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幕間:ユージーンの居ない日

 今回は他人視点ですが、コロコロ視点が切り替わります。ご注意を。


―――――瀬奈視点――――――


「――――睡眠不足、ですか……?」


「それと過労だね」


 目の前に腰掛けるお医者さんが、やや予想外なことを告げました。

 クエストの帰り道、突然倒れてしまったユージーンさんを運んで、望翠殿に駆け込んだのは数時間前。

 魔法による精密検査を終え、心配していた私たちは『睡眠不足』の一言で拍子抜けしてしまいまました。


「つまり……深刻な病気ではない……?」


「まぁね。少なくとも今すぐ死ぬとかそういう話じゃないから、安心してください」


 はぁ……良かった……。

 寝台で横たわるユージーンさんは、顔色は悪くない。

 だけど……倒れてしまってから、どんなに呼びかけても返事がない。意識もずっと戻らなかった。

 そのせいでものすごく心配になってしまった。体も子供の状態だからなおさら。

 そのユージーンさんの顔、目の下に望翠殿つきのお医者さんが手を添える。


「ほら、見てくださいよ。元々の目つきが悪いせいで分かりづらいけど、隈ができているでしょ?」


「あ、はい。確かに」


 目つきは……うん。悪い。見慣れてきたといっても、まだちょっと怖い。

 ごめんなさい、ユージーンさん。

 今は肉体の年齢相応の、あどけない寝顔なんだけど……。どうしてもね。


「薬を打とうにも針が通らないし、口を開けさせようとしても頑として開けないし……このまま眠らせて自然回復を待つしかないね。起きたらもう一度連れて来なさい」


「え?ここで 休ませてもらえるのでは?」


「貴方がたもそうだけど、彼のような高貴な身分の者が……いや、違うか。特別重要な人物が休むには、ここはいささか窮屈・・でね」


 お医者さんが視線を扉の方に向ける。

 その向こうでは、大勢の気配が渦巻いているように感じる。

 ああ……そっか。自覚が薄いのでピンと来なかったけど、ここでは私たちは『英雄』というとても高い身分なのでした。

 部屋の方には遠慮して訪ねて来ないようだけど、『お見舞い』という名分が有るなら入ってこれるみたいです。これでは迷惑になってしまいますね


 と、そんな時、向こう側の気配に変化が生じる。

 妙にざわついていると言うか……まるでお目当ての人を見つけたファンのような感じがします。


「ははは。それじゃまたね。お嬢さんたち」


 扉を開けてロベルトさんが入って来た。部屋の外に居る王族の女性たちに向けて投げキッスなんかしている。

 そんな仕草をしても嫌味な印象を受けないのは、それがとてもサマになっているから、かな?

 軽佻浮薄なところはマイナスなんだけれど、妙に愛嬌があるせいで憎めない。

 一応、扉の向こうには、男性もいたのだけれど、ロベルトさんにはどうでもいいみたい。


「裏が取れた。ユージーンのやつ、ここひと月ほどまともに寝ていないらしい」


「ひと月!?」


「それが本当なら……この子は化物だね……」


「その情報はどこから?」


「天井裏にいる子猫ちゃん達から」


 上を見上げてウインクするロベルトさん。

 途端に上からもざわついた気配がし始めて、『きゃー!』という黄色い悲鳴が聞こえる。

 うん。詳しくは聞かないでおきましょうか。


「マスター……」


 ひと月、という言葉を聞いて、ユージーンさんに寄り添っているチャルナちゃんが顔を歪める。他の子達は部屋で大人しく待たせたのだけれど、チャルナちゃんだけはどうしてもユージーンさんのそばを離れようとはしなかった。

 今も、涙でぐしゃぐしゃになった顔で、悲しげにしている。


「…………ひとまず、部屋の方に移してそっちで養生してもらいましょうか」


「大丈夫なんですか?特に何も治療してないんですが」


「そもそも打つ手なしだよ。魔法で治療してもいいんだが、おおよそ現実的じゃない。恒常的に魔法をかけ続ける魔力なんてあたしには無いね。容態が急変したら、ココに来な。この医務室にいつも居るから」


