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田中良男改め、ライスフェルト・ミッテ・グートマン


「――――今日からお前の名前は『ライスフェルト・ミッテ・グートマン』だ」


「…………はい?」


 俺からいきなりそんなことを言われた田中の目が点になった。


 さて、瀬奈たち召喚者の事情も把握し、いよいよ魔法を覚えよう、という運びになったわけだが、そこでいきなりのこの言葉である。

 いつもの部屋、冷却魔法で涼しい温度を保たれた室内で、微妙な空気が漂う。


「なんなんユージーンさん。いきなりケッタイな名前出して?」


「そうだそうだ。今日はいよいよ魔法を教えてくれるっつーから期待してたのに」


 こなみとロベルトから抗議の声が上がる。瀬奈もなんとなく怪訝そうな顔をしているな。

 ちなみにルイ達は魔法の勉強と聞いて逃げ出してしまった。

 そもそも勉強が嫌いなのか、それとも魔法に関しては獣人であるあいつらに意味がないからか。


「あ、あのユージーンさん……?それはこの前の続きでしょうか?」


「あだ名の話の続きじゃない。だが、お前にはこれからこの名前を名乗ってもらう」


「な、なんでまた……?」


「その前に魔法の仕組みについて話しておこう」


 ホワイトボード代わりにリツィオから『水盆』という魔道具を貸してもらった。

 エルフの里で村長が使ってた魔道具だな。

 そこに図式を書き込む。


「この世界の魔法は、お前らが考えているようなものとはちょっとだけ仕組みが違う。人類種の魔法は――――」


 魔法の行使には感情が必要となること。

 魔力を引き出すには『生』の感情が適していること。

 そしてそこから導き出された魔法の行使形態――――『ツガイ』システムのこと。

 それらを噛み砕いて図式化しながら説明していく。


「――つまり、この世界の魔法は……」


「カップル専用、ってことやねー」


「そういう認識で間違いない」


 女性陣はなんとも言い難い微妙な表情をしている。

 現代日本の価値観を持つ彼女たちには、魔法を使うたびに口説かれる、ということをどう受け止めているのだろうか、簡単に想像がつく。

 嬉しさ半分、恥ずかしさ半分、といったところか。

 それはともかく――――。


「ぃよっしゃぁぁぁあああああああああああああああッ!!!」


 男子勢は完全に明暗が分かれていた。

 ロベルトは天を仰いでガッツポーズで歓喜を叫び、


「…………………………」


 田中は地面に手をつき我が身の不幸を嘆いている。

 たぶんそうだろうと思っていたのだが、やはり田中は色恋の分野にあまり長けていない、どころか苦手としているのだろうというのは見て取れる。

 心境的には田中に大いに同情したいところだが、話はこれだけで済まない。


「英雄であるところのお前たちには、戦力として期待が集まっている。それも世界的な期待がな」


「それはどういうことですか?」


「ツガイ魔法のシステム上、相手がいなければ行使できない。そしてツガイの片方が功績を打ち立てたとしても、その栄光はふたりの物として扱われる」


「それってつまり……」


「英雄の席は限られている、ってことだな」


 そしてこれから起こるのは、熾烈な席の争奪戦だ。

 権力者たちが自分の子供を、限られた席に座らせようと争うのは簡単に想像できる。


「ヒャッハーッ!女の子達が俺の恋人になりたがってるゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!」


「落ち着けロベルト。キャラが崩壊してるぞ」


 ある意味でキャラが立っているが。

 こういうのを見るとつくづくコイツがイタリア人だなぁ、というのを実感するな。かなり偏見の混じったイタリア人像だが。


「あ、で、でも田中さんには良かったんじゃないですか?向こうから来てくれるなら、田中さんだって……」


「そうは言うがな、瀬奈。話はそう簡単に済まない」


「…………どういう、ことでしょうか……?」


 ようやく起き上がってきた田中が、顔を上げる。

 これ以上まだ何かあるんですか?と訴え掛けるような視線を向けられると、俺もはっきり言っていいもんか迷う。


「……お前らに言い寄ってくる連中には、もれなく実家のヒモがついてくる。お前ら自身が各国の政治バランスを崩すほどの影響力を持っていると考えると、迂闊な行動はできない」


「…………」


「自分たちの影響力を理解し、各国のパワーバランスを崩さないように計算立てた上で、慎重に付き合う女子を選び、それ以外の奴の誘いを断る。…………田中、お前はこれだけのことをするコミュニケーション能力が求められる。彼女たちの主張をいなして、自分の主張をはっきりと通さなければいけないんだぞ」


