中の人などいない
英雄歓迎会も終わり、天上殿会議の内容は、今後の英雄たちの扱いについて話し合うことに変更したらしい。
世界中の大陸を回ってもらうことは確実なのだが、問題なのはその順番だ。
世界を変える変革がどういったものか王族たちにはわからない以上、アンテナを常に伸ばしつつ、対抗手段を待つしか方法はない。
さしあたって、現在いるこの大陸の調査をしながら、英雄たちには戦力の拡充を並行しておこなってもらう事になる。
この辺は、夏の大陸の各長たちが長く居てもらおうと工作しているようだ。
…………という話を、洗脳している兵士と、目の前に居る銀髪褐色のエルフから聞いている。
「最近、ユー君と一緒にいられなくてオネーサンさみしいなぁー?」
「知るか。連日会議してんのに、ホストが抜け出して会いに来る訳にはいかんだろ」
「アレだよね。秘密の逢瀬って感じで燃えない?」
「恋心も無いのに燃えるわけないだろ」
相変わらず誘惑姿勢は変わらんのか。
くそッ……露出過剰な格好しやがって。
「んー?歓迎会でオンナを近寄らせなかったのは、オネーサンに操を立ててるんだと思ってたんだけどなー」
「色仕掛けで引き止めんでも、『変革』が現れるまでこの大陸を離れないから安心しろ」
「あん。つれないわねー。そういう意味じゃないんだけどな」
リツィオの一時期の挙動不審はすっかりナリを潜めている。今は昔と変わらない様子で胸を俺に押し付けて来ている。
結局なんだったんだか。
「何考え込んでるの?あ、そっか。考えれば考えるだけオネーサンの胸を堪能できるもんね」
「離・れ・ろ !」
けしからん。ああ、まったくけしからん。
こんな……こんなけしからんくらい柔らかくてぬくい脂肪の塊に、この俺の鉄壁の理性は屈したりはしない。絶対に。
「嫌がる割にはなんでちょっぴり残念そうなの?」
「………………」
いや、そりゃー、まぁ、俺も健全な男ですし?おすし?
いかんいかん。気がつくと視線があの褐色の軟球をホーミングしている。
命中補正(中)がこんなところにまで。
とにかく話題を変えないといけない。
「話を戻すぞ。とにかく連中……英雄たちには、近隣で戦闘経験を積んでもらう。それでいいな」
「あ、うん。その時の注意なんだけど、一緒に王女様か王子様を連れて行くことが条件なんだって」
「…………魔法ツガイとしての経験積みか。神器の習熟も兼ねているからできれば遠慮願いたいんだが。護衛も用意しなくてはいけなくなるし」
「まぁ流石に王族がホイホイ出歩くわけにはいかないしね」
お前がソレを言うのか。この前まで一緒に旅をしていたお前が。
「一応掛け合ってみるよ。向こうも競争に焦ってるだけで、冷静に事情を話したら納得してくれるだろうし」
「頼めるか?」
「もちろん。でも、回数を減らすだけで何回かは連れて行かなくちゃいけないよ?それか、別に時間とって逢瀬を重ねる、くらいしないと」
「そこらは瀬奈たちに聞かなくちゃな。俺が独断で決めすぎるのも悪いし」
「ふーん?随分仲がよろしいようで」
「茶化すな。とにかく一旦話を持ち帰らないといけない」
「浮気はダメだよー?」
「誰と結婚して、誰と浮気……もう好きにしろ」
これ以上話してると余計な気苦労をする事になる。
このへんで切り上げるのがタイミングとしてちょうどいいだろう。
「人肌恋しくなったらオネーサンの事、探してね」
「誰がオネーサンだ。もう俺の方が身長高いだろ」
最後にちょっとくらいやり返そうと思って、俺の目線よりも幾分低くなった頭に手を伸ばす。
丁寧に整えられている髪を乱暴にワシャワシャと掻き乱す。
…………。不思議な感触だ。
女性の髪の毛を絹のような、と表現する小説はいくつも見てきた。
これがそうの感触だ、と言われるとすんなり信じ込みそうなくらい、柔らかで繊細。
クセになりそうだ。
「ほれ、どうした?なんか言ってみせ――」
「…………」
「……。リツィオ。いくらなんでもいきなり無表情になられると、俺だって驚くぞ」
手の下の顔がいきなり完璧な無表情だったので、ビビった。
なんだこいつ。いきなり……。
あれ?まさかこいつ…………動揺してる?
