残された名前
さて、こちらの新キャラはこれでいいとして、だ。もうひとグループの新キャラども、その動向を探らなければいけない連中がいる。
もちろん件の召喚英雄達のことである。
会議の王侯貴族達の中で、俺に対する不信感を持っているやつがいる以上、迂闊には近寄れないと考えていいだろう。
まだ連中はこの世界に来たばかり。判断材料となる情報が極端に不足している状態だ。今のあいつらに何を吹き込むかによって、あいつらの行動を左右できる。
そんな状態の重要人物に、俺のような不審人物を近寄らせるような真似はしないだろう。
だからこそ『歓迎会の時に紹介する』と言ったのだ。
すぐにでも動向を探らなければいけないというのに、接近はできない。
精神魔法で操っている連中だとどこかでボロが出るだろうし、質問は俺が直接受け答え出来る状態が望ましいのだが……そう上手くはいかないだろうな。
――――――と、思っていたのだが……。
「なに?あいつらの方から俺に会いたいと言ってきた?」
そんな予想外のことを言われたのは、ターヴ……ではなくリベルか。アイツが現れてからすぐの翌朝だった。
『あの儀式の時の、共鳴して光っていたあの人を連れてきて欲しい』
そんな言葉を衛兵が伝えてきたのだ。
ふむ……。あいつらが召喚されてから三日目。いきなりこんなところに呼び出されて困惑しているというのに、自分たちから動き出すとは思わなかった。
いきなり与えられた情報に戸惑うことなく処理している……そこそこ積極性を持った、頭を使う連中なのかもしれない。
議会を通すことなく、衛兵に伝えることからそんなことが読み取れる。
恐らく何度か申請してダメ出しを食らったあとなんだろうな。
「分かった。すぐにそちらに向かおう。それと何人か紹介したいやつがいる、と」
「どちら様でしょうか?」
「なに、心配ない。レリューやその取り巻きを3人ほど連れて行くだけだ。その許可を取ってきてくれないか?」
「はい!了解しました!英雄様がたに聞いてきます」
英雄様がたに、か……。
王族達の議会に、ではなくそちらに行った事から察するに、今の兵士と英雄達はそれなりの信頼関係を築いているようだ。
大方何か情報を得られそうだからだという理由で呼んだのだろうが……一応会っておいた方がいいだろう。
確実に会えるとしたら歓迎会くらいだろうが、人が大勢いる場所で話せないこともある。
「さて、レリュー達を起こして会いに行くとするかね」
そうしてぞろぞろと連れ立って来てみたはいいものの…………。
『あつぅぅぅぅぅぅぅいッ!どんだけ暑いねんなぁッ!?』
『や、焼ける……死ぬ……』
『叫ぶ元気があるだけまだマシですよ……』
『ええと……もうそろそろ例の人が来る時間ですよ、皆さん……』
『そんな事言ったって……なぁ?』
『こう暑くてはやる気も出ませんよぉ……』
『あーもうッ!エアコン持って来いっちゅーねんッ!』
「…………」
扉の向こうからそんな絶叫が聞こえてきて、思わずノックしようとした手を止めるハメになった。
なんだこの声……。エアコン持って来いって……。
「…………入るか」
「そ、そうですね……」
「うにゃー」
「な、なんだろね、今の叫び声……」
「うぅ……厄介事の匂いがするです……」
明らかに腰が引けているレリュー達4人を連れて、部屋に繋がる扉を開ける。
するとテーブルに顔を被せるようにして項垂れている4人が目に入ってきた。
…………まぁ確かにいきなりこの気温の中に放り出されたら体の方は慣れないよなぁ……。
しょうがないので部屋全体に冷風の魔法を強めにかける。
この程度ならいつも部屋に使っているのと大して変わりない。出力が強めになった所で所詮は生活魔法の範囲内だ。
「――――あれ?なんか急に涼しくなったような……?」
「お待ちかねのエアコンだよ。あいにくと人力だがな」
そこまで言ってようやくこちらに気づいたらしい。
顔を跳ね上げてこちらを向いたのが2人。頬をテーブルの天板につけたまま、気だるそうにこちらを見たのも2人。
そしてすべての視線がこちらに集まり――――
「「「「目つき悪ッ!!」」」」
全員が全員、同じ言葉を紡いだ。
…………。
……………………。
「暖房 全力稼働!!!」
「そんな必殺技風に!?」
「ぎにゃああああああああああッ!?冷風が熱風にィィィィィ!?」
「す、すいませんでした!マジ謝りまくりますから勘弁してください!」
瞬間的に発生した怒りを載せるように、今度は熱風を生み出す魔法を全力で使用する。
金髪の男がツッコミを入れ、角の生えた女が熱風に悶え、メガネの男が瞬時に平身低頭で謝りまくる。ポニテの女は…………苦笑いで汗を拭いているだけか。
ったくこいつらは……!気の抜けること甚だしいな……!
