龍材
「あ、ユージーンさぁ。コネホさんがカレーのレシピ、もっとアレンジとか知ってるなら教えてくれってさ」
「…………なんでまた、あのバーさんが出てくるんだ」
いくら寝不足で倒れたと言っても、一日眠れば体力はだいぶ回復する。
昨日一日大事をとったこともあって、今日は縛り付けられても平気で脱出できるくらいには回復していた。
と、いうか脱出したところでケーラに声をかけられた。
香水の香りが強くしているところから、恐らく仕事帰りだろう。
「なんかねー。多分カレーの存在とレシピが流出するだろうから、今のうちから材料を買いたいんだって」
「スパイどもがいるから流出はするだろうが……娼館で使う機会があるのか?」
「うん。大丈夫だよ。売り方を工夫すれば十分いけるって」
「売り方?」
「『英雄の持ち込んだレシピで、炎龍の傷で倒れたあの人も復活!?市場を駆け回る英雄さま達の目撃証言アリ!』みたいな」
「……ひでぇ誤情報じゃねぇか」
俺が倒れたことは王族たちに伝わっている。そしてあのカレーのことも。
ふたつを結びつけて考えるのは容易だろうし、カレーの情報が伝わっているなら試そうと思う王族はいるはずだ。
短期的に香辛料やその他薬の需要は高まるだろう。
だから、早めにその情報を手に入れたのなら、香辛料を買い占めたり、先がけて食堂で提供したりすれば結構な利益になる。
が、俺は寝てれば復帰出来た。
確かに薬効はあるだろうが、それで病人が復帰できるなら医者はいらないだろう。
「うん、まぁね。でもこうすれば、間違いなくお客さんは来るよ」
「…………。ああ、そうか。こうやって話すこと自体が……」
すでに天井の方でガサゴソと蠢く連中の気配を察して、ようやくケーラの意図が分かる。
こうすりゃ宣伝いらずだ。きっと昼頃には娼館に人を遣っているだろうな。
「ちッ……しょうがねぇ。こうなったら渡さないとあとで面倒なことになるしな」
「話が早いね」
「ったく、人のこと遠慮なく使いやがって……。…………。」
「ありゃ?どうかした?」
「ふむ……交換条件を飲めば完全なレシピを渡すと言っておけ」
そう言ってルー以外の料理法をかいた紙を渡す。どちらにしろ、詳しいレシピは瀬奈しか分からない。
「交換条件?」
「別に難しいことは言うつもりはない。英雄が強くなるために、炎龍の素材が必要だ」
「え、でもコネホさんのところにはもう……」
「そんなことは百も承知だ。コネホには売り先と英雄を引き合わせるだけでいい、と伝えろ」
せっかく倒した炎龍を、そのまま放置しておくのも惜しい。
スキルで食いちぎった素材は全部『魔剣グラム』につぎ込んでしまったので、コネホの売り先にコンタクトを取って、素材を売ったり買ったりすれば良い。
瀬奈たちは龍の素材を、コネホはカレーのレシピを、売り先の奴らは英雄とのコネを手に入れる。誰も損しない、良い取引だ。
向こうとの取引は、瀬奈たちに任せる。こなみとロベルトのコンビなら、妙な条件を引き受けることもないだろう。
「うーん。それじゃ、一回持ち帰ってみるね」
「ああ、そうしろ。ついでに『くたばれ糞ババア』とでも言っておいてくれ」
「あたしにそれを言えって言うの?キツくない?」
「頼んだぞ」
「もー。なんで仲良くできないかなー」
そんなことを言いながら、ケーラは扉から出て行った。
そして入れ替わりにルイやこなみなんかが入ってくる。
「あー!ご主人様また脱出してるですー!」
「うにゃー!マスターッ!」
走り寄るチャルナを抱きとめて、頭を撫でる。やれやれという感じで近寄ってくるのは怒り顔のルイだ。
さて、今日も一日頑張るとしますかね。
コネホからの返事は思いのほか早く来た。
午前中はいつものように狩りに出かけ、昼に望翠殿に戻った時に話を聞いた。そのまま全員を連れてケーラの先導で、炎龍の解体現場に向かう。
着いた先にはコネホと…………大勢の身なりのいい連中が居た。
しまった。『研究名目』とか『売り先』なんて言葉を聞いていたせいで、てっきり夏の大陸の議会かなんかで買い取ったと思っていたが、どう見ても他の大陸の勢力が混じっている。大方他の大陸の高官だろう。こいつらも炎龍の素材を買ったのか。
そんなことを考えていると、集団の中から一際身長の低い男が進み出てきてこちらに礼をする。
