外出権
日曜投稿ですが、他者視点ではありませんのでご注意を。
連日の戦闘訓練と恋愛講座を続け、そろそろ瀬奈たちが召喚されて一週間。
伸ばしに伸ばされていた歓迎会が開催される、という知らせが来たのは昨日の夜だった。
開催は五日後。瀬奈たちには王族の方で正装を用意しておく旨が書かれていた。
いよいよか……。
俺は一応英雄ではないが、炎龍襲撃の事件での功労者として歓迎会に参加してくれと要請が来ている。
もちろん表向きはそうだが、実質英雄と同等の扱いになっている。
迎合派が今のうちにツバをつけておきたいと考えているのは明白だ。
表向きの理由は、排斥派向けのポーズなのだろう。あっちもあっちでせっかくのパーティーに、今回の事件の功績者を招待しないわけにはいかないだろう。
せめてもの妥協点、といったところか。
いよいよ本番が近いことを瀬奈たちに告げると、やはりというべきか、全員緊張した面持ちになっていた。
ん?いや…………違う。
こなみだけがちょっと不機嫌そうだ。
珍しいな。いつもは余裕そうな態度のコイツが眉を寄せているのなんて初めて見た。
「不服そうだな、こなみ」
「当たり前やで。ホンマ、ええかげんにして欲しいわ」
ふむ……。何を腹に据えかねているのやら。
こんな言い方をされるようなことは特にしていないはずなのだが……。
ダメだ。全く見当がつかない。
「すまない。何か不手際でもあったか?」
「ないわそんなもん」
「ならばなんだ?何をそんなに怒ってんだ?」
「遊びに行けへんからに決まっとるやん!」
「…………」
何を言ってるんだこいつは……?
「お前、こっちに遊びに来てるわけじゃないのは理解してんだろ……?」
「せやかてこうも毎日建物の中に缶詰やと気が滅入ってくるやんー!せめて異世界っぽさを味わおうとルイちゃんの耳、触らしてもらおうとしても拒否られるしぃー!」
「はぁ……ルイ……」
「て、手っ取り早く済ませようとしてもダメです!絶対触らせないですよ!?」
ちっ、面倒な……。
だがまぁ言いたいことはわからんでもない。
せっかくの異世界だ。楽しもうと思うのは当たり前。
だというのにこうも毎日訓練漬けだとやる気も削がれるか。
ましてやこの世界はこいつらにとって未知そのもの。
外に出たら不思議なもので溢れていると思ってもしょうがない。
とはいえ――――
「ダメだ。それは認められん」
「なんで!?」
「お前ら自分の身ひとつ守れるかどうか分からんだろ」
「そんなこと言うたかてウチら勇者やで?外を歩くのがデフォみたいな職業やん。ルイちゃんみたいな子かて外を歩いとんのに」
「はっきり言うが、お前らレベルの冒険者はゴロゴロいる。出歩かせるには力量不足だ。ついでに言っておくが、今のお前らはルイに勝てるかどうかすら分からん」
ルイもチャルナもそれなりに強い。
冒険者の尺を当てはめても、中級以上だろう。
ケーラはケーラで金臭い物を仕込んでいる――――つまり、体のどこかに刀剣類を隠しているはずだ。さすがは裏社会の人間、といったところだろうか。
そして、そいつらが常にレリューを囲んでいる。
王族であるレリューをだ。
そしてレリュー以上に召喚された英雄……勇者たちは重要人物なのだ。
そもそもこいつはホントに自分の立場を分かっているのだろうか。
攫われて薬で操り人形にでもされたら、それだけで厄介なのだ。
下手をすると新興宗教の神輿として担ぎ上げられる。それだけのネームバリューがあるんだ。
