密会
「坊ちゃん!?これは・・・ええと、その違うんです!!」
顔を赤くして必死に弁明しようとするナタリア。しかしその逢瀬の相手は顔を青くして硬直している。
――メイドの腰に手を当てたまま。紛れもなく密会現場だった。
「ああ・・・うん・・。」
ショックだった。あんなにサバサバしたナタリアが・・・。というか人が散々悩んでいるというのにこいつはこれ幸いと男といたわけだ。別にナタリアのことはどうとも思っていないがイラっとくる。
ナタリアは、というとまだ慌てて何事か話している。まさかこんなところで仕事をほっぽり出してウフフなことをしていた、などとほかの人にバラされでもしたら大目玉を喰らうに違いない。荒れた思考を引きずったままこれからどうするか考える。
1 侍女長あたりに告げ口する。
2 フォローを入れる
3 「ゲッヘッへ。このことをバラされたくなかったら・・。わかるな?」
鬼畜かオレは!?浮かんでくるアホな選択肢を慌てて振り払う。どうやら意外と動揺しているようだ。でなければこんな考え、浮かぶわけがない。ないはずだ、うん。
一旦、ドアを閉める。ぼっちゃま!?という悲鳴が聞こえたが気にしない。
さてこの弱みを取引材料にして日頃の恨みを・・・、と思ったがナタリアには世話になっている。無茶な要求もこなし、トラブルの後始末もやってもらっている。気分が|(機嫌が)悪かったせいでつい変なことを考えたが、いつもの恩返しとして黙っておくか。
俺はフォローをすることにして扉を開けた。
「いいか?入っても?」
「え?あ、はい。どどうぞ。」
一旦出て行ったのにまた入ってくる、という不可解な行動をとったことに驚いている様子のナタリア。相手の男・・・ありゃ庭師の息子じゃんか。動揺してよく見てなかったから、わからなかったな。
どうやら向かい合って話していたらしく、驚いた様子でこちらに目を向けてくる。
「さっきはすまんな。少し驚いてしまってな。」
言いながら部屋の中を見る。さて、何を言い訳に使おう。
棚、カマド、野菜カゴ。いろいろなものが目に付く。その中で割れた皿を見つける。あれにしよう。
「あ・・あの坊ちゃん?その先程のは・・・。」
「ああ。悪い。一瞬誤解しちゃって。」
「え・・誤解?」
庭師がこいつなに言ってんだ?って顔をしやがる。オメーは黙ってろ。チクショウ。うまいことやりやがって。
ダークサイドに落ちかけている思考をおくびにも出さず、笑顔で割れた皿を指差す。
「割れた皿直そうとして魔法使うとこだったんだよな?」
「あ・・・。」
強い魔法を使うときはツガイとして行使する。が、それ以外でも実は繊細な魔法を使うときはツガイになることがある、あの本に書いてあった。細かな作業をするときに感情を高揚させながら、魔力を引き出す。術式を安定させて、その上で修復のような細かい作業、となると、負担は大きい。
ツガイなら負担的にも作業的にも約半分で済む。こうした場合、その場にいるもので仮のツガイになり、作業を行う。本来庭にいるはずの庭師がここにいても、言い訳は立つ。相手が見つからなくて、といえば多少苦しいが不自然ではない。
「そ、そうなんですよ。これ気に入ってたものなんでお願いして直してもらうとこだったんです。ですよね?」
「あ、ああそうなんですよ。」
ナタリアがホっとした様子でフォローに乗る。混乱しながらも返事を返す庭師。
「ああ、やっぱり。すまん。まさか仕事ほっぽってイチャイチャしてるわけないよなー。」
「そそっそんなことあるわけないじゃないですかー。嫌だわー坊ちゃんったら。」
「だよな?まさか人がいつ来るかもわかんないとこではねー?」
一応釘を刺しておく。どもりながら返事をするメイド。おい庭師真っ青になってる場合じゃねぇぞ。意外と小心者だなこいつ。
適当に煙にまいて出てきたあと、廊下を歩きながら考える。
乱入しなかったらどんなことになっていたか、ではなくこの世界の魔法のことである。
この世界の魔法行使形態――ツガイ。主な使い道は戦争での兵器としての利用である。戦場で甘い言葉が飛びかい、甘い空気が渦巻く、なんて、俺からすれば違和感たっぷりだ。
それは戦場でイチャコラしてんじゃねぇ!ということについてでもあるが、もう一つ。
感情を、とりわけ恋愛感情を兵器化するということ。
今まで付き合ったことがないからなのか、それとも物語の中でそういった題材に触れていたからなのか。恋愛に対して俺はどうやら変なこだわりがあったようだ。
そういったものは純粋な感情であってほしい、というこだわり。
恋愛感情を利用するということに違和感がある。愛情があるからツガイになるのか。ツガイになったから愛情がわくのか。
この違和感と共に顔を出すのは―――――薄暗い怒りだった。
違和感と怒り。おそらく地球から来た俺だから抱く感情。自分でも幼稚だなと思う。青臭い正義感よりもさらに歪んだわがままに近いこだわりだった。