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英雄歓迎会3



 歓迎会は全体的に中盤に差し掛かり、いつの間にか湖のほとりに現れた楽器隊が、ムーディーな音楽を演奏し始める。

 夜の月明かりに浮かぶ水辺とそれに相応しい音楽で、雰囲気を一気に盛り上げようという意図が見て取れる。

 ゲストの英雄達があちこち動くせいで、あぶれた王子王女たちが話し込むようになってしまい、シチュエーションのおかげで和やかに歓談する光景があちこちで見られるようになった。


 こなみのゴーレム部隊から逃げ出した後。

 当の俺はというと――


「お初にお目にかかります。ユージーン殿。私は西の大陸のラウレル共和国にて代表を務めております、ロドルフォ・アルコと申します」


「これはどうもご丁寧に。改めましてユージーンです。どうぞよろしくお願いいたします」


 子息・息女の方ではなく、何故かその親に捕まっていた。

 表面上は丁寧に話しているのだが、お互い目の奥は笑っていない。

 向こうは俺の本当の性格を知っているし、俺は俺で、相手が俺に良い印象を持っていないのを知っている。


 なんともお寒い茶番だ。

 白々しいにも程がある。

 目の前に居る男は、あからさまに媚びへつらうような視線で見上げてくるので、ちょっとくらい変な言葉遣いでも大丈夫だろうと、取ってつけたような敬語で応対する。

 表面的には敬意を払っていても、本心では軽んじているのが相手も分かっているのだろう。目尻が微妙に痙攣している。

 俺がかしこまって



 俺を囲んでいるのは10人にも満たない数だが、こいつらを無碍に扱うのはさすがに駄目だ。

 視線で牽制していただけで済んだ子息・令嬢なら簡単だったんだが……。

 流石、魑魅魍魎とまで言われる社交界の住人。このくらいじゃへこたれないか。


「北の大陸はイーニー国国王、パーヴェル・イーニーである。こたびはそなたと出会えたこと、まこと嬉しく思うぞ」


「こちらこそ、国王陛下。麗しいご尊顔を拝見できて恐悦至極で御座います」


 表向きはかしこまっているが、こっちのじいさんも『よく言いよる、この小童が』とでも言いたげな苦笑が口の端に浮かんでいる。

 なんとも面倒な世界だ。

 こうならないためにうちの国アルフメートでは大人しくしていたんだが……まぁ、目的の為ならしょうがないか。

 今回を逃せばこんな絶好の機会はそうそう無いだろうし。


 それにしても、どんだけ挨拶に来るんだ。ボチボチ顔の筋肉が引きつってくるんだが。


「今日は私の孫娘を連れてきておる。これがなかなかに美人でのう。せっかくの機会だ。新進気鋭の実力者に、紹介したい」


 いくらなんでも直球が過ぎないか、じいさん。

 もうちょいオブラートにくるめよ。


「それは奇遇ですね。私どもの国の姫もこの会場にいますので、是非紹介に預かりたく……」


「おお、それはいい考えだ」


「では私どもの娘も……」


 あからさまな誘導に、次々と王族が乗っかる。

 ここまで来ると茶番も過ぎる。


 さて、どうやって躱したもんかな。

 俺としては田中のように誰かと付き合いたいなどとは微塵も思っていない。

 政争に巻き込まれてダシにされるのは御免こうむる。


「おお!これはユージーンではないか」


「――ッ。……はい。ご無沙汰しております、アルフメート王」


 あぁ……もっと面倒なのが出てきた。

 実家という首根っこを抑えている相手。ダリアのある国の王。アルフメート王だ。

 俺と売り込みをかけている王族との会話に割って入ったアルフメート王は、朗らかな笑みを浮かべながら、口を開く。


「これほど集まって、一体何の話をしておるのだ?」


「皆様のお国の王女様をご紹介いただくところです」


「ほう。それはそれは。だが、あまり目移りしていると、うちの娘がヘソを曲げてしまうぞ?」


 あくまで親しげな口調でそういうアルフメート王。

 “ユージーン”はあくまでただの庶民だ。……おおやけでは。

 だが、ココに居る王族達は知っている。俺の正体が『ユージーン・ダリア』であり、春の大陸はアルフメート王国の貴族の息子だと。

 そこでアルフメート王女との関係を匂わせればどうなるか。

 考えるまでもない。


 牽制、だろうな。

 せっかく自分の国の出身者から強力な人材が出たというのに、ソレを他の大陸に流出させるわけにはいかない。そういう考えなのだろう。

 あくまでこれは牽制であって、俺に向けた助け舟ではない。

 アルフメート王の発言をそのまま鵜呑みにすれば、アルフメート王女――――要するにセレナのことだ――――とただならぬ関係があると陰で噂されるに違いない。


「ははは。そんなことはありませんよ。彼女からは英雄になるまで帰ってくるなと薫陶を受けてきていますからね」


「はっはっは。うちの娘が失礼なことを言ってすまんな。だが、英雄に準ずるほどの実力を手に入れたのだ。今、帰っても文句は言うまい」


「いえいえ。準ずるとは言え、まだまだ精進しなければいけませんよ。せっかくなので私の代わりに英雄さま方のうち、どなたかに彼女と会って頂こうかと具申してみるつもりですよ」


