自立?
さて、そんなこんなで始まった自立化計画。
さが、初期段階で思いっきり頓挫していた。
「…………なんで全員、俺の部屋に集まるんだ……?」
特に俺から指示は出さず、瀬奈たちの自主性に任せていたのだが……、何故か勇者3人+レリュー達4人のほぼフルメンバーが俺の部屋に勢ぞろいしていた。
居ないのは瀬奈か。
「瀬奈は?」
「一人で狩りに行ったでー」
なんだと?
あれだけ一人で出かけるのは危険だと言っておいたのに。
「まぁセナちゃんだし大丈夫だろ。スパイの子だっていっぱいついて行ってるだろうし」
「…………。自立しろとは言ったが無茶をするなよ。瀬奈も帰ってきたら説教だな。ところで田中は一度出て行ったが、なんで戻ってきて膝抱えてんだ?」
「…………」
「あー、なんやラッキースケベやらかして、絶賛反省中らしいで」
「うっかり胸でも触ったか」
「この前、思いっきり鷲掴みにした人に言われたくありません……」
お、反応が有った。一応聞いてはいるのか。
しっかし見事なまでに全員揃っている。自立しろと言った直後にこの体たらくである。なんでどいつもコイツもさも当然の顔して部屋に居座ってるんだ。
そういえば最近、呼んでもないのにレリューやルイも部屋を訪れている回数が多い気がする。
「俺、自立しろと言ったよな?」
「いや、最初はウチらも努力したんやで?」
「そうですよ。せっかく望翠殿の外に出られるようになったんですからね。…………僕は戦いたくはないけど、それでも外に興味はありますし」
「じゃあなんでここにいるんだよ。街の外でも中でも好きに行けばいいだろ」
「居心地が良すぎるんだよなー」
ロベルトがソファに腹ばいになって伸びきっている。段々コイツもだらけて来てるな。最初のイケメンっぷりはどこにやら。
しっかし居心地が良すぎる、というのはどういう事だ?
「まず、ここは政治的にほぼ治外法権の安全地帯だ。ユージーンのおかげでどこも手を出せない。スパイの数はかなり多いが、どこに行っても監視はついてくるから、まぁ同じだろ」
へい、小猫ちゃーん、とロベルトが天井にウインク飛ばす。そして黄色い悲鳴。
上の連中、もうスパイ辞めたらどうだ。骨抜きにされてる上に監視がバレまくってるじゃねぇか。
「ふたつ。いつでも安全で好みの味付けがされた料理が出て来る。これは実はかなりのメリットだ。魔法なんてある世界じゃ、何を入れられるか分かったもんじゃない。おちおちお茶も飲んでこれない」
まぁ、惚れ薬なんて直球なものがあったら、迷わず使ってきそうな気がするな。
「ユージーンさんのお食事は、私が自信をもってオススメしますよ!!」
「おやつやるから黙ってろレリュー」
放り投げた菓子を『わーい』と歓声を上げて取りに行こうとして、人魚形態だったのを忘れて盛大にすっ転ぶレリュー。
「馬鹿は放っておくとして……他の理由は?」
「ひどいです!」
「あとはまぁ……気温の問題だ」
「気温?」
「この部屋、いつ来ても冷却魔法が効いてる。俺たちだって魔法を使えるが……ユージーンのように長時間使い続けるのは正直キツい」
「ああ、それなぁ……感情を長時間一定に保ってるのがキツいねん」
「心を『平静』に保つ鍛錬は僕も聞いたことはありますけど……特定の『感情を一定に』保ち続けるのは聞いたことないですね」
つまり……なんだ?
