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カレー


「カレーが食べたいねん」


「……………………………………………………なにを言ってるんだ、お前は」


 俺が倒れて、目を覚ましたその翌日。

 大事をとってベットに縛り付け・・・・られている俺に、こなみが唐突にそんなことを言った。


「お前さ、仮にも病人の俺に、胃に優しくないカレーが食いたいとはどういう了見だ。しかも俺に言うってことは、作れってことか?」


「ええやん。ユージーンさん、どうせ胃なんて弱ってないやろ」


「まぁ食欲は普通にあるが」


 風邪とか胃が弱るような病気ならまだしも、俺のはただの寝不足、しかも一日寝てるだけだ。そう言われれば確かにカレーだろうがハバネロだろうがトムヤンクンだろうがなんでもいいだろうが。

 だが、こういうのは気分の問題だ。


「気を遣えと言っているんだ。つーか材料も無いだろ。コメもねぇし、カレールーなんてどうするつもりだ」


「米は麦飯でどうにかするわ。んでな?材料探しに行きたいから出かけてもええ?っちゅう話なんや」


 なんだ。ただ、許可を取りに来ただけか。

 そんなことなら最初から聞かなくてもいいのに。


「当然ダメだ」


「えー……。今のは『良いよ』って笑顔で言う流れやろ?」


「んなわけあるか。昨日の今日で襲われたところに戻るなんて言うアホがどこに居る」


「大丈夫やて。今回はロベルトも一緒やし」


「アホはここにいたか」


「なんやてー!?」


「お前らが無事なのは、たまたま運が良かっただけだ!田中の手玉も使い切って、その上相手にもバレてる!今度は帰って来れなくなるわ!」


「い、今、急いで作ってますから大丈夫ですよ……」


 そう言う田中はテーブルの上で例のロマン爆弾を制作しているところだ。

 人に爆弾を投げた割には、強気になることも、逆に怯えることもなく普通通りだ。


「とりあえず田中は黙ってろ。お前は他の連中を危険に晒しているという自覚がないのか、こなみ!」


「みんな同じ意見やて!何もウチだけが街に出ようとしてるわけやあらへん!」


「そうです。私たちも街に出る必要があると考えています」


「俺は別にどっちでもいーけどな」


「ロベルトォ!」


「はっはっは。冗談だって。そんなに怒るなよ。可愛い顔が台無しだぞ?」


「お前ら……」


 危機意識ってもんが無いのか、こいつら。

 旅慣れたロベルトでさえ、外に行こうとしてるのには驚いた。こういう時、お前なら止めてくれるだろうと思っていたのに。

 秘かに失望していると、瀬奈が近づいてきて耳打ちしてくる。


『実はですね。昨日の失態を取り返そうと、みんなで決めたことなんです』


『それがなんでカレーになる』


『弱ってる時は美味しいもの食べると元気になる、と、こなみさんが』


 結局、あいつ発案じゃねぇか。


『カレーには各種スパイスが入っていて、薬膳としての効能も高いです。ユージーンさんに食べさせれば、いくらか回復の手助けになるんじゃないかと思いまして』


『だからつって……』


『お願いします、ユージーンさん』


『うーん……』


 こうして瀬奈に頼み込まれると、どうしても弱い。

 こなみたちの暴走も、俺があまりに締め付け過ぎたせい、と考えると、強くは出づらい。とは言っても危険なことには変わりない。

 どうすれば……。


「んじゃ、行くでー!」


「あ、おい!まだ話は終わって……」


