銃
「ナタリア。出かけるぞ。俺のカード持って玄関ホールに来い。」
「おや、珍しい。引きこもるでもなく抜け出すでもなく、真正面から行きますか。」
「今日は真面目な用事だからな。お前が止めないなら俺だって抜け出しはしねーよ。あとついでにクロ。お前は荷物持ちだ。」
「俺、ついでかよ・・・。」みたいな顔のクロ。並の牛より力のある魔獣なのでこういう時には重宝する。荷物をクロの背中にくくりつけて玄関でナタリアを待つ。中身はいつぞやの鉄板だ。ついでにその上に乗る。
と同時にナタリアがホールに来た。
「お待たせしました。それで今日はどこに行くんですか?」
「鍛冶屋と、あと大工かな。ああ、街には不案内だから誰か連れて行くか。庭師の息子は居るか?庭師本人は忙しいだろう。」
「な、ならちょっと呼んできますね?今しばらくお待ちください。」
なんでもなさそうな顔をして屋敷の中に戻っていく。
まぁ俺はどの庭師かは言ってないんだが、な。
ウケケケケと笑う俺を、怪訝そうな顔でクロが振り返っていた。
案の定、連れてきたのはあの密会事件の時の奴だった。
順調そうでなにより。思うだけでなく、口にしたらナタリアが真っ赤になっていた。はぁこのリア充どもが。
街に行くとちょっとした騒ぎになった。何しろ見た目はデカイ犬、実際は魔獣に分類される生き物に、小さな子供が乗っかているのである。慌てて集まってきた衛兵をクロの上から冷たい目で見下ろしてやると、何を見ているのかわからない、といった表情になった。
とりあえず危険はない、と判断したのか、最後はスゴスゴと帰っていった。
「はっ。意気地無しが。」
「意味わかりませんて。あっちからしたら助けに来たはずの子供が、ものっそい偉そうな顔でふんぞり返ってるんですから。逆にクローの方が助けてほしそうですし。」
下から同意するように「クーン」という鳴き声がする。お前は俺の顔見えないだろ。庭師の息子は苦笑いだ。こいつは気弱そうだから、ナタリアが尻に敷いているんだろうな。
ちなみに俺はクロを「黒いからクロ」という理由で名づけたのだが、それを聞き間違えたのか屋敷の連中はクロー(爪)と呼んでいる。
そんなこんなで鍛冶屋に着く。そこそこ大きい店構えで、庭師の息子の話では腕がいいと評判らしい。カウンターにいるのは細い体つきのドワーフと、中肉中背の人間だった。ドワーフの方は種族の特徴で身長は低い。とはいえ150センチはあるし、俺からしたら見上げなければならなかったろう。クロのおかげで首が疲れるような角度で話すのは避けられたが。
「おい、仕事を頼みたいのだが。貴様に用向きを告げれば良いのか?」
「え!?え・・ええ、はい。私がこの鍛冶屋の主人ハロルドでございます。なんの御用でしょうか・・?」
「お前が・・?受付の雇い人かと思ったぞ。そんな細腕で槌を振るえるのか?」
「坊ちゃん・・・。失礼ですよ。すいませんこういう子ですので多少のことは多めにみてもらえませんか?」
「いえ、大丈夫ですよく言われるので。それで何をご所望でしょうか?」
店の中を見渡すと、剣などの武器、鎧、楯、篭手の防具が陳列している。端の方にあるのはナイフや鍋なんかの家庭用品だろう。7:3くらいの比率で置いてある。武具を見てもわからないので、端の方に行って家庭用品を手にとってみる。地球のものほどではないが、作りがしっかりしている。これなら大丈夫だろう。カウンターに戻ってくると、ハロルドたちが談笑していた。
「いやぁ、驚きました。魔獣に乗った子がいきなり『貴様』呼ばわりですからね。初めてですよ。」
「本当に申し訳ないです。今も話しかけたと思ったら、向こう行っちゃいますし、自由気ままで困っているくらいです。」
「いえいえ。いいんですよ。子供は好きですし。それよりお二人はご夫婦ですか?」
「ちちち違いますよ!?えと、えとその、とにかく違うんです!」
「おや、これは失礼。仲のいい若夫婦が子供連れできたのかと。あはは。」
「そうだ、違うぞ。だいたい俺の母はそんなに貧乳じゃ―――」
ジャキンッ!
「ヒィッ!?」
おそらく売りものであろうナイフがすぐ横の床に突き立っていた。俺は殺気にあてられて硬直していた。
全員ドン引きしてるぞ。というか売り物使うな。
「あらあら、いい切れ味。買っていこうかしら?」
ズボッとナイフ引き抜きながら言うナタリア。めっさ笑顔。見れば結構深く刺さっていた跡が残っている。
・・・・え。それ買って行ってどうする気だよ・・?やめろよ?流石にナイフでお仕置きは勘弁だからなマジで。・・・使わないよな?な?