「おお、ようこそお越しくださいました、英雄さま方。儂は炎龍解体の統括責任者で、エストラーダの北にあるドワーフの街で村長をやっとるものです」
「これはどうもご丁寧に。私は……」
瀬奈がバカ丁寧に自己紹介するのを横目に、他の連中を観察する。
ほとんど全員がこちらに視線を向けて愛想笑いをしているが、何人かは近くの建物の中に注意を持って行かれている。
あの中に炎龍の死体が有るのか……。
「それで?ドワーフの村長とやら」
「工場長やら親方やらなんとでも呼んでくだされ。村長などと言われてはおりますが、ドワーフの工房の取締役のようなものなので」
「親方。あの連中はなんだ?」
「はぁ。なんでも急に、炎龍の素材が必要になったとかで。エストラーダの議会では、素材を加工して連合軍に回そうという話だったのですが、今回の件で他の大陸の王族の方にも売却して利益を復興に活用するとか」
「…………」
スパイどもから得た情報で、瀬奈たちに素材が必要だと判明。
→先に買ってしまえ。
→買った素材を『寄贈』すれば、恩が売れる。
……とかいう流れか。
迂闊だったと思わなくもないが、こうして圧力をかけなければ売ってもらえたかどうかすらも分からなかったんだ。確実に瀬奈たちの元には素材が集まるし、良いことだと思おう。
売られた恩をどう返すのかは知らないが。
「では工場の奥へ。そこで素材のオークションを致します」
競売で値を吊り上げる気かよ。えげつねぇな。
ドワーフの親方と連れ立って工場の中へと向かう。後ろからぞろぞろと高官たちがついてくるので妙に大所帯になってしまった。
工場は簡素な木組みの枠に、ぞんざいに幌がかけられた簡易的な区切りの中に有った。中は松明の光で照らされ、建物の中だというのにかなり明るい。
「ひッ!?」
入った途端にこなみが小さく悲鳴を上げる。瀬奈も息を飲んだのが気配で分かる。
ロベルトと田中は何も言わないが、やはり驚いているらしい。
首だ。
炎龍の巨大な首が、入ってすぐのところに魔除けか何かのように置かれて、入ってくるものを鋭い視線で睨みつけていた。
「はっはっは。こうしておくと盗人がびっくりして逃げていくんでさ」
「…………趣味が悪いな」
「ユージーン殿は流石に驚きませんでしたか。こんな化物に、よく勝てたものですな」
「運が良かっただけだ。俺の他に人もいたしな」
という建前をしっかり印象づけておかないと、後々面倒になりそうだ。
後ろでやはり驚いて腰を抜かしている高官を後ろ目に見ながら、そんなことを考える。
ん?
肩を叩かれた感触に振り返ると、瀬奈が真剣な目でこちらを見ていた。
「ユージーンさん。あなたがこれを……?」
「ああ。お前らが来る前にな」
「大丈夫でしたか?」
「怪我もあったし死にかけもしたが、こうして生きている。大丈夫といえばそうなんだろう」
「…………こんな怪獣みたいな物を倒しておきながら、それでも世界はあなたを……」
「…………。お前が気にすることじゃない。気持ちだけ受け取っておく」
「命をかけても英雄と呼ばれないユージーンさんと、何もしていない私たち『召喚英雄』……。おかしいとは思わないんですか……!?」
瀬奈がたまりかねたかのように叫ぶ。
その気持ちはありがたい。
だが、いくら瀬奈が気をもんでも、問題は解決しない。
「言ったはずだ。英雄か否か、決めるのは俺じゃない」
まだ何か言いたげな瀬奈を置いて、先に進む。
無数の視線が集中していたが、何も言ってこないなら無視して気にしないほうが良い。
正直、瀬奈の気持ちは少しは分かる。
召喚されただけの瀬奈たち『勇者』はなんの実績もない。だというのに、過剰な期待をかけられて持ち上げられれば、負担にもなる。
俺は力と実績はあるが、瀬奈たちのような名誉はない。
瀬奈から見れば俺の扱いは不当で、本来なら俺の居るべき位置に収まっているのが、他でもない自分たちなのだ。
気を配る瀬奈からすれば、気まずいことこの上ない。
今までずっと、王族や兵士といった他人の口から『勇者』に対する賞賛の言葉を聞けば聞くほど、心に負担がのしかかってきていたはずだ。
俺が死にかける程の相手、その成果を見て、その心の負担が発露してしまったのだろうな。
だが、勘違いをしている。
