幕間:とある王族視点
―――――とある王族視点――――――
なんだと言うんだ、全く。
情報部はどんな調査の仕方をしているんだ?
アレのどこが『扱いやすい気弱な男』の態度だと言うんだ?
あの――――『ヒモの英雄』とやらが。
「えっと……これはいかがでしょうか?夏の大陸の塩で味付けした牛のヒレ肉ステーキです。小さめですけど、よく下味がついて――――」
「…………」
甲斐甲斐しく世話を焼こうとする令嬢の申し出を、一言も発しないままに拒絶する男を見て、忌々しく思う。
英雄召喚の儀の際に見たあの男。確かに気弱な表情で他の英雄達とはまた違った印象を持っていたが、それがどうしたらああなるというのだろうか。
大方、向こうで鋭い視線を放っているユージーンとやらに、何やら吹き込まれたのだろう。
中身が同じく惰弱なものだとしても、ああまで一顧だにしない態度を取られれば、純真に育てられた王族の娘では対処できない。
どうにかして、あやつを篭絡せねばならないというのに……。
正直に言えば、あの長ったらしい名前の男自身にさして価値はない。
戦闘能力皆無、対女性コミニュケーション能力の低さ。どこをとっても英雄としての価値はない。
あえて言うなら召喚英雄としての名誉くらいだが、そんなものはお飾りに過ぎないと各国の諜報機関を通じてバレている。
奴は踏み台だ。
他の英雄とコネクションを持つだけの人形なのだ。
確かに『英雄とのツガイ』というのは格段の栄誉だが、最も大切なことは国の存続だ。ライスフェルト自身に価値はないが、そのコネを使えば英雄を自国の危機に派遣させることも可能だ。
踏み台であり、人形であり――――保険なのだ。
優先度は低いながらも、確保することができれば、それに越したことはない。幸い、と言って良いか分からないが、ロベルト・レッタという男の方は、やたらと手が早い英雄自身のせいで混戦模様だ。
迂闊に手を出すと英雄の機嫌を損ねる可能性がある。あちらはもう一人の姫様に任せるほかあるまい。
問題はこちらだ。
「どうすれば……奴の脆弱性を引き出せる?どうすれば仮面を引っぺがすことができる?」
上手くいかない篭絡に歯噛みしながらも方策を探る。
既にこちらの姫君――王族とは言うが、継承権は下の方から数える方が早い方の姫だが――はライスフェルトの隣で待機している。
あとは両者をくっつければ良いだけだ。
周りの王族も、和やかに歓談しながらソレを考えている。この状況から先に抜け出した者が勝利を手にすることができる。
あの男の妙な態度の向こうに、貧弱な精神が宿っているのは間違いない。
そこらのウェイターに金でも掴ませて、ちょっと厳しくあの態度を注意でもしてもらうか?
ちょっとくらいゆすってやれば、臆病な奴はすぐに本性を見せるだろう。
いや、待てよ。そもそもあの無礼な態度を咎めてやれば、それで済む話じゃないか?
そうだ……英雄だなんておだてられていようが関係ない。何を遠慮してたんだ。
きっかけさえあれば他の王族たちも動き始めるだろう。そうなれば俺とそいつらであいつを糾弾すれば良い。
出し抜くのは無理になるが、状況の打開にはなる。
あと少し考えて、上手くいく方法がなければこれでやってみよう。
「ライスフェルト殿。いくらなんでも無作法が過ぎるのではありませんか?そんな態度では彼女らがあまりに可愛そうです」
っと……考えなしの奴が先に動いてしまったか。
馬鹿め……!短絡的にも程があるぞ。
だが、動き出してしまった以上、それに乗らない手はない。
「そうだ!いくら異世界の――――」
そこまで言ったとき、やつの姿がブレる。
な、ん――?
突如、衝撃が体を突き抜けて、その場に尻もちをついてしまった。
「きゃああぁぁあああぁぁぁぁああああああッ!!?」
「な、何だ!?」
「うおおおおおおおおッ!?」
「ゆ、ゆれッ、地面が揺れてる!?」
なんということだ……!?床が……大地が揺れるなど、ありえるわけが……!
しかし現に地面は振動し、食器は鳴り、燭台は火の粉を散らす。
何かが擦れるガシャガシャという耳障りな音さえする。
まさかこれが神の言う試練なのか……!?
「終わりだ……!世界が終わるぞおおおおぉぉぉおぉぉぉぉぉぉッ!」
「いやあああああああああああああああああああああッ!」
磐石不動なはずの大地が揺らぐことは、この世界の法則が揺らぐことと同義である。
世界を動かす法則が揺れれば……どうなる?
消えてしまうのだろうか?
そこで叫ぶ誰かの言うように、世界が――終わる……?
「うッ、うわああああああああああああああああああああああああああああッ!?」
ガクガクと揺れる視界の中、
食器の割れる音、
誰かの悲鳴、わめき声。
建物の床や壁が軋む音。
そして自分の上げる悲鳴が混沌として混じり合い、終焉を告げる演奏曲のようにも、巨大な化物が暴れまわる音にも思える音として響き渡る。
こんなものが試練だとして――――いったいどうしろって言うんだ!?
