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神器


「あ……、わぁ……」


 瀬奈の手元に現れたのは、飾り気のない実用一辺倒、といった感じの剣だ。

 形としては、ブロードソードという形式の剣にカテゴライズされるだろうか。レイピアのような刺突用の刃ではなく、幅広な両刃直刀の刃を持っている。

 過剰な装飾がない、無骨と言えばそれまでの剣だが、それだけに鋭利な輝きがその切れ味を訴えてきているように感じられる。




「うお……っ!で、デカイな……!」


 ロベルトがその大きさに驚いてよろけたのは、いきなり現れた巨大な棍棒のせいだった。アレは……たしかメイスという打撃用の武器だ。長い柄の部分の先に、打撃用の丸い鉄球頭が取り付けてある。

 長さは80センチほど。そんな鉄塊が手元にいきなり現れたらそりゃ驚くわな。




「お、おおっ!?オオオオオオオオオオオオオオオオッ……!あ、ありゃ……?」


 やや拍子抜けしたような表情で固まっているのは、妙なポーズをとっていたこなみだ。その手に現れたのは……。


「…………。なんだそりゃ……」


 白い猫のぬいぐるみ……らしきものだ。

 断定できないのは何故かピコピコと耳と尻尾が動いているから。

 なら生きているのかと言うとそうでもない。腹の部分に思いっきり穴が空いているせいだ。

 というかあの穴、メダルやらコインやらを入れるスリットに見える。

 …………金を入れれば動くのだろうか。




 妙な色物が出てきたが、残るは地味男の田中である。

 そうそうおかしな物は出てこないだろうと、高をくくってそちらを見てみると――――


「…………」


 何故か呆然と立ち尽くす田中だけが見えた。

 手には何も持っていない。

 …………。まさか何も出てこないなんて……。神にすら気づかれないほど影が薄かったのか、コイツは。

 さすがに不憫に思って慰めようと近づいて――気づく。


「…………ヒモ?」


「ッ!!」


 ビクリと肩をすくめる田中の手のひらには、長さ10センチほどの白と青の糸で編まれたヒモが握られていた。

 太さは……箸より少し細いくらいか?ただの紐というには少し妙な形をしている。

 …………最後の最後で色物どころかとんだ地雷が埋まっていた。


「どど、ど、どういうことですか……!?なんで僕だけ紐なんですかッ!?」


「お、落ち着け田中……」


「落ち着いてなんかいられませんよ!これから得体のしれない化物と戦うっていうのに、切り札がヒモですよ!?怪物をペチペチ紐で叩けって言うんですか!?」


 茫然自失の状態から我に返った田中が、俺に食ってかかる。

 そんなこと言われても、俺が田中に紐の神器を渡したわけじゃない。むしろ俺の方がどうしてと聞きたい。


「どうしてセナさんやロベルトさんみたいなゴツイ武器じゃないんですか!?」


「あのー……ウチは?」


「 論 外 ですッ!」


 こなみが白猫を抱えてささやかに主張してみるが、田中の魂の叫びを食らって引っ込む。

 こなみが持っているならまだ分かるが、男子高校生であるところの田中では

たしかにキツいだろう。

 それはともかく。


「神様まで僕の事いじるんですかッ!?こんな世界、間違ってるッ!」


 いつもの田中からは考えられないほど、興奮してらっしゃる。

 んんー。気持ちは分からなくもないが、落ち込むでもなく泣くでもなく、ここまで怒ってるのはなんでだろうな?


「ヨッシーは『こんな自分でもヒーローになれるような超能力が眠っているんですよね!?だって漫画なんかじゃ僕みたいなのは大体主人公ですし!』とか言うとったしな。多分、このなかじゃ一番ワクワクしとったはずやで」