俺みたいな成果を上げる形で英雄になる(あるいはなろうとする)者とは違い、召喚された者は無条件で英雄だ。
実際、力量の怪しい事はスパイどもを通じて王族達にバレているはず。
だというのになんのアクションも無いのがその証拠だ。
「なら!ルイちゃんに勝ったらどうや!?そしたら歓迎会前の最後の日くらい自由にさせたってや!!ついでに耳も触り放題で!」
「ちょッ!?なにさりげなく追加してるです!?」
「…………良いだろう。勝てたらな。ついでに尻尾も付けよう」
「ご主人様ッ!?」
ルイが悲鳴を上げるが、無視だ無視。
これでこいつは必死になって戦うだろう。英雄だからといって手加減はしないはず。
ルイ程度に勝てないのならば、まだまだ外に出すわけにはいかないな。
「――――じゃ、まずはウチからさせてもらうでぇ!」
「うぅ……どうしてこんなことに……」
「遠慮なくやれー。腕の一本や二本や三本消し飛んでもなんとかなるからなー」
「試合中に腕が一本増えるような事態があるですッ!?」
細かいやつめ。
あとついでに言っておくが、腕は消し飛んだら治らない。念の為。
ぶった切れたら繋ぐことくらいは可能だが、流石に消し炭なるような状態だと俺が使える治癒魔法ではどうにもならん。
いつもの広場で向かい合うルイとこなみ。
こなみはすでにこの数日で数を増やしたログゴーレムを従えている。
数は5体。
ついでに言えばそのどれもが簡素な武器で武装している。防具はないが、手に手に棍棒を持っているのだ。
あれらは望翠殿のほうから貸し出したものではない。
こなみがログゴーレム同様、神器で作り出したものだ。
どうやらあの神器、物作りに特化した性能を持つらしい。
ゴーレムを操ってるのは創造主権限みたいなものか。
「ふっふっふ……!ウチの地獄の木人軍団で、ルイちゃんを『イヤン』で『あはん』な目に合わせてやるでぇー!」
「ぐッ……!ますます負けるわけにはいかなくなったです……!」
「んじゃーテキトーに始めッ!」
「ホントにテキトーですッ!!」
ツッコミ入れてる間にゴーレムが突っ込んできてるぞ。
少し離れたところから観戦している俺の横に、瀬奈が立った。
ちょっとだけ不安そうな顔をしている。
「…………。流石に多勢に無勢じゃないですか……?」
「問題ない。見てろ」
バキッ!ドゴッ!
素っ気なく返すと不満そうな顔をしたが、すぐに戦闘の音に気を取られて前を向く。
視線の先ではルイが剣の柄で一体のログゴーレムの銅に打撃を叩き込んでいるところだった。
「ミ゛ッ!ミ゛ィィィィィッ!!」
「くッ!はッ!」
「そこやッ!いてまえッ!」
吹き飛ばされたゴーレムの穴を埋めるように、残りのゴーレムがいっせいに殺到する。
圧し掛かってくる丸太4つという物量を、ルイはまるで雑草でも眺めるように冷静な眼差しで見つめていた。
次々と繰り出される棍棒も、すべてなんてことない様子で受け流す。
そのうち吹っ飛ばされた1体も戻ってきて、計5体分の棍棒が突き出される。
しかし1本増えたところでそう変わらないらしく、やはり当たりはしない。
そのまましばらく鬼ごっこのように棍棒と剣の応酬が繰り返される。
5対1だというのに、ゴーレムたちの棍棒はかすりもしない。
「なんでや!?なんであたへんねん!?」
「せぇッ!」
こなみの悲鳴のような声を剣を逆手に持ったルイがかき消す。
掛け声と共にいつものように護剣流の振動を発生させて――
ゴッッッッ!
