それぞれのツボ
「で!いい加減ルイ達を連れてきた理由を教えるですよ!」
「んあ?」
一通り演技指導やら恋愛指導やらをこなした後。
さて、本でも読んで一休みするかと思ったら、ルイがそんなことを言い出した。
瀬奈たちは既にテーブルについてお茶をしている。
俺ひとりだけ離れたソファで横になって、仰向けの状態でススメを広げていた。
「言ってなかったか?」
「言ってないです!ルイたち手持ち無沙汰で暇ぶっこいてたですよ!」
「あー……すまんすまん。ボチボチ役だってもらうから落ち着けよ」
「がるるる……」
唸んな。
んー……正直言えば、あんまり一度に詰め込むような真似はしたくないんだが……まぁしょうがないか。
「お前らにはロベルトたちが誰かを口説き落とす時の練習台になってもらう」
「はい?」
「今までやっていたのはあくまで受け……つまりは防御のための練習だ。これから田中の言うように、もし誰かとねんごろな仲になりたいのなら、今度は相手を落とす為の訓練……攻めの訓練が必要になる」
「そ、それってつまり……ロベルト様やタナカ様に口説かれろ、ってことです……?」
「平たく言うとな」
「マジか!!」
視界の隅で超反応してるのは、やはりというかなんというか、ロベルトだ。
あいつ……こんなガキまで守備範囲かよ。節操なしというかなんというか。
「つまり合法的にこんな小さな子に手を出しても良いってことか!」
「手は出すなよ」
「さっそくやって良い?」
「聞けよ」
「え、あの、ちょ、ちょっと待って欲しいです!」
「心配しなくても良いよ。俺に全部任せておけばすぐに終わるからね」
いつになく機敏な動きだな。
棒立ちになったルイの方に、もうすでにロベルトが擦り寄っていた。
「ちょっと待ってくださいです!ロベルトさま達なら、別にこちらから言い寄らなくても向こうから来てくれるじゃないです!?こんな訓練必要な――」
「恋愛関係ってのは片方だけが慕っていても良くない。お互い好き合っていて、そしてそれを表に出さないといつかは破綻してしまうだろ?」
「そんなこと言ったって……」
「それにロベルトの迫り方がこの世界と合わない可能性だってある。一度は検証して見ないとな」
「『私たちにしかできないこと』ってこういうことです!?」
「当たり前だ。俺が言い寄られてもしゃあないだろ」
女でないから、というのもあるが、俺の感性は地球の日本基準。
こちらの女を落とすのなら、やはりこちらの奴で実践しなくてはならないだろう。
「というわけで、田中はレリューが担当な」
「わ、私ですか……!?」
「お前の食い意地は王族には見えんが、それでも黙ってりゃそれなりに見えるからな。田中の予行演習としちゃ、丁度いい」
「酷い言われようです!」
「ええと……それじゃお願いします」
「え、あ、はい!お願いします」
田中はロベルトのようにがっついてこないから、レリューもちょっと安心したようだ。
レリューにロベルトを引き合わせるとロクなことにならなさそうだから、この人選だったんだが、中々良い判断だったな。
「…………」(じー)
ん?なんだ?