「・・・え、ええとなんの御用でしたっけ?」
「あ、ああ。こいつを作ってもらいたい。」
ナイスフォロー!と心の中でハロルドに喝采を贈る。スタンディングオベーションものだよ!
懐から昨日書いた設計図を取り出す。冷や汗を拭いながら笑顔を引きつらせていたハロルドは、設計図を見たとたん、表情を一変させた。
「これは・・・?見たことがない設計思想ですね。いったいなんの設計図なんですか・・?」
「杖、みたいなものだよ。これを2つ作ってもらいたい。」
そう言って俺は、設計図を指でなぞる。―――――昨日書いた、拳銃モドキの設計図を。
俺は杖と言ったが、厳密には違う。これは魔道具だ。『魔法弾』専用の。
昨日の戦闘で、俺は魔法の詠唱なんて全くする暇がなかった。近接戦で長ったらしい呪文を口にしていたらその間に剣でズバー、である。近接では【剣豪の系譜】があるからいい、などと言ってられない。まだまだ未知数でどれほどの効果があるのか全くわからないものに命は賭けられない。ならば無詠唱で魔法を使うしかない。
俺は周囲の人に聞いた。『魔法陣が刻んである道具はないのか』
魔法のシステム的に、魔法陣の呪文部分に魔力が行き渡れば、魔法は発動する。呪文は魔法陣を構築し、その流れを導き、補助するものだ。
ならば魔方陣を道具に刻み、その配置を工夫すれば呪文はいらないはずだ。
帰ってきた答えは『古代遺物というものならある、だがものすごく高い。』というものだった。その理由を聞いても、そういうものだとしか言わないし、それしか知らないようだった。・・・俺が無茶して手に入れそうだから隠蔽した、という可能性もあるが。
自分で作ればいいのに、というとものすごく不思議そうな顔をされたが、それ以上は聞いても答えてくれなかった。
故にこの世界に、魔法の道具、魔道具という言葉はない。アーティファクトが代わりだ。それが作られた時代にはあったかもしれないが、長い闘争の歴史で薄れ、消えていったのだろう。
とにかく魔道具は手に入れられないのがわかった。なので。
「無いなら作るッ!」
と宣言し、徹夜で書き上げたのがコレである。
弾を発射する、ということで地球の拳銃を参考にした。モデルはニューナンブという拳銃だ。日本のおまわりさんが持っているリボルバー、というと大体想像が付くと思う。あれならばエアガンを解体して遊んだことがあるので、構造がわかる。もっとも、実弾を打てるようなものではないが、今作るのも実際に弾が出るわけではない。
グリップ、引き金、撃鉄に魔力が通りやすい金属を使い、触れた部分から弾丸に刻んだ魔方陣に魔力を送る、というのが基本的な考え方だ。
撃鉄は本来なら必要なかった。火薬に火を付けるわけではないからだ。いらない部分なのだが、この部分から魔力を弾丸に入れることで、魔法一つ一つの区切りを明確にした。
本来なら発射口になる部分にも、速度上昇の魔方陣を刻み、弾丸と連結しておく予定だ。実弾なら耐久性の問題からそんなことはできなかっただろうが、あいにくこれは魔法の道具なので可能だ。
「これは機構的にかなり精密な動作が必要になりますね。この精度のものを作るとなるとかなり時間が必要になります。よろしいですか?」
「ああ、問題ない。この回転弾倉部分もいくつか作っていてくれ。」
弾倉部分にはそれぞれ種類の違う魔方陣を刻んだ弾丸を込めておく。引き金の下にもう一つ引き金を追加して操作することで弾倉を回転させる。これで複数の種類の魔法を使い分けられる。本来なら引き金と連動したハズのものを分けて余計につけているので、銃自体がいくらか大きなものになってしまった。
弾倉をいくつか用意しておき、状況によって使い分けるつもりだ。攻撃のバリエーションを多く開発しておき、系統ごとに、属性ごとに分けておけば大抵の状況に対応しやすくなる。
「ダンソー?・・ああ、この部分ですね。わかりました。このグリップの部分を木で作ってはどうでしょう?軽量化できますよ。」
「ん?いやそうすると魔力がだな・・・・。」
「いえ、部分的に金属を使えば・・・。」
こうして俺の武器、拳銃型魔道具の製造が始まった。
クロの背負っていた魔導用鉄板を床に置かせて、俺はハロルドと製造についての話を再開した。