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英雄歓迎会


 ――出自がどうあれ、精神的には根っからの庶民である俺には理解が難しいことだが、格式張った式典セレモニーというものにおいては、『順番』というのはとても重要な要素らしい。


 入場する順番、紹介される順番、祝辞を読む順番――――


 明文化されてはいないものの、暗黙の了解としてそれは歴然と存在する。

 身分の高い者、偉い者ほど順番が遅くなるのが多数派マジョリティなのだが、文化的にそうはならない少数派もいる。

 諸外国とあまり関わりがなく、夜会なども開かない文化のところでは、敬われる王族ホストは最初から高座で入場者を見下ろして待ち受ける、などという場合があるのだ。


 では――――そんな多数派も少数派もごちゃ混ぜにした、混沌とした集まりがあるとしたら……どうなるのだろうか?

 例えば――――世界各国の王族が、一堂に会するような、馬鹿げた集まりでは。


 区別すべき身分が、差があるはずの貴賎が、皆等しく同じだったら……?

 いや、違うか。

 区別も差も、表向き・・・あってはならない場合。

 『ソレ』を明確にする『順番』は一体どうなるというのだろうか?


 その答えが――――


「――――続きまして、北の大陸メチェーリ国の王、カルル・メチェーリ様、並びに、ご子息のエドゥワルト様ご来場。――――続きまして」


「…………なんやこれ。卒業式でもしとるんかいな」


「王族の全員同時入場・・・・、だとよ」


 こなみがそういうのも無理はない。

 きらびやかに着飾った王族が、二人一組になってズラリとならんで歩いているのである。


 歓迎会の会場は会議場だ。

 一番下のフロアは結構広く取られている。どうやら段々になっている席の、前列数段を撤去してできた空間らしい。

 半円の中心にある演説台の周りも広かったし、元からこういう作りなのかもしれない。

 広いホールの中で、卒業式よろしく並べられた椅子のまえに、ゴテゴテした装飾の付いた服を着て、王族たちが並んでいく。


 ――それにしてもなんともバカバカしい答えだ。

 順番に差をつけられないのなら――全員同じタイミングで入場させてしまえ、だとさ。

 いくらなんでも百も二百も入口があって、そこからいっせーので入場する、というわけには行かない。

 なので、『先に会場入りした者が座って初めて“入場した”ことになる』という形式上の慣例を持ち出してきた。


 つまり、国名のアルファベット順……じゃなかったか。

 文字の順番に従って(アルファベットなら「A」の国から)『会場入り』し、全王族・代表が揃ったところで一斉に座る。これで『同じ順番タイミング』、という形式になった訳だ。