レリューが妙に湿度の高い視線をこっちに向けてきているが……。
ダメだ。分からん。何を言いたいのかさっぱりだ。
「あの!ロベルトさま!ち、近いです!」
「いいじゃないか。これは練習。本気で触らないから安心してよ。――それにこんな可愛らしい天使のような顔を遠くから眺めるなんて、俺には我慢できないよ」
「〜〜〜〜!?」
ロベルトが早速歯の浮くようなセリフでルイを追い詰めている。
あいつ、顔真っ赤だな。
「ありゃー。ルイちゃん照れまくっとるで」
「見るからに慣れていませんね」
今回は自分達に関係ないとあってか、こなみと瀬奈は観戦する構えのようだ。
優雅に茶を啜りながらルイの痴態を眺めている。
同じく茶菓子をかじりながら、横でケーラが苦笑していた。
「魔法ツガイになれるのは、人間の女性だけ。なんでああいう口説き文句は人間の男性が、人間の女性に向けるものです。そういうった文句の語句も非常に多いと聞きますし」
「つまり……獣人全体がああいう言葉に慣れてない……?」
「そうですね。そうなりますよ」
「流石にちっとも無いわけではないんやろうけど……そうやね。ああいうふうに何度も言うてくれんのもええけど、一生に一度だけ、ここぞという時に聞けるのもそれはそれで希少価値あると思うんよ」
「…………どっちがいいんだそれ?」
つい横から口出ししてしまった。
昨今、草食系男子やら肉食系やら、やたらとメディアに操られている気がしてならない。いっときの流行で性格をコロコロ変えられるもんじゃない。ファッションかよ。
「どっちも欲しいに決まってるやん。女の子は欲張りなんやで」
「そんなもんか……」
「男の人だって、ヒロインはいっぱい居る方が好きやろ?エロゲとか」
「…………」
俺はなんて反論すればいいんだ。
「お!ロベルトがコーナーまで追い詰めたで!」
「ボクシングかよ」
見てみれば少しずつ後ずさりしたルイが、部屋の隅にまで追いやられていた。
何やってんだお前ら。
「さぁ、小さなオオカミさん。君を愛することができるのならば、俺はその可愛らしい牙でこの身を割かれても構わないよ」
「う……」
「背中を掻きむしりたくなるようなセリフだな」
「てかロベルトの手がワキワキしとんのやけど、アレ、止めへんでええの?」
「ああ……!|君はなんて美しいんだろう(コメセイベッラ)……!この美しい髪……!」
「っ!!――――がるるるる……!」
「神秘的な――って、あ、アレ……?」
「触らないでください……!それ以上触ると――――噛みますよ……!」
ロベルトがルイの前髪をひと房手繰ってニオイを嗅ぐように、顔に近づけた途端、ルイの機嫌が一気に悪くなった。
あー……確か、俺がセクハラやらかした辺りから、ルイに触ろうとすると一気に警戒レベルを跳ね上げるようになったっけな。
ロベルトが触っているのは、ルイの狼の耳に近いところのひと房だ。
迂闊に触ったりしたから、あの時のことを思い出して不機嫌になったんだろう。
「おお、俺の小さなオオカミ!そんな恐ろしい顔をしないでおくれ!可愛らしい顔が台無しだ!」
「うぅー……!」
「落ち着いて。そうだ!せめてその可愛い耳を触らせ――――」
「がうっ!!」
ガブリッ!
「アッーーーーーー!?」
ふむ……。ロベルトは失敗か。
ルイが特殊だったとは言え、踏み込んで欲しくないところを見極められないのが敗因だな。
今後はそこを重点的に直していくか。
さて、こっちでコントをやってるうちに田中の方はどうなってるもんかね。
そう思って田中の方に視線を向けると――――
「………………」
「………………」
「お前らいつまでお見合いしてんだ」
テーブルを挟んで座ったまま、視線をあちこちにさまよわせている両名が、そこにいた。
田中は女性と1対1で話すというのに慣れていなさそうだからまだ分かるが、なんでレリューまで緊張してカチコチになってんだか。
お前、俺と話すときはそんなにおとなしくないだろう。
「だ、だってこうやって改まってみると、女の子と何を話したらいいかなんて……」
「私も……英雄様と何を話したらいいか、全くわからなくて……」
「話のタネ、それと話題を広げるコミュニケーション能力自体が足りないのか」
妙に気張るからそんな事態になるんだ。
もっと世間話でもするように気軽に話せばいいのに。
「田中。お前はこの世界に来てまだ日が浅い。それは相手も重々承知だ。だから、被召喚者というアドバンテージを活かして、なんでもない事でもいいから聞きまくれ」
