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上月祐次の『それから』


 さて、一息ついたところで話の続きだ。

 と、いっても残っているのはひとり。

 瀬奈だけだ。


「…………何から聞いたものかな」


「…………」


 別室に移動して改めて向き直る。この部屋に居るのは、俺と瀬奈だけだ。

 残りの召喚者達は、ルイやチャルナに相手をさせている。

 単純に話しづらいというのもあるが、俺のような異世界出身者ではなく、こちらの世界の住人と話をさせて、この世界との認識のズレを直してもらおうという狙いだ。

 後は……ルイの主人になるやつを探す、というのもある。

 対面して話していればルイのことを気に入るかもしれないし、ルイも気にいるかもしれない。


 俺としてはロベルトや田中に任せるのはどうかと思ってる。

 道中ずっと異性と一緒にいる、となると…………考えるまでもなく諸々の問題が発生する。姉のルカに任されたこちらとしては、それは勘弁願いたい。

 召喚されたこいつらは、いつかは自分の世界に帰ってしまう。

 なのに男女の関係になんてなられたら、悲しい結末しか待たないだろう。

 男女の仲よりは、性欲が絡まないだけまだマシな、友達関係で済ませて欲しい。

 そういう意図で、ルイ達を女子会に参加させたわけだが……分かってるんだろうかね、あのオオカミ娘?


 逸れていった思考を元に戻すために、椅子に深く腰掛けてため息をつくように、ひとつ、ゆっくりと息を吐く。


「――……。とりあえず、あの事件の後始末……というか顛末を聞いておきたいんだが……詳しい事は分かるか?」


 俺と瀬奈の断絶は、俺が死ぬことになったあの事件を契機にして生じている。

 そこから認識をすり合わせていくのは至極当然のことだが、なにせ向こうからしたら10年以上前の話。当時幼稚園だった瀬奈がどこまで覚えているのか疑問があった。

 だが……。


「はい。物心ついてから自分で詳しく調べてみましたから。……兄や両親はあまり調べて欲しくないようでしたが」


「そうか……」


 あの事件の時、わざわざパソコンを入手するために、あいつらは俺の家にまで侵入した。その時に手を挙げたようなことを仄めかしていたから、きっと怖い目にあったのだろう。

 弟や両親は瀬奈が事件のことを調べることで、過去の記憶が蘇るのを恐れたのかもしれない。


 子供のように頭を撫でて慰めてやりたくなったが、今はもう高校生。きちんと分別がつく年齢になったんだ。いつまでも子供扱いするのは失礼だろう。

 そう考えて思いとどまる。


「犯行グループは兄と同じ大学の男女グループ計8人。全員が全員、事件後の検査で薬物反応が検出されました。薬物所持と乱用、その上に殺人罪や暴行罪などの罪が加わり、逮捕後、執行猶予なしの実刑判決が下されています。

 …………今でも出所していない人もいます」


「薬物使用の罪にしちゃ執行猶予無し、ってのは結構珍しいな。殺人とかも重なったから悪質だと判断されたのか……」


「そのようですね。……あ、男女8人と言いましたが、事件後にグループ内の女性がひとり、行方不明になっていました。当時のマスコミの話では事件を起こしたことの罪悪感で失踪・もしくは自殺したのではないか、と書いてありました」


「行方不明……?」


「小林明美、という方ですね」


「明美……アケミか!?」


 最初に俺をおびき寄せた、汚い金髪の女が脳裏に浮かぶ。

 アイツが自殺……?

 ありえない。罪悪感に駆られた、なんてアイツの事を知ってるやつからすれば冗談もいいところだ。アレはそんなタマじゃない。

 大事になったんでどこかに雲隠れしたのだろう。

 やはりロクなやつじゃないな。



「…………。そもそも事件の発覚はどのタイミングだったんだ?」


「ユージーンさんは詳しい報道が始まる前には、もう……?」


「ああ、丁度、事件の詳細が報道機関に流れる前だったからな。俺が知っているのは祐次のやつが死んだってことと、それに関係したと思われる連中のことだけだ。それも噂レベルでな」


「そうでしたか……」


 この辺はあらかじめ考えておいた嘘だ。

 俺が死んで、なおかつそれほど時間が経っていない、となると相当期間が絞られる。

 そんな友人が存在しないなんてことはすぐに分かるだろう。だが、俺を怪しんだところで『ユージーン・ダリア』と『上月祐次』を結びつけることなどできやしない。

 これだけ中身が違うのだ。よもや同一人物などとは思うまい。


「警察に通報があったのは、恐らく兄さんが既に拉致された後だったのでしょう。うちの様子がおかしい事に気づいた近所の人が、中に拘束されて転がされていた私と、もうひとりの兄を発見してくれました。警察の人が兄の携帯に連絡した時には、応答が無かった、当時の記事に残っていました。