非力な人の身で、どれほどのことができる……!?
神よ……!
「――――皆さん!落ち着いてッ!シャンデリアの真下にいる人は急いでその場から離れてください!」
「あ……?」
破壊の協奏曲が鳴り響く中、ソレを引き裂いて凛とした声が辺りに響く。
それは理性の健在を感じさせる、至極冷静な声色をしていた。
いつの間にか瞑っていた目を開けると――
「動ける使用人の方はすぐに脱出路の確保を!厨房にも人を遣って、火の始末をさせてください!一旦振動がおさまったら、外に非難しに行きます」
そこにいたのは自分が先程まで『脆弱、臆病、気弱』と馬鹿にしていたはずの男が、天変地異をものともせずに両の足で立っている姿だった。
その声に導かれるように、全員が『ヒモの英雄』を見上げる。
そうだ。見上げているのだ。
皆、恐れおののき、狼狽して地に座り込んでいるというのに、その者だけは毅然と立ち続けているのだ。
足元に煌びやかな衣装の姫君を連れ、確かな意志の宿る瞳で人々を導かんとするその姿は、それこそ神話にうたわれる英雄のソレで――――
何なのだ、こやつは……!?
何故、こうも平然としていられるのだ……?
自らの寄って立つ地さえ失ってもなお、恐ることなど何もないとでも言うのか――!?
これが、これこそが……英雄と呼ばれる者の資質なのか!!?
「ら、ライスフェルト様ッ!」
「た、助け、助けてください!」
「大丈夫。もうしばらくすれば収まるから。それまで上から何か落ちてこないか気をつけるんだよ」
「はいッ、はい……!」
まるで大樹に縋りつくように、姫君たちがライスフェルトの足に腕を回す。
怯える彼女らを落ち着かせようと、ライスフェルトはひとりひとりの姫君の頭を撫で、背中をさすり、さしのべられる手を取る。
なんという勘違いをしていたのだろう……!
あれが……あれのどこが、『情けない気弱な男』だというのだ!
あやつは……『ヒモの英雄』だ。
それはさしたる武器もなく、他の英雄に金魚の糞よろしくついてまわる、ただ異世界から来ただけの男に向けられる蔑みの称号だった。
だが……考えてもみろ。
あやつはそれでも歓迎会に居る。
それはつまり――――嫌でも戦いの場に駆り出されるというのを意味している。
何も武器になるものを持たず、神の祝福さえなく。
それでもなお、戦場に立とうとする。
それはいったい……どれほどの勇気が必要になることだろうか。
丸裸で合戦場に放り出されるよりもなお恐ろしい。
のしかかる『英雄』という重圧。
民から寄せられる無謀なまでの願い。
それらを一身に背負って、それでも戦場に立とうとするなど――到底考えられる精神力ではない。
「『勇者』……」
誰かが呆然とその名を口にする。
歓迎会の少し前に提案された、彼らの名。
それがやけにはっきりと耳に残る。
まるで天啓のごとく。
――勇敢なる者。
まさに彼らに相応しい名ではないだろうか。
「ヒモの英雄……ヒモの、勇者……!」
今やその名は蔑みの対象ではない。
きっとこの歓迎会と前と後で、大きく意味を変えているだろう。
考えてみれば最初からおかしかったのだ。
あのユージーンが、諜報部隊の存在を知っておきながら放置していたなど、そもそもそこからして妙だったのだ。
きっと、報告書にあった貧弱な態度は、最初から諜報部隊に流すつもりで撒いたブラフ。
神器が『ヒモ』という弱点から目をそらし、人格に問題があると見せかける為の。
「…………」
その仕掛けを作った当人は当然のように壁際に腕を組んで佇んでいる。
視線の先には先にも増して人垣に囲まれるライスフェルトの姿。
ライスフェルト、いや、ライスフェルト様か。
最初からあやつの神器がヒモなどと知れていれば、きっと侮ってかかるだろう。
だが、今回の地震で地についていた評価をひっくり返したら、どうだ?
もう誰も、ライスフェルト様の事を馬鹿になどできないだろう。
「ユージーン……。ユージーン・ダリア。恐ろしい男よ……」
地震を操作できるなど考えてはいない。
いかな魔人とて、そしてその協力者だったとしても、天変地異を操るなどできようはずもない。
今回のこれはあくまで突発的な事態だ。
だとすれば、地震と同等の何かを用意していた、と考えることもできる。
考え過ぎか?
いいや、あの鋭い視線。不敵な表情。
何も無いと考えて放置しておくには危険すぎる。
例えライスフェルト様や他の英雄さま方が信頼を寄せる方だったとしても、いや、だからこそ一層、あやつには警戒せねばなるまい。
月で育った田中が何故地震に動じずに指示を出せたのか。
余震やらなんやらはどうなったのか。
瀬奈やこなみはどうしているのか。
そこらへんは次回で。