「……無理、ですね」


 対女子における田中のコミュニケーション能力は恐ろしく低いだろう。

 これがまだひとりふたりならなんとかなるだろうが、集団となった女子はそれはそれは恐ろしいものだ。そこまで行くと途端に田中はイエスマンになってしまうだろう。


「で、だ。田中。そこで冒頭の話に繋がる訳だ」


「……どういうことでしょう?」


「お前は印象が薄い。地味だ。それはつまるところ――押しが弱い、という事に繋がる」


 名前が地味。

 印象も地味。

 態度も卑屈。

 これでは押しに押されてしまうだろう。


「だから、お前には『ライスフェルト・ミッテ・グートマン』という役柄を演じてもらう」


「役柄を、演じる……」


「ちなみにこの名前は全部、田中の名前をドイツ語にしただけだ。本質は変わりない」


 田=ライスフェルト 中=ミッテ 良男=グートマン、である。

 地味な名前であるところの田中も、ドイツ語にするとこんなにも必殺技っぽくなるのである。なんと偉大なんだろうか、ドイツ語。

 ちなみに『山田』だと『ベルクライスフェルト』でもっと必殺技っぽくなったのだが……。なんとも残念なやつだ。


「でも名前を変えたからって……」


「この世界では名前は重要なキーパーソンだ。苗字を持っているのは貴族以上だという証明になる。これだけでも一種の牽制だ」


「で、でも……」


 ふーむ。どうにも煮え切らないな。

 ここは一つ発破をかけてやるとするか。


「ウジウジするな田中ッ!そんなことでこれからやっていけると思っているのかッ!?この世界で叶えたいお前の願いは、そんなものなのかッ!?」


「ッ!?」


「返事はどうした田中ァッ!」


「は、はいッ!」


「お前の名前を言ってみろォォォォッ!」


「た、田中ですッ!田中良男といいますッ!」


「そうじゃない!これからお前がなる男の名前だぁッ!」


「ら、『ライスフェルト・ミッテ・グートマン』ッ!」


「そうだッ!もっと情感込めてッ!」


「ライスフェルトッ!ミッテッ!グートマンッ!」


「もっともっと必殺技っぽく!」


「ラァイスフェルトォォォォォッッ!!ミッテ!グートマァァンッッ!!!」(ドヤァ)


 なんでこいつひたすら自分の名前叫んでんだろ……。


「はい。というわけで意志が弱いとこうして簡単に他人に乗せられますので、みなさんは気をつけてくださいねー」


「あれェッ!?そんなオチの付け方するんですか!?」


 急にハシゴを外された田中……いや、グートマンが狼狽して赤くなる。

 自分の意見を強く持てといった直後にコレだよ。先が思いやられるな。


「そんで田中……やのうて、グートマンに言ったことはホントなん?」


「ヤメてください小堀口さん!そんなイジリ方しないで!?」


「最後の方は悪ノリが過ぎたが、9割方グートマンに言ったことは本当だ」


「そら見たことですよ!諸悪の根源が乗ってきちゃいましたよ!」


「グートマンに言いたいことは分からんでもないけど、具体的に中身は決めているのか?『ラァイスフェルトォォォォォッッ!!ミッテ!グートマァンッッ!!!』(ドヤァ)のキャラクターの話だ」


「殺して!?もういっそのこと殺してくださいよぉ!」


「あ、あはは……」


 いまいち乗り切れない瀬奈から、乾いた笑いが漏れた。





「さて。田中をからかって準備運動をしたことだし、そろそろ本格的に魔法を教えるか


「…………。僕をからかうことに何の意味が……」


 いじけた田中がそう言うが、ちゃんと意味はあった。


「田中。お前の尊い犠牲によって、お前らの魔力の有無が確認できた」


「え……?」


「さっきのお前は感情のままに喚き散らしていたわけだからな。漏れ出る魔力がどのくらい有るか、推し量るのは簡単だった」


 何も無意味に田中を晒し者にしたのではない。

 召喚された……つまりはこの世界の法則の外側からやってきた瀬奈達には、魔力があるのかどうかすら分からない。

 有ったとしてもどれほどの量なのか。

 それを見てみるのが目的だった。


「田中。今のところ体調に変化はないか?」


「え?あー……はい。特になんとも。死にたくはなりましたけども」


「なるほど。潜在的な魔力量も問題なし、と。結論から言うが、お前ら全員に魔力はある。少ないと言われる男でも、恐らく平均的な女性ツガイ以上にあるだろうな」


「今のでそんなに分かるもんなん?」


「さっきの田中は結構な量の魔力を垂れ流していたからな。あれで体調に支障がなければ、まず平均以上はあると見ていい。魔力は生命力が変化した物だからな。少なくなれば体の方が出し渋って変調をきたす」


