家族
「………あ……ッ……ぐ……ッ……?」
「え、あ、あのユージーンさん……?顔が真っ青ですよ?大丈夫ですか?」
そんな言葉が聞こえて来るがこちらはそれどころではない。
胸が締め付けられたように痛み出し、ロクに息を吸えなかった。パクパクと口を動かしているのは、必死に呼吸をしようとする無意識の反応か、それとも何かを言おうとしているのか、自分でも分からなかった。
わけが分からない。
なんで今更その名前が出てくる?
ただの同姓同名だ、と考えるのは容易い。
俺が死んだ時、妹はようやく幼稚園を卒業したばかり……6歳位の子供だった。
アレから8年。もしそのまま成長していれば14歳。中学生だろう。
だが目の前に居るポニーテールの女は、高校生のように見えるということは16歳以上。この時期の女子は成長著しく、一年二年で大きく見た目が異なる。
少なくとも高校生と中学生を見間違えることがないくらいには。
…………年齢が合わない。
目の前に居るコイツは俺の妹の瀬奈ではない。
そう考えていても、かつてあった血の繋がりが否定させてくれない。
穏やかそうな目元は、恰幅の良かった母親に似ている。
スっと通った鼻筋は、細身の父親にそっくりだ。
弟と瀬奈はあまり似つかなかったが、笑った時の頬の形がそっくりだった。
こいつは…………似ている。
妹が成長したらこうなるだろうという面影が、そこかしこに見て取れる。
否定しきれないほどに、どうしようもなく似ているのだ。
――――かつての、家族に。
「うぐ……ッ!」
「あの、本当に大丈夫ですか?」
「――――大丈、夫だ。なんでもない」
「で、でも……」
「上月……瀬奈……。お前に…………『祐次』、という……兄は……居るか?」
「え!?い、居ますけど……。私は3人兄弟の末っ子で、一番上の兄の名前が『祐次』と言います。でもなんであなたがそれを……!?」
「…………」
やはりそうだった。
コイツは俺の…………家族だ。
そう確信すると同時に、胸の痛みが一層強くなる。
「答えてください!なんであなたがその名を知っているんですか!?」
「せ、セナやん、少し落ち着き……」
「落ち着いてなんかいられません!祐次兄さんは……兄は私が小さい頃に亡くなっているんです!」
「ッ!?」
「どうして異世界に居るあなたが、何年も前に死んだ兄の名を知っているんです!?答えてください!――――答えてッ!!」
その質問の答えは至って簡単だ。
俺がその兄なのだから。
後は俺がその正体を明かせば晴れて感動の再会だ。
だが――――
「………………」
「どうして何も言わないんですか!?」
言えない。
言える訳が無い。
異世界に転生してチャンスとばかりに好き勝手してきたこの俺が、どうして名乗ることができるだろうか?
地球に帰る手段を探そうともせずに、与えられた力を使って遊びほうけていた俺が、死んだ兄だとどうして告げられるだろうか?
自分の都合の為に、世界を混乱に陥れようとした狂人が、異世界に転生した兄だとどうして教えることができるだろうか?
何より――――見た目も、性格すらもまるで別物になっているこの俺が、『祐次』だといったところで瀬奈は信じてくれるだろうか?
俺自身が『自分は上月祐次の生まれ変わり』だといったところで証明する物は何もない。
例え過去の記憶を頼りに証明したとして、一度受け入れてくれたとしても……いつかは気づいてしまうだろう。
『コレは兄の記憶を持った別人だ』、と。
「――そ、れは……」
「ご主人様から手を離してください!顔が真っ青です!」
「ダメです!この人は何かを知っています!どうか止めないでください!」
いつの間にか、瀬奈の手が俺の襟首を掴んで引き寄せていた。
よほど酷い顔色をしているらしく、いつもは反抗的なルイが俺を守ろうとしている。
ダメだ…………!この状況は俺が何か言わない限り収まらない。
だが……なんて言えばいい?
動揺して迂闊に自分の名前を出したのがそもそもの間違いだった。
このままでは――――!