 言ってることは世間話のようだが、その実は別である。

 『助けてやるからうちの国に戻ってこい』

 『修行の旅だと言ってるだろうが』

 『そんだけ力あんだから良いだろう』

 『まだまだ足りないつってんだろ。英雄を派遣すっから黙ってろ』

 ――くらいの中身しかない。

 なんとも幼稚なもんだ。


 ちなみに瀬奈たちを春の大陸に送る、ということを勝手に言っているように聞こえるが、あくまで『そう提案してみる』程度の話だ。

 確約はしていない。


「ふむ……つもる話も有るので、向こうで話さんか?」


「いいですね。皆様、お話の途中で中座するのは無礼かと存じますが、ここで失礼させていただきます」


「いや、しかし――――」


「な に か ?」


「い、いや、なんでもない」


 ちょっと威圧して席を外す。

 やれやれ……結局はアルフメート王の助け舟に乗った形になってしまったな。

 あとはこの助け舟が海賊船でないことを願うばかりだが……まぁ難しいだろうな。


「――……。そう難しく考えることはないぞ、ユージーン」


「いえ……。しかし、祖国の王に対して無礼な態度をとったこと、改めて謝罪申し上げます」


「それは……まぁそうだな。だが、それも何かしら考えがあってのことだろう。今は特別、問題視するつもりはない。安心せよ」


「ありがとうございます」


 異様に譲歩してくるな。

 態度のことを不問にする代わりに何か要求してくるかと思ったが。


「祖国思いのお主のことだ。まさか、春の大陸に英雄を遣らず、亡国の危機に晒すことなど考えもしないだろうな」


「…………はい」


 微妙に釘さしてくるな。

 どうにも俺自身ではなく、他の英雄を取り込もうとする姿勢らしい。

 俺は結局、アルフメート出身だから、いつかは国に帰って来る。もしくは祖国の危機には駆けつけると考えているのか。

 それなら、今は他の英雄とコネを作っておこうと考えもアリなのかもしれない。


「まぁ、ここまでは王としての話だ。今から話すのは、先も言ったが、セレナ……セレスティナのことでちとな」


「謹んでお聞きします」


「あやつ、お主が旅立ってからというもの、どうにも不安定でな。どうしたものかと」


「…………。あの事件でショックを受けただけでは?」


「そう思ったんだがのう。折に触れてはため息を漏らすようになってな」


「ふむ……。彼女は今、この会場に……?」


「おらぬ。ここに来ているのは王子だけよ。お主にけしかけようにもあれではな」


 そんなにか。

 今更ながら、最低なことをしたもんだと思う。

 告白されておいて逃げるとか。


「レオというクラスメイトを頼ってみていただきたい」


「おお、事件の報告書で目にした気がするのう。たしか、ラディッシュのところのせがれか」


「彼はセレナ……王女が憧れていた男でもあります。きっとなんとかしてくれるでしょう。そうですね…………私との約束を果たせ、と言えば分かるはずです」


「何かあったようだな。よかろう。試してみる」


「お願いします」


「して……レオとやらへの言伝は分かった。だが、セレナへは何か言わんでも良いのか?」


「…………」


 俺に好意を抱いてくれたのは正直言って嬉しかった。

 だが、俺があいつに何かしてやれるのかと言うと…………。


「すまない、とだけお願いします」


「それだけで良いのか?まだ決めておらぬ議題があるから、儂はまだ春の大陸には帰らん。手紙をしたためる時間くらいはあるぞ?」


「いえ、それだけをお願いします」


「そうか……」


 やはりアルフメート王は俺とセレナの間に何かあったと感づいてはいるようだ。

 とは言っても、俺がアイツの思いに答えてやれない以上、一番早い解決は、セレナが諦めることだ。

 今更俺が何を言っても同じこと。

 謝罪の言葉だけ送って脈がないことを伝えたほうが良いだろう。



 その後は俺の実家……ダリア家の近況やら、ワライラ王立学校の近況を聞いて、アルフメート王とは別れた。

 俺自身の事については、あまり伝えないようにだけ頼んだ。

 それと、俺が旅立った後、一度家に帰ったはずの親父ドルフがあちこちに怪我をこさえて王都に滞在していた話を余談で聞いたが……。

 たぶん母親ユーミィーにやられたんだろうな。

 まぁ……なんだ。その……すまん親父。




 このまま王族ひしめく広場に戻るのもアレなので、しばらく木陰で時間を潰す。