 屁理屈もいいところだ。

 だが『屁理屈も理屈』といったものが居るように、落としどころとしてすべての者が納得できるなら、その無茶な理屈も通ってしまうのである。





「なぁ、俺らはまだなのか?」


「お前らは今回一番最後だ。なにせ『勇者えいゆう』様だからな」


 今、俺と瀬奈たち『勇者』が居るのは控えの間だ。

 窓から会場の中を覗ける作りになっているおかげで、天井にぶら下げられた妖精のはべる魔法のシャンデリアと燭台で照らされた内部の様子がよく見える。


 曲がりなりにも瀬奈たちは信仰の対象。こいつらの入場は一番最後だ。

 というのはあくまで建前。今回のメインゲストがこいつらで、この歓迎会は顔見せ、というか公式でこの世界に迎え、王族たちに認識させることを名目としている。

 裏では顔どころか怪しげな情報すら認識されているが、表向きはまだ何も知らないことになっている。


「ユージーンさんは?偉い人がもう入場しているなら、ユージーンさんはもうとっくに入場してないといけないんじゃないですか?」


「俺はあくまで功労者としての立ち位置だ。セレモニーの途中で呼ばれて、そこで初めて入場する。お前らよりも」


「よう分からんねー」


 俺と瀬奈たちは『招かれたもの』としての立場は一緒だが、その実は違う。

 瀬奈たちは『新たな仲間として』招かれた。

 俺は『外部の人間として特別に』招かれた。

 ユージーン・ダリアはあくまで功労を讃えるためだけに、この歓迎会に招かれているのである。参加者である瀬奈たちとは同じだけど違う立ち位置だ。


 ちなみにかしまし娘どもはすでに会場に入っている。

 レリューは普通に王族として。ルイはその護衛、ケーラは人魚のレリューの補助として。チャルナはペットだ。

 さっき照れくさそうに緊張しながら歩いて……ないな。いつぞやの水槽に入れて運ばれていった。運んでいるのはケーラ、ルイ、執事のトマス、兵士2人の5人だった。


「ユージーンさんさぁ、ルイちゃんのことどうするつもりなん?」


「なんだ、唐突に。どうするもこうするもアイツが決めることだろ?」


「ルイちゃんの考えは、それはそれでええんや。でもユージーンさん的にはどうするつもりなんやろなぁーと。丁度本人が居らへんし、この機会に聞いておこか思てな」


 あいつをどうするか、か……。


「そうだな……。俺としては、お前らのうちの誰かと一緒に、旅をして欲しいと思ってる。あいつの旅の目的は聞いたか?」


「あー、確か仕える主人を探してる野良護衛なんやっけ?」


「……言い方はアレだがおおむね合ってる。何かにつけてお前らと一緒に行動させて居るのは、それの予行みたいなもんだ」


「うちらの中の誰か、って言うたけど、みんなこのまま一緒に旅をするんじゃないん?」


「その可能性は限りなく低いな。せっかくの『御輿』なんだ。一緒にしておかずに別々の場所に行くことになるだろう」


 多分、王族としては本気で『英雄セナたち』を黄道十二宮にぶつけるつもりなんてない。

 戦意高揚のための手段、もしくは、魔法ツガイとしての高火力砲台程度にしか考えていないはずだ。


 旅の中で英雄の男女が……例えばこなみとロベルトが魔法ツガイとして組んでしまえば、それだけで王族の入り込む『椅子』が二つ減る。

 英雄を有効活用したい向こうとしては、それはなんとしてでも避けたい。


「じゃあ俺が――!」


「ロベルトと田中は却下な。やっかみやらなんやらが全部、ルイの方に行く」


「えー……」


「女と男を一緒に旅に出させる訳にはいかないだろうが」


「それ言うたらユージーンさんは……」


「今までは子供だったから良かったが、今後は一緒に連れて歩くわけにはいかんだろうな」


「…………。よぉ見とるんやね」


「まぁな」


「でもだからこそ、肝心なことが見えてへんねん……」


「……?」


 どういうことだ?肝心なこと?

 何か見落としでもあったのだろうか?