「すいません、ユージーンさん。待って頂ければ美味しいカレーをお持ちしますから」


 そう言うと同時に、瀬奈の姿がかき消える。

 既に部屋の中から、こなみ、ロベルト、あとルイとチャルナの姿が消えていた。

 瀬奈は囮か!確かに《アクセラレーター》の力を使えばすぐに追いつける。

 聞こえてきた声も、廊下ではなく窓の外でしている。

 最初からこのつもりだったのか。


「帰ってきたら仕置だな」


「みなさん、ユージーンさんのことが心配なんですよ。ほら、ロベルトさんが王女の皆さんから、お薬を預かってます。これを飲んで早く元気になりましょう」


 レリューの指の先、テーブルの上には、何かの粉末らしき物が大量に有った。

 昨日ロベルトが持ち帰ったものなのだが…………睡眠不足に効く薬ってなんだよ。

 基本的にベースが黄色っぽい粉の山を見ながら、一抹の不安に駆られるのだった。





 真っ先に帰ってきたのはロベルトだった。


「ただいま。ひとまず、基本的な材料を持ってきたぜ」


「おう。あいつらは無事か?」


「今のところ、目立った襲撃も無いし大丈夫じゃね?」


「そうか」


 人参やジャガイモ、玉ねぎなどが入った袋がテーブルの上に置かれた。

 これで後は肝心のカレールーと肉だけか。

 その間に仕込みをしておけということだろうな。


「んで?彼女たちは何してんの?」


 ロベルトが見ているのは、フライパンと格闘するレリューとケーラの姿だ。

 動けない俺の代わりに料理してもらっている。


「この世界にカレーのスパイスがあるか分からんからな。失敗しても良いように、別の物を作ってもらっている」


「うぅー。あっついですよユージーンさぁーん」


「なんて言ったっけコレ?トン……?」


「とんかつな」


 上手くいったらカツカレーにするし、失敗したらそのまま出せばいい。

 出来たそばからアイテムボックスに収納すれば、出来たてホヤホヤのままだしな。


「妙な料理だな……。ドイツ料理のシュニッツェルとフランスのコートレットみたいな料理方法で作られてる」


 シュニッツェルはフライパンで焼き揚げるやつだったような……。コートレットっていうのは初耳だ。


「ちなみに揚げ方はポルトガルから来た天ぷらの応用な」


「変な料理だな。ニホンってのはこんな料理がいっぱい有るのか?」


「まぁな」


 色んなところから料理の技法を取り込んで、もはや素人には意味が分からないものになっている。

 日本人の食のこだわりはスゴい、みたいな記事をネットで読んだことがある。

 あの時は大げさだろ、と思っていた記憶があるが、今考えてみるとあながち間違いでもないのかもしれない。

 ドイツ、フランス、ポルトガル、と来て、カツカレーに至るとここにインドとイギリスが参加する。

 そう伝えるとさすがのロベルトも呆れた顔になった。


「まぁ、旨いもん食えるなら、それに越したことはないけどよ。それにしたって、カレーってのはこんなに大量に材料を使うのか?」


「ちょっとした具入りスープみたいなもんだ。余ったら余ったでホワイトソース使ってドリアにするし」


 この夏の大陸には動物の乳がない。この気温ではあっという間に痛むからだ。

 なので当然、チーズもない。ホワイトソースは小麦粉と牛乳を使うので、本来ならドリアはできないが、そこは下味をつけた出し汁で代用する。


 ちなみにドリア……カレードリアは、陶器にバター(代わりに脂を塗るが)を塗ってご飯を盛り、余ったカレーをかけてホワイトソースを散らし、オーブンで焼き上げれば完成する。

