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恋愛授業


「ご主人様ー。いい加減、起きてく――――…………。何をしてるです……?というか何があったです?」


「ネズミ駆除」


 手に持った天板の破片を、無理やり天井に押し付けて修復魔法をかける。

 食い破った・・・・・天井の破片は、まだまだアイテムボックスの中に有るが……まぁしょうがない。

 時間と人手が足りなすぎる。

 いくら俺が天井に穴を開け慣れていて、なおかつその修復に慣れていたとしても、流石に夜明けから朝までで、かき回しまくった天井をすべて修復するには無理があったか。

 仕方がないので破片を全て床に出して、後はあの間抜けなスパイどもに片付けさせるか。

 …………というか、使えたな、スキル。

 今までロクに使えなかったのに。

 やはり一定以上の感情がトリガーなのだろうか。


「天井が蜂の巣なのです……」


「お、良いな。確か質のいいハチミツが入ってたから、ハニートーストでも作るか」


「そういう話ではないのですよッ!?」


「疲れてんだよ。流せ」


「ムチャがありすぎるのです……!」


 昨日は天井裏でネズミ狩り……というかネズミのけがわ狩りだが、それをやったおかげでそれなりに疲れている。

 馬鹿共め……。人が泳がせておいてやれば、いい気になりやがるからこうなるんだ。

 監視がつくことはある程度予想はついていた。

 こちらの動向を探る為と…………俺が瀬奈たちに精神魔法を使わないかどうか、その監視だ。


 今回の接触は完全に瀬奈たちの個人的な暴走だ。

 きっと王族側は相当焦っているはず。緊張状態を緩和するためにも、スパイどもを通じて情報を流すのは許容の範囲内だったんだが……。

 流石に個人的な空間にまで踏み込まれるのは、気分を害する。


 そういえば……王族達は今、何をしているんだかな。

 名目上は異変の調査結果待ちなのだが……。走り回っているのは下の者ばかりで、上の連中は姿が見えない。

 何を考えているんだかな……。


「さて、朝飯作るかねー」


「絶対そんなのどかな状況じゃないです!?どうするんです、コレー!?」







「さぁ、それでは恋愛授業だ」


「「「「…………」」」」


「「「…………」」」


 怪訝そうな目が7対、こちらに向けられている。

 いきなり何を言い出コイツは……という思考が透けて見えるぞ、その視線。

 今日は格闘技術の修練ではなく、講義の時間をとっている。

 その為に今日は部屋の中で座学だ。瀬奈たち……勇者達と一緒に、レリュー、ルイ、ケーラ、チャルナも一緒にいる。


「ユージーンさんが唐突に妙なことを言い出すんは、ルイやんたちの話からとヨッシーの件からも知ってはいたんやけどなー……」


「言いたいことがあるんならはっきり言ったらどうだ」


「ユージーンさんてアホ?」


「ぶっ飛ばしたくなるほどストレート投げてくる奴だな……。――――ま、それはともかく、恋愛授業だ」


「ネーミングセンス…………」


 うるせぇ。


「さて、この世界の魔法のシステムは既に説明したとおりだ」


「アレやね。感情を喚起してー、ってヤツ」


「そうだ。そのシステム上、恋愛に関する事柄は重要な物事として捉えられる。そして――――恋愛について学ぶ学校も、この世界にはある」


「…………マジで?」


「ええと……獣人には魔法を使えないので、そういった学校はありませんね。夏の大陸で学校と呼べるのは、エストラーダくらいにしかないはずです」


「各村の村長がその村の教育をになっているですよ。ルイも村長に読み書きを習ったです。でもそういう学校の事は聞いたことがあるです」


 寺子屋みたいなもんかな。

 江戸時代の日本には数学の問題を解いたら絵馬にかいて奉納する、という風習も場所によってはあったようだし、村単位でも教育を施すってのは昔からやられてきたようだ。


「人間族の国家なら大抵そういうところがあるはずだ。俺もかつてはそういう学校に通ってきた」


 1ヶ月ほどで出てきたが。

 それはともかく。


「お前らが相手にするのは恋愛関係の機微に通じている人間だ。田中だけじゃなく、全員にそれなりの心得を覚えさせておかないと、簡単に取り込まれるぞ」


「なぜ僕をワザワザ引き合いに……」


 言わなくても分かってんだろ。一番危ない人間だからだよ。

 結局、田中……グートマンの演技指導もやってないから、それも合わせてここで全員に一度共通認識を持ってもらう。


「つっても恋愛指導なんて何をするってんだ?ひとりひとり趣味嗜好が違うってのに」


「というか、ご主人様に恋愛を語れるとは到底思えないのです」


「言いたいことが分からないでもない。確かに俺にはそう言った経験が不足している。だからこの件に関しては、俺以外の教師役が必要だ」


「教師役?」


「そうだ。…………頼めるか?ケーラ」


「ふえッ!あ、アタシ!?」


 いきなりの指名に驚くケーラ。

 まぁしょうがないか。昨日いきなり思いついたことだしな。


「店に勤めている以上、ケーラはその手の経験や知識が豊富なはずだ」


「店……?いったいどんな……?」


「も、もしかして……昨日、ユージーンが言ってた『お前が居ないと』っていうのは……」


「ああ、これのことだ」


「もうッ!変な言い方するから勘違いしちゃったじゃん!」


 ん?何か変なこと言ったか?