 せっかくの休憩だ、ということでアイテムボックスから作り溜めしておいた料理で腹ごしらえをしておくか。


 …………なんか、アレだな。

 これだけ人がいるのに、ぽつんとひとりだけ離れて飯食ってるとか、便所飯を思い出す。

 いや、いいんだけどさ。


「あの、ユージーンさま?」


「ん……。しまった。見つかったか」


 見れば木の陰から一人の王女が顔を覗かせている。

 栗色の髪を編み上げた、小柄な少女だ。高校生くらいだから瀬奈たちと同年代か。

 こいつは確か……。


「春の大陸のプラータ国王女、ラナ・プラータと申しますわ。お初にお目にかかります。英雄殿」


「俺はまだ英雄じゃない……ですよ」


「いつもどおりの話し方で結構です。そのほうが気楽でしょう?」


「んじゃお言葉に甘えて」


 実は割とこういう問答はありふれている。

 いつもの話し方では親近感がわかないとかなんとか。

 それにしても春の大陸、それもプラータと言ったら……。


「俺の正体は聞いてる?」


「はい。ユージーン・“ダリア”……『血染めの黒華ブラックダリア』の息子……」


「そう。お隣さんおまえらんとこで蛇蝎のごとく嫌われてるダリアだよ」


 ダリアの領地は隣国……つまりはプラータと接するところにある。

 そして春の大陸では一昔前まで戦争をしていた。

 当然、うちは先鋒として戦いまくってるわけで。


「そんなわけで俺と話したっていいことないぞ?」


「いえ。春の大陸から輩出した英雄なら、国のこととは関係なく歓迎すべきだと」


国王陛下おとうさまが、だろ?」


「…………はい」


 まいったな……。下手な受け答えしたらまた戦争勃発だ。

 こっちは黄道十二宮の方に集中したいってのに。

 どうすっかな……。

 田中をダシに使って逃げるか。


「こないだまで戦争してたところのやつと、ハイそうですか、つって仲良しこよしできると思うか?」


「……ですが、それは……」


「言いたいことは分かるがな、もっと時間をかけて歩み寄るべきだ。そう思わないか

?」


「う……はい」


「だが……まぁ手ぶらで帰すのも悪いな。ちと待て」


「?」


 見えないように背を向けてアイテムボックスを使用。

 アイテム欄の中からとある項目を探して――――あった。


「ほれ」


「?この料理は?」


「たな……じゃなかったライスフェルトの好物だ。俺からの差し入れとでも言えば、あいつも分かるはず」


 一応、食を担当してたので、各人の味の好みは分かる。

 この王女……ラナ、といったか?こいつに渡して田中とラナの橋渡しをしようという考えだ。

 それなら少なくとも敵対姿勢ではないと受け取ってもらえるだろう。


「今のところはこれで友誼を図ってくれ」


「ええと……よろしいんですか?」


「ああ。せめてもの心付けだ」


「あ、ありがとうございますッ!」


 料理を抱えて走り出すラナ。

 元々、俺の人相が悪い上に、戦争相手ということでかなり緊張していたようだ。

 できれば早いところ離れたかったんだろうな。

 裾を翻して走る様はあまり行儀の良いものではない。

 そしてそのまま一際大きい人だかりの中に消えていった。


 さて……こっちはまた一人で便所飯しますかねー。


「うにゃ?」


「ん?なんだチャルナか」


 裾からチャルナが出てくる。

 そういえばレリューと会った時に突っ込んできたっけ。

 せっかくなので、小皿にチャルナの分の料理をよそう。


「ようやく見つけたですよ、ご主人様!」


「なんでこんなところに……?」


 そのタイミングでルイ、レリュー、ケーラが合流する。

 なんでも英雄に取り入ろうと必死な会場の空気に馴染めずに、恐らく、自分たちと同じ思いをしている寂しいご主人を探しに来たのだと。

 大きなお世話だ。


「なんだ、結局いつもどおりじゃねぇか」


「いいんじゃない?この方が気楽だよ」


「あ、ユージーンさん。そっちのソースとってください」


「レリュー様、さっきもいっぱい食べてたのに……」


「にゃうん」


 苦笑する俺の頬に、チャルナが体を擦りつけてくる。

 やれやれ。しょうもない連中だ。

 だが……うん。悪くない。


 いつもどおりのバカ騒ぎに、政争で疲れた心を安らぐのを感じる。

 やっぱり、俺としては腹を探り合うような戦いは合わないな。

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