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幕間:とある偵察者視点


―――――とある偵察者視点――――――


 観察対象 ユージーン・ダリアに関する報告書No.16、兼・嘆願書


 拝啓 依頼主様。

 観察対象ユージーン・ダリアを監視するように言いつかってから、はや2週間が経ちました。

 以前にご報告申し上げたとおり、対象の戦闘能力は凄まじく、暗殺者集団を一瞬で壊滅したことからもご理解いただけると存じます。

 さて、かの英雄さま方が召喚されてから、対象に教えを請うているのは既にご報告申し上げました通りですが、その中で新たに判明したことを追加で書き記します。


 【セナ様】

 得物は剣。その身に剣の神器を宿す。

 英雄さま方の中でもまとめ役に徹するご様子。とはいえそれほど皆様を束縛している様子は無く、基本的に脱線し始めた話題を元に戻す程度。

 表には気苦労は出していませんが、内心皆様に遠慮して言えないことを抱えている可能性が有り。

 セナ様には包容力のある男性が適しているかと愚考。

 【備考】:立ち姿も凛々しく見目麗しい為、此度の歓迎会では競争率は最も高い恐れアリ。



 【コナミ様】

 ゴーレムの精製、使役を得意とする。

 猫の人形(ゴーレム?)の神器をその身に宿す。

 性格は大変活発で、英雄さま方の中ではロベルト様と似通った性質アリ。

 英雄さま方の中ではムードメーカー的立ち位置で、コナミ様の発言から議論が始まることが多々有り、チームを牽引していく役目にあり。

 召喚当初、額に生えている角のために獣人種かと思われ、魔法ツガイとしての重要性は低いと認識されていましたが、魔法の行使を確認。獣人疑惑は誤解と判明。

 ゴーレムの使役と魔法ツガイは共に後方での戦闘となるため、戦略的相性としては中々よろしいかと。

 腕に覚えがあり、馬が合う方を送り込むのが得策。

 【備考】:ゴーレムの扱いに長けるということが判明してから、北の大陸からの密偵が倍増した模様。十分に注意されたし。




 【ロベルト様】

 棍棒の神器をその身に宿す。

 慣れない様子を見せていることから、本来の得物は棍棒でない可能性高し。

 前述の通り、コナミ様と似た気質をお持ちなので、男性を立てる方よりは一緒になって騒ぐ方を送り込む方が良いと思われ。

 【備考】:潜んでいた私たちに気がつくほど感がよろしい方ですが、そのまま何事もなく口説いてきたため、危険度は低し。多少、女たらしのケが有り。




 【タナカ様】

 弱気。

 紐?の神器をその身に宿す方。得物は不明。運動能力についても不明。

 趣味嗜好を探るもことごとく情報ナシ。

 【備考】:特に発言権もなく、チーム内での立ち位置も低い。その身に宿す神器が指し示す通り、他の英雄様のオマケの可能性アリ。

 まさに英雄のヒモ。もといヒモの英雄。





「――――っと、ひとまずこんなものかな?」


 書きかけの報告書から視線を上げて、ペンをそのまま置く。

 作成途中だが、そろそろ監視の番が回って来る時間だ。


「…………」


 トントンと肩を叩かれた。

 音もなく部屋に気配が現れる。

 丁度、先程までその監視番をこなしていた同僚だ。

 全身を黒っぽい装束に包んで、闇に溶け込むような格好をしている。音がしなかったのは防音魔法を展開していたからね。

 顔の大部分を覆っていた布を取り去ると、中からは疲れきった表情が現れる。


「やっぱり今日も?」


「…………」(パクパク)