「お前らはクーラーのある部屋から出たくないだけか」
「はっはっは。こっちがオブラートに包んだ事をダイレクトに言わんでくれ」
…………しょうもねぇ。ダメだこいつら早くなんとかしないと。
自己鍛錬が好きな瀬奈が居ないのは分かる。他の連中がまとめて動かないので一人で狩りに行ったのだろう。
外に出て戦える、と言ってもそれはまだパーティを組んでの話だ。単独ではまだまだ難しいはず。危険な真似をしていなければいいが。
……ふむ。俺が居るせいで入り浸ると言うのなら、こちらも出かけるしかないか。
「ここのところ手持ちが少なくなってきたからな。俺もクエストをこなして稼いでくるか。部屋には夜か朝しか帰ってこないようにする」
「えー……。暑いのやだー」
「うるせぇ!異世界にまで来て引きこもってんじゃねェよ!」
一喝して部屋の外に放り出す。
やれやれ……俺も行くか。もちろんあいつらとは別々だが。
考えてみれば俺も望翠殿に軟禁され、自由に外出できるようになってからもなんだかんだでずっと部屋にいた。時たま外に出てもごく短時間で帰ってきてたしな。
肩を回すとゴキゴキと関節が鳴る。
「いつつ……。いくら強化されていても、肩こりからは解放されないのか」
望翠殿の門から出たところでひとりごちる。
そう、ひとりだ。いつもならチャルナやらルイやら、誰かしら一緒にいるからな。
今はどちらもこなみ達と一緒だ。自立心を養う、とは言ったが、さすがに誰も付けないのは無用心に過ぎる。
ひとまず冒険者ギルドに向かい手頃なクエストがないか調べた。
ギルドの中はかなり人が多い。事件のせいで多くの事案が発生しているようだ。
ふむ……。瀬奈たちが加入したおかげで、俺もチーム用のクエストに挑めるようになった。そのおかげでかなり割りのいいクエストも見つけることができた。
「『盗賊団を殲滅せよ』…………生死は問わない、か」
炎龍事件のせいで食いブチを失った連中が、徒党を組んで商人や街の者を襲っているらしい。数が多いため、チームでのクエストになっている。場合によっては他のチームとの連携も可だ。
こういうチームで挑むクエストは、報酬金額がかなり高めに設定されている。チーム内での山分けを想定したものだが……これを一人でこなせば全額俺のものだ。
「弱い者イジメは趣味じゃねぇんだが、まぁしょうがない。サクッと終わらせてくるか」
死人が出ない程度には手加減してやるか。
――。
――――。
――――――。
「という訳で今日は豪勢にカレーづくしだ」
「『というわけ』の部分丸っと省いたです!?」
『わーい』と無邪気にはしゃぐ勇者たちを背景に、ルイがツッコミを入れた。ちなみに例によりレリューはすっ転んでいる。
「それなりの規模の盗賊団まるっと省くとか、何考えてるです!?フツーは色々とあるですよ!?」
「サクッといった奴らのことなんか気にするこたぁねぇよ」
「スナック感覚で賊を潰すなです!!」
「実際は『サクッと』というか『ブチャッ』て『逝った』んだが、聞きたいなら語ってやるか」
「そこは全力スルーです!!急におっかなくなって来たですよカレー!?」
別にカレーに盗賊の肉が入ってるわけでもないのだし、そんな気にすることないのだがな。金の出処が怪しいだけで。
ちなみに高価な薬を使ってるだけあって、カレーは原価の方がなかなかに高くなっている。コネホがレシピを買い取ったせいで、需要が高まって更に値段はつり上がった。今日のような稼いできた日でもないと、作れない。
「さて、材料は買ってきたから作りたいんだが……瀬奈はどうした?」
ひとりだけ姿が見えないので、聞いてみる。
カレーのルーは瀬奈しか作り方が分からない。さすがに家庭料理レベルの俺の腕では、スパイスからカレーを作るという芸当は出来ない。
「まだ来とらんで。夕飯には帰りなさいって言うといたんやけど」
「英雄なのに子供扱いです……」
一人で出かけたようだし、ちと心配になってきたな。探しに行かなければ。
と、思った矢先に部屋の扉が開く。
そこには全身に細かい傷を負った瀬奈が立っていた。
「せ、セナやん大丈――――」
「瀬奈ああああああああああああああああ!!?大丈夫か待ってろ今すぐ治療してやるからな『我と我が名と我が標 誓いにをよりて彼を癒す 安らぎの手よ いざここに』『治癒』『治癒』『治癒』ぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「眩しッ!!?」
「魔法の詠唱息継ぎなしで3連発!?」
「ぎにゃあああああああああああああ!目が、目がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
薄暗い部屋が魔法の光で白く照らされて、目も開けられないほどの光量で溢れかえる。
圧倒的な光の洪水が収まった頃に目を開けると、そこにいたのは傷一つない姿でほうけている瀬奈だった。
「もう痛いところは無いか?少しでも異変があったら言え!何度でもかけ直してやるから!」
「え、いえ、あの……カスリ傷ですから大丈夫ですよ……?落ち着いてくださいユージーンさん」
「馬鹿言ってんな!ちょっとの傷でも女の子なんだから残しておけないだろ!ちょっと待ってろすぐに教会の連中連れてきて、診察してもらうか――――」
「いい加減にするですッ!」
ブンッ!ゴカィィィンッッ!!