「…………召喚された英雄様とやらにお呼ばれしてノコノコ出向いてみりゃあ、なんの真似だコレは……?」
「すっ、すいません!あんまり暑くて気が抜けてました!マジですみませんでした!」
「そうやって謝れば済むと思ってないかメガネ。人を見て第一声が『目つき悪』ってどういうことだメガネ。オイコラメガネコラ」
「ひぃぃ!不良っぽいよこの人!みんなも謝ってください!お願いしますから!」
「え、ええと……。申し訳ございませんでした。ちょっと入ってくる前にどんな人が来るか話していたせいでリアクションが過剰気味になってしまいまして」
「ちッ……。次やったら容赦なくトロミのついた熱湯かけるからな」
「は、はい……」
ポニテの女の弁明を聞いても納得できるわけじゃないが、ここでこうやっていても話が進まない。とっとと中に入らせてもらうか。
「――――入って早速揉め事が起きたです……」
「トラブルメイカー、ってやつだねー」
「い、今のはユージーンさんに落ち度はないかと……」
「そうは言ってもレリュー様。ご主人様のあの顔見て『目つき悪ッ』と思わない方がおかしいと思わないです?」
「…………。の、ノーコメントでお願いします……」
「後ろでごちゃごちゃ言ってんじゃねーよ。ほら、入ってこい」
「はい」「あはは。ごめんごめん」「き、緊張します……」「うにゃー」
扉の向こうで何か言っている後ろの連中を連れて部屋に入る。
内装は俺たちが宿泊しているところよりもかなりグレードが高い。見るからに価値が高そうな装飾品がいたるところに置いてある。
ベットは無い……ということはそれぞれ個別に寝室が用意されていると見て良いだろう。王族よりもVIP待遇っぽいな。
「おお、ちっちゃなレディ達が……」
「みんなロリっ子やねー」
「あ、よ、良かった……。普通っぽい……」
「いえ、耳とか普通じゃないっぽいですけど……」
――――まぁ、そんなところに見るからに高校生くらいの年齢の男女が顔を付き合わせていると違和感しか感じられないのだが。
「さて。改めて自己紹介させてもらう。春の大陸のアルフメートという国から来た、ユージーン・ダリアだ。――――ほら、レリュー。お次はお前だ」
「ふぇッ!?わ、私ですか!?え、ええと……レリュー・カンタンテ、と言います。この街に隣接している湖を治める人魚族の王女です。このような形で英雄の皆様に――」
「長い。次」
「そんなッ!?」
「はい!アタシはケーラって言います!レリュー様のお付きで――――――」
ケーラの自己紹介を聞き流しながら、再び召喚された連中を観察する。
見たところ本当にただの学生にしか見えない。制服を着ているのは角女とメガネの2人だけだが、残りの2人もそのくらいの年齢だ。
というか、一番怪しい格好の角女。お前の装備それで合ってんの?というくらい違和感があるな……。
これまで割と多くの村を渡り歩いて多くの種族に出会ったが、魔族以外であのような角を持っている種族は見たことがない。
そんな『ファンタジーの住人』っぽいやつが、普通にセーラー服を着ているのは違和感以外の何物でもない。
「――――それで最後に、ご主人様のペットのチャルナさんです。今は猫の姿ですが、人の姿にもなれるのです」
「うにゃあー」
「可愛い……」
「いい毛並みやねー」
こうしてチャルナを撫でているところを見ると、とてもではないが世界を救う英雄にはとても見えない。
召喚される英雄とは『強大な力と叡智を持って異変に対抗し、人々を導いていく存在』であるはずなのに。
とすると……俺の時と同じように何年か修行する期間が必要になるパターンか?
この切羽詰った状況で?
