人それぞれの
日曜投稿ですが、他人視点ではないのでご注意を。
「裏切り者?」
「そや。それ以上の情報が無いからなんともいえへんのやけど」
「ふむ……」
この召喚された英雄たちの中に裏切り者がいる……?
いや、待て。そもそも思想や目的も、出身世界さえも違う召喚者に対して『裏切り者』という言葉はおかしくないか?
目指すべき共通の物があって始めて『裏切る』という行為が成立する。
目指すもの、共通する物が無いのに、裏切りは成立しないだろう。
クソみたいなことを考えるカミサマの言うことだ。
もしかするとただのブラフで、こいつらの中に猜疑心を植え付けるために、わざとそんなことを言ったのかもしれない。
個人的にそれはマズイな。
瀬奈が居る以上、なるべく危険な真似をこいつらにさせる訳にはいかなくなった。
俺と敵対させて世界を混乱に陥れる必要もない。
神々が植え付けた混乱の種は、俺にとって邪魔でしかない。ここで摘んでおくのが良いだろう。
――――もし本当に、こいつらの中に裏切り者が居たとしたら、俺が見極めて排除しておかねばならないが。
さて、ひと芝居打つとするか。
「……。まぁ、その裏切り者ってのは、俺の事だろうな」
「ええ!?」
「なんやて!?」
「考えてもみろよ。俺だって異世か…………もとい、俺だって英雄候補として名が上がっている以上、そっち側なんだぜ?いきなり引っ張り込んできた連中の中に、『裏切り者』がいる、なんて考えるよりは納得できるだろ?」
「それは……そうやけど」
「羊の群れの中に狼がいるというのなら、新しく生まれた羊を疑うよりは、今までいた羊の中に紛れてないか探すもんだ」
「例えは今ひとつ分からんが……言いたいことはわかったぜ」
「では……ユージーンさん。貴方は『何を』裏切ってしまったのですか?」
瀬奈の厳しい視線に象徴されるように、それまで友好的だった召喚者たちの視線が、一気に剣呑になる。
瀬奈のソレは特に厳しい。
きっと……思い出してるんだろうな。
『祐次』の友人であり、そして『裏切った』人物。
間接的にせよ、脅されたにせよ、俺を殺した連中に協力してしまった、アイツを。
「悪いが俺の裏切りは、多分、祐次とは関係ないぜ、瀬奈」
「…………。そう、でしたね。あの人は祐次兄さんが亡くなって10年以上経った今でも、毎年墓参りに来てくださるのですから」
……。
そう、か。アイツ、今でも…………。
気の弱いやつだったからな。きっと自分のしたことへの罪悪感がいつまでも拭えないのだろう。
そのへんの事を含めて、後で瀬奈に聞いておかないとな。
「多分、ってのはなんなんや。今のセリフがセナやんの兄ちゃんの話しなんは分かるんやけど」
「俺を召喚…………こっちに呼んだやつは、お前らの言ってるやつとは別みたいだからな。『裏切り』ってのはそのへんのことを言ってるんだと思う」
「…………。つまりは何か?ユージーンさんは神様じゃなくて、魔王とかそういう邪悪な奴に呼ばれた、ってことか?」
「そういえば、さっき三角頭とか仮面だとか言ってませんでしたか?」
「そいつだよ。さぁて、順を追って説明してこうか」
ターヴにこの世界に魂の状態で召喚された事。
神々がこの世界に変化を求めている事。
変化の尖兵たる『黄道十二宮』を倒すように求められている事。
俺がこの世界に来てすぐの白い空間で起こったことを話した。
嘘をついたのは、俺が上月祐次の友人であることと、ターヴが魔王とかそのへんの悪役だということか。
まるっきり外野であるレリュー達にはわからないように言葉を選ぶのに苦労した。
ちなみにターヴにその悪役を割り当てたとき、頭の中でターヴの分身たるリベルが抗議の文字列を浮かび上がらせたが、もちろん黙殺した。
来て早々人を騙してくれやがった事、俺は忘れてねぇからな。
「ふーん。つまりユージーンさんは、ウチらの対抗馬なんやねぇ」
「そう言うのも変なもんだがな。どっちも化物を倒すわけだし。役者として連中を倒すのがお前ら。俺はただの掃除屋、ってだけだ」
「つまり……ユージーンさん自身には、私たちを裏切ったりするつもりはない、ってことでよろしいんですね?」
「おうよ。ま、お前らが俺の邪魔をしなければ、って話だがな」
「にしても変な話ですね。神様が世界を好き勝手しないように、悪者が英雄を召喚するなんて」
「そんなもんだよ。簡単に悪とか善とか、割り切れないことだっていっぱいあるんだよ、田中」
「見た目、完全に悪役のユージーンが言うと妙に説得力あるな」
ロベルトのそんなセリフで綺麗にオチがついて、剣呑だった雰囲気が少しだけ緩んで、全員の顔に笑みが浮かんだ。