「分かりました。ありがとうございます、先生」


「英雄様に先生と言われるなんて、あたしも出世したもんだ」


 呵呵かかと笑うお医者さんの笑顔に見送られて、私達はユージーンさんを連れていつもの部屋へと帰るのだった。

 途中の王族の方々には、病人がいるということで、丁寧にご遠慮願いました。





「便利ですね、ロベルトさんのその能力ちから


「惚れたかい?」


「あはは。ロベルトさんはいつも面白いですね」


「そうだろ?――――あれ?さりげなく拒否られてない?ねぇ?」


 ユージーンさんの体が、ふわふわと浮きながらゆっくりとベッドの上まで運ばれてくる。その上にはロベルトさんの神器がある。

 ロベルトさんの《アトラクション》は、その棍棒の神器を起点にしているみたいですね。

 浮かんでいたユージーンさんの体が、ベットに軟着陸する。


「…………こうしてるとただの子供だな」


「……はい」


「気ぃ張って一人で全部背負い込んで、勝手に潰れてたら世話ないぜ」


「でもそれは、私たちが未熟だから、でしょう?」


 きっとユージーンさんひとりなら、なんでも自分でこなしてしまう――――。

 会ってからまだ短い期間しか一緒に居ないのに、そんな気がします。

 私たちのせいで負担が増して、その結果としてこうなったのなら……やりきれない。

 会った時からずっとお世話になりっぱなしで、今もこうして負担ばかり強いているのが心苦しいのです。


「考え過ぎやって。さっきのロベルトの話、聞いとったんやろ?ひと月言うたらウチらが来る前からやで」


「こなみさん……」


「セナやんはユージーンさんのお気に入りやからな。そないなしょげた顔しとったら悲しむで?」


「お気に入りになったつもりはありませんが……」


「いや、それはないでしょう。明らかに瀬奈さんだけ扱いが違うと思いますよ、僕」


「田中さんまで……」


「ま、それはともかくや。ユージーンさんはひとまずこのまま寝かせておくとして、一番の問題は、これからどうするか、っちゅうこっちゃ」


 これから?確かにクエストは朝一で受けて、帰ってきてから朝食を食べたのだから、今日一日はまだまだ時間はあります。

 でもそれが問題というのもよくわからない。


「せっかくお目付け役が居なくなったんや。これはちょうどいい機会やと思うで?」


「機会?」


「ちぃとばかり窮屈やない?せっかく街に出れても団体行動、っちゅうんは。…………ウチらが街にでも出て、栄養のあるもんを自分たちでとってきたりしたら、少しはウチらの事認めてくれるんやない?」


 つまり……保護者ユージーンさんのいない状況で、外に出る、ということ?

 でもそれは……とても危険だとさんざん忠告を受けています。


「ウチらかて、レベルも上がったし神器も使いこなせてる。いつまでも過保護な保護者の後ろにはいられへんのやから、ボチボチ慣れとかんと」


「いけませんよ、こなみさん。私たちの立場を考えると、敵は魔物だけでは――」


「なによりや。ウチらに気ぃかける必要がないって分かったら、ユージーンさんも今回みたいにぶっ倒れるまで頑張る必要がない、って理解してくれるやろ?」


 ……ッ!そう言われると……。

 視線を眠り続けるユージーンさんへと移す。

 これだけ騒がしくしているというのに、ピクリともしない。そして、そのそばには心配そうなチャルナちゃんが目を赤くして寄り添っている。

 その痛ましい姿に罪悪感を感じて、目を逸らしてしまった。

 こなみさんはああいったけれど、私たちがいなければユージーンさんはどこかでしっかりと休みを取ったはず。


「こなみちゃんの言いたいことはわかるけど、俺は賛成しねーな」


「なんでや?」


「さっき王女さま達とお茶会の約束してきたからな。行くつもりなら止めはしないけど、俺なしで行くことになる。パーティーのうち、ルイちゃん、チャルナちゃんはユージーンの看病。そして俺。特に戦闘慣れした3人が居なくなるんだ。何かあってもおかしくない」


「こんな時でもナンパに行くんですか!?」


「こんな時だからこそ、だ。ユージーンが動けないなら危険を冒すべきじゃない。できることをしようとしたら、こうなるんだよ。――――ってわけで、俺は不参加な。後はよろしくゥ」