瀬奈たちは力がないからこそ、『名誉』によって身を立てなければいけない。
こちらからすれば、そこになんの負い目を感じる必要なんてない。なんでも利用して、生き残って欲しい。それが正直な想いだ。
…………こんなことを考えるのは、かつての肉親だからだろうか。
炎龍の体は、俺の『魔剣』によって上下に分割された状態で収められている。
割と原型を留めていて、あまり解体が進んだ様子は見られない。
「こいつを倒してから、かなり時間が経ったと思うんだが、まだこれしか進捗していないのか?」
「何しろやたらめったら硬いもんで、臓物と肉はなんとか削げたんです。大穴あいてるもんで。甲殻ばかりは時間をかけてゆっくりやるしかないですよ」
「そんなものか……。ひとまず、鱗の一部でいいから貰えないか?」
「それでは欠けて少々形の悪いものを」
防具や武器に取り付けられないようなものか。
不思議そうな顔の親方から真っ赤な鱗を受け取る。
興味深々といった視線が集中する中、えぐれたような形の鱗を瀬奈、ロベルト、こなみにそれぞれ渡して神器に吸収させる。田中の分は俺がアイテムボックスに収納しておく。
「えーと……素材は……べらぼうに多いな。真炎龍の鱗×50、甲殻×30、爪×27……」
「私のも同じですね。後は鉱石の名前がいくつか書かれています」
「鉱石ならウチの街の鉱山に行けば、いくらか手に入ると思います」
親方が言う街はドワーフの街だろう。
新しく改良した拳銃型魔道具のこともあるし、一度行ってみておいて損はないか。
しっかし……素材が多く必要なのは、炎龍が強かったからか、それともこの巨体のせいか?これだけ大きければ量も取れるだろうが……。
ひとつしかない素材なんかが必要にならなくて本当に良かった。炎龍の宝珠が必要になったらいるかどうかも分からない他の炎龍を探すハメになるところだ。
「では、よろしいですかな?これからオークションを開催いたします」
既に解体済みの素材がズラリと並べられた場所で、親方がそう宣言する。
瀬奈たちはクエストを完了した報酬で、いくらかの金銭を持っているが…………正直言えば心もとない。そこらのモンスターとは比べ物にならないくらいの価値が、この炎龍にはある。
ちょっとやそっとでは買えない金額だとすれば、全面的に王族達の協力がなければ開放出来ない可能性が高い。
「では……炎龍の鱗、100枚組みで金貨10枚から」
「…………。ユージーンさん。相場的に金貨10枚というとどのくらいでしょうか?」
「5枚で庭付きの家建ててお釣りがくるくらいだな」
「家2軒分プラスα……」
「どう考えてもウチらには手が届かん金額やね……」
「15枚!」「17枚!」「こっちは20枚!!」「25枚!!」
田中が青い顔で3軒……4軒……5軒……!?、みたいなことを言っている。
流石にいくら危険な仕事をしているといっても、たかだかひと月働いただけで家を何軒も建てられる金額が貯まるわけもない。
鱗の100枚組みは金貨25枚で決まったらしい。最初は様子見のはずだから、これ以降の本命はもっと高くなる。
二人分の開放に必要な鱗で25枚。四人分なら金貨50枚か。
「ライスフェルト様。後で内々のお話が……」
つい今しがた、炎龍の鱗を落札した者が近寄ってきて話しかけてくる。
なぜか真っ先に田中のところへと寄っていった。
「え、ですが……」
「我が王家のラナ様も楽しみにしています」
どこの奴かと思ったら、アルフメートの隣の国か。ラナ、と言うと、歓迎会の日に田中に押し付けたあの女の名前か。
では、と一方的に言うとその男は去ってしまった。
ふむ。
「これで100枚確保、と」
「ちょ!?勝手に勘定に加えないでください!?何を欲求されるか分からないんですよ!?」
「向こうはなんとしても押し付けてくるだろうな。お前が本当は『口数の少ない照れ屋』だと勘違いして、好き勝手にプッシュしてくるだろうな」
「う……」
歓迎会で派手に目立ってしまったせいで、そういう評価が定着してしまっている。口数を多くして押せば、流れを作りやすい相手だと。
ネガティブな評価にならないのは、自身の際の対応が堂々としていたからだろう。
「どちらにしろ、炎龍はもういるかどうかも分からないんだ。ここで素材をとっておかなければ二度と開放できないかもしれない」
