竹刀
「はぁ。坊ちゃんはまた変な物を作って・・・。」
「俺の小遣いの範囲内だろう。なんの問題がある?大体何が変なんだ。」
「いつの間にあんな金額を稼いだんですか・・・・。それはいいとして、あれが杖の形なわけないでしょうが。」
「個性的だろ。ちゃんと意味があるから安心しろ。」
今は鍛冶屋を出て、大工の元、ではなく木工商会の本部に向かっている。大工のところに行っても仕事を受けてもらえるかわからず、出来ても後回しにされる場合があるそうだ。多くの場合、既に仕事で一杯らしいからな。
この世界で杖、というと、魔力を増幅する特定の鉱石を嵌めたものとなる。大抵は宝石のようなものらしいがあまり多くは流通していない。ここが騎士の国だ、ということを差し引いても、だ。俺の銃にもグリップの底に取り付けるスペースをとってある。杖という名目だからな。
制作には約一年ほどかかるようだ。向こうの世界ほど技術が発達しているわけではないし、まして素人が作った設計図だ。いくら実弾を使わない、耐久性を無視したものであっても可動部があるせいで精度が要求される。もっとかかると思ったがなかなか優秀なようだ。
ちなみに金は優しいお父様を脅し・・もといお願いしていくらか融通してもらっていた。
「それで今度は何をやらかす気ですか?」
「トラブル前提!?今回は真面目に稽古の道具を作りに来たんだっての!」
「はいはい、そうですねー。」
「テメー・・・。」
身の程を教えてやる・・・ところで、木工商会に到着してしまった。
「チッ・・。命拾いしたな・・。」
「坊ちゃんが言うとまるっきりチンピラですね。」
「言ってろ!」
苛立ちのままに扉を開け放つ。びっくりしたようにこちらに視線を向けるものがいて、クロに視線がいってザワザワとした雰囲気になる。やかましい連中だ。
その中から一人の男が進み出てくる。冷や汗が浮いているように見える。さっきまでのやり取りで心がささくれ立っているせいか、からかってみたくなった。
「お客様・・?な、なんの御用ですか?」
「ああ、強盗だ。」
「ヒィッ!?」
「坊ちゃん!」
「冗談だ。そんなにびくつくな。コレは噛みつきはしねぇよ。」
「そうですか・・。よかった。」
「噛みつきはしない。噛みつきは、な。」
ケケケ、と笑うとビビったのか数歩後ずさる。やべぇ、こいつ反応が面白い。さっきまでからかわれた鬱憤も晴れていく。後ろで殺気を放っているのがいるからこれ以上はやらないが。
「新しい稽古用の木剣について話がある。担当を寄越してくれ。・・・ああ、早くしないとこいつがジれてくるかもな・・・。」
「は、はいぃぃぃぃぃ!ただいま呼んできますので何とぞ、何とぞお待ちください!」
慌てて戻っていく男。さて、待たせてもらうか。
「大変お待たせいたしました・・。それでお話とはいったいなんでしょうか?」
「悪乗りしたのは謝るから、そんなに怯えるな。こいつは何もしない。」
あの後、個室に案内され、しばらく待ってからこいつが窺うように入ってきた。先ほどのやつとは別の男だ。事務方なのだろうか?職人にしては筋肉がついていない。
「それで、だな。今、剣の稽古にはどんなものが使われている?」
「木を削り出して作った木剣ですね。それが?」
「あまりに非効率だと思わないか?死なないように剣の稽古をしているのに、その剣で大怪我をする、というのは。」
「それは・・・はい。」
またもや設計図を取り出す。今度は割合シンプルなものだ。日本にあった四つ割竹刀だ。うろ覚えなせいでだいぶ劣化したものだが。
俺自身はあまり握ることがなかったが、剣道の授業の時に剣道部顧問が事細かに説明していた。当時はなんの役に立つのか疑問に思ったものだ。日本の素材はないだろうが、似たような素材はあるだろう。
これは稽古の中で怪我をすることを防ぐ意味合いで作る。あんな硬い木剣じゃ、いつ大怪我をして剣を握れなくなるがわかったもんじゃない。五体満足で怪物に挑まないと死んでしまう可能性は大きい。
「これは新しい木剣の設計図だ。これを使って何本か作ってもらいたい。この木の部分は柔軟性のあるしなやかな木を、この先端には皮を使ってもらいたい。」
「・・・そうすると、どうなるのですか?」
「ある程度、怪我をする確率が減る。衝撃が緩和される。後は従来よりも軽いものになる。といったところか。」
「これは・・・すごい!すごいですね!これなら訓練の環境がまるっと変わりますよ!こちらのアイディアをお買い上げして、上手く作れたら量産化してみてもよろしいでしょうか?」
「良いだろう。その方が俺にも利益がある。」
「今度の会議で提案してみましょう。それでそちらは対価として何を望みますか?」
「収益の1割を頂こう。それと完成品も何本か。」
「それだけでよろしいのですか・・・?はい、了承しました。おそらく通るでしょう。・・・ひとつお聞きしても?」
「ああ、いいぞ。」
「これを考えたのはあなたですか?」
「そうだ、といっても信じないだろう?」
「ふふふ。そうですね。最初はなんの冗談かと思いましたよ。あなたのような子供が、詳細な設計図を書いて、新しい商品になり得る物を持ち込んでくるなんて。」
まぁ考えたのは俺ではないのだし、見た目ほど若くもない中身なのであながち間違ってないわけで。
「では契約書を作成しますので、こちらにお名前と住所を。・・・・はい、どうも。」
さらっと氏名と住所を書いて渡す。名前を目にした男の目が見開かれる。
「ユージーン・ダリア!?『牡丹の悪童』じゃないですか!?」
牡丹?ああ、ダリアの和名がなんとか牡丹だったか。聞く分には翻訳がかかっているようだから、勝手に訳されたのか。
「なんだそれ?」
「・・その、ダリア家の三男坊は手がつけられないほどのイタズラ好きだ、と。市井の間では有名なのですよ。まさかあなたが貴族様だったなんて・・。」
「疑うのか?」
「いえ、むしろ納得しました。職員が涙目でこちらに来ていたもので。」
あいつか。これから何度か足を運ぶことになるだろうから、来るたびにからかってやろう。ウケケケと笑うと目の前の男の顔が引きつった。
余談。
「やっぱりトラブル起こしたじゃないですか。」
今は交渉を終え、屋敷に帰る道を歩いている。後ろからナタリアが声をかけてきたのだった。
「何がだ?なにもトラブルになんかなっていないだろ。」
「商会で騒ぎを起こしたじゃないですか。可哀想に。いい年した大人が涙目でしたよ。」
「あれは向こうが悪い。」
「いえ、坊ちゃんが悪いです。」