 今のメンツの中じゃ、一番恋愛経験値が高そうなケーラがいなければ成り立たないだろうと思って言っただけなんだが。


「というわけで先生。お願いします」


「丸投げだね、ユージーン」


「俺にとっては鬼門な分野だからな。こればっかりはどうしても分からん」


 本で読む分には理解できるし、伏線やら地の文章やらで推測もできる。

 できるが……それを現実に持ってくるのはどうしてもな。

 理論と実践は違うとよく言うが、人の心など千差万別。いくら俺が本で理論を重ねても、現実では実践ひとつこなせない。


 だが、物事というものはある程度似通ってくる。

 とある名探偵曰く、『千の事件を知れば、千と一件目の事件はすぐに解決する』

 『千』差『万』別と言うのなら、千も万も知り尽くした者を用意すればいい。


「そんなこと言ったって……うちである恋愛話なんてロクなものないよ?」


「なら最低限、どんな仕草や行動がウケが良くて、どんなものがダメなのか、その程度の判別なら問題ないだろう?」


「それなら……うん。なんとかなりそう、かも?」


 断言して欲しいんだがな、ここは。

 ケーラはどうにも娼館勤めを引け目に感じているらしいが、俺からすればバカバカしいにも程がある。

 娼館……身体が目当ての場所ならともかく、ケーラがいるのはキャバクラじみたあの店だ。

 仕事で日夜、男女間の睦言を目にして慣れたケーラは、この世界の魔法ツガイにとっては良いアドバイザーになるはずだ。

 ただ、場所が悪いだけで。

 なにしろ夏の大陸には魔法ツガイなんてほとんどいないだろうからな。そして居るとしても……そう言う奴は娼館には来ないだろう。




 こうして、ケーラの恋愛授業が始まった。


「とりあえず……ロベルト様」


「はいよ」


「手当たり次第に女性に声をかけるのはよしたほうがいいんじゃないかと……」


「なんでッ!?」


 いきなり指名されたロベルトが、目を剥いて驚いた。

 ロベルトめ……俺に隠れてそんなことをしていたのか……。


「望翠殿で雇っているメイドや、あと数少ない女兵士の方から実情がチラホラ聞こえてきてるんですけど……」


「…………そんな節操なく声をかけてんのか、お前は」


「いや、だって女性を見かけたら取り敢えず褒めるのがマナーでしょ!?」


「そんなローカルルールは知らん。というか、俺の前でやらなかったということは、一応メジャーなマナーというのを知っていての事だろ?」


「や、だってさ。セナちゃんとかに声をかけようとすると滅茶苦茶不機嫌そうになるじゃん」


「…………。そんなつもりはない」


 ――――たぶん。


「ロベルトさんのところの文化、だと思うんですけど、こちらではそういう人はあまり好まれなくて……」


「まぁ基本的にツガイのシステムは1対1だしな」


「そうだね。だから、というわけでもないんですけどそういう行動をされると、どうしても軽薄な人、という印象になってしまいます」


「え、てことはケーラちゃんは今まで俺の事……」


「まーぶっちゃけ軽い人だなーくらいには」


「マジでか……」


 こういう文化的な衝突も、ある意味しょうがないと言える。

 あっちじゃどうにも結婚に対する圧力みたいなもんが強いみたいだからな。

 結婚してなけりゃ半人前、みたいな。誤解を承知で言えば強迫観念に似たようなものだと思う。


 そういうもんだと小さい頃から教えこまれていては、簡単に認識は覆らないだろうな。