表情を取り繕えないくらい、素の顔が出てきているのか?
「わ、私ちょっと用事があるから……またね!」
「え、あ……おお」
唐突に弾かれたように走り出すリツィオ。
俺の返事が聞こえるかどうか。声が背中に届ききる前にリツィオは角を曲がって消えてしまった。
なんなんだ。
「まさか、な…………」
アイツが俺に撫でられただけで動揺するわけない。そんなタマじゃないのは、俺が重々承知している。
髪の感触がまだ残っているように感じて、ふと、手のひらを見つめる。
成長して無骨になった指の間に、銀に輝く毛がひとつ、絡みついて残っていた。
さてはて、どうしたもんかな。
戦力の拡充……額面通りに受け取るのならば、強くなる為の修行、もしくは…………新たなパーティメンバーの確保だ。
この世界では常識的に考えて、一番の戦力は魔法ツガイだ。
暗に王子や王女と絆を深めてこい、と言っているのだが……個人的には賛成できんな。下手に政治なんかとかかわり合いになると、後々面倒になることうけあいだ。
危険をおかして自らの実力を高めに魔物を倒しに行くか、
安全な望翠殿の中で、高貴な身分の者と恋の駆け引きを楽しむか。
そのへんはリツィオにも言ったようにあいつらに決めてもらおう。
「…………と、いうわけだ。どうする?」
「うーん。念願のお外か、それとも王族とのラブロマンスか……」
いつもの部屋に帰ってきて早速、これからのことを話した。
話した…………のだが、悩んでいるように見えるのはロベルトだけだ。
「ロベルト以外の3人は、もう決まっているのか?」
「ウチは最初っから外行きたい言うてたしな」
「私は……飼い殺しになるのは嫌です。それに自分の願いに他人を巻き込むのも気が引けます」
こなみと瀬奈は魔物と戦うことにしたのか。
残った田中はどうするかね?
歓迎会の様子を見ていた限りでは、女性陣に囲まれてまんざらでもない様子だったし、それに……田中は直接的に攻撃する手段が限られている。
神器がまだ目覚めていないのだ。
臆病(慎重と言い換えてもいいが)な田中が、対抗手段も無いままに危険な生き物と戦うのを良しとするわけがない。
そう考えていたのだが……。
「僕も戦います」
「…………良いのか?」
「はい」
意外だな。
こういう時は安全策を取るとばかり思っていたが。
「なんというか……釣り合わないと思ったんです」
「釣り合わない?」
「はい。確かに僕は誰かと付き合いたいと思ってました。できれば安全なとこに居たいのも間違いないです」
「ふむ。それで?」
「でも……向こうは王族で、自分は満足に神器も使えない名前だけの英雄です。僕が彼女たちに興味を持ってもらえているのは、ひとえにそれだけが理由なんですよ」
田中を取り巻く環境はそれで合っている。いや、合っていた、か。
あの地震で田中の株はかなり上がっているはずだ。
英雄、という名目だけならばロベルトでも良い。だが、それでも田中に人気があるように見えるのは、やはり地震の時の態度が原因だろう。
そう言ってみたのだが……。
「いえ、それは僕がただ慣れていただけで、僕自身に力がないというのは変わりません」
「それはそうだが、はっきりと言ってしまえば、連中が欲しているのはただの『神輿』だ。本気で英雄ひとりで『変革』に対応させるつもりはないだろう。むしろ、力があればその分邪魔になるかもしれない」
「つまり、好きになった人の前で何もせずに、お飾りの人形に成り下がれ、と?」
「…………」
「僕はそれが嫌なんです。この世界に来たからには……自分にも、超常の何かがあるからには、危険を冒してでも僕は……」
「なるほどな」
言ってみればただのプライドの話だ。
女の前で情けない姿を見せたくない、と田中は意地になっているだけとも言える。
だが。
「良いんじゃないか」
「え?」
「綺麗事言うよりは、そういう理由の方が……面白い」
たかがプライド、などと言えはしない。
俺も似たようなものだしな。
「そんじゃ、田中も戦闘に駆り出すとして……ロベルトはどうする」
「んー。正直言えば、強くもなりたいし、女の子と遊びにも行きたい」
「正直だな」