「防音魔法解いてよ。何言ってるのか分かんない」


「――すまない。すっかり忘れていた」


 必要最低限のことしか話さない、ぶっきらぼうな喋り方なのは、やはり相当にアレが堪えているからだろう。

 今から自分がそれをこなさなければいけないと思うと…………。うぅ……やだなぁ……。


「ふむ……。タナカ様については、やはりこれくらいにしか情報が無いのか」


「あ、ちょっと、勝手に報告書見ないでよね!」


「いいじゃないか。まだ未完成なのだし。なにより肝心のユージーン・ダリアの情報が載ってないんだからさ」


「とは言っても、やっぱり英雄さま方の情報は貴重だし……」


「そんなこと言ってもこの程度の情報、他の密偵たちですら簡単に入手してるはずだろう?」


「そりゃあ、あんなおおっぴらに戦闘訓練なんてしてたら、丸見えだよね」


 この望翠殿で動いているのは、何もうちのところだけじゃない。

 あっちこっちの大陸から、それぞれの国から、腕利きの暗躍要員が送り込まれてきている。音に聞こえた伝説の諜報員やら、引退したはずの古株まで、なんでもござれだ。

 斯く言う私も、目の前にいる彼女も、本国じゃちょっとしたものである。

 …………いや、まぁ確かに裏で動く人間が有名とか、それはそれでちょっとどうかと思うけど。


「…………。ね、本当に良いのかな?こんなことしてても……」


「ん?何がだ?」


「だって相手は『あの』英雄様だよ……?恐れ多いというか……」


「なんだ、今更怖気付いたのか?その英雄様であるところのタナカ様をこんな書き方しておいて」


「タナカ様はそもそも英雄かどうかすら分からないんだから、良いじゃない。でも、あのユージーン・ダリアは……」


「…………。まぁな。確かにあの中じゃ飛びぬけた実力を持っている。炎龍を倒したのだって納得できる。英雄じゃないのが不思議なくらいだ。……そう言いたいんだろ?」


「うん……」


「私もさっき味わってきたばかりだからな。言いたいことは分かるさ。けど上方部は逆なんだよ、考え方が」


 逆って、どういう事?


「英雄になると、アンタみたいに畏怖の感情に飲まれちまうヤツがゴロゴロと出てくる。それほどまでに『英雄』の名は重い」


「ん……」


「だから、そんな連中を敵に回す前に、つまりは英雄として台頭する前に、怪しい部分を全部無くしてしまいたいのさ」


「でも……それって……滅茶苦茶失礼なことじゃない?」


「ああ。だが、当のユージーン・ダリアが害した様子もない。ある程度、この事態を容認しているわけさ。……もっとも、それが王族達を不審がらせている理由でもあるが」


「ああ、そういうこと……」


「まぁ、もちろん、有望株がまだ自分たちの下の地位に居るうちにこき使いたい、という願望もあるんだろうけど」


 う、嫌なこと聞いちゃった……。

 でも、それなら反対派も賛成派も、今のところに落ち着いた理由として納得できる。

 と、そこまで考えて……気づいてしまった。


「で、でもさ……それってあの子のさじ加減一つで、今の均衡があるってわけじゃない?それって……怖いよ」


「…………。ああ。そうさ。だからこうやって私たちが派遣されてきているんだ。というわけで行った行った」


「ああッ!?そういえば交代の時間だった!?」


 いけないいけない!

 あわてて私の分の装備を身につけて部屋から躍り出る。

 とは言っても扉から出て行くのではない。天上にあいた穴から、薄暗い天井裏に飛び上がるのだ。

 埃と蜘蛛の巣で視界が悪い中を、ここ最近妙に通い慣れてしまったルートで這い回る。そうして目的の場所に近づいていった。





「――ッ!!」


「ッ!!」


 目指すユージーン・ダリアの部屋の天井まで来たところで、別の人物と鉢合わせしてしまった。

 魔法で強化され、暗闇でも見通せる視界に浮かび上がる、私と同じ全身黒ずくめの――――同業者……!

 条件反射的に全身が強張り、咄嗟に腰のナイフに手が伸びる。

 向こうも腰のあたりに手をやって黒塗りの小剣を取り出した。

 そして――――


 スかんッ、すコンッ


「…………!?」


「…………ッ!!」


 いささか間抜けな音を立てて、私と相手の間に、光り輝くナイフの刃が生える・・・

 天板に腹ばいになっている私たちの、文字通り目の前で。

 しまっ――――


「うるせぇぞ!喧嘩すんなら他所でやれッ!」


「え、あ、は、はい!すいません!?」


 下から響いた声に向こうの同業者が返事をしてしまった。

 新人なの!?そんなことをしたら――――!


密偵スパイが返事なんてしてんじゃねぇッ!!」


「はひぃッ!?」


 ドゴッ!