「うにゃうッ!」
「つッ!?」
「きゃッ!?」
チャルナが俺の腕に噛みついてきた。
スキルレベルが上がった今の俺には少しの傷も与えられないが、強い刺激にはなった。胸にわだかまっていた痛みが少し薄れる。
それと共に瀬奈が驚いて掴んでいた手を離してしまい、いつの間にか締まり始めていた襟首が解放される。
「うぇッ……ゲホッゲホッ……チャ、ルナ……お前……」
「にゃー……にゃあ……」
「――――俺が苦しんでいたら、取り敢えず噛みつけば治ると思ってないか……?」
「にゃ?」
『違うの?』とでも言いたげに首をかしげるな。
ちょくちょくこんな感じでトラウマを発動させていたせいで、妙な覚え方をしちまったらしい。ありがたいっちゃありがたいんだが…………。
「はぁ……もう大丈夫だ」
「本当に大丈夫です?なんだったです?ご主人様?」
「持病の癪みたいなもんだ」
「1年近く一緒に旅をしてきたですけど初耳です!?」
「生まれつきの持病だよ。それ以上聞くな」
何も間違ってない。一応。
ふぅ……それにしてもこいつらと一緒にいるとロクにシリアスもできないな。
だが、そのおかげで冷静になれた。
「瀬奈、少し落ち着いて聞いて欲しい。そして、まずはお前ら全員にこれを見て欲しい」
そう言って懐からある物を取り出す。
それは――――拳銃型魔道具だ。
「コレ…………ピストル?」
「なんでそんなものがこの世界にあるんや?」
「随分荒っぽい作りだけど……一応動くっぽいね」
順に田中、河堀口、レッタのコメントだ。
レッタはフライクーゲルを手で持ってみて、弾倉部分を回転させて見ている。
そして瀬奈はじっとこちらを観察するように鋭い視線を向けてきている。
今は瀬奈に俺の正体を明かすわけにはいかない。
だから精一杯の嘘で誤魔化すしかない。
「これを見て分かるとおり、俺はそちら側の人間だよ。ただし、中身だけ、な」
どちらにとっても不幸になる未来を避けるために、俺は頭の中で組み立てた嘘を口に乗せて語りだした――――。
チャルナやレリュー達は一旦、外に出てもらい、瀬奈達には俺がこの世界に転生してきた地球人だということを話した。
俺自身の立場は、『上月祐次の友人』ということにして、同じ位の時期に死んだことにした。
それと共にあちら側の情報を集めていく。
「――――なら、みんな大体同じような年頃なんだな」
「そうやね。ウチが16、ヨッシーとセナやんが17で、ロベルトが18なんや」
「みんなで情報を交換したら、やっぱりいきなり神様みたいな存在に連れてこられたみたいです」
「そうか…………ちなみに全員何か特殊な能力とか持ってるか?」
「僕は……何も。喧嘩もしたことない普通の学生でした」
「ウチもなんも持っとらんよー」
「俺は一応、銃器の扱いくらいは知ってるが、とてもじゃないけど化物と戦えるような力は持ってないぜ」
「私は……兄さんのことがあってから、身を守れるようにと鍛えてはいますけど……やっぱり戦えるような力はないですね」
やはりそうか。
となると、アレフたちは本当にただの非戦闘員をこの世界にいきなり放り出したということになる。何を考えているんだか……。
そして考えていたとおり、俺が死んだ時間と瀬奈の年齢が合っていなかった。約3年の空白がある。
特殊相対性理論では時間と空間は同一の物とされる。
これが違う空間に召喚された事によって引き寄せられた事象…………つまり世界を超えた為の経過時間だとしたら、既に地球では瀬奈たちが行方不明になってから3年が経っている事になる。
帰ることが出来るとすればさらに3年。つまり向こうに帰ったとしたら計6年が経過している計算だ。とんだ浦島太郎だな。
コレはまだ口にしてはいないが、別の観点から瀬奈たち側に疑念が生じていた。
「なー?ユージーンさん?セナやんのお兄さんが亡くなったのが11年前なんよな?で、ユージーンさんも同じくらいに死んでもうた、と」
「ああ」
「なんや計算おかしない?ユージーンさんどう見ても10代後半やで?」
「そう言えば……そうですね」
そう、当然そこに行き着く。
今は例の宝珠を使用しているために外見の年齢が違う。どう考えても瀬奈の兄の友人というには無理がある年齢になってしまう。
「……今は魔法で見た目を変えている。解除できるが……どうする?」
「見てみたい!ウチらまだはっきり魔法見たことないねん!」
「確認の意味でも一度、元の姿に戻っていただけないでしょうか?」
当然こーゆー話になるよな……。
だが、青年状態を解除したらそこにいるのは11歳の少年ではなく、8歳の子供なわけで。
「…………。まぁなんとかなるか」
「なにか言いましたか?」
「別に。すぐ済むからちょっと待ってろ」
手の中からススメを取り出す。
その時点で驚いたような声が上がったが、そこから身長が徐々に縮んでいくのを見て、その声は大きくなっていった。
30秒も経たないうちに、青年から子供の身長へと変わる。
「――――ふぅ。これでどう――――」
「すごいなぁ!なにコレ!?おもろい!もっかいやってもっかい!」
「おい……」
「俺もこんなのは初めて見た。今度は大きくなって見せてくれ!」
「ちょ、ちょっと、こなみさん、ロベルトさんも……失礼ですよ」
いきなり小堀口とレッタから抱きしめられた。
リアクションがでかいのはこいつらの共通の部分だが、一度にかかられると面倒だな……。
「それ、服の部分はどうなってるんです?」
「むしろなんでお前はそんなところに食いついてくるんだ田中?」
気にするところはそこでいいのか。
ちなみに服はあらかじめ青年状態に合わせたサイズの服を着ていて、縮んだ分だけコート型魔道具の糸で締めて調節している。
「んー…………。決めた」
「何をだ?」
「なぁみんな。ユージーンさんに色々と教わらへん?この世界のこと」
「それは…………」
本人の意向は無視ですか?そうですか。
できればそんな面倒な事はしたくない。こいつらが何か失敗でもしたら、王族連中からのクレームが全部俺のところに来ることになる。
そんな面倒事は勘弁だ。
だが、そう考えていたのは俺だけのようで。
「俺は良いと思うぜ。この世界のこと、他の異世界から来たやつの方がよく知っていると思うし」
「せやろ?」
「ぼ、僕もそれでいいかな……?ユージーンさんは強そうだし」
「せやろー?」
ということで既に3人が同意してしまった。
残るは瀬奈、お前だけだ。
頼む……。今は生まれ変わって血のつながりは無くなってしまったとは言え、かつては兄妹だったんだ。家族のテレパシー的なものを受信してくれ……!
「私は……その、この世界のことも聞きたいけど、祐次兄さんのことをもっと聞きたいかな……」
「それってつまり?」
「賛成、です……」
通じて無かった。家族の絆的なものは無かったらしい。
「いよっしゃ!そうと決まればよろしく頼むで、ユージーンさん」
「あ、いや、でも……ご迷惑でなければという話で……」
瀬奈。無駄だ。こいつもう聞いてない。
こうしてなし崩し的に俺は召喚された英雄たちの教育係として、この部屋に足を運ぶ事になった。