『――――続きまして、夏の大陸ダークエルフの国、リツィオ・ワースティータス女王……』


「……っと。名目上のホストリツィオが呼ばれたってことは、もうそろそろか。お前ら、準備しとけ」


「はいはーい」


「つっても服は借りたヤツ着てるし、特にすることもないしな」


「き、緊張します……」


「大丈夫ですか?田中さん。はい、お水です」


 田中以外は平常運行だな。

 いや、田中もある意味いつもどおりか。


 そんなことを言ってる間に迎えが来たようで、控え室の扉がノックされる。


『お時間です。ご準備の方はよろしいでしょうか?』


「はい!今、行きます!」


「んじゃな、ユージーン。またあとで」


「おう。つってもすぐにまた会うがな。田中は練習のこと思い出してやってみろ」


「は、はいぃ……」


 借りた豪奢な衣装に身を包み、颯爽と(とは言えない及び腰のやつが一名いるが)扉から出て行く4人を見送る。

 やれやれ。大丈夫だろうかね。


 俺も俺で準備しなければいけない。

 といってもコート型魔道具セグメントに礼服用の装飾を取り付けるだけだ。

 服の形は田中とロベルト用に用意された礼服の型をパクって、『変形』で形とサイズを調整したものだ。

 長さを調節してズボンまで偽装するのが少し骨だが、これはこれで使い勝手が良いな。


『オオオオオォォォォッ!』


 あいつらが出て行ってしばらくして、望翠殿に響き渡るような歓声と、割れんばかりの拍手が聞こえてきた。

 『英雄』様のご入場、ってか。


『神から棍の神器を賜りし、異世界からの英雄、ロベルト・レッテ様』


 視線を向ければ、手を上げてギャラリーに応えているロベルトの姿が見えた。

 燕尾服に似たスーツに身を包んでいて、パッと見、社交性のある貴公子のように見える。

 そのせいで歓声の中の黄色い悲鳴の割合がかなり多い。サービス精神旺盛だな、アイツは。


『ゴーレムの神器を賜りし、コナミ・コボリグチ様』


 その後ろには興味深そうにキョロキョロしてるこなみの姿。

 観衆の視線の多くは、こなみの額にある角に集中しているような気がする。

 そのせいでややフリル多めの純白のドレスや、薄めに施された化粧はあまり注目されていないようだ。


『剣の神器の英雄、セナ・カミツキ様』


 新たに入場した人影を認めたとき、歓声がさらに大きくなった。

 背中が大きく開いたナイトドレスに身を包んだ瀬奈が、泰然とした面持ちでカーペットの上を歩いてくる。

 オリエンタルな雰囲気を漂わせている凛とした美人の姿に、会場が見とれている。

 身内オレの贔屓目でないことは、会場中の男が次に入って来た田中に視線すら向けずに気づかないことから証明された。



『えーと……同じく英雄、ライスフェルト・ミッテ・グートマン様』


 司会が田中の紹介を、戸惑いながらする。

 流石に神器が紐だとは紹介できまい。そのうえ名前が、聞いていたモノと全く違うんだからしょうがない。


 田中は、今日はメガネを外して髪を武人風に刈り上げている。

 メガネが無いせいで視線が険しくなり、一種異様な雰囲気になっている。

 なにせ、見るからに鍛えてない体つきの男が荒々しい雰囲気をまとっているのだ。

 そのさまにようやく気づいた何人かの王族が、驚きで息を飲んだのが、離れたここからでも見て取れる。

 というかスキルの機能のおかげで見えるのか。






 上手くいくといいんだがな。

 まぁ、周りが見えていないせいで変な失敗はしそうだが。

 その分、緊張しないと考えれば……いや、田中の性格上、見えていないから余計に周りのことを想像して、萎縮してしまいそうだ。

 今のところ、足取りも挙動もおかしなところはないから、練習が効いているのが救いか。


『ユージーン様。そろそろお時間です』


 扉の向こうから声がかかる。


「もうか?俺の出番はもうちょい先だと思うのだが」


『はい。そうですが、ユージーン様には入場用の扉ではなく、演説台脇の扉から入場してもらいます。一旦そこで待機していただきたいのですが……』


 演説台脇の、というと、レリューが攫われた時にルイが駆け込んでいったあの扉か。

 やはり扱いが別なのだろうな。

 どちらかというと、俺に思い知らせるためなのだろう。

 『お前はまだ、英雄ではない』と。


「分かった。案内を頼む」


『では、こちらに』


 扉を開けて廊下に出る。

 と同時に――――


「ふ……ッ!」


 ――――ナイフ・・・が突き出される。