 …………顔色が悪いですが、大丈夫ですか?」


「…………続けてくれ」


「では……。第二報は兄の友人から、廃倉庫から人が転落した、という通報でした。警官が駆けつけるとそこにいたのは8人の男女グループと通報者の男性、そして…………」


 俺の死体、か……。

 脳裏にあの落下の瞬間のことが蘇りかける。

 組んでいた腕を強く握って必死になって押さえ込む。ここで魔力の暴走を起こすわけにはいかないだろう。耐えろ…………!


「……祐次兄さんは救急車で病院に運ばれましたが、意識が戻らず、そのまま……」


「…………」


「男女グループは様子がおかしかったのでその場で拘束、通報した兄の友人は事情聴取のあとで解放されて罪には問われなかったらしいです」


「……脅されてやったことだし、あいつ自体は犯行に加わらなかったからな。…………という噂を聞いたが、だからか?」


「そうですね。でも、逆にそのことが彼への風当たりを強めてしまい、10年経った今でも罪の意識に苛まれているようですね」


「お前は?アイツのせいで瀬奈達兄妹は傷つくハメになったんだろ?お前自身はアイツに思うところは無いのか?」


「小さい時からずっと墓参りで謝られていたら、怒る気にもなりませんよ。私にとっては覚えていないほど昔のこと、しかも直接私たちをどうこうした人じゃありませんからね」


「そうか……」


 俺は、と言えばまだ許してなんかいない。

 確かに情状酌量の余地はある。同情すべきところもある。

 だからといって弟たちを巻き込んだことを許せるかどうかは全くの別問題だ。


 とはいえ、当事者の瀬奈が気にしていないのなら、俺が特別意識し続ける話でも無いだろう。ターヴ、いや、リベルの言うとおり、こちらにいる俺が向こうの世界にいるアイツに何かを出来ることはないのだから。


「辛いことを聞くようだが…………そのあとお前らの家はどうなったんだ?」


「…………。小さい頃だったのでうろ覚えですが、かなり大騒ぎになりました。マスコミの人も大勢来たようですし。それまで住んでいたところを引き払って、近くに引越しもしました。

 両親から聞いたのですが、もうひとりの兄がその頃から今までよりも私のことを面倒見るようになったそうです。積極的に体を鍛えるようにもなりました」


「……良い兄を持ったな」


「はい。自慢の兄です。自分も甘えん坊だったのに、家族を守るために頑張ってくれて……」


 テレビを見ながら『早くご飯』と俺を急かしてした弟の姿が目に浮かぶ。

 あの弟が立派に家族を守ろうとしている、などと言われてもすぐには想像できないが…………元気でやっているようで安心した。


「私も兄を見習って剣道や空手、薙刀なんてのも習ってたんですよ?」


 おどけるようにして拳を突き出す瀬奈。

 空手の型だろうか?腰の回転をしっかり使ったいいパンチだ。


「剣道小町、ってやつか?」


「そんな風に呼ばれるほど綺麗ではないですけれど……」


 瀬奈の顔に苦笑が浮かぶ。

 そうは言うが瀬奈は引き締まった凛とした顔立ちをしている。俺の贔屓目でなくとも十分に美人だ。



 …………俺がいなくなったことで家族には大変な迷惑をかけたようだ。

 ここで語らない苦労も多くあったことだろう、とは簡単に想像がつく。

 どれほど心配しただろうか。どれほど泣いただろうか。

 謝ることもできないこの身としては、せめて幸せな未来があることを願うしかない。


「ね、ユージーンさん。今度はあなたのお話が聞きたいです。兄がどんな人だったのか、どうやって兄と知り合ったのか」


「ん?そうだな。瀬奈ばかり話してるのもなんだし、少し昔話をするか」


 それまで漂っていた重苦しい雰囲気を忘れるように、俺と瀬奈は『上月祐次』の話を始めた。

 あくまで友人から見た自分の話をする、という演技はなんとも妙な気分だったが、本来もう会えなかったはずの家族と、こうして話をできていると思えばすぐに気にならなくなっていった。