 田中さんの抗議も特に気にしないで、ロベルトさんは部屋から出て行ってしまいました。


「薄情なやっちゃなー。…………で?どないする?」


「…………」


 元々、自由を追い求める傾向の人だとは思ってましたが……こんなことを言い出すとは。危険な傾向です……。

 このまま放置しても、こなみさんはきっと一人で行ってしまう。

 私まで抜けてしまえば、後はこなみさんと田中さんだけ。それでは不測の事態に対応できないでしょう。


「…………分かりました。行きましょう」


 渋々ついていくしか、選択肢はありませんでした。





―――――こなみ視点――――――


「さっきの話じゃないんやけど、ユージーンさん、セナやんの時だけ優しい気がするんよねー」


「そんなことは……無いと思いますけど」


 いやいや、その顔はどう見ても思い当たる節がある顔やで?

 なんちゅうか……当たりが弱い気がするんよね。


 雑踏の中を掻き分けて三人で歩く。

 さっきギルドまで足を伸ばして、薬用になる素材を持つ魔獣の情報をもらってきた。

 『三つ角鹿トライホーン』の角の粉末。

 『トラッププラント』の葉。

 『イビルスネーク』の翼膜。

 あいにく、こいつらに関するクエストが無かったのが残念だが。

 今はその生息地に向かって街の中を移動しているところだ。


「ユージーンさんの方はおっかなくて聞けへんけど、セナやんの方はどうなん?こうして薬取りに付き合ってくれてるんやし、憎からず思ってんちゃうの?」


「いえ、それはありません」


 即行で否定されてもうた。

 ユージーンさん……脈なしやで。


「ですが……」


「ですが?」


「兄さんみたいな、暖かい感じがします……」


 お、おお?セナやんが笑った……。

 いや、笑うたところは見たことあるねんけど、なんちゅーか、こう……とろけた笑顔や。こんな無防備な顔見せるなんて、セナやんのおにーさんは幸せモンやねぇ。

 てか、セナやん、意外とブラコン?


 ……あれ?ユージーンさんがおにーさんみたいな感じがする?それってどうなん?

 ブラコンのセナやんが、肉親みたいな感じがするって、恋愛対象外?それとも守備範囲内?


「ゆ、ユージーンさんのどこ見てそう思ったん?」


「具体的にどう、と言われると困るのです……。私もはっきりとは分かりません」


 ふーむ?なんやろね?

 まぁ、どう見ても武道一直線な生真面目娘であるところのセナやんが、恋愛感情と親愛の感情をごっちゃにしてまう可能性も無くはないんやろうけど。




「それはともかくとして、こなみさん。何か異変があったらすぐに撤退するという約束、忘れないでください」


「分かっとるって。心配性やなセナやんは」


 ええかげん耳にタコできるで。

 ウチらは勇者さまなんやで?そう簡単にやられるかいな。

 超加速トランザムできるセナやんに、ゴーレム召喚できるウチ。

 ヨッシーは……まぁオマケやな。

 これだけ強力な手札が揃っとるのに、いつまでもセコセコ裏側で動いとるんは性に合わんねん。

 ギルドで毎日他の冒険者が驚いとる顔見てたら、ウチらの実力が並外れてるんは十分に分かるわ。


 もっと強くならな……今は『勇者』の肩書きがあるからええけど、もし本当に世界を変える化物が出てきて、ウチらが手も足も出ぇへんかったら……。

 見せかけの好意はすぐに裏返る。

 守るハズだった人々から、石持て追われる事になる。

 急がなあかん……。ウチらはただの高校生やで。


 ユージーンさんは何考えとるんやろ。

 ある程度の力をつけるのには前向きみたいなんやけど、ウチらが『化物』と戦うんは避けたい……。そんな印象がある。

 そんなことをする意味がわからへん。

 化物と戦う戦力として見とるんなら、もっと力をつけなければいけない。

 ウチらに出てきて欲しくなければ、放置しとればいい。

 最悪、ウチらを暗殺することだって……。


「…………」


「……?どうしました?私の顔に、何か付いてますか?」


「いや、なんでもあらへん」


 もしも。

 もし、その答えがあるとすれば――――この子や。

 セナやんだけ態度が違うはなんでや?