 それはまっすぐに俺の腹部へと吸い込まれ――


「…………で、それで?どうするつもりだったんだ?」


「!?」


「あーあー……前任の奴が死んだ理由も知らないで、ここに来たのか?刺さらないナイフ引っ下げて?」


 当然のことながら俺自身にも刺さりはせず、それどころか服の一枚も貫通していない。

 コート型魔道具セグメントの『硬化』だ。

 それに遅まきながら気づいた侍従――に変装した暗殺者――が慌ててナイフを引っ込めるが、それすらも遅い。


「まぁーだ諦めてなかったのか。ったく面倒だ、なッと!」


「……ッ!?」


 アイアンクローを食らって声もなく宙釣りにされ、為すすべもなく呻く暗殺者をそのまま壁に叩きつけた。

 崩れ落ちる暗殺者。気を失ったのか、それとも絶命したのか。

 そんなことはどうでもいい。問題は別にある。


「まいったな……。こいつが言ってたのは本当なのか?どっから会場に入ればいいんだ?」


 …………途方にくれる俺を、本物の案内役が見つけてくれるまで、しばらく時間がかかった。





『では、今回の魔人・炎龍襲撃事件を解決に導いたユージーン様!どうぞお入りください!』


 司会の言葉が待機する俺の耳に届く。

 一つため息を吐いて、意識して険しい表情を取り繕う。

 別に緊張しているわけはないが、これからこの面倒な場所に踏み入ると考えると、気合を入れなくてはやってられなかった。


 扉脇の兵士達によってゆっくりと扉が開かれていく。

 途端に光の洪水が視界を埋め尽くす。

 魔法のシャンデリア。林のように立ち並ぶ燭台。

 そしてなにより――――


『『『『……………………』』』』


 言葉を発さずにこちらを見つめてくる、幾十、幾百もの視線の主達。

 魔法の灯りを反射して一層光り輝く衣を身にまとった――――――この世界のトップ。


 『武装無き闘争』と呼ばれる社交界。それが今、まさに目の前にある。


「――――ご紹介に預かりました、ユージーンです。このような場に呼ばれるには無教養な身ではありますが――――」


 当たり障りのない口上を述べると、王族の中の何人かが微妙な顔をするのが見えた。

 青年状態の俺の身の上は、公的には『ただのユージーン』だ。

 疑惑、悪評、その他は、子供のときのユージーン・『ダリア』が受け持つ。

 そういうことになっている。


 当然、王族の連中は、会議場で罵声を浴びせ、大見得を切った俺のことを記憶しているわけで。

 あの顔は、抑えきれなかった諸々の感情を隠すのに失敗してできたものだろうな。

 一方、まったくフラットな視線を向けてくる者もいる。

 各国の王族達の――――子供達だ。



 実は当初、俺が田中に言ったような状況は想定してなかった。

 『各国の王女が言い寄ってくる』――――


 現実問題、これは実現されないはずだった。

 なにせ、天上殿会議オリュンポスサミットに来ているのは、各国のトップ、現王権所持者だ。

 その継承者が一緒にいる、というのはありえない事態のはずだった。

 なにせ、旅先で王が不慮の事故で死ねば、自動的に次の継承者に王権が引き継がれる。

 それなのに後継者が一緒にいたりすれば……どうなるのかは考えずとも分かるだろう。


 ソレを防ぐために一緒にはいない、そう考えていた。

 実際、入国時の記録を見ても、後継者を連れてきている王族はいなかった。

 田中に言ったのは、後々……つまり俺やほかの勇者と別れた時、こういう状況になった時のための、防衛策を授けるための方便だったのだ。


 だというのに、この場には大勢の王子・王女がいる。

 これはどういうことか。

 兵士達を使って調べた限りでは、俺が拘留されていた辺りから各国に書簡が飛ばされ、即日旅立ったらしい、ということは分かっている。

 つまり、あの襲撃事件の後辺りから、この場にいる王女・王子たちはこちらに向かっていた事になる。

 着いたのはここ最近の話だ。


 おそらくだが、王族達はあの一ヶ月の期間、なにも裏で意見のすり合わせをしていただけでなく、さらに他国を出し抜くために、自分の子供を呼び寄せていたわけだ。

 ここまで来ると、ユージーン・ダリア排斥派なんてのは、隠れ蓑に使われたようなものだ。

 排斥派の隣には王子や王女の姿はなく、苦々しい表情が見え隠れしているところから、そんな事情が読み取れる。



 あくまで俺の篭絡の為に呼ばれた子息・息女。

 (なぜ、男の俺を落とすために『王子』が混じっているのかは、考えないことにしておこう)