――思いっきり地面に突き立てた。
発生した衝撃が地面を揺らし、埃を舞い上げる。
「ミ゛ッ!?」
「ミ゛ミ゛ッ!?」
足元の安定を崩されて、その上に視界を埃に塞がれて混乱に陥るゴーレム達。
その隙にゴーレム達の合間を縫うようにしてルイが走り抜ける。
匂いでも覚えていたのか、まっすぐにこなみのもとへ。
慌てて小剣を構えるが、そんなものが今更ルイの障害になるわけもなく――――
「くッ!?」
「遅い!ですッ!」
――――あっさりと首筋に剣を突きつけられて、勝負がついた。
「はい。では反省会です」
「ブーブー!」
「敗者は黙ってろ。つーかお前の為だろ」
「そんなこと言うたかてなー。あんだけ人数差があっても勝てへんて、ルイちゃんチートやでちーと」
「チートってなんです?」
気にすんな。
勝負の前まではピンと立っていたルイの尻尾が、安心したように垂れ下がってフリフリと振られているのを横目に、テーブルで講義を始める。
ちなみにやられたログゴーレムたちは、なんとなく悲しそうな顔で包帯を巻いている。妙に芸の細かい奴らめ。
だいたい丸太だろお前ら。包帯巻いても木の傷は塞がらない。なんの意味があるのか。
「まず始めに、お前自身が集団戦というものを理解していないのが一番の問題だ」
「そう?」
「そうだよ。集団戦は個人個人の戦いとは違う。ゲームなんかでパーティに個人として参加するのと、監督として集団を管理するのはまた違う」
戦闘では役割を分担し、多角的に攻めるのが集団戦の強み。
だというのに池の鯉よろしくひとつのエサに群がっては、いくら数が多くても簡単にいなされてしまうだろ。
「んー……。サッカーのプレイヤーとコーチの違い、みたいなもん?」
「そんな認識で構わない。――ましてやゴーレムはお前の指示で動く。『いてまえ』なんて曖昧な指示で動かそうとするのは言語道断だ」
それでもある程度動くのはゴーレムが『空気を読んだ』から……ではなく、ゴーレムとしての作成時にある程度の知識・経験が受け継がれたからではないかと思う。
言ってみればこなみの無意識部分を、ゴーレム達は受け継いでいるのだ。
だからこそ、こなみの動きをゴーレムがトレースする。
だからこそ、ゴーレムの棍棒がルイに当たらなかった。
「次の理由だ。こなみ。お前、なんでゴーレムに棍棒を装備させた?」
「そりゃ、作れるやつの中じゃこれが手っ取り早いから、ってのもあるんやけど……筋力的にはゴーレムの方が上やからな。こっちの方が攻撃力あると思って」
「だが、お前が練習していたのは剣だ。さっきのゴーレムの動きは、お前の基本的な動きにロベルトのを見よう見まねで上書きしたような感じだった」
「あー……そっか。棍棒のほうは全くしてへんから……」
与えられた知識の中で、求められる動きを模索、最適化した結果があれだろう。
それでも自分自身で手にして振るっていないだけ、動きがぎこちないのだ。
「集団戦の練習と、各武装の熟練度の向上。それがこれからのお前の課題だ」
「うー……お出かけはお預けかー……」
残念そうだが仕方がない。
今回は数というアドバンテージがあったが、それでも負けた。
数なんてのは向こうが徒党を組んで襲ってきたら途端に瓦解する。
結局はこなみの分身でしかないゴーレムが、1対1に持ち込まれてしまえば勝てる見込みは格段に低くなるだろう。
やはり今のところはまだまだ『チュートリアル』をしてもらう他ない。
「あー……ルイちゃんの耳、触りたかったなぁー……」
「近寄らないでくださいです……!」
肩を落としながらも手をワキワキするこなみに、ガチで警戒感をあらわにするルイ。
こなみの操作が下手だったのは確かな理由だが――――それ以上にルイもまた、成長している、ということだろう。
さっきの動きは以前と……対魔人戦以前と比べると格段に良くなっている。
あの戦いで覚悟が決まった、というのもあるだろうな。
危険に自ら飛び込んでいく覚悟。
だが……それは護衛としてはどうなんだろうな、ルイ?
「カバディカバディカバディ……!」
「!?――!??」
奇っ怪な動きで追いかけるこなみと、困惑しながら戦闘態勢に移行するルイを見ながらそんなことを考えた。
ちなみに。
「なー、ユージーン?俺たちも挑戦しても良い?」
「あ、ぼ、僕はパスします。確実にこの中じゃ戦闘力は一番下だろうし……」
「私も……まだまだ鍛錬が必要だと思うし」
「なんやロベルト以外は不参加か。根性ないなぁー」
「やってもいいが……気をつけろよ」
「ん?何に?」
「ルイは必死になってかかってくるだろうし、ましてや景品が外出許可と、ルイのおさわり権だ。きっと殺す気で来るぞ」
「………………」
「噛むです」
「いや、でもほら、俺も英雄だし、ちょっとくらいは手加減――――」
「噛みます。噛み千切ります」
「…………」
「あ、でも私はルイちゃんのおさわり権欲しいかも……」
「ほ、ほら、俺だけじゃないって。だから別に変な意味はなくてさ。ただ外に出たいだけで――――――」
「ガウッ!」
ゾブリ!
「アッーーーーーーー!?」