魔法・実践
はぁ・・・。いつまでもグダグダしてられないか。いつかは怪物と戦うって決まってんだから何らかの手立てを考えないと。
「あー。ダリぃー。」
気乗りはしないがな。思わず呟くくらいには。俺は今、庭で個人魔法の練習をすべく、廊下を歩いていた。
声に反応したのか、曲がり角から現れたメイドがこちらを向いた。と、同時にひどく恐ろしいものを見たような顔になる。
「?」
「ひっ・・・。」
その口から押し殺した悲鳴が漏れる。・・・なんでこいつはこんなに怯えてるんだ?何かした覚えはないが。
「2日も動かなかった坊ちゃんがついに動いたわ!何か恐ろしいことになるに決まってる!だだだだ誰かあああああああ!?」
「オイ待てコラぁぁぁぁぁぁ!?」
お前の中で俺の位置づけどうなってんの!?たった2日ふさぎこんでただけで魔王の封印が解けたような反応しやがって!
「なにぃ!?坊ちゃんがいるぅ!?早く連絡回せ!絶対何か企んでる!」
「警戒態勢ーーーー!レベル5!レベル5発令ーーー!」
カァンカァンカァンカァン!
警鐘鳴らしやがった!?賊が侵入した時でもないと使わないのに!?
なんなのこいつら?ナタリアといいさっきのメイドといい、俺の心へし折りに来てんの?
「はぁ。アホくさ・・・。」
付き合ってられん。いちいち説明すんのも面倒だ。勝手に騒いでてくれ。走り回る衛兵を尻目に、俺は庭に向かった。
さてと。何から試そうかな。強いものは使えないとはいえ、魔法だ。狭苦しい屋敷の中では味わえないファンタジー。いざ使おうとなるとやっぱりワクワクする。
持参した『魔術初級編』を開く。魔法一覧のページを開くと、そのほとんどが生活に関するものだった。『魔術中級編』からはツガイの魔法に関してだったので、今回は持ってきていない。一応読んだが。泣きながら。
庭にはある程度の広さで開けた場所がある。兄達はここで武術の鍛錬をしている。まぁ素振りだとかストレッチだとか。隅の方には簡素な的、というか木人みたいなのが立っている。カカシみたいに下は木の棒だが、上はひしゃげた鎧をつけている。攻撃的な魔法はあれを標的にしよう。
さぁやってみよう、という段になって屋敷の方から物凄い数の視線が注がれているのを感じた。振り返ると誰もいない。おおかたさっきの連中だろう。放っとくか。
「ええと・・・。これか。『ファイアトーチ』!」
指先に小さな火を灯す魔法を唱える。これくらいなら詠唱は必要なく、魔法名だけで事足りる。小さな火を想像しながら唱えると、脳内の仮想空間に展開した小さな魔法陣が、現実世界の眼前に顕現し・・・消える。
火はついていない。
「アレ?なんで・・・ああそうか。」
肝心の魔力が流れていない。すっかり忘れていた。ファイアトーチについてのページを見る。
『必要な感情・・・・イラッとする程度。』
なんか他に表現なかったのかよ・・。感情の種類はなんでもいいから別に嬉しかったことでもいいはず。ともあれイラッとする程度ね。ふむ。以前ナタリアから書斎の鍵を奪おうとして体をまさぐったら簀巻きにされて吊るされたっけ。最小規模の魔法なんで変換効率が悪くても大丈夫だろう。あの時のことを思い出して・・・。
「『ファイアトーチ・・・。』」
自然と声が低くなる。脅すような声色になってしまった。先ほどと同じプロセスを経て魔法陣が出現。今度は消えずに輝く。
ボッと音を立てて火が出る。――――30センチほどの。
「うおっ!?あつつつ!」
予想外にデカイ。ライターくらいだと思っていたがデカ過ぎんだろ。前髪が少し焼ける。あービビった。何が小さな火だよ。初めて魔法を使ったっていうのに感動もできなかったわ。
いや待てよ?確かあの狭間の空間でターブは・・・。
『とりあえず魔法の強化、魔力量増大、スキル【鑑定眼の御手】【剣豪の系譜】【妖精眼の射手】などですね。』とか言っていたな。それじゃこれが魔法の強化か?単純に威力上げりゃいいってもんじゃないだろうに。
しばらく同じ魔法で火力調節の練習をする。体内から魔方陣に向かう流れ。これが魔力なんだろう。意識を集中させてその流れを弱める。ライター程度にするまで5分ほどかかった。
他の魔法を試してみる。水を出す魔法。洗濯用魔法。穴を掘る魔法。明かりを出す魔法。どれも最初は制御ができず、ほぼ暴走していた。
一応、属性があるらしいが正直微妙すぎてわからない。
「『プチヒール』」
治療用の魔法があったので焦げた髪を治しておく。変にパーマかかってやがる。擦り傷を治す程度の魔法だからか。
これでほとんどの魔法を試した。本来なら魔力切れが起こってもおかしくないはずなんだが。魔力量増大の改造のおかげか全く変化無し。どの程度増えたんだ?
残る魔法はあと2つ。ある意味こいつらが本命。俺の希望。
「護身用魔法『魔法弾』と創造系魔法『武器精製』、これが頼みの綱、だな」
拳大の玉を作り出して打ち出す『魔法弾』
魔力を変換して武器を生み出す『武器精製』
ツガイになることができない俺が、強力な攻撃力を持てる可能性があるとしたらこの二つだ。ちなみに漢字は俺が勝手にイメージで付けた。
いよいよ、というところでナタリアに呼ばれる。クソ、最近のこいつは俺に恨みでもあるのか、ってタイミングでくるな。今といい、密会の時といい。
どうやら晩飯らしい。こんな時間までやっていたのか。気づかなかった。
「坊ちゃん。今日はなにやらかしたんですか?窓際に武装した衛兵がびっしりいましたけど。」
「俺が久しぶりに出てきたから何か企んでんじゃないか、だとよ。」
「あー。タイミングがアレでしたからね。当然ですよ。」
「そりゃどういう意味だ?」
「もう魔道書は読んだんですよね?なら魔法ツガイのことは知ってますね?」
「ああ、おかげで魔法を調べる意欲が無くなった。それがなんだ?」
「私は坊ちゃんのお世話してるから大丈夫だって知ってるんですが、他の娘は無理やりツガイにされるんじゃないかって怖がっていましたよ。」
「・・・?・・・ああそういうことか。」
屋敷の中の俺の評価は『魔法狂いの問題児』である。今までのトラブルで異常な熱意があるのはわかりきっている。
そんな奴が女性を利用する魔法の存在を知ったらどうなるか・・・・。相手は貴族の息子だし権力的には勝てない。面倒事になれば仕事を辞めなくてはならない。
もし魔法のために無理やり関係を迫られたら・・・・。という話だ。
「5歳児に何言ってんだか・・・。」
「それにみんな結構なお年ですからねー。あたしくらいならともかく。」
「心配すんなお前もお年だ。」
殴られた。理不尽な。