「…………」


 い、痛てぇ……。

 確かに田中のような地味で何の特徴もない奴が、突発的な自体に巻き込まれて成長していく、というのは漫画やアニメにおけるお決まりテンプレだが、公言するとは……。

 ――……いや、違うか。

 田中のようなおとなしい奴でも、そういうことを言いたくなるほど、これからに期待していたのだろう。

 そこに来て『お前の専用武器は紐な』、とか言われたら、そりゃ狂乱もするか。


『おい、リベル。どういうこった?いくらなんでもあれはないだろ?』


『ぼ、ボクに振られても……。召喚したのはアレフ達なので、ボクの本体でも関わってないと思いますよ』


『別に責任を追及したいわけじゃなくてだな。アレ、ホントはこう……なんかスゴい武器だったりしないのか?』


『し、知らないですよ。少なくとも僕のデータベース上には記録はないです。というか紐でどうやって戦えって言うんですか!?』


『それをお前に聞いてんだよ!』


 使えんヤツだ。

 しかし、参ったな……。

 こなみのアレはまだいかにも何かある感じがにじみ出ているが、田中の紐はどう見たってただの紐だ。

 初期のRPGの序盤で出てくる防御力5くらいのアクセサリーにしか見えない。

 ここからどうやって田中を落ち着かせるか……。


 頭の中で田中を説得しようとシミュレーションするが、どこにもとっかかりはない。

 しょうがない。気絶させるか。

 そう思った時。


「――大丈夫ですよ、田中さん」


「え、あ……?」


「あ、おい……!」


 瀬奈が田中を正面から抱きしめた。

 思いっきり。ギュッと。

 そのまま頭に手を回して子供をあやすように撫ではじめる。


「神様が本当に意地悪なら、そもそも何も授けてはくださらないでしょう。きっとその紐にも何か、意味がありますよ」


「で、でも……紐ですよ……?」


「そうですね。でもユージーンさんも言っていたじゃないですか。『平均以上の魔力がある』って。その紐が例え武器にならなくとも、いえ、ならないからこそ、その分スゴい力が田中さんに移植されているのかもしれませんよ」


 そう言ってニコリと微笑む瀬奈。

 田中はその笑顔に見とれたように動かない。


「おお、なんということだ……。女子力だけで田中オームを鎮めおった……」


「どこの風の谷だ」


 つくづくこの角関西弁はジ○リが好きだな。

 だが、事実、田中の動揺は収まり、落ち着いた様子を見せている。

 瀬奈にあんなことされたらそりゃ落ち着くか。免疫のない田中だしな。


「すまない。田中。ちょっとからかい過ぎた」


「ユージーンさん……」


「瀬奈の言うとおり、その紐に何の意味もないという可能性は低い。俺の方でも調べてみるからヤケにならないでくれ」


「…………。そう、ですね。すいません。ちょっと焦りすぎていました」


「いや、俺の方こそ済まなかった」


 今度はちゃんと俺の言葉も耳に入っているようだ。

 どうにも田中を見ていると地球での自分と重なり合って、ついつい、いじりすぎてしまうようだ。

 今後は注意しなければいけないだろう。


 ま、それはそれとして。


「だが、調子のんな」


「え……?」


「今ので瀬奈に惚れるとか、惚れられているとか、そういう勘違いはすんな。分かったな……?分かるよなぁ……?」


「は、はいぃぃぃ……ッ!」


 ここについては譲れない。

 耳元でドスを聞かせて、そう説得・・するとガクガクと首を振って了承の意を示す。

 うん。聞き分けのいいやつで助かるな。ここで首を横に振っていたら、しっかりと釘を刺さなくてはいけなかったからな。物理的に。


「……?どうかしましたか?」


「ああ、いや、別に気にしなくてもいい」


 瀬奈には聞こえていないようだ。良かった。

 変に勘ぐられる前に、背を向けて歩き出す。


「さて、お次は外で実際に戦ってみるか。使い方も実践の中で分かるかもしれないし」


「「「はーい」」」


「は、はい……」


 元気の無くなった田中を引き連れて、扉の外に出る。

 瀬奈のおかげで田中は落ち着いたが、依然として変な事態になったのは変わりない。

 歩きながら、それをどうにかできないものかと考えて…………中々面倒な事になったもんだと、とりあえずため息を吐いた。





「せぇあッ!はッ!」


「く……!中々良い打ち込みだ……!」


 ――それから数分後、いつも朝の鍛錬に使っている望翠殿の広場に、武器を繰り出すふたりの姿が有った。

 交差するのは剣と棍棒。

 つまり、戦ってるのは瀬奈とロベルトだ。

 上段から剣を振り下ろす瀬奈の一撃を、ロベルトが掲げたメイスで防ぐ。

 瀬奈の動きはどこか剣道の面に似ている。そういえば色々と習っていると聞いたな。


「おおッ!」


 剣を押し返したロベルトが、今度はその鉄塊を振って攻撃する。

 大質量の横薙ぎが、空気の悲鳴を引き連れて空間をえぐりとる。


「ふッ!」


 すり足に似た動きで素早く飛び退った瀬奈が、すぐさま反転してさらに攻撃を繰り出した。


「…………ほえー。セナやんもロベルトも、スゴい動けるやん」


「スゴイですね……」


 呆然、といった感じでその様子を眺めていたこなみと田中が感嘆の声を上げる。

 とりあえず、どれほど動けるか見てみたいからと、明らかに運動量の同じふたりで組ませたのだが……こちらのふたりは貸し出した武器を扱いかねているように、武器を持ったまま固まっている。

 ちなみに向こうでいきなり戦いだしたふたりには、各々の武器に布を噛ませて安全対策をとってある。

 流石にいきなり真剣で戦わせるには不安があったが、それぞれの神器に慣れさせる意味合いも含めての訓練なので、布を巻いて妥協したわけだ。


「……に、してもお前ら。ちっとも動けないってのはどういうこった」


「いや、せやかて今までこんな物騒な物、使うたことあらへんもん。ウチ、普通の女子高生やで?」


 いや、お前を普通と評するのは、俺の理性が全力で拒否している。


「――……。普通の、華の、女子校生やで?」


 なぜ二回言った?あとお前に華があるとしたら、それはきっとウツボカズラとかそういうヤツだ。


「田中、お前はどうだ?BSバトルシュミレーションをやろうとしていた手前、一応武器の扱いなんかも分かるだろうに」


「いくらBSが自分の体を動かすゲームだからって、いきなり武器を振るえるわけないじゃないですか。そういうのはチュートリアルで初期訓練をした後に、それぞれ長い時間をかけて自分にあった武器を決めていくものですし」