 この子が居るから……ユージーンさんのウチらへの扱いが歪む・・んか?


 まさか惚れた?

 いや、ありえへん。そんならもっと露骨にアピールするし、歓迎会の名を借りた合コン会場になんか送り込まん。男よけの助言すらないんはおかしい。


 親友の妹だから?

 あの人がそんなこと気にする性格か?


 不可解に過ぎる。

 まず間違いなく、あの人には裏がある。

 その裏を読み切れなければ、この異郷の地で死ぬことになる。願いも果たせず、家族もなく、何も分からないまま。

 そんなのはゴメンや。ウチはあの願いを叶えるためにココに居るんやから。

 ソレを回避する為には力が要る。いつまでも閉じこもってなんかいられへんねん。


「あの……こなみさん?こっちであってるんですか?」


「なんやヨッシー。今ええとこなんやから……って、あら?」


 なんや妙なところに出てもうたな。倉庫街とでもいえばええんやろか?人気の少ない場所や。

 しゃあない。引き返すか。

 そう思って振り返った時、かすかにうめき声のようなものが聞こえた。

 そちらを見ると、セナやんが首を抑えてうずくまっていた。


「どないしたセナやん!?」


「こ、なみ、さん……マズい、です。逃げて……」


「こ、こなみさぁん!囲まれてます!」


「なんやて!?」


 視線を上げると今まで人っ子ひとりいなかったというのに、道路のあちこちから人影が姿を現してくるところだった。

 数が多い……!10や20できかへんで……!

 男も女もおる。体格も服装もバラバラやけど、共通してるんは明らかにこちらを狙っている目でや。


「ちッ……ゴーレム……!」


「おぉっと待ちな。ゴーレムを呼んだらその綺麗な指へし折っちまうぞ」


 ッ!?

 く、首筋に何か冷たいもんが当てられとる……!

 声はすぐ後ろから聞こえとるし……。これはあかん……!

 すまん、ユージーンさん。しくじってもうたかも……。





―――――田中視点――――――


 ツイてない。

 まったくもってツイてない。

 なんでこんなことになったんだ。僕が何したって言うんだ?

 うぅ……なんだってこう……いっつも上手く行きだした頃に壁にぶつかるんだろ?


 歓迎会までは良かったんだ。

 別に僕の神器がヒモだって、別に良かった。

 だってあんな神器で化物に立ち向かえ、なんて誰が強制できるって言うんだ?あの神器のままなら、僕は戦わなくて済む。

 意気地なしと言われようがなんと言われようが、僕には無理だってわかっていた事なんだ。

 後は他の人たちに任せて付いていけばいい。流されるままに行けば、どこかで別れることもできただろう。


 なのに……どうしてこうなった?


「こっちの女二人が惜しければ、妙な真似はするなよ?」


 言われなくても動けないってーの。

 取り囲まれた後、僕らは近くの倉庫の中に連れ込まれた。

 瀬奈さんは薬物か何かを打たれたらしく、力なく項垂れていて動く気配がない。

 こなみさんは首筋にナイフを突きつけられていて動けそうもない。

 そんでもって僕は、両手をぐるぐると縄で巻かれて身動きも出来ない。


 というか、なんで僕が一番厳重に拘束されてるんだろ?どう見たって貧弱なナリなのに。


「お前らを捕まえれば金貨で報酬が手に入る。要注意と言われた男の方は、女を人質にしろと言われたが――――そんな必要もなかったみたいだな!あっはっは!見ろよこいつ!ブルっちまって戦おうとも思ってないみたいだぜ!?」


