・ダリアは全く関係がないとしたら・・・。

 自分が自分でなくなる。自分を構成する要素との乖離。


 俺は自分が上月祐次の精神を持っていると思っている。だが、ここまで違う性格を、同じ精神と言ってもいいのだろうか・・・?


 はっきり言うと怖い。怖くてしょうがない。



 それは上月祐次の亡霊がユージーン・ダリアにとり憑いているのといったい何が違うというのだろうか・・・?



「ああ、やめやめ。気分が落ち込んでるから変なこと考えるんだ。」


 頭をブンブンと振る。弱気になるとどうにも考え込んでハマりすぎる。下からクロが「どした?」って顔で見返してくる。なんでもねーよ、と呟きながら頭を撫でてやる。嬉しそうにシッポ振ってら。

 その時どこからかチリン、という鈴の音と、「みぃー・・」という鳴き声が聞こえてくる。


「ん?ネコ、か?おいクロ。ネコがいるみたいだぞ。」


 「マジで!?」みたいな驚愕を顔に貼り付けてこちらを見る犬。なんだその顔、異様にワクワクしてるんだが。お前はネコに何する気だよ。というかなんでお前は気づかなかったんだよ元野生動物。屋敷でぐーたらしてるから勘とか鈍ってんじゃないか?

 その間もネコの声は聞こえてくる。弱々しい、と言える力のなさ。脇の茂みからか?草をかき分けて進んでみる。


 しばらく行くと草の根元に隠れるようにして黒いネコがうずくまっていた。大きさ的にまだ生まれたばかりの子供だろう。どうやらあちこち怪我をしているらしい。俺が近づいてもこちらを見るばかりで逃げようともしない。周りを見ると点々と血の跡がある。体も薄汚れているようだし、何かから逃げてきたのだろうか。

 抱き上げると弱々しく鳴く。片耳が欠けている。痛々しい。ちょうどいい。子ネコを見て湧き上がる痛々しいという感情を使って魔法を使う。


「『我と我が名と我がしるべ誓いにをよりてを癒す 安らぎの手よ いざここに』」「『治癒ヒール』」


 回復魔法をかけておく。体中の傷は塞がったが、耳は治らなかった。声も弱々しいままだ。大きな傷は治せないし、失った体力が戻るわけでもないのでこれ以上はどうしようもない。クロが近寄ってきて心配そうに子猫を舐める。頭を撫でて落ち着かせてやる。


「しかし、何にやられたんだ・・?」


 とつぶやくと同時に後ろの茂みをかき分けてその疑問の答えが現れる。ゴブリンか。人の形をしてはいるが、手足は細く、逆に腹は膨れている。腰には申し訳程度に布が巻かれ、頭に小さな角がある。

 知能があって人間と話せるのは、妖精種のハイ・ゴブリンからで、こいつらは知能の低い魔物に分類される。身長は低く、6歳の俺より少し高い程度だ。性格は凶暴。その手に血のついたナイフが握られているのを見て、こいつがネコを襲ったのだと悟る。おおかた、このネコを嬲って遊んでいたのだろう。

 ゴブリンはこちらに気づき、向かってくる。こいつは理性のない獣だ。力ない者に暴力を振るうのはいつものことなんだろう。そうは思っても先程まで考えていた事のせいか、俺の死んだ日の鼻ピアスの姿がゴブリンに重なる。こいつが、ナイフでネコを切りつける場面を想像すると胸糞悪くなる。その感情のまま、魔力を引き出し、魔方陣に流す。


「『我と我が名と我が標 誓いによりて敵を撃つ 破敵の弾丸 いざここにッ!』」「『魔法弾バレット!!』」


 加減したとはいえ攻撃魔法だ。その威力を遺憾なく発揮し、ゴブリンにぶつかって弾けた。ゴブリンは吹っ飛ばされ木の幹に激突してそのまま動かなくなった。少しスカッとする。以前ならいくら魔物とはいえ、罪悪感があったろうが、転生してからはそんなことどうでもいいと思うようになった。

 ゴブリンの輪郭が崩れて、いくつかの紫色の光の球に変わる。そのままスっと空に消えた。

 あれは『エーテル』という、この世界を構成するものらしい。魔物が死ぬとエーテルに変化する。その時にアレを取り込めば、その魔物の分だけ強くなれる。空中に散ったエーテルは「ふきだまり」のような場所に溜まり、そこから生まれたものを魔物、ふきだまりに触れて変化した生き物を魔獣と呼ぶ。ゴブリンは魔物なので近くにエーテルだまりでもできたんだろう。


「さて、こいつはどうするか。こんだけ弱ってたらすぐ死んじまうだろうし、持ち帰るしかないのか?」


 クロは「そうしよう是非そうしよう。」って感じで俺の言葉に頷いていた。ネコを持ち上げて問いかける。


「お前もそれでいいか?」


 もちろん魔獣でもないただのネコだ。俺の言葉がわかるわけがない。連れ帰るのも気まぐれだし、問いかけたのもなんとなくだ。

 しかしこいつは答えるように「みゃおう」と鳴いた。



 帰る途中でこいつの名前を考える。死ぬ前にネコを拾ってきて名前付けで四苦八苦した記憶がある。あの時は確か、名付ける前に飼い主が見つかったんだよな。その時の名前でもつけるか。さっきは気づかなかったがこいつはメスだ。女の子の名前・・・・。よし。


「お前の名前はチャルナ、だ。」


 ポーランド語で「黒」の意味だ。「クロ」はもう使っているので少しひねった。センスがない気がするが別に良いだろう。ここで意味を気にするのは俺だけだ。頭を撫でてやると甘えるように押し付けてくる。しばらく撫で続けた。

 ふと、さっきまでのささくれた気持ちが穏やかになっているのに気づく。屋敷の連中に対して腹を立てていたのだが・・。


「アニマルセラピー、てやつかな。お前は俺の心を癒してくれるか?」


「みぃー。」


 返事のように鳴くチャルナ。喉をくすぐると気持ちよさそうに目を細めた。動物ってのは癒されるなぁ。ほのぼのした気持ちになる。


「ん?」


 クロが立ち止まり、「俺も俺も」って感じでチラチラ見上げてくる。まったく、しょうがないやつだ。


「お前はデカくて可愛くないからダメー。」


「キャウン!?」





 ちなみにチャルナを連れ帰った経緯を話したら、坊ちゃんがまともなことをするわけがない、また何か企んでる、と、いわれのない誤解を受けるのだが・・。この時はまだ知らなかった。


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