 向こうの相手の顔のすぐ横に、今度はランスの穂先が粉塵を巻き上げながら現れた。


「ひ、きゃ――――むぐぐぅぅぅぅ!?」


「悲鳴を抑えて……!とにかく静かに……!私も攻撃しないから……!」


「(ブンブン!)」


 悲鳴をあげようとする相手を押さえ込んで口を塞ぐと、押し殺した悲鳴が漏れた。

 そのまま相手が落ち着くのを待つ。

 静かになったからか、下からはもう何かが現れることはない。

 相手と目を合わせて辺りを窺う。

 天井裏の空間に、痛いほどの沈黙が満ちた。


「ぷは……ッ!な、なんだったんですか……!?今のは……!?」


「声を潜めて……!」


「で、でもでも……」


「またアレを喰らいたいの?」


「…………」


 落ち着いてくれたらしい。

 メモ用に持ち歩いていた紙とペンとインクで、簡単に状況を説明する。

 ここには監視対象を同じくする同業者が密集していること。

 当然そこではあちこちで小競り合いが発生する。

 監視対象……ユージーン・ダリアはそれをどうやってか感知して、毎回正確無比な投擲で横槍を入れてくる。

 おかげで今は音を一切立てられず、事実上の休戦状態にある、というのが今の天井裏の戦況なのだった。


「…………天井の、しかもほんの僅かな闘争の気配に気づくって……化物ですか、あの人は……」


「聞こえてんぞ、そこッ!」


「ひぃッ!?」


 新人らしき相手のすぐ目の前に、またもや刃が生える。

 コレだ。この異様な状況下。音を立てればすぐさま武器を投げつけられる。すぐそばには油断ならない同業者。

 極限のストレスに、この任務で痩せこけていく者も少なくないの。

 今日、この新人らしい子が入ってきたように、入れ替わりも激しい。

 斯く言う私も、報告書に任務替えの嘆願を書き込んでいる。すでに10通を超える嘆願書を送ったけれど、今のところ配置替えは無いみたい……。


『すいません……。もう少し一緒にいてください』


 ガクガクと震えながら、彼女はメモ用紙にそう書いた。

 なんだか放っておけない子だな……。

 ここだけは……少なくともここでだけは、私たち密偵はお互いに争わなくても済む。いつもは情報の取り合いや牽制のしあいばかりで、心休まる職業じゃない。

 だからせめて今だけは……。他人に優しくしても良い、かな……?


『オラッ!そっちでもやろうとしてんのか!大人しくしとけ!』


 ズガッ!


『うひぃッ!?』


 ――――あ、いや、ここが心休まる場所かと言われたら、同業者全員が首を横に振るけどね?