……。まぁ軽く小突いてやると過剰に痛がっていたが。
「それはともかく、これで納得できたな」
「何がですか?」
一息ついて軽く朝食を摂っている最中に、俺がこぼした言葉。
それに反応した瀬奈が食いついてくる。
「お前らが妙に落ち着いていた理由だよ」
この異世界からの召喚者たちは、いきなりこんな場所に放り出されたというのに落ち着いていた。
普通はもっと狼狽えたり、必死になって元の世界に帰る方法を探そうとしたりするだろうに、何よりも先にこの世界のことを聞きたがった。
ノリのいいロベルトやこなみならまだしも、気の弱そうな田中や、慎重そうな瀬奈までが、である。
王族達が説得してくれたからだと思っていたのだが、そんなものではなく、別の要因があった訳だ。
それはきっと、こんな危険な世界でも追い求める目標。
つまり――――
「神様が叶えてくれる、願い事。お前らの目当てはそれか」
「そうや。あからさまな人参でも、吊り下げられたら欲しくなるんが人間ってもんやろ。そうでもなかったらこんなとこで命懸けてまで人助けなんてやらへんしな」
ごもっとも。
「良いな、そういうのは。見ず知らずの誰かの為に、なんて寒気がするほど偽善的なことほざいたら、縛り上げて監禁して置くところだった」
俺のセリフを受けて笑ったのは、こなみとロベルトの二人だけだった。
残った二人はどことなく後ろめたさがにじみ出ている。
「私たちとしては、そういう私利私欲よりは人道的な理由の方が……、なんというか『英雄的』だと思うのですが……」
「表向き、『義勇』をお題目に掲げるのはまだいいが、それを本気で信じるなら話は別だ。自分の題目……信念のために命を危険に晒すのなら、それはいつか危険な思想になってくだろう。自分も、他人も、殺すハメになるぞ。信念のために」
――――俺みたいにな。
俺がたびたび死にかけてでも、強敵に向かっていくのは、ひとえにそいつが気に入らないからだ。
不当に向かっていく勇気でも、困っている人を助けたいという優しさではない。
自分でもどうにもならないほど強い、ただの……自己中心的な怒りだ。
「…………」
「……ちなみにお前らは、怪物どもを倒せたとして何を望むつもりなんだ?」
せっかくの食事時だというのに、重苦しい雰囲気が空気に混じる。
軽く緊張をほぐす為に質問を変えて、そう聞いてみた。
「ウチは言えへんな」
「俺もちょっとな」
その辺りの思惑に気づいたのかどうか分からないが、ノリの良い二人が俺にそう言葉を返してきた。
「ほう?人に言えないことを願うつもりか」
「そら、異世界で神様に叶えてもらおうなんて願い、っちゅうたら壮大なモンに決まってるやろ」
「そうそう。それによく言うだろ?“願い事は人に教えると叶わない”ってさ」
「確かにそうだな」
そういうロベルトだって、本気でそんなジンクスを信じているわけではないだろう。
これ以上は教えるつもりはない、ということか。
こいつらが何を望んでいるにしろ、それは全て『黄道十二宮』を倒した後の話だ。
少なくともそこまでは協力してやっていく必要があるだろう。基本的には友好的な態度でいく方針でいくか。
「話は変わるんやけど」
「なんだ?」
「このオカズって、ユージーンさん作ってくれたんやよね?」
「ああ。そうだが。口に合わなかったか?」
テーブルの上に広がっているのは、作り置きしてアイテムボックスに溜めておいた料理だ。
昨日の晩飯が望翠殿側で出してきた、ガッツリ系の肉料理だったので、あっさり目に味付けしたサラダや炒め物だ。
「いや。むしろこっちに来てから食うたなかじゃ、一番ウマイで」
「そうですね。確かにこちらで出されたご飯は……美味しいといえば美味しいんですけど、どうにも口に合いませんでしたから」
「確かにな。無理して高いレストランで食ってた時みたいな『これじゃない』感が有ったんだよ。その点、ユージーンの飯は庶民の……いつも食ってる飯みたいな感じがある」
「家庭的、ってやつですかね?コロニーじゃ合成食料ばっかりだったもんで分からないですが」
田中の言っている事はいまいち理解できんが、それでもお気に召してくれたらしいことは分かった。
こいつらは王族以上の超VIPだ。庶民が食ってるようなただただ味の濃いモノではなく、調味料を細心の注意で調整した宮廷料理のようなものを供されたのだろう。
だが、そういう物は得てして庶民には合わない場合が多い。
それまでに経験してきた味とは、カバーしている範囲が違う、とでも言えばいいだろうか?