 その目的が逸れたのは、英雄召喚で4人もの英雄が召喚されたせいだろう。

 不確定要素のある俺よりも、力はないが御輿として担ぎ上げる価値がある瀬奈たち『勇者』に、ターゲットが移っているはずだ。


「――――以上で終わります」


 長々とした口上の裏側で走らせていた思考を打ち切り、礼をしてから舞台袖に引っ込む。

 何はともあれ、一応恋愛授業をやっていて良かった。

 このあくびが出るほど長いセレモニーのあとは……自由に歓談できる立食パーティーの時間になっている。

 瀬奈たちにとってはそれが正念場になるだろう。




 ――――などとシリアスに考えていたのだが。


「はっはっは。こちらのお嬢さんはどこのお国からいらっしゃったのかな?」


「いやですわ、ロベルト様。私お嬢さんなどと呼ばれる歳ではありませんわ」


「おや、これは失敬を。僕には君が可憐な天使アンジェラに見えるよ」


「あら……。うふふ。お上手ですこと」


「あ、あのロベルト様……私たちプレゼントがあって……」


「おお!可愛らしい花の妖精ファータ・フィオーレさん達。君たちのような子から貰えるのならば、なんだって大歓迎さ」


「「「きゃああああああああッ!」」」


「………………何やってんだあれ」


 ブラックホールだ。

 会場中の女という女が吸い込まれていく。

 俺には絶対言えない歯の浮くようなセリフの乱舞に、次から次へと人が集まってくる。

 ロベルトめ……。最初は自制していたようだが、人数が十を越えたあたりから理性が飛んでしまったらしい。

 節操なしに声をかけては褒めて、次々と取り込んでいく。


 ゾーンだ。ゾーンができておる。

 とてもではないが近づけない。フォローのしようもねぇな、あれは。




「あの、らいすふぇると様、とおっしゃるんですか?」


「…………ああ」


「タナカ様ではありませんの?」


「…………こちらの言葉に直すとそういうふうに聞こえる」


「ええと……タナカ様……?ご気分でも悪いのでしょうか?」


 田中の方はある意味予定通りだ。

 田中の対女子コミュ力の低さは折り紙つき。

 下手に直そうとしてもどこかでボロが出る。この短い期間の中でソレを直すのはどうやっても難しい。

 下手に付け焼刃を施しても、手玉に取られて終わるだろう。

 ならばどうするか。


 簡単だ。

 喋れば喋るほど状況が悪化するのならば、逆説的に喋らなければいい。


「あの、ライスフェルト様?それともグートマン様?」


「…………」


「お、お加減でも良くないのでしょうか?」


「…………」


「ええと……その……」


 事前に聞いていた情報とは、全く別のぶっきらぼうな態度の男に、さしもの王女達も怯みだした。

 まぁ冴えない優男のはずが、眼光鋭く妙な雰囲気を放つ無愛想男になっていたらしょうがないだろう。

 田中は田中できっと今頃、何か喋らなければという焦りに似た罪悪感と、女子に喋りかけれているという緊張感でいっぱいいっぱいになっているはずだ。

 それが変な威圧感となって放たれている。


 ツガイの婦女子側というのは、基本的に魅力さえ磨いていれば、男の方から言い寄ってくるものだと認識している。

 つまり――――率直に言えば、自分の方からアピールするのに慣れていないのだ。


 会話は男の方から広げてくれるし、話のタネになるものも相手からの投下してくれる。女子はそれに感動して、その感動する様と容姿で相手に気に入られる、と言うのが基本戦略だ。

 (なんとも歪んだ価値観だが、ツガイのためにそういう教育を受けているせいだ。俺の持つ現代日本の価値観で測ろうとするのが間違いだろう)

 この場にいる王族の婦女子はきっと、会話の中で話の方向性を誘導して、自陣に引き入れる。そういう手腕を磨いてきたはずだ。

 


 だがそれは、両者がツガイになりたいという意欲のもとに成り立つ関係。

 田中のように強い意思で付き合いを拒否する男は、はっきり言って想定の範囲外だ。

 そうでもなければ、こんな作戦は成功しない。

 押しの強い女によって喋らずとも強引に関係を持たされたり、何かしらの約束をさせられたりするだろう。


「うぅ……グスン……。ライスフェルト様、どうなさったんでしょう?」


「えっと……これはいかがでしょうか?夏の大陸の塩で味付けした牛のヒレ肉テンダーロインステーキです。小さめですけど、よく下味がついて――――」


「…………」


 場を和ませようとテーブルから料理を持ってくる娘もいたが、田中の態度は崩れない。それを見て徐々に涙目になっていく者もいる。

 あれは内心辛いだろうな。


 田中は気が弱い。

 それはどちらかというと、気を回しすぎるところに起因しているわけで。

 そんな田中が目の前で泣いている女子を放置している、というのは結構な罪悪感を刺激しているだろう。


 マズイな……。田中はなにも、すべての王族を拒否しようとしているわけではない、

 最終的には誰かと付き合いたいと考えている。

 そのためにふるいをかけるつもりだったんだが……そんな自分の都合のために誰かを傷つけることを良しとはしないだろう。

 早い話が、グートマンの演技をかなぐり捨てて、彼女たちを笑顔にしようとするかもしれない、ということだ。


 駄目だ、田中。それすらもブラフの可能性がある。

 グートマンを演じ切らないと、たちまち向こうのペースに持って行かれてしまうぞ。

 一旦、田中を別の場所に連れ出そうと前に出て――――



 ――――次の瞬間、揺れた地面にたたらを踏むことになる。




 五時にもう一話更新します。

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