 だからロベルトの言い分も分からなくは――――


「地球じゃあっちこっちに現地彼女がいたのに……」


 いや、やっぱり理解は無理だ。

 絶対に。同情もいらんな。

 文化交流とはかくも難しいものである。


「ッのっ……セレブ野郎が……ッ!」


 田中。暗黒面が出てるぞ。引っ込めとけ。

 それはともかく。

 世界中を旅していたロベルトなら、妙な間違いは起こさないだろうと思ったが、こりゃアテが外れたな。


「ロベルトさん……」


「流石にフォローできへんで、ロベルト……」


「あ、いや、俺だって今の自分の立場は分かってるから、王女様達に迂闊なことはしないぜ?」


「信用が揺らいでいるですよ……」


「本当に頼むぞ。世界規模で混乱を引き起こす恐れがあるからな」


 ぶっちゃけ『英雄色を好む』という言葉があるように、実際には権力者の愛人のようなものは広く認められている。

 だが、当人同士の感情がこじれないかと言えば……語らずとも分かるだろう。

 世間一般の認識と、、個人個人の感情とはまた別なのだ。



 取り敢えずロベルトには、本命の人以外には迂闊に気があるように見える行動をしないように厳重に注意して、ケーラからアドバイスを受けてもらった。


「さて、田中。お前は――――」


「ユージーンさん。ひとつだけ、教えてください……」


「……なんだ」


「僕たちは英雄なんですよね?世界中の王族たちがマークしてる、超重要人物なんですよね?」


「あ、ああ……」


「僕たちのことを王族の、王女達が狙ってるんですよね?申し込めばだいたい付き合ってくれるはずですよね!?」


「あ、ああ!そうだとも!」


「モテるんですよね!?」


「ああ!もちろんだ!」


「だったら彼女作っても良いですよね!?」


「ああ!もちろ――んなわけねぇだろ!」


 こいつ……妙な熱気が……!

 勢いに飲まれて頷くところだった。


「だって……!だってぇ……!」


「まぁ言いたいことは分かるわな」


 ロベルトは立派な神器を持っている上に、地球でモっテモテだった。

 同じく英雄であるところの田中は、というと神器はヒモだし冴えないルックスだし、彼女はいないし……。

 あんまりだ。あまりにも……不憫すぎる。

 これはちと可哀想にも程がある。


「はぁ……田中。俺が危惧しているのは、ツガイになったあとその相手の陣営に引っ張り込まれていいようにこき使われることだ」


「はい……」


「それを、お前の意思で、お前が承知の上でやるというのなら、俺は止めはしない」


「ユージーンさん……」


「だが、忘れるな。例え付き合えたとしても、きっかけはあくまでお前が英雄だったからだ。後から本気でそいつを惚れさせるためには、自分自身で、英雄という壁を超えなくちゃいけない」


「……はい。……はい!頑張ります!」


「その道を行くというのなら、他の陣営に組みした元仲間と……もっとはっきり言えばロベルト辺りと戦う可能性も出てくる」


「おい、ちょっとユージーン。なんでそこで俺が引き合いに出すんだよ?」


 言わなくても分かってんだろ。一番女癖が悪いからだよ。


「それでも戦うという覚悟を持って、お前は付き合わなくちゃいけない」


「…………。今はまだ、そんなこと考えられませんけど……でも!それなら、僕は……」


「別に実際に戦え、と言っているわけじゃない。だがお前はただでさえ神器に不安がある。英雄だけじゃない。化物どもとも戦う必要がある。…………言いたいことは分かるか?」