 基本的に、対象は英雄さま方の指導に行く時以外は、部屋に篭もりきりだ。

 たまに夜中に出かけていく時もあるが、まるで追いつけないのでどこのチームも諦めている、というのは噂で知っていた。

 今日は出かけていく予定はないのか、遅くまで本を広げている。

 先ほど空いた穴から覗き込む、魔法の光に照らされた部屋の中には、彼の姿しかない。


『いつまで本を読んでいるんでしょう?だいぶ夜に強いみたいですが』


『一日中、だよ』


『?』


 疑問符をひとつだけ書いて、私の発言の意味を問うてくる。

 情報を漏らすのは御法度だが、これくらいならここに張り付いていればすぐに分かることだ。


『寝ないのよ、彼は』


『……徹夜で何か調べものしているんでしょうか?』


『そこまでは分からないけど、少なくとも私がこの任務についてから寝ている姿を見たことはないわね』


 信じられないものを見るような目でこちらを見返してくる彼女。

 私だって信じたくはない。だがどこの報告でも彼が寝ている姿を確認できていない。

 不眠不休で、2週間も動ける人間などいないはずだ。少なくとも、私たちの常識の範囲内では。


『いったい……何者なのでしょうか、彼は?』


『それが分かったら苦労は――――』


 ――しない、と書こうとしたあたりで、監視対象の部屋に誰かが訪れたのを感じて、一気に天井裏に緊迫した空気が満ちる。

 コンコン、というノックの音に続いて、少女の声が聞こえる。






『あの、ユージーン?起きてる?』


『ああ、ケーラか。起きてる。…………これから仕事か?』


『うん。やっぱりここんとこ、ずっとこっちに入り浸ってたからね。顔つなぎのためにもチョクチョク行かないと』


『あまり根を詰めないようにな。本来なら休んでるはずの日中を使ってレリューの相手をしてるんだからな』






「…………」


「…………」


 天井板一つ隔てて下の会話が聞こえて来る。

 こうして話の中で情報を収集するのが、私たちの本来の任務だ。決して刃の出現に怯えながらネズミよろしく屋根裏を這い回るのが、密偵の職ではない。

 ふとした会話の中で重要なこぼす……ような相手には到底思えないが、それでも任務である以上はしっかり会話を聞いてなくてはならない。


 しかし……なんて言うか……。


『意外と優しそう……?』


『私もそう思いました』


 乱暴粗雑な人物かと思っていたが気遣いもできるようだし、分かりにくいが心配そうな声音が混じっている。

 ましてや、相手は娼館に勤める娘だ。

 貴族王族がひしめく上流階級、しかも世界中の高貴な身分が集っているこの望翠殿で、たかだか下賤の娼館の娘に気を遣う必要があるだろうか?


 もしや……ねんごろな仲なのだろうか?

 今までまるで情報網に引っかからなかった特ダネだけに、俄然興味が湧いてきた。

 もしそうだとしたら……特大の弱みだ。

 この情報を持って帰れば、晴れて異動になるかもしれない。


 というか、私も女だ。

 色恋沙汰にはとことん興味を引かれる。

 何分、機密を扱う職業だけに、男に対しても気が抜けない。

 だからこそ、他人の色恋には……グヘヘ。

 将来有望な貴族の息子と、場末の娼館の娘。

 んふふ……最近秘かに読んでる恋愛小説の中でも、王道に近いわね。娼館じゃなく酒場あたりならピッタリだ。

 良いわね。身分の違う、許されない恋……!


『あの、ヨダレ垂れてます』


「おっと、いけない」


 じゅるると音を立てて啜る…………わけにはいかないので、軽く拭う。

 というか、今思いっきり声に出してしまった。

 バレて無いかな……?






『まぁ、ホントならアタシがお相手する事なんて出来ないようなお方だしねー。レリュー様も、英雄さま方も』


『……だから瀬奈たちの前では娼館勤めのことを隠してるのか?』


『ま、ね……。やっぱりどうしたって、アタシは“下々の者”、だからさ。ユージーンにしたって、あの中じゃ身分的には下の方だけど、本当なら遥かな雲の上の人だからさー』


『なんだ。今更怖気付いたのか?』


『怖気付くまではいかなくても、気後れはしてるかな。気にするなー、って言われても染み付いた庶民根性は抜けないよ』


『それもそうか』


『……案外ドライだね?ここはこう……壁ドンして“黙れよ……”って言ったあとに“俺と結婚して貴族になっても同じことが言えるか試してやる”とかいう場面でしょ?』


『誰だそれは……?そういうのはギャップがあってこそ、初めて――――というかそれでOKすんのか?』


『割とドキッとはすると思うよ。コナミさんの受け売りだけどね』


『ああ、道理で壁ドンなんて知ってるわけだ』


『――――してみる?』


『遠慮しておこう。――――ふむ……。やっぱり必要だな……』


『何が?』


『やっぱりお前が居ないとダメだ、って話』






「ちょっ――」


『いきなり告りましたよ!?』


 新人さんが呆然として口に出しそうになった続きを、振るえる手で紙に書き付ける。その声には、その筆跡には、隠しきれない興奮の欠片が滲んでいた。


 いやっほう!!キタキタキタキタぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーっ!!

 私もまさかの急展開にちょっと・・・・胸が熱くなっている。


 まさかとは思ったが……よもやこんな所で告白とは……。

 気づけば天井裏の中の気温が急上昇しているような気がする。

 みんなの心がひとつに纏まりつつある。そんな気がした。


『とにかく黙ってこの後の経過を見届けよう』


『がってん承知です。にしてもカベドンってなんでしょう?』


『分からない。分からないけど……何かしらの行為みたいね』


 これで監視対象の人間関係や趣味嗜好が分かれば、かなり有利にことが運べる。

 そう。これは決して私利私欲ではない。

 この世界のゆくえを左右する(かもしれない)人物の、貴重な情報だ……!

 この情報如何いかんで会議の派閥が割れる。

 世界の王族の派閥が割れるのだ。

 問題は、ユージーン・ダリアがそこの子に『カベドン』とやらをするかどうかだ。


 つまり――――


 お 前 の カ ベ ド ン で 世 界 が 割 れ る !!