「お迎えが来るまで寝ててもイイんじゃねーか?どうせそっちの腰抜けは動けねーし、女どもは薬で無力化してるしよ」


 ギャハハ、と下卑た声が倉庫内に響いた。

 ああ、そうだよ。英雄なんて言われても、僕はついでみたいなもんさ。だからこなみさんだって、僕に了解は取らないで連れ回すんだ。


 僕が弱いから。

 力が、とか、実力が、とかではない。

 意志が弱いんだ。

 だからいつも侮られる。

 この世界でも。元の世界でも。

 自分を変えたくて、いつも僕を馬鹿にするあいつらを見返したくて、BSバトルシュミレーションをやろうとしたけど……このザマだ。


 ユージーンさんはスキルを『意思を原動力にして、境界を超える力』と言った。

 けれど……それなら僕の神器がヒモだというのも納得できる。意志が弱いから。


 瀬奈さんのような、切りつける程の強い思いもない。

 ロベルトさんのように、他を潰してでも押し通す意思もない。

 こなみさんのように、他を従える意思もない。

 ただ流されるままに生きる僕には、風になびいている『ヒモ』がお似合いだ。

 そんなヒモすら覚醒しないのは、僕の意志が固まっていないからだ。




「なぁ?あいつらが迎えに来るまで時間があるよな?」


「まぁ……あるだろうよ。使いはやったから、大急ぎでこっちに来るんじゃねぇか?つってもこんなハズレにある倉庫までなんて、馬車使っても一時間はかかるだろ」


 どうやら、こいつらはただ雇われて僕たちを攫ったみたいだ。

 裏にいるのは誰だ?僕を要注意と言ったようだが……そうすると、あの歓迎会にいた奴らか?

 なんとかして情報を読み取れないかと、無意識に考え込んでいた僕の耳に、最悪なセリフが飛び込んできた。


「ならよ。女どもを使って楽しまないか・・・・・・?」


「――ッ!?」


「おいおい、馬鹿言うなって。依頼人にバレたらシャレにならん」


「ちょっとくらい大丈夫だって。見ろよ、ガキにしては中々良い体してんじゃねェか」


 こいつら……何を言ってるんだ……!?

 そんなことをしてなんになる?すぐに警察やら兵士やらに見つかって捕まる。DNA鑑定すれば犯人だって……。

 ――――いや、馬鹿か僕は!?ここはムーンベースとは違うんだぞ!?


 こなみさんが持ち上げられた男の腕を見て蒼白になっている。

 瀬奈さんは気丈に睨みつけているけど……体が震えているのが見えてしまった。


「や、やめろよッ……!」


「腰抜け野郎はすっこんでな!オメェには関係無い話だからよ」


 絞り出した声は、奴らの興味を引くこともなく、虚しく響いただけだった。

 関係無い……。そうだ、自分には関係無い。

 少なくとも奴らの行為の最中には、自分も彼女たちも殺される事はないだろう。

 関係無い。心を閉ざして凍りつかせておけば、自分には関係無い。

 関係無い。

 関係無い。

 関係無い……。


「関係無い……わけがあるか……!」


 下衆なことを考えている自分に嫌気がさす。

 関係がない?あれほど瀬奈さんに励まされたのに?

 関係がない?あれほどこなみさんに引っ張ってもらったのに?


 流されるまま?流されるままに……あんなクズどもと同じところに流れつけと言うのか……?

 そんなのは絶対に嫌だ。

 流れていくのが僕の運命のようなものだとしたら……その流れを変えるのが今じゃないのか!?


「すぅ……はぁ……」


 ユージーンさんは言っていた。

 『意思を原動力にして、境界を超えるのがスキルだ』と。

 そして――――。

 『だが、それは必ずお前らの中にある。…………田中、お前の中にもな』とも。


 【田中良男】という男の運命が、流されることにあるとするのなら、運命を変えるにはどうしたら良い?

 その答えを、僕はもう貰っているはずだ。

 僕は、僕じゃなくなればいい。

 演じろ……!騙すのは他の誰でもない!

 自分に信じ込ませろ!『自分は英雄【ライスフェルト・ミッテ・グートマン】だ』と!


