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トランプブレイブス



 いくらアビリティという特殊能力を持っていたとしても、それを活かすにはやはりある程度の修練が必要、ということで今日も今日とて瀬奈たちに鍛錬をつける。

 田中とこなみに関しては、いくら魔法を使えるといっても攻撃の手段を持っているに越したことはない。というか最低限身を守る術を身につけていないと外を歩くこともさせられない。

 とりあえず、瀬奈とロベルトはさらに慣熟訓練をこなしてもらうとして、田中とこなみのふたりには最も基本的な素振りから教えることにした。


「あー……。腕痛いわー。ユージーンさん、ウチらどう考えても前衛組やないのに、こんなことしとっても意味あるん?」


 ゴロンと地べたに横になっているこなみがそんなことを言う。

 ちなみに田中は横で息を整えるのに必死で、会話に参加するほど体力が戻ってきてないようだ。

 つい先程まで


「いくら後衛組だからといって……いや、違うか。後衛組だからこそ、相手に距離を詰められたら途端にピンチになる。最低限の格闘能力は必須だ」


「せやかてウチらが戦うんは怪物なんやろ?ゴジラにこんな棒っきれで勝てるなんて思えへんねん」


「アホか。この世界で生きていくには、黄道十二宮だけじゃなく魔物やら人間やらとも

戦わなくちゃいけない。敵に懐に踏み込まれてから後悔しても遅いんだぞ?」


「えぇー……せやかてウチ、普通の女子高生ですしー」


「瀬奈だってそうだろ」


「アレと一緒にしてほしゅうないなぁー」


 視線の先にはロベルトのメイスによる一撃を、ブロードソードでいなす瀬奈の姿が有った。

 ロングソードの長さは70センチほど。

 とてもではないが、真正面からの重量級の打撃を受け止められるようにはできていない。

 それを僅かな隙もなく自然な動作で力のベクトルを変更し、体に当たらない軌道に向けている。

 とてもではないが普通の女子高生には見えないな。


「…………瀬奈は確かに例外として、それでも、だ」


「そんなこと言うたかてなー……」


「――こなみ、さん。頑張って……みましょうよ」


 そう言ったのはまだ息が荒い田中だ。炎天下の中で体を動かしていただけあって、滝のような汗が、学ランっぽい制服を黒く変色させている。


「僕らに何ができるかわからない以上、できることは片っ端から試してみるしか、強くなる道はないはずです」


「ヨッシー……」


 田中の言う事はもっともだ。

 自分の神器があてにならない田中は、こなみよりも危機感は一層強いのだろう。


「……。うん。そうやな!ここでグチグチ言っとってもしゃあない!いっちょやったるか!」


「はい!」


 なかなか良いコンビじゃないか。

 俺とは違う『繋がりの強さ』とでもいうような力強さを、こいつらは持っている。

 春の大陸で散々迷ったり焦ったりしていたが、俺にもこいつらのように仲間が居たら少しは違ったんだろうか――――。そんな詮無いことを考えてしまう。

 やはり『裏切り者』の芽は摘んでおいて良かったな。

 それぞれが役割を持っていることからしても、きっとこいつらは複数でいることで意味がある『英雄』なんだ。


「ヨッシーがそう言うてくれて、ウチも踏ん切りがついたわ!」


「はい!頑張りましょう!」


「ヨッシーに悪い思てためらっとったけど、やっぱりできることはしておかな!」


「はい!…………。――――はい?」


 ん?なんか雲行きが怪しくなってきたような……。


「スマンなヨッシー!ウチは一つ先に行かせてもらうで!」


 そう言ってコナミが取り出したのは、一枚のコイン。

 貨幣の中では一番価値が低い銅貨だ。

 まさかこいつ……。


「そぉーれ!スロット、イーンッ!」


「ああッ!?」


 掲げたそれを躊躇ためらうことなく取り出した猫のスリットに突っ込む。

 やっぱりそうか。

 今までは田中に遠慮して、神器を起動する(かもしれない)事に躊躇していたのか。

 いや、こいつがそんなタマではないか。

 きっと、今日の一連のグダグダっぷりは全部芝居。全部、田中から言質を取るための茶番だった可能性が高い。

 食えない野郎だ。


「何が出るかな?何が出るかなー?」


「あうぅ……」