「まーな。地震のあとに慰めに来た子達と仲良くなってさ。是非また会いましょうなんて言われちゃったらさ。――――それともう一つ、理由がある」
「聞こう」
「まぁ、単純な話で、英雄の誰も王族と繋がりがないってのはマズいだろ?王族たちとしてはあくまで英雄は自分たちの陣営にいてほしい。英雄が別に独自組織作られちゃったらよろしくない、と」
「ふむ……」
確かに、今の状況は俺がこいつらに助言して独立させようとしているようにも取られる。
それはかなりマズい。
この世界の常識も、生活基盤も無い瀬奈たちが、この世界の国家全てから命を狙われるとしたら、抗う術は無いに等しいだろう。
そういう意味ではロベルトの言うことはもっともだ。
「コネを作っておくのは悪くないだろ?」
「そうだな。では、ロベルトは王族たちの中にコネクションを作っておいてくれ。言ってくれたら魔法ツガイとして実践をするときの前衛をする」
「ラジャ」
どうにも俺は人と協力するというのに考えが及びにくい。
基本的には一人で戦うしな。
そういう意味ではロベルトの低減はとてもありがたい。
「が、くれぐれも言っておくが、不特定多数と深い関係にならないようにな」
「ら、らじゃ……」
「…………」
田中からも冷たい視線が飛んできて、ロベルトが冷や汗をかく。
そのコネクション、要所要所に女性が関与しているのは間違いないだろうな。下手に付き合い方を間違えると、かなり危険だ。
気を付けねぇと巻き込まれるかもな。
ロベルトはたまに戦闘に参加して、たまにお姫様のところへと遊びに行くことになった。
これで瀬奈たちも魔物討伐の為に望翠殿の外に出れることになる。
問題はその腕前か。
前も言ったがそうホイホイ出歩かせるわけにはいかん。
「基本的には出かける際は三人組だ。チャルナとルイは組んで一人前だとして……瀬奈たち側二人+俺とチャルナペアで組む」
言うまでもないことだが、俺とチャルナペアは護衛だ。
分けたのは、魔物戦のとき人数が増えるとどうしたって動かない奴が出てくるから。人数が少なければ必死になるはずだ。
「しつもーん。例えばロベルトが居らへんくて、ウチとセナやんが組、ヨッシーはぼっちになったらどうするん?」
「その時は人数が少ない方に俺が入る。戦力的にはそれでトントンだろう。慣れてきたり誰かパーティーメンバーを増やしたりしたら個別行動も可にする」
現状、いくら神器の力が使えると言っても、まだまだ危なっかしい。
個別行動が取れるくらいまで強くなるには時間がかかるだろう。
「今日は戦いにはいかないが、冒険者ギルドに登録に行く。そこで依頼を受ければ収入も入るし、情報も手に入れられる」
「おお!ファンタジーっぽい!」
「つっても、ただの寄合所だ。あんまり期待はすんな」
「ええやん!よーやく街に出られるんやから」
晴れ晴れと笑うこなみには悪いが、あんまりあっちこっち歩かせられん。護衛は時として監視役にもなるということをたっぷりと教えてやろう。
「……っと、そうだ。今のうちに言っておこう」
「なんや?」
「倒した魔物・魔獣の一部は、冒険者ギルドでも買い取っているが、俺のところに持ってきても買い取ろう」
「なんで?」
「俺のスキルに大量の物資を必要とするものがあってな。この前の戦いですっからかんだ。だから持ってきてくれれば相場より高く……は無理だな。査定してポイントでもつけとくか」
「ポイント?」
「溜まったらなんでも言うこと聞いてやろう。危険な場所でレベル上げさせてくれだとか、アイテムくれだとか。逆にこっちから指定のものを持ってきてもらうこともあるかもしれんが」
俺の力からいってこいつらの行けない場所でも問題なく活動できる。危険な場所にはそれなりに経験値保有量の多い魔物がいるだろう。
「なんか……ホントにゲームのNPCみたいな事言い出しますね」
「あー、確かに。実は中の人なんて居らへんかったんやー!とか言われると困るで」
「あ、あはは……」
なんか別の話に飛んでってる奴がいるようだが……。
うちの仕事場、『うちは社長がキリスト教だからお盆は無し』といいます。
冬になると仏教になるです…………。
どっちなんすか?と聞くと『ワークシェアリング』って知ってるかと聞き返してくるとです。
なんかチゲぇ。