『な、何……?ユージーン……?それって、その……どういうつもり……?』


『まぁ、詳しい事は後で全員の前でな』


『ふぇっ!?み、みんなの前で……?だ、ダメだよユージーン……!た、たしかにちょっと良いなくらいには思ってたけど……!あわわ、どうしよう!?レリュー様を応援するつもりだったのに……!?』


『…………?何を言ってるのか分からんが……。――――とりあえずそろそろ急いだらどうだ?仕事の時間だろ?』


『え!?あ、うん!い、行ってくるね!』





 女の子の軽い足音が、その場から離れていく。


「…………」


「…………」


『逃げた……?』


『逃げましたね』


『この場合はどっちが逃げたことになるの……?』


『両方、でしょうか』


『でも対象の方は皆の前で告白するつもりみたいだけど……』


『二人きりで言う勇気が無いから、人の多い場所で、とは考えられませんか?』


『何か感性がねじ曲がってるような……』


 恨み言が出てきてしまうのはしょうがない。

 せっかくの見世物だったのに……。

 でも、これでネタは掴んだ。

 後は明日、全員が揃ったところを張り込めばいいだけだ。

 同僚みんな誘って高みの見物……もとい、総力で監視しなければ。


 もちろん、今ここで見世物を見れないことは悔しい。

 悔しいが、私は諜報員。密偵である。

 きちんと理性で制御でき――――


『おいコラ!なんで今押し倒さねーんだよ!?』


 ――――できないのがひとりいた。

 大きめの穴から飛び降りて、監視対象に近づく、一際大柄な人物だ。

 たしか、あそこは代替要員が少なくてストレスの溜まりやすいところだった。

 加えてあの子はたしか、そのキツい性格のせいで男が居なくて愚痴をこぼしている奴だった。

 この前一緒に密偵してたから、よく知ってる。


『もうひと押しでどう考えても落とせただろうがよ!?この意気地無しが!』


『そーだそーだ!今から行って押し倒してこーい!』


 あ、あっちの子はこの前一緒に お 茶 した子だ。

 そういえばこの前彼氏と別れたばっかりと言ってたっけ……。


『無いわー。あそこで押して行かないとか無いわー』

『見た目オレオレ系なのに、中身はヘタレとか……』

『というか、元服どころか第二次性徴もまだの娘に、見た目成人の男が言い寄るってヤバくね?』

『面白けりゃいいじゃん』


 あっちこっちから密偵のみんなが顔を出して品評する。

 ちなみに、諜報活動には各種隠蔽魔法を使用するため、女性が派遣されてくるのはよくあることである。

 ツガイ魔法のように一気に魔力を放出しないなら、恒常的に魔法を使う分には女性ひとりでも問題ない。

 従って、諜報部とは女ばかりの 灰 色 の 職 場 である。


 みんなの不満が爆発する中、私は――――


『どうするんですか!?皆さん完全に我を忘れて――――』


「そうだぁー!そこで行かなければどこにイク!?男が廃るぞぉぉぉぉっぉぉぉぉぉぉぉ!!」


「完全に暴走してる!?」


 新人には分からないだろう。この諜報部の暗部は。

 そしてこの任務の最大のストレスは――――!


「どうしたヘタレー!それヘッタッレ!あそれヘッタッレ!」


 2週間。

 2週間だ。


 女ばかりの職場で、延々と2週間。

 和気あいあいとしたボーイミーツガールを見せつけられているのだ。


 心の闇が広がらない訳が無い。

 誰も恋愛方面に走らないのが余計に腹立つというかなんというか。

 だからといって本当に付き合ってるところを見せつけられても、それはそれで腹が立つ。

 そこに来てのこのお預けである。

 そりゃ烈火の如く怒りたくもなる。

 理性で押さえつけようとしてのがバカだった。

 だからこそ、私にいつまでたっても彼氏ができないのだ!

 彼氏ができないのに目の前でイチャコラするこいつらが悪いのだ…………!


 そんなドロドロしたおひとり様の 僻 み を、例え英雄候補といえども簡単に止められるものではない。

 溜まりに溜まったこの僻み―――――!

 止められるものなら止めて見せろォォォォォォォォォッ!!








 ――――ブチッ!ブチブチブッッチィィッ!!――――


「強権!簒奪の!フゥゥゥゥゥゥゥゥルァァァァッ!!!」


 いきなり湧き上がった輝きの中、そんな音と声が聞こえた気がした――……。


 つい……勢いで……。

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