 自分からイイ事言った手前、今更待ってくれと言えるわけもなく。

 田中がオロオロしている目と鼻の先で、猫の神器に変化が訪れる。

 閉じられていた目がカッと見開かれ、尻尾がまっすぐに伸びて激しく振られる。

 あー。チャルナが居たら思いっきりじゃれついてたんだろうな。


 そこからしばらく待っていたが、それ以上の変化が見られることは無い。

 何なんだ、いったい。


「んー?ユージーンさーん」


「どうした?」


「なんか材料の指定を求められてるんやけど……、これってなんやろ?」


「知るか。とりあえず何が必要なのか分かるか?」


「いくつかあるようなんやけど……。丸太?」


 丸太、って。何に使うんだそんなもの。

 どうやら例のアイコンのようなものが見えているらしい。起動はしたが使い方が分からいのか。

 ひとまず近場にある木を一本、精製した剣で切り倒す。枝を切り払って皮を削ぎ落とし、即席の丸太を作り上げる。


「これで良いのか?」


「ユージーンさん、スゴい……」


「んーと……。うん!ええみたいや!」


「おーい!何やってんだー?」


「びっくりしました。いきなり木を切り倒すんですから」


 こっちの騒動に気がついて、前衛組が寄ってきた。

 簡単に事情を説明しているうちに、事態はさらに進行していく。


「よお分からへんけど、とにかく決定や!」


「ちょ、少しは慎重さってものをですね……」


 地面に転がっていた丸太がふわりと空中に浮き上がり、ビキビキと音を立てて変形していく。

 砕け散った木片やオガクズが周囲に撒き散らされ、それでも丸太自体が割れるようなことはない。

 何かに締め付けられるように真ん中にクビレができたり、切り払ったはずの枝が表面から浮き出たりしていき――――


「ミ゛ッ!」


 ――――最終的に妙に丸っこいフォルムの人形になった。

 体長は130センチくらいか。こなみよりも小柄だ。

 丸っこい丸太そのものの体に、首のない半球じょうの顔が乗っかっている。そこには申し訳程度に顔らしきくぼみが見える。

 手足はそれなりに長く、節くれだった手で武器を持つこともできそうだ。


 そいつがトコトコとこちらに歩いてくる。


「「「「………………」」」」


「お、中々かわええヤツやねー」


 妙にぎこちない動きのソレは、こなみのところまで歩いてくると、ビシッと直立して敬礼の形を取る。


「なんだそりゃ……」


「えーとな。説明によると『ログゴーレム』ってヤツみたいやで」


「ログ……|ログ(丸太)ハウスとかのログか?」


 そのまんま『丸太人形』だ。

 見たところ、こなみを主人として認識しているらしい。

 面白がってこなみが色々と指示を出すと、その通りに動くようだ。

 つまり……こなみのそれはゴーレムを創りだし、使役する能力のようだ。


「あんまり難しい指令は分からへんみたいやね。でもそこがかわええやん」


「へぇー。なんかすげーな。思いっきり魔法っぽい」


「ある程度の自由意思はあるみたいですね。――え、私にも敬礼してくれるんですか?これはどうも……」


「ん……?」


 全員がゴーレムにちょっかいを出している中、俺と田中だけは別のものを見ていた。

 こなみの手に抱かれた、例の猫人形である。

 どうやらコイツを媒介にゴーレムを作ったらしいが……。

 今、猫人形の額にはとある変化が現れていた。


「ダイヤのマーク……?」


 先程までは確かに全身純白の毛並みだったのが、額に真っ赤な菱形が浮き出ていた。

 毛の色が変わっているとかではなく、そこだけ毛が無くなって地肌にマークが刻まれている感じだ。


「……。ユージーンさん。昨日からみなさんの神器を見ていて気がついたんですが、どこかしらにマークがあるようです」


「なに……?」


 ロベルトと瀬奈の神器をじっくりと見させてもらったが、ロベルトはクラブ、瀬奈はスペードのマークが、それぞれ柄や剣の腹に刻まれていた。

 そのことを全員に伝える。


「つまり……コレはトランプのマーク、ということでしょうか?」


イタリアうちでも同じ形式だったけど、トランプって国によってこのマーク……スートって言うんだが、これが違うんだよな。うちの国じゃ、地域によって枚数すら違うことがあるからなんとも言えないけど」