 時たまカレーの余りで作ってたんだよな。手軽に出来るからカレーの次の日なんかにはよく助けて頂いた。バターと『と○けるチーズ』買ってくれば済んだし。


「ドリアつったらウチの国にもあったな。イタリアまで関わってくんのか……」


「想像してんのとは違うもんができると思うが、できてからのお楽しみだ」


「そうか……んじゃ、俺は向こうに戻るぜ」


「戻らなくても良いだろ?待ってろよ」


「いや、そうもいかなくてな。カレーのソースの材料がなかなか見つからないらしい。タナカとレディー達じゃ大変だろうからな。それじゃ」


 なかなか難航しているようだ。

 とはいえ俺がどうこうできる訳もない。大人しく待つとするか。


「…………こらレリュー。つまみ食いすんな」


「ひゃああ!?ば、バレてました!」


「ハフハフしてりゃ丸わかりだろ。ほれ、ビシビシ行くぞー」


「ひぃーん……」






 それから待つことしばらく。

 なかなか帰ってこないので心配になってきた。

 昼過ぎに出かけて行って、ボチボチ夕飯の時間になろうかという頃である。


「何かあったんじゃねぇかな……」


「それならそれで、こなみさんのゴーレムが反応するはずですよ。大丈夫ですから落ち着いて待ちましょう」


 レリューが言っているのは、壁の片隅に立っているログゴーレムのことだ。

 昨日の騒ぎの時に、遠隔操作でロベルトを呼びに行っていたらしい。こなみもこなみでなかなか芸が細かいな。

 と、そこまで話していると、廊下で気配が近づいてくるのが分かった。

 気づいてからしばらくして扉が開き、疲れきった表情のこなみたちが入ってくる。


「お疲れ。どうだ、あったか?」


「それが……」


「大体の物はあったんやけど、どうしても見つからないもんがあってな」


「スパイスが豊富にあるから、揃うと思ったんですが……」


 どうやらなかったらしい。

 それはそれで残念だが、見つからない以上、別の料理にするしかない。


「それなら残った材料で作れるもの作るしかないな。ほれ、レリュー、ケーラ。出番だぞ」


「うぅ……疲れたです……」


「うるせぇ。お前が一番食うんだからたまには苦労を味わいやがれ」


「私、王女なのにぃ〜……」


 部屋の片隅に置いておいた鍋を取りに行かせ、その間に魔法で火の準備をする。

 そういえば、結局何が手に入らなかったんだ?


「なぁ、瀬奈。結局、あとは何が手に入らなかったんだ?」


「あ、はい。ターメリック、コリアンダー、ベイリーフですね。ガラムマサラなどは手に入ったんですが」


「ふーん……。まぁねぇならしょうがないな」


 さて、どうするかね。

 ホワイトソースがないからシチューにもしようがないし、醤油やみりんもないから肉じゃがにも出来ん。

 切った人参なんかはまた別の機会にするか。


「あれ?ご主人様、お薬飲んでないです?」


「うにゃ?マスターダメだよ好き嫌いしちゃ」


「そんな真っ黄色の物飲めるか!」


「確かに……コレ、薬なんですか?」


 田中が薬の山を見て、そんなことを言う。


「なんや、毒でも入ってても分からへんやろな」


「別に妙なモンは入ってねぇよ。お前の目の前にあるのなんかはウコンの粉末だしな」


 一応、鑑定で見ておいたが、ほとんどなんの関係もない薬効のものばかりだった。

 取り敢えず適当な物を見繕って送ってきたらしい。


「ッ!?」


 瀬奈がいきなり驚いた顔で立ち上がると、スゴい勢いでこちらに向かってくる。

 な、なんだ……?そんなにウコン嫌いか?