 瀬奈の方も覚えていない期間のことを埋めるように、俺の話に食いついてきた。


 話は弾む。

 俺は自分をいつまでも偽ったまま。

 瀬奈は話の中心人物が目の前にいると気づかないまま。

 ふたりだけの家族会議は夜になってもまだ続いていた。





「お、ようやく話終わったか」


「ああ、すまないな。ロベルト」


「なんのなんの。会えない分だけ話ってのは膨らんでいくもんさ。…………あれ?セナちゃんは?」


「トイレだ」


 全員が待つ部屋に戻ってくると、ロベルトに声をかけられた。

 ヤケに実感がこもっているがそれは体験から来たものだろうか。ずっと旅に出っぱなしというと知人に会うのも随分と期間が開きそうだ。


「で、アレは何してんだ?」


「ああ、アレ?」


 部屋の真ん中のテーブルでは、何やら騒がしい集団が。

 田中とこなみ、ルイ達4人娘が何やら騒いでいる。


「嫌ですよ!なんで僕だけ『ヨッシー』何ですか!?もっと漢字使ってくださいよ!?」


「ええやんええやん。ほれ、これでレリューちゃんのも出来上がりや」


「わー!ありがとうございます!」


 何だありゃ?こなみの書いた名札のようなものを持って騒いでいるが……。


「みんなにあだ名をつけよう、って言い始めたんだがな。こなみちゃんが書いた……カンジ?ってのが面白い、ってんでみんなの分の名前をカンジで書いてもらってるわけだ」


 そう言って差し出された紙には『炉鈴都』と書いてある。

 ろりんろ……?ああ、『鈴』を『ベル』と読むのか。

 最近そんな無茶読みの名前が増えてきたが、まさかこんな所でお目にかかるとは。


「あ、そういえばユージーンにあだ名を付けようとしても、なぜかユージになるからって諦めてたよ」


「…………」


 そういえばあったなぁ。そんな意味不明の法則。

 おい、リベル。どうなってやがる。今更だが突っ込ませろ。


『えーと……。ススメに書き込むプログラミングする時に面白がってつけた記録が有りますね』


 俺の心の声に、すぐさまリベルの返答が返ってくる。

 なんでまたそんな真似を……。


『生前の名前と転生後の名前で齟齬が出るとよろしくないから、馴染ませるために……と言い訳のように後付で理由が残ってますね……。あ、ボクじゃなく本体の方ですからね?』


 絶対嘘だ。

 というか、この改造、絶対どっかに穴がある。リツィオや娼婦たちには好き勝手に呼ばれていたし。


「あ、見てくださいよユージーンさん!僕だけ何故か『ヨッシー』なんですよ!?なんとかしてください!」


「自分で書き直せばいいだろ。お前も漢字圏の人間なんだし」


「自分の名前以外、知りませんよぉ!」


 何なんだろうな?統一言語でもあるのか、宇宙には。

 取り敢えず紙に『天上天下唯我独尊』と書いてやる。

 もうひとつ紙を用意させてギザギザの吹き出しを作ってやり、その中に『ふはははは!!我こそは田中!』と書いた。

 これでよし。


「ホレ。できたぞ。こっちのフキダシは肩から立てて、と」


「あ、ありがとうございます!早速見せてきますね!」


 嬉しそうに駆けていく田中の背中を見て、少し考え込む。

 それぞれの事情の把握は終わった。

 ならばこれから実際に戦うすべを身につけていかなくてはいけない。

 ここまではいい。


 問題は魔法だ。

 超常の存在と戦うにはやはりこちらもまた常識の埒外にある力を使うことになるだろう。

 ならば魔法はどうしたって外すことはできないが……。王族たちが注目している以上、そろそろアレが始まるはずだ。少なくとも歓迎会には確実に。

 そうした中で田中のあの押しの弱さはちと問題がある。

 ほかの連中はまだどうにかなるが……。田中に関しては一計を講じる必要があるだろう。


「と、なると……手っ取り早いのは……」


 ふと、ロベルトが持っている名札が目に入る。

 この世界において名前というのはかなり大事だ。

 区画整理も行われていないこの世界では、人を探す際は『どこそこの誰それ』と聞きながら探す事になる。

 特徴的な名前はそれだけで有利になるわけだ。

 『田中良男』というのも異国情緒に溢れていて悪くはないが……。


「ちと考えておくかね……」


「あっははははははは!よ、ヨッシーなんなんソレ!?地味!セリフかっこええのに名前が田中て!?」


「え、ちょ、なんで笑うんですか!?」


「ただいま戻りました……。なにが起こってるんでしょうか?」


 呆然とした瀬奈の声を背中で聞きながら、俺はしばらく考え込んでいた。


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