「その汚物のような手を離せと言っているのが聞こえんのか。ドブネズミの頭は脳まで腐りきってるようだな」


「――――なに……?」


「おや、聞こえたのか?これは珍しい。人の言葉が分かるネズミもいるのだな。そっちの仲間は分からんのか?ほれ、チュウチュウ?」


「おい、こいつ頭でもおかしくなったのか?」


 男たちが立ち上がる。

 こういう連中は、獲物が自分に立ち向かえないという『状況』が好きなんだ。自分達の力で相手が抗えない『状況』が。力を誇示できる空間が。

 だからちょっとした口答えでも、バカみたいに反応する。

 虐められてたからよくわかるさ。お前らみたいなクズのことは。


「おい、近寄らないでくれよ」


「ははッ!なんだ、今更怖くなったのか?」


「怖い?ネズミが怖いやつなど居ないだろう。不潔な畜生風情が近寄ってきたら、誰だって気持ち悪いだろ。ああ、それ以上近寄らないでくれ。風上にも寄るな。肥溜めにも劣る腐臭がここまで来て吐きそうだ」


「テメェ……!いい度胸してんじゃねェか」


「おい、口も開くなよ。糞食いの口臭など嗅ぎたくもない」


 おどけてオエェ、と吐く真似事をすると、顔色が赤を通り越して紫になってきた。

 ここまで馬鹿にされてキレないようなら、今度はあいつらを腰抜け呼ばわりしてやろう。

 そう考えていたが、そこまでで我慢の限界だったらしい。


「切り刻んで碧湖にばら蒔いてやれ!」


「死ねぇぇぇぇぇぇッ!」


 怖い。

 怖くてたまらない。

 だが……その怖いという感情を『田中良男』に押し付ける。

 いま表に出ているのは『グートマン』だ。

 冷静に、この状況を突破しなくてはならない。


「『我と我が名と我がしるべ 誓いによりて敵を断つ 破敵の剣 いざここに』」

 「『ソード・クラフト』」


 習っていた魔法で剣を精製し、出現位置を背後に指定して両手の縄を切る。

 素早く立ち上がって、更なる魔法を詠唱した。


「『我と我が名と我がしるべ 誓いによりて敵を撃つ 破敵の弾丸 いざここに』」

 「『魔法弾バレット』」


 怖いと思った感情が魔力を産み、魔法回路を伝わって魔法と成る。

 生み出した魔法弾はひとつ。属性は炎。

 目の前に拳ほどの大きさの炎球が現れて、発射されることなくその場に滞空する。


「ぎゃはははは!そんなチャチなタマひとつでどうするつもりだ、おぼっちゃーん!」


「はッ!頭イカレてやがるな!こっちが何人いると思ってる!?」


 見りゃ分かるさ。

 馬鹿面引っさげたのが十人。外にも見張りがいるんだろ?

 だがこれで良い。この魔法ひとつで十分だ。

 にやりと笑いながら、僕は懐から手製の爆弾・・を取り出した――――




―――――ロベルト視点――――――


 こなみのゴーレムが、血相変えて俺とレディ達の部屋に飛び込んできたのは30分前。

 どうやらこなみに何か異常があったらしい。

 この時のためにワザワザゴーレムを一体、連絡用に用意してるあたり抜け目無いな。


 ゴーレムの指し示す方向へ、ちょっとした裏技・・を使って真っ直ぐに駆けつける。

 そこには――――


「ヒィィィィィ!?き、聞いてねーぞあんなの!」


「悪魔だ!悪魔がいる!」


「逃げろ!焼き殺されちまう!」


 あー……。なんだあれ。

 ものすごく人相が悪い連中が走り去っていく。そしてそのあとを追いかけるように小爆発が起きる。

 運悪く逃げ遅れたやつが火に巻かれてその場を転げまわっていた。


「ちッ……クセぇクセぇ……!やっぱりクソみたいな奴は、焼いてもクソみたいな匂いしかしねぇな」


「タナカ……だよな?」


「ミ゛……」


 火の玉を従えて、白煙の中から現れたのは、両の手で小型の爆弾を弄ぶタナカだった。変に雰囲気が変わってはいるが。

 大した感慨もなさそうに、おもむろに火を点け、逃げゆく無法者アウトロー達に向かって無慈悲に追撃をかける姿からは、常日頃のチキンっぷりがまるで見えない。

 どうしちまったんだ、タナカは……?