何か大きなものが振り回される風切り音の後、俺の後頭部に重い衝撃が走る。
「――――ら、いい子で大人しくしてるんだぞ!?」
「ちょっとは怯むです!?どんだけ鉄人ですご主人様!?」
「ひとまずみんなでユージーンさん取り押さえよか。こりゃあかんわ」
「すいません、なんだか私のせいで……」
「うにゃーますたー落ち着いてー!」
………。
…………。
………………。
数分後。
ひとまず暴走しないようにと、縄で雁字搦めにされて床に放り出された。
正直、寄ってたかって押さえつけられるよりも、瀬奈に『いい歳なんですから少しは落ち着いてください』と言われたのが一番効いた……。
「それで?どこの誰にやられたんだ?どこの誰だろうと消し炭にしてくるから遠慮なく言いなさい」
「ご主人様、まだ頭の中が暴走気味です」
「セナやんに対して過保護な傾向はあったんやけど……こうまで暴走すんのは初めてやな」
「うにゃ。マスター動いちゃダメッ」
床にあぐらをかいて後ろ手に縛られた状態で、瀬奈を見上げる。
チャルナがあぐらの上に乗っかってきて抑えようとしてるが、今は無視だ。
「いえ……クエストで少々手ごわい魔物と戦っただけです。傷は負いましたが、致命的な怪我はありません」
「怪我がないのは良かった。それで?なんていう魔物でどこにいるんだ?一族郎党まとめて壊滅させてくるから言いなさい」
「既に盗賊団壊滅させた上で更に魔物根絶やしにするつもりです!?」
「いくらユージーンさんでも大変ですよ……」
「レリューちゃん、『大変』なだけで『出来ない』とは思ってないんだ……」
ロベルト辺りが何か言ってるが無視だ。無視。
瀬奈がしゃがみこんで、床に座らされている俺と視線を合わせながら答える。
「大丈夫ですよ、手傷は負いましたが、ちゃんと倒しました。壊滅の必要はありませんよ」
「そうか?必要だろ?瀬奈に傷をつけるなんて」
「いいえ、私が未熟だっただけです。すいません。そんなに心配をかけるとは。次からはしっかりしますから」
「そうか……。まぁそんな日もあるさ。次は無傷で倒せるように、強くなりなさい」
「はい」
まったく、心配かけさせて……。
やはりダメだな。独断専行はさせられない。誰かしらつけておかないと。
どうにも瀬奈は自分の体をいじめるのが好きらしいな。自己鍛錬的な意味で。
「…………。ユージーンさん、キャラが違うやろ。どこのお父さんや」
「完全にお父さんだな……」
「さてそれじゃ、夕飯にするか。今日はカレーにしよう。ほれ、全員手を洗ってこい」
「そこからのお母さん……」
「心配をおかけした分、今日は腕によりをかけて作りますから、下ごしらえの方をよろしくお願いしますね」
そう言って微笑む瀬奈の方こそ、母親のように見えたのだが……今更か。
その日はカレーを作って、賑やかに過ごした。
だが、しばらく日にちが経っても、瀬奈は時たま一人で討伐クエストをこなしているようだった。