「それはつまり……ゲームで言うと体力ゲージと魔力ゲージが繋がってる感じでしょうか?」


 田中からそんな返答が返って来る。

 自分の醜態に意味があったと知って立ち直ったらしい。

 いや別にあんな方法を取る必要はないんだが。


「あ!エロゲのBGMのアレと一緒やね」


「ちょ、おま…………」


 こなみから予想もしない単語が出てきて、思わず閉口してしまった。

 こいつ……一応女だよな………?


「あ、分からへんかった?アレや。『ボイス再生中のBGMの音量』っちゅう項目があってな」


「もういい。黙っとけ」


 これ以上喋らせると、その例えの中身についてまで講釈たれそうだったので黙らせる。

 厳密に言えば体力を減らして魔力に変えているので、体力(BGM) の最大値以上に魔力(ボイスうんぬん)が大きくなることはある。

 つまりこなみの例は間違いだ。


「なぁ、セナちゃん?あいつらの言ってること、俺たまに分かんないんだがどういう事?」


「私にも分かりません」


 良かった。妹はまだ汚れてないみたいだ。

 っと、それはともかく。


「魔力が有ると確認できた以上、魔法を使っても問題ない訳だ。これから初歩の生活魔法から教えていく」


「「「「はーい」」」」


「魔法陣の構築なんかは四則演算ができればクリアできる。ネックになるのは安定して感情を制御し、魔力を導き出すことだ。…………ま、四の五の言う前にやって感覚を掴むしかないわな。それじゃ、この術式から―――――」


 ススメの蔵書の中から『魔術初級編』を呼び出して表示する。

 俺もかつて使った魔法の教科書だ。その内容に沿って瀬奈達に魔法を教えていく。

 元々意欲が高いこともあって小一時間する頃には基本的な生活魔法を習得できていた。


「いやー。こんなあっさり魔法を使えるようになるとは」


「そうは言うがみっちり基礎理論をやったあとだろうが」


 手の中で種火となる魔法の炎をもてあそぶロベルトに、返事を返す。

 流石にぶっつけ本番で魔法を使うのは危険すぎるので、瀬奈の話が終わったあとに魔法の基礎理論を教えこんである。

 …………いきなり戦闘用の魔法に手を出した俺が言えた義理ではないが。


「ある程度魔法に慣れたら、今度は戦闘用の魔法を使う。それが終わったら魔法を行使したままの戦闘訓練だな」


「なー、ユージーンさん?ウチらって魔法で戦うん?なんぼなんでも個人の力でゴ○ラみたいな怪物はどうこうできひんと思うんやけど」


「普通ならそうだ。だが、お前らにはアレがあるだろ?」


「あれ、ってなんですか?」


 ……おい。なんでそこで全員不思議そうな顔をする。

 まさか……。


「確認すらしてないのか?自分の手が勝手に光ったのに?」


「あー。そういえばそんなこともあったね」


「すっかり忘れてました」


 妹よ。お前もか。


「お前らの体には、神の力の宿った道具が移植されている。多分」


 俺は直接見ていないが、ススメが反応していたのだし、きっと有ると思われる。……多分。


「多分て」


「お前らが確認してくれていたら多分も取れてたよ。で、そいつには魔法の力を増幅したり、特殊な能力を付与してくれる機能がある」


「マジで?ウチら普通の学生やから、どないして戦おうかずっと不安やったんよ」


 全然そうは見えんがな。

 取り敢えず、リベルに頭の中で確認を取ると、瀬奈達の中にその存在が確認できるという。取り出し方もススメと同じらしい。


「頭の中で念じながら、手の甲から取り出すイメージだ。こんな感じに」


 目の前でススメを出し入れすると、唸りながら目を閉じて集中し始めた。

 ひとつ言っておくが、こなみ。別にポーズはいらん。ご老人が引きつけを起こしそうな体勢を取るな。

 というかそれで出たとして、お前はそれでいいのか?毎度そのポーズ取る羽目になるぞ。


「むむむむ……。お、こうか?」


 マジか。あの体勢で出しやがった。

 こなみの手の平から光り輝く何かが出てくる。それに一拍遅れてほかの面々も、己の中に移植された何かを表に引っ張り出せたらしい。

 それぞれの手に光り輝く道具…………神器が現れた。


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