「ユージーンさん……ウコンて別名なんて言うか知ってます?」


「え?さ、さぁ……?なんだったかな?」


「ターメリックですよ!ターメリック!まさかさんざん探したカレーの材料がスタート地点こんなところにあるなんて!」


 うげ……まじか。

 と、言うことは……。


「ユージーンさん、他の薬の名前、分かります……?」


「えーっと待てよ。パクチー、ニガニレの葉、ウスクグリ、ローリエ、オレガノン、日陰草……」


「パクチーはコリアンダー、ローリエはベイリーフです!」


「なんだ……?それじゃ最初からこの部屋にあったのかよ」


 しまった……すっかり忘れていた。

 『薬膳としての効能も高い』と瀬奈自身から聞いていたじゃないか。それならスパイスが薬として流通していてもおかしくない。


「そ、そんなぁー……」


「まる半日無駄やったな……」


「まぁ、俺は面白かったけどな」


「…………」


 瀬奈たちは一気に気が抜けたようで、ロベルト以外へたりこんでしまった。


「人騒がせです、ご主人様……」


「俺は悪くないだろ」


「うにゃ!でもこれで『かれー』って言うの出来るんだよね?マスター」


「ああ」


 これでなにはともあれカレーを作れる。

 俺はもっぱらルーでしか作っていなかったが、先程の様子だと、瀬奈が詳しそうだ。

 なんとか気を持ち直して作ってもらおう。





 刺激的な香りが部屋に満ちる。

 ほぼ8年ぶりに嗅ぐ、あの匂いだ。


「不思議な香りがしますね」


「ち、地球にはこんな料理があったんだね……」


「うわー……美味しそうだね。匂いは」


「いろんなスパイスの香りが混じって美味そうだな」


 順にレリュー、田中、ケーラ、ロベルトの感想だ。

 ――――だが、全員、露骨に鍋の中身から目を逸らし、匂いにしか言及しない。


「…………。ご主人様、これは本当に、こういう料理です……?」


「ああ、そうだ」


「マスター!これウン――――」


「きゃあああああ!言わないでください!言わないでくださいぃ!!」


 子供特有の無邪気さで、言ってはいけない一言を発しようとしたチャルナだったが、すんでのところでレリューに口を塞がれた。

 まぁ、初めてカレー見たら、そうなるわな。


「心配すんな。色が似てるだけで匂いはまったく別物だろ」


「い、いえ、でも……見た目って重要ですよね……?」


「言いたいことは分かるがな。これはこういう料理だ。こなみ、飯は用意できたか?」


「できとるで。麦やから、食感が結構ちゃうけどな」


「食えればいい。それじゃ瀬奈。盛り付け頼む」


「はい。お待たせしました」


 スパイスが溶けにくくて時間がかかったが、こうしてやっとこさカレーにありつけた。全員にカレーの皿が行き渡ると、何故か妙な緊張に包まれた。


「う、ぐ……」


「い、いただきま……」


 みんなスプーンを手にとったが、一向に口に運ぼうとはしない。そんなにダメか。


「食わないならいいけどな。それじゃいただくぜ」


「はい、どうぞ。召し上がってください」


 そうして俺がスプーンを口に持っていくと、瀬奈とこなみ以外のメンバーが絶句した。

 天井の方からは『うわッ!マジで食べた……!』とか『ひぃぃぃぃぃ……ッ!恐ろしい趣味が』とか『報告……報告しなきゃ……!うえぇ……』とかそんな声が聞こえて来る。


 それはそれとして、味は結構うまい。


「うん。なかなか良いな。本格的なカレー屋に行った時に食うような感じがする」


「それは良かったです。たまに兄に食べさせてましたから」


「「「「「「………………」」」」」」


 そうして俺たちの様子を見ていたギャラリーが、視線をカレー皿に落とす。

 まぁ言いたいことは分かる。分かるが、食ってみればその感想は百八十度違うものになるはずだ。

 問題は誰が真っ先に食べるかだ。

 俺が食べたことでいくらかハードルは下がったが、それでも見た目がアレな物を食うには勇気がいる。


「……………………。うにゃッ!」


「「「「「……………………ッ!!」」」」


 お、チャルナが行ったか。ちょっと涙目になりながらカレーを咀嚼する。俺の時以上に周りが固唾を飲んで見守っている。

 すでにカレーを知っている日本人チームは微笑ましく見守っている。

 そして――――


「…………ッ!」


 尻尾がピンと伸びて、体がブルブルと震え始める。

 瞳孔が開いて、毛が逆立った。


「ど、どうです……?美味しいですか……?」


「う……」


「う……?」


「うんにゃあああああああああああッッ!!!」


 …………。うんにゃあ?

 ひとしきり叫んだチャルナは猛然とカレーをかっこみ始めた。うまかったらしい。

 それを見たメンバーはひとしきり困惑したあと、恐る恐る、カレーを口に運ぶ。


 ――――そこからの乱痴気騒ぎは、語るまでもないだろう。

 熾烈なカレーの奪い合いが起こり、結局ドリアに回すカレーが無くなったのが、個人的には痛かった。

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