「へぇー。そうやったんか」


「たしかこれはラテンスタイルのやつだな」


 みんな割とどうでも良さそうだ。

 確かにただのモチーフとしてしか意味がなさそうだ。

 だが、全員気がついていない、ひとつの重要なことがある。


 瀬奈がスペード、ロベルトはクラブ、こなみがダイヤ。

 残っているのはハート。

 そしてこちらで残っている一人といえば――――。


「………………」


 田中が縋るような視線をこちらに向けている。

 気づいてしまったか。なぜコイツだけがここまで苦しめられるのか……。よっぽど神様は地味系男子に恨みがあるらしい。


「…………。ユージーンさん」


「…………。おう」


「有るって言ってください……!お願いですから、ユージーンさんの神器にはハートマークがあるって……!」


「スマン……田中。俺にはマーク自体がない」


「くッ……!」


 持ち物が紐というのも随分アレだが、仮に使えたとしてもハートマークが刻まれているとなれば威厳は無いに等しい。

 シュールな場面で浮くこと請け合いである。


「あれ?ユージーンさんには無いん?」


「有るといえばあるんだが……。俺のスキルに『愚者の強権』ってのがあってな。愚者はタロットのフール、つまりはジョーカーのことを指し示している」


 ちなみにこれはデマだ。

 俗説に『トランプはタロットの小アルカナにフールジョーカーを加えて発展した』というのもがあるが、成立した年代はトランプの方が先だったはずだ。

 つまり、占いなんかで使われるタロットは、トランプに絵札を加えて派生したと考えられている。


 したがって、俺のスキルと結びつけるのは全く根拠のないことだ。

 咄嗟にこうでもしなければ、俺のススメにハートマークがついている、という可能性が生じ、こちらに目が向きかねない。

 …………いや、はっきり言えば、男の俺がハートマークのついているものを持っていると思われたくない、という至極単純な理由だ。

 スマン。田中。あとは頑張れ。


「うぅ……なんなんですか……!神様……!ボクが何したって言うんですか……!?」


「あー……またヨッシーが貧乏くじ引かされとるんか」


「ハートマーク……可愛い、です」


「いやー、セナちゃん。今はそのフォローはフォローになってないかな……。しかしヨシオはとことんついてないな」


 やさぐれる田中をなだめるまで、しばらく時間がかかった。

 なんなんだろうな。アレフ達はどういうつもりでこんな神器を作ったんだか。せめて女子勢にハートマークの物を宿せば良かったのに。





「『トランプブレイブス』、ってのはどうやろ?」


「…………なんの話だ?」


 ひとまず休憩ということにして、ストックしておいた飲み物で喉を潤していると、こなみがそんなことを呟く。


「いやな、ウチらって『英雄』やん?」


「まぁそうだな」


「でも何もしてへんのに英雄言われるんはなんや、おかしなかんじがしとってな」


「ああ、それは確かにちょっと恥ずかしいというか、申し訳ないというか、そんな気がしてました」


 瀬奈がそう言って賛成の意思を示す。

 ロベルトはそうか?という感じで首をかしげているが。

 田中は…………まだちょっと精神ダメージが抜けきらないようだ。特に反応がなく、うつろな目をしている。


「で、や。ウチらの常識として、こういうシチュエーションでつけられる称号は一つ。そう、勇者や」


「…………」


 ウチらのオタクの、という副音声がどっからともなく聞こえた気がしたが、ひとまずスルーだ。


「で、切り札の勇者たちトランプ・ブレイブスってわけか」


「そや。いちいち英雄様ーとか言われんのもアレやからな。まだ勇者様のほうがマシや」


「そうか……?」


 さして変わらない気がする。

 というかそのこっ恥ずかしい名前で呼べというのも大概だと思うが。


「ま、でもチーム名みたいなのは必要っしょ」


「ロベルト……まぁ、お前らがそれでいいなら俺としては構わんよ。当事者が決めたことを部外者の俺がどうこう言えないしな」


「何言ってるんですか?ユージーンさんも仲間ですよ?」


「…………マジか」


 さっきの言い訳ジョーカーがこんな所でブーメランしてきやがった。

 基本的に俺としては別行動をとりたかったのだが……。どうしたもんかな。


「た、田中は?お前はどう思って――」


「好きにしてください。どうでもいいです……」


 目が死んでる。だめだ。コイツはアテにならん。


「ほら、俺はまだ英雄になれてないからその名称はお前らだけで使ってくれ。いらん反感を買わないように区別はつけとくべきだ」


「むぅ……しゃあないな。それじゃ、うちら4人が『トランプブレイブス』ってことで」


「おー!なんか気合い入るな。こういうの」


「ええ。これから頑張りましょう」


「はぁ……」


 大丈夫なのか、こんなお遊び気分で……。




 余談


「さぁーて。ゴーレムもおることやし、ウチが剣を振る理由は無くのうなったわけやな」


「ミ゛ッ!」


「いや、お前にはまだ鍛錬が必要だ」


「なんでや?ゴーレムがおったら近くに護衛用のを待機させとけばええ話やろ?」


「ミ゛ッ?」


「ああ、そこはそうだがな。どうにもゴーレムの動きの根っこに有るのは、お前自身の動きらしい」


「え゛……どういう事?」


「さっきからゴーレムの動きを観察していたが、お前の動きにそっくりなんだよな。足の運び方とか、腕の振りとか。多分、製作者の動きをある程度フィードバックして基礎知識として入力しているらしい」


「つ、つまり……?」


「ミ゛ッ……?」


「お前自身が強くならなければ、ゴーレムはただの一般人とさして変わらん」


「ええー!?ちょ、ちょお待ってや!」


「ダメだ。ほれ。向こうで田中と一緒に素振り再開だ」


「そ、そんなぁー……」


「ミ゛ッ……」


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