「……強く、ならなくちゃいけないんですね」


「そうだ」


 結局のところ、すべてそこに集約される。

 今の田中たちにかかっている期待は、途方もなく大きい。

 実力がなければ、英雄をかたった者として強い風当たりに晒されるだろう。

 力がない者に世界は厳しい。


「死に物狂いで特訓だ。当座をしのぐために、まずはグートマンの演技をしなくちゃならない」


「やります!やらせてください!」


「その意気だ。いいか?まず、お前のスタンスだが――――」


 今なら例のスパイどももいない。

 存分にグートマンの演技指導ができる。

 やる気を出した田中と、張子の虎グートマンの詳細を詰めていった。




 その間、ロベルトへの指導が終わったケーラは、今度は瀬奈とこなみの指導へと入っていた。


「基本的な方針として……セナさんとコナミさんはどうしたいのか、まずはそれを聞きたいです」


「ウチは適当におちょくって情報収集したいなー」


「私は……魔法ツガイっていうのもまだ違和感があるので、今すぐどこかの王子様とお付き合いする、っていうのは避けたいね」


「セナさんはまだ分かり易いけど……コナミさんはちょっと規格外かな?」


「フツーに会話してて相手が勘違い・・・して貢いでくれるのもエエし、まぁなんぼでもやりようはあるわな。こっちはこっちでええ具合にやるんで、放置でかまへんで」


 横で会話を聞いてるが、フザケた女だ。

 というかヤケに自信満々だが、経験はあるのだろうか?


「後々でそういうのが得意なお姉さまに聞いてきます」


「…………ホントになんの仕事してるの、ケーラちゃん?家族経営?」


「や、そういうんじゃないですけど……。とりあえずセナさんには会話の流れを変えるようなミニテクを教えておきますね。妙な話になりそうだったら、これで無理やり断ち切ってください」


「あ、うん。お願い」


 頼むぞケーラ。

 うちの可愛い妹に身の護り方を伝授してやってくれ。

 今の俺たちの当面の目標は、近々ある歓迎会を無難に乗り切ることだ。



 魔法ツガイの戦略的な意味合いが見直されてからは、種族間、男女間に明確な差ができた。優先順位、というべきか。


 まず一番下が人間族の男だ。そして次が獣人、竜人族そしてドワーフだ。

 魔法ツガイの計算部分を担う人間の男は、教育を施せばある程度量産できる。

 それ以外の、一般的な男は兵士としての役割だ。筋力が上の獣人の男女はその上の位置づけだ。

 竜人はブレスを吐けるが、それは個人魔法とさして変わらない位置。

 ドワーフも使える魔法は工学系だけとあってそれほど重要性は高くない。


 その上に来るのが妖精種とエルフだ。

 人間の個人魔法とは比べものにならない規模の魔法を使える。

 だが問題はそれほど数を揃えられないことだ。

 戦争では火力と数が揃って初めて意味がある。

 妖精種もエルフも、全体の数としてはかなり希少なのだ。


 そして一番上に来るのが人間種の女性となる。

 ツガイを組めれば戦略的な意味合いはかなり大きい。


 まとめると――

 人間・男<獣人、竜人、ドワーフ<妖精種<エルフ<人間・女

 と、なる。


 まぁ要するに――――


「瀬奈とこなみの重要度は、田中とロベルトよりも高い……」


「え?なんです?」


「いや、なんでもない」


 考えていたことが表に出てしまったらしい。

 誤魔化しながらさらに思考を深める。


 優先度が高い2人の内、どちらが人気があるかと言えば……恐らく瀬奈の方が人気が出るだろう。

 日本で武道をしていたとあって、瀬奈の体は非常に引き締まっている。

 かといって平坦な体つきというわけではなく……。言ってみれば健康的なエロスを感じるのだ。

 純粋培養のお姫様とはタイプの違う魅力がある。

 では性格は、と言えば、とても戦闘をこなす荒くれ者とは思えないほど、穏やかで知的だ。


 とてもではないが、エセ関西弁のツノ女とは比べ物にならない。


「…………なんやシッツレーなことを考えてるヤツがるような……」


 む、気取られたか。

 ともかく、かなりの人数が瀬奈たちに集中するのは間違いない。

 いくら男とはいえ、英雄の優先順位は最上級だ。かなりの奪い合いになるだろう。

 問題は……それまでにこいつら全員が仕上がるかどうか、だ。

 戦闘面でも、恋愛面でも。


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