…………ちぐはぐだな……。神々が何を考えているのか、全く読めない。
とにかく本当にただの学生なのかどうか、後々確かめなければならない。
「俺を呼んだということは何か用事があったんだろ?何の用だ?」
「え、あの、こっちの自己紹介がまだなのですが……」
「お前らなんてあだ名で十分だ。そっちの金髪がチャラ男。後は順番に角とメガネとポニテだ」
「え、あ、はい……」
項垂れるメガネをポニテ女が励ましているが、残りの2人は笑っているだけだ。
なんとなく人となりが見て取れる。
メガネはいじめられっ子気質で苦労人。
チャラ男はツッコミを入れていたが、基本的にはフザケて楽しんでいるように見える。
角女も同様にノリが良い側だな。さっきも大げさなリアクションとっていたみたいだし、芸人気質、とでも言えばいいか。
ポニテ女はそんな奴らに気を回して宥めるようなスタンスだ。まとめ役に徹している。
人間観察を続けていると、やや困惑しているような表情のポニテ女が声をかけてきた。
「今のままでは呼びづらいかと思います。先程の失礼はお詫びしますから、私たちにも名乗らせてください」
「ダメだ。反省するまではこのまま――――」
スパァンッ!
突如、空気の破裂するような音が響いて俺の頭に軽い衝撃が走る。
大して痛くはないのだが、いきなりだったので少しよろけてしまった。
何かが当たった頭をさすりながら振り返ると、剣の鞘を持ったルイが仁王立ちしていた。
「ご主人様?」
「……なんだ」
「この方々はせっかく遠いとこからこの世界を助けるために来てくださったです。まさかいつもの調子で接したりするつもりはないですよね?」
「そんな物、俺の勝手……」
「あまつさえ、名乗りすらさせないでそのまま呼ぶ訳にはいかないですよね?」
「……レリューまで……。いつになく強気じゃないか、お前ら」
「カンタンテ王にご主人様が失礼なことをしでかしそうになった時は、容赦なくやってくれと言いつけられていたです」
ちッ……。カンタンテ王め……。俺の行動を先読みしていたのか。
やや緊張気味だったポニテ女は、目の前で起きた事に驚いて目を丸くしている。
初めて会う相手には威圧していた方が後々有利になることもある。そう思ってこの態度を崩さなかったのだが……ルイのお陰で空気が弛緩してしまった。
今の俺は『年下の子供に行動を咎められる間抜け』のように見えてしまっているはずだ。
ったくしょうがない。このまま向こうに自己紹介させて、今の雰囲気を変えるとするか。
「んじゃまぁ俺から自己紹介させてもらうぜ?名前はロベルト・レッタ。生まれは地球……あっちの世界のイタリアっていうところだ。
両親がバックパッカー…………ええとなんて言ったらいいんだろうな?かなりの旅行好きだから、こうしていきなり知らないところに放り出されるのも、実は慣れてる。よろしく頼むぜ!」
チャラ男はイタリアの生まれか。
というか、せっかく異世界から召喚したっていうのに地球のヤツってのはどういうことだ。
溌剌とした笑みを浮かべているところを見ると、召喚された混乱は見られない。どんな生活をしてたら、こんな召喚されても動じない男になるっていうんだ。
「次はウチやな。ウチは河堀口こなみ、言います。よろしゅうな」
「…………。その喋り方は?」
「ああ、これな?ウチの地元の喋り方なんや。あんま気にせんといて」
……無理だろ。
怪しい関西弁で名乗ったのは例の角女。
なんで一番ファンタジーな外見してる奴が、大阪のおばちゃんみたいなしゃべり方なんだよ……!アンバランス過ぎる!
ツッコミたい……!だが、こらえろ。今はスルーして後で聞いてみよう。
「ええと……僕は田中 良男って言います。まだちょっとだけ混乱してます」
「…………普通、だな……」
「え、あ、はい。すいません……?」
頭を下げたのは先ほどまでメガネと呼んでいた男だった。
どんな奴が続くのかと思ったが、自己紹介したのはどこの学校にもいそうな、気の弱そうな青年だ。
なんて言うか…………うん。非の打ち所がないほど普通だ。名前からして凡人感がにじみ出ている。
この中では比較的常識人のような気がする。同時に苦労人でもありそうな気がするが。
さて残っているのはもう片方の苦労人か。
コイツはどんなやつだろううか――――――
「――――と言います」
「――――な、に……?」
「え?どうかしましたか?」
「…………。すまないがもう一度名前を聞かせてくれないか?」
「は、はぁ……良いですけど……?」
そう言って困ったような顔をしているのはポニテの女。
コイツの名前を俺は認識できなかった。
いや、違うか。
認識したくなかった。聞き間違いだと思いたかった。
なぜならば、コイツはココに居る訳が無い者だから。
この女が口にした名前は――――――
「――――上月 瀬奈、と言います。よろしくお願いしますね!」
――――地球に残してきたはずの、妹の、名前だ。