「…………なんとなく、お兄ちゃ……あ、いえ、祐次兄さんではなく、もうひとりの兄がいるんですが、その兄が作ってくれる料理の味付けに似ている気がします」
確かめるように一口じっくりと味わっていた瀬奈がそんなことを言う。
「……。俺の料理の基本は祐次に教わったものだからな。アイツがレシピでも残していて、弟くんがそれを見ながら作ったのなら、どうしたって似てくるだろうな」
俺は友達に料理を教えたことなどないので、もちろん嘘だ。
弟が似たような味付けになっていたのは、やはり家に残してきたレシピを見たからだろう。
といってもオリジナルのレシピではなく、ネットに落ちてる適当なレシピを自分ちに会うように味付けただけである。
俺自身の料理の腕は、あくまでも家庭料理の範囲を出ない。
「こっちの素材を使っても、味の好みが一緒なら最終的な出来上がりもある程度似てくるだろうな」
「あ、やっぱり地球とは食材自体の味が違うんですね」
「どうしたって野菜はその土地に依存するし、そもそも地球じゃ品種改良で底上げしてあるからな。ここのはクセの強いもんばっかりでたまに失敗する」
「――……ああ、道理で美味しいとも不味いとも言えない料理がたまに出てくるわけです……」
俺たちの会話を聞いて、それまでおとなしくしていたルイがそんな言葉を漏らす。
初めて使う食材なんかは勝手がわからないからな。水分が出てきたり、色が悪くなったりと。
なので試験的に作ってはルイやチャルナに食わせている。
「あれ?私が食べていた時は、そんなの無かったですよ?」
「仮にも王族に失敗した飯なんか食わせられるか」
「レリュー様はダメで、ルイたちは良いですか……」
湿度の高い視線を感じるが、無視である。失敗したといっても食えないものは基本的に出していないので、謗りを受ける謂れはない。
「ま、そんなことはええんやけどな。話を戻してもええか?」
「ああ、いいぞ」
そういえば、元はコイツの話題の切り替えに付き合ったからこの話になったんだった。すっかり忘れていた。
「オカズはユージーンさんが作った。これはええ。でもパンがな……」
「あ、それは分かります」
「味っけないんよなー……。なんぼ『素材の味』言うたかて、これ完全に小麦の味しかせぇへんやん」
そう言って現代地球コンビが指差したのは、一応、この世界でも高級な部類に入る、白パンだ。
庶民となるとオートミールと呼ばれる、オート麦を引き割りにして水や牛乳(夏の大陸では動物の乳はあまり一般的ではないが)で煮たもの――――ようは粥のようなもので腹を満たす。
そこからひとつ上のグレードだと、堅パンをハチミツと一緒に煮たもので、パンと呼べる形になるのはそのまた一つ上だ。
ふすまを取り除いて作るような真っ白なパンなんかは、完全に上流階級でも特に位の高い人物が食べるものだ。
それを指して『味気ない』などと、庶民からしたら憤慨ものだ。
鬼気迫る顔で庶民パンチでしつこくレバーを狙われたりしてもしょうがないレベルの暴挙だ。
とはいえ。
「まぁ、日本のクソ甘い食パンに慣れたらそう言うわな」
「え、日本のパンって甘いのか?」
「ああ。ちなみにロベルト、このパンどう思う?」
「普通に旨いパンだと思うけど?」
「「え?」」
パンが主食の文化圏の人間に、自分達の感性を否定されて、驚きの声を上げる女子二人。
俺もこっちに来てから気づいたが、日本のパンは甘い。
ただの食パンですら甘い。いったいどうなってやがんだと思う。
「基本的に主食としてパンを食う人間からしたら、パンなんて『美味しくオカズを食うための土台』みたいな感覚だからな。お前らだってコメが甘かったら嫌だろ?」
「おはぎが有るやん」
「…………」
そうでした。
どうなってんだ日本。計り知れないにも程がある。……といってもありゃ菓子じゃねぇか。
ため息をつきながら手元にあったパンを齧る。
舌から送られてきたのは、小麦だけの味気ない、だが、それゆえに食べ慣れた味だった。