 確かにそうだが。

 つまり田中はチュートリアルをやる前に、こちらに飛んできたってことか。

 こりゃ、こちらのふたりには武術的な物は期待できないな。


「多分、ウチらはあんな野蛮な方面じゃなく、もっとこう別の分野の方面で期待されてるんや。ウチの神器、どう見たって戦闘用やないやろ?」


「…………」


 見せびらかすように例の白猫を取り出すこなみと、もはや神器なのかどうか分からない紐を見つめる田中。

 全員が全員、武闘派というのも確かにバランスが悪い。


「というわけでユージーンさん?お駄賃ちょーだい?」


「…………悪いが基本的にコインは持ち合わせていない。記録板カードという魔道具があって、それで支払いを済ませている」


「ありゃ、そら参ったな……。こういう時困るから、なるべくいくらか現金で持ち歩いておったほうがエエで?」


「そうだな」


 前は無いことも無かったのだが、例のドラゴン騒ぎの時に、アイテムボックスの中身を全部つぎ込んでしまったのでスッカラカンなのだ。

 あれ以来、貨幣での取引はしていないので、今のところコインの類は持っていない。


 いきなりそんなこと言うのは、きっとその猫の腹の部分にあるスリットにコインを入れてみたいからだろう。


「…………。僕はどうしたら……」


 田中が手元の紐を弄びながら、呟くようにそう言うと、途端にこなみの顔が少し青ざめる。

 気まずい空気をどうにか逸らせないかと考えて……こちらに向かってくる瀬奈とロベルトに気づいた。


「お、おお!どうだったふたりとも」


「ああ、すげーよ!俺、どっちかというと銃で身を守ってたんだが、この棍棒ランデッロ、滅茶苦茶軽く扱えてさー!銃より楽だぜ!」


「ユージーンさんが言っていた通り、基本的な身体能力が向上しているようですね。慣れない形の武器でも、割と難なく扱えました」


「そりゃ良かった。そう言った特殊な能力のことを、この世界ではスキルと呼んでいる。英雄に宿る力だ」


「それと……視界にゲームのアイコンのようなものが浮かび上がっているんですが……」


「なに……?」


 なんだそりゃ。それも神器を移植された結果なのか?


「え?そんなものがあるんですか?」


「田中には無いのか?俺にも有るが」


 ロベルトの方にも有るらしいが、田中の方は確認できてないらしい。

 こなみの方は、と視線を向けると首を振る。こっちもダメか。


「中身はどんなものだ?」


「ステータスらしき物が見えますが……レベルが2ですね」


「それとアビリティって項目があるが、コレはスキルとは別なのか?」


「それは初めて聞くな……。きっとお前ら専用の特殊能力だと思うが」


 スキル欄はまだ未開放の項目ばかりで参考にはならないらしい。

 そこについては俺のススメと同じでどこかのタイミングで解放されるはずだ。

 問題はアビリティの方か。


「私は《アクセラレーター》というアビリティが見えますね」


「こっちは《アトラクション》だな」


「使い方は分かるか?」


「こう、でしょうか?」


 そう言うと同時に瀬奈の姿がかき消える。

 そして離れたところに一瞬だけ姿を現して、またすぐに消えた。


「おおッ!セナやんスゲー!」


「――――どうやら加速能力のようですね」


「うおッ!?」


 背後に現れた瀬奈に驚いて、ロベルトが声を上げる。

 凄まじいまでの移動速度だ。俺でも方向転換で止まった一瞬以外、まるで捉えきれない速さだ。


「…………」


「どうしたこなみ。考え込んで」


「いや、あれだけ早く動いていて、摩擦やらなんやらはどうなってんやろなー、って」


「ふむ……」


 確かに空気摩擦のことを考えれば、あれだけ早く動けば大変なことになりそうだが、そのへんどうなってるんだろうか?


「空気摩擦で服とか全部脱げへんやろか……。ハァハァ」


「ッ!?」


「「!!!」」


「そっちの心配か!」


 瀬奈が超速で胸を隠し、男子勢が首を痛めるのではないかというほどの反応を見せる。

 が、幸いなことに服は無事だ。

 それを確認すると同時に、ロベルトと田中からため息が漏れる。

 次の瞬間には、俺の拳が脳天に落ちてため息が苦鳴に変わる。


「おい、テメェら……!妙なこと考えてんじゃねェぞ……?」


「は、はひぃッ!」


「お、おう……」


「な、なんでウチまで……」


 そもそもお前の親父思考が原因だろうが……!


 


 その後のロベルトのアトラクション……何かを引っ張る能力を実演してもらったのだが、どうにも全員気もそぞろで、集中できなかった、という余談があったりなかったり。


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