「う……だからって、僕らが負担する必要は……」
「…………本気で言ってるのか?ほかの連中はどうだ?」
「俺はお姫様達に会えるならなんでもいいが、だからって勝手に約束事を取り付けられるのは好きじゃない」
「もうちょいなんとかならんかったんか?必要あるん?」
「はぁ……あるだろ。そもそも、俺は別に炎龍の素材が必要ではない。お前らが必要なのに、お前ら以外の誰が努力するというんだ?」
「…………」
こちらとて慈善事業をしているわけじゃない。あくまでこれはこいつらの問題なのだ。馬鹿げた事を言わせないで欲しい。
「お前らが誘いをどうするのかは、お前らが好きに決めればいい」
「「「「…………」」」」
突き放された瀬奈たち全員が黙る。
…………少し、俺は世話を焼きすぎたのか、と思わなくもない。
オークションで競り勝った高官たちが、次々と瀬奈たちに挨拶に来る。それに対して愛想笑いで返している。
瀬奈たちの決めかねている曖昧な笑みに背を向け、俺は解体中の炎龍に向き合う。
感傷に浸るつもりではない。あれほど憎しみを向けてはいたが、今となってはただの八つ当たりだったという程度のことは理解している。
炎龍の素材が武器防具に有用だというので、俺の方でも何か利用できないかと考えているところだ。
炎龍は魔力を食っていた。ならば、炎龍の素材も魔力の伝導率がいいはず。
「やはり倒した相手のことは気になりますか」
「…………親方」
横に先程までオークションを仕切っていた親方が並ぶ。
視線を背後に向けると、別のドワーフが代わりに司会をしているようだ。
「族長のところの圧力が酷くて逃げてきましたわい」
「そんなんでいいのか……」
「それで?『天裂の英雄』様は、何がお望みで?」
「魔力の通りがよくて、魔法の核に良さそうなものを」
炎龍の外殻は固く、戦った際にはスキルがなければ太刀打ち出来なかった。
武器精製の魔法で作り出した剣は脆く、これの強化が目下の目標だった。
「ふむ……では、あの突き出た棘などはいかがですか?」
そう言って指差したのは、炎龍の背中に突き出た棘状の突起だった。棘というにはあまりにも太い。
あれは……たしか、戦っている時に掴まったり足場にしていたりした記憶がある。
「あそこはヤケに硬くて解体が難しい所。何本か引き抜いてくれれば、お礼として融通できます」
「んなことして良いのか?」
「皮膚についている所で切ると、長さは短くなってしまいます。引き抜いていただければ、価値の高い一本物にできるのです。それを考えれば数本無くなっても利益は出ます」
そんなものか。……せっかくなのでやってみるか。どうせ損はない。親方の案内で組んである木製の足場を登り、炎龍の背後に回る。
――あれだけ硬かったのに引っ張った程度で抜けるのか……?
手を棘にかけた瞬間にそんなことを考える。
棘、と言ってもかなり大きく、青年状態の俺でも両手で握ってようやく一回りほどの太さがある。
ま、やってみれば分かるか。
「ふッ……!」
思いっきり力を込めて引くと、少し動く感触がある。だが、甲殻がまとわりついてなかなか抜けない。
コート型魔道具を棘に絡みつけ引く。さらに棘と甲殻の隙間に糸状にしたセグメントを潜り込ませて『反発』で細かく引き裂いた。
内部の肉は削いでいると言うから、甲殻さえはがせば抜ける。
ズ……ズズ……。
「おお……!抜けてきます!」
「結構長いな……」
甲殻の内部、かなり深い体内まで棘は続いていた。恐らくこの棘は骨が突き出た状態なのだろう。
赤く染まった骨の切断痕まで抜くと、ようやく全体が現れた。
2・3メートルはある。もし甲殻の所で切っていたら、半分ほどだったろう。
その後も時間をかけて他の棘を引く抜く。
「これじゃ大きすぎるな……。もう少し小さいヤツをもらっていくか」
「ではこちらのものではどうでしょう?」
最初に抜いた棘は根元が太く、抱え込まなければいけないほどだった。俺が欲しいのは武器に使える……手で持てるくらいのものだ。
交渉に交渉を重ねて、青年状態で片手で握れる程の太さのものを2本。両手用で1本。子供状態でも使える程度のものを2本。計5本を譲り受けた。
長さも1メートル程度で、加工するにはちょうどいい。