「あ……」


「……よ」


「ミ゛……」


 見つかった。

 大丈夫か?いきなり襲いかかって来たら、迎撃するしかないぞ。

 そんなことを考えたが、余計な心配だったらしい。


「ろ、ロベルトさぁぁぁぁぁぁん!」


「うおっ!?」


 いきなり抱きついてきた!?俺にそっちのケはないぞ!?

 などと思ったが、タナカが泣いているのが目に入り、驚いて固まっちまった。


「う、うぅー……。今の連中に、僕たち拉致されかけて……」


「そ、そうだ。セナちゃんとかこなみちゃんは……」


「無事やで。ヨッシーの爆弾で死にかけたけどな」


 煤で黒くなった倉庫の扉(らしき残骸)から出てくるこなみちゃんを見てほっとした。それにしても爆弾、ね。


「あー……そうか。使ったのか、アレ」


「はい……ぐすッ……」


 さっきまでの爆弾魔っぷりはナリを潜めている。

 それにしても、あの爆弾を使ったのか。

 タナカはあれを『派手に火花は散るけど、あくまで牽制用』などと言っていたが……それは大きな間違いだ。

 確かに黒色火薬は他の火薬に比べて威力に乏しい。

 だがそれは、あくまで他の火薬・爆薬と比べての話だ。


 破壊力には現れないが、黒色火薬は爆発すると赤黒い炎と爆音、真っ黒な煙を盛大に撒き散らす。

 爆撃やプラスチック爆弾などがある現代ならまだしも、ここの世界の住人は『爆発』という現象自体に縁がない。知識もない。

 なので『明らかに馬鹿デカい炎色反応』を目の前で行使されたらどうなるか。


「化物だ……!炎を操る化物だ!」


 となる。

 向こうからしたら、ほぼノータイムで爆炎を連発する怪物に見えるだろうな。そりゃ泡食って逃げ出すさ。


「ありがとうございました田中さん」


「いえ、僕なんて何も……」


「謙遜せんでもええよ。上手い事逃げられたんやし、胸張ってエエで」


「そうですか?」


「はい」


 お?なんだかタナカの好感度が増してるみたいだな。

 ただのチキン野郎だと思っていたが、なかなかどうしてやるじゃないか。

 ま、それはそれとして。


「早く逃げないとマズいんじゃない?」


「え……?」


「だってホラ、タナカの爆弾であっちこっち火が付いてるぜ?」


 今しがた出てきた倉庫も火がついて、俺たちの顔を明るく照らしてくれている。

 これだけの騒ぎになってるんだし、そろそろ衛兵やら管理者やらが飛んでくるだろう。


「に、逃げましょう!」


「あーあ、上手くいけへんなー……」


「こなみさん!ぼやいてないで走ってください!ほら、早く!」


 顔面蒼白になったタナカに押されて、俺たちはその場を後にした。




 何があったのか、道すがら聞きながらなんとか捕まらずに望翠殿にまで戻ってくる。

 セナちゃんとタナカは疲れたと顔に書いてあるが、こなみちゃんはまだ不満顔だ。


「結局、ユージーンさん用の栄養のある物は手に入れられへんかったな」


「まだ言ってるんですか?危ないから諦めましょうよー。僕、あんな思いすんのは嫌ですよー……」


「せめてそのくらいの成果は欲しかったな、ちゅうこっちゃ。別に今から取りに行こうとはなんぼウチでも思わへんよ」


「栄養のある物、ねぇ…………」


 そういえば……さっきのお茶会の時に、そんなものをプレゼントされたような……。他のヤローへの贈り物なんて記憶に残したくないから、すっかり忘れていた。


「一応、貰いもんでいいならココにあるが」


「え、マジで!?でかしたロベルト!」


「はっはっは。嬉しいなら抱きついてくれてもいいぜ」


 と言ったらホントに抱きついてくれた!

 うーん。サイズ的には残念だが、なかなか柔らかい感触と、女の子の匂いがする。

 ありがとなユージーン。お前がブッ倒れてくれたおかげで、俺にも幸せが。

 こんなこといったらぶん殴られそうだが。

 しっかし、今回、俺出番少ないな……。

 本当はロベルトにもうちょっと出番あげたかったのですが、文字数的にいつもの倍ほど使っていたので見送りました。

 彼の出番はまた別のお話で。

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