「う……それくらいならなんとか……」
「レリューは……なんで緊張してんのか、俺にはまったく分からん」
「ユージーンさん……お忘れのようですけど、一応、私だって王族ですから、タナカ様達の取り込みに動員される可能性はあるんですよ?」
「…………そういや、そうだったな」
「忘れてましたね!?完ッ全に忘れてましたよね!?」
そうするとレリューからしてみれば、練習ではなくいきなり本番に放り込まれたのか。そりゃ緊張もするか。
田中もロベルトも失敗だ。なんとも上手くいかないもんだな。
四苦八苦するロベルトと田中を眺めながら、ひとまずテーブルについてススメを広げる。
すると、やはり同じくテーブルについているこなみが口を開いた。
「一応参考程度に聞いておきたいねんけど、ユージーンさんの必殺の口説き文句とかある?」
「…………。特にないな」
「なんやおもろないな」
「そう言われてもな」
そんなこと言われても、そんなものがあったのなら向こうで誰かと付き合ってたっつーの。
「俺はどうにもそういうのを口に出すのが苦手でな。男なら惚れやすい状況を作って告白でもされる方向に持っていきたいと思うもんだ」
「なんや、案外ヘタレやねー。ちなみにそれってどんなの?」
「そうだな……。女性は自分にないモノを持つ人に惹かれるって言うだろ?」
「一昔前の雑誌のまる写みたいな回答やね。それで?」
「今までそいつが見たことない新しい世界を見せてやるとか」
「――――ぶふッ!?」
「ん?」
なんか吹き出したような声がしたのでレリューの方を見ると、向こうも真っ赤な顔でこちらを見返していた。
なんだ、あいつ?
「どうしたレリュー?顔が赤いようだが」
「な、なんでもないですよ……?」
「そうは見えないんだが……」
「それはええやん。他にはなんかないん?」
「他にか……例えば跳ねっ返りの強い奴が相手だとして、そいつの得意分野でコテンパンに負かしてやるとか――――」
「――――がうッ!?ケホッ!ゴホッ!」
「んん?」
今度は咳き込むような声が……。
なんだ、ルイもか?
「どうしたルイ?お前も顔が赤いようだが……」
「な、なんでもないですよ!」
「ユージーンさん、分かっとってやってるんちゃうよな……?」
「なんの話だ?」
「ほ、他には何かないんですか?」
瀬奈まで食いついてきた。
心なしか焦っているように見えるのは気のせいか?
「極端なことを言うようだが、胃袋を掴むというのは男の側からしても有効だ。そこのお姫様も今ではお菓子を餌にすれば何とでもできる」
「――――むにゃー!」
「んん?」
チャルナの声が聞こえたのでそちらに目を向けると、今度はチャルナがいた。
どうしたんだ、こいつは。
「どうしたチャルナ。頬が丸いようだが」
「うなー!」
「うなーじゃなくて――――お前……まさか俺が作ってた魚の干物食ったのか?」
「うにゃんにゃ!」
なぜ首を振る。
明らかに魚の身らしきものを口の周りに貼りつけといて、バレないとでも思ったのか。まったくこいつは……。
「結局、チャルナちゃんには色気よりも食い気ってことでしょうか」
「ま、そうだろ。まだまだ子供だからな」
「あーあー、のんきな顔しちゃってまぁ……。猫はええねー」
人があれやこれやであくせくしているというのに、チャルナは冷たい床でビローンと伸びきっている。
腹もいっぱいになって眠くなったようだ。
やれやれ。俺が悩んでいるのがバカみたいだ。
「案外、難しく考えないで生きたほうが、幸せになれるのかもしれないな」
「なんや、いきなり辛気臭いこと言い始めて」
「天才にとっては夢の中でさえも、仮説をシミュレートする場だという話を聞いたことないか?」
「知らんなぁー」
「知りませんね」
瀬奈たちの時代には言われなくなったのか。
俺もなんの本で読んだのか、分からなくなってしまうくらいだしな。しかたないか。
「自分たちが天才だと言うつもりはないが、ああいうの見ると難しく考えているのがアホらしくなってな」
「なんや。そんなことかいな」
「そんなことって」
「簡単なこっちゃ。ただ単に――――チャルナちゃんが『幸せになる天才』ってだけやで」
どんな結論だ、と思ったが、熱されたモチもかくや、という勢いで伸びきったチャルナを見ると反論する気力も失せた。
チャルナもチャルナでこちらを気にした様子もなく、悠々自適に過ごしている。
あぁ、もう……なんだかなぁー……。