リベル
「聞きたいことは山ほどあるが、まずは黄道十二宮のことだ。なんで連中は目立った動きを見せないんだ?」
『それもまた、娯楽のためと言いますか……』
すぐにでも聞かなければいけない事、ということで、黄道十二宮のことを聞いてみると、歯切れの悪い答えが帰って来た。
いや、紙の上の文字に歯切れの悪いも何もあったもんじゃないがな。
『今回の試練は言ってみれば巨大な舞台……いえ、見世物のようなものです。アレフ達はそれを眺める観客。いちいち観客が途中に割って入るのも興ざめというものでしょう。
なので黄道十二宮はそれぞれ好き勝手に動きます。舞台自体に筋書きのない即興劇のようなものです』
「んじゃ何か?今はただ幕が上がっただけで、いつ登場するのかはその登場人物の勝手、ってことか?」
『はい。幸い場所だけは各大陸2体という縛りはあるのでそこまで大変ではないでしょうけど』
各大陸に2体……。この春夏秋冬の4大陸に加えて、他にも2つ、ということか。
ターヴにも連中がいつ出現するのかがわからないとなると面倒だな……。
『出現さえしてしまえば後はボクの方で感知できますので、そこへ向かってもらいます』
「それは他の大陸でも分かるものなのか?感知の有効範囲はどれくらいだ?」
『他大陸でも大まかには分かる、という程度でしょうか。近づけば近づくほど感知の精度は増していきますが…………確実に感知するには3km、といったところでしょうか』
「狭いな……」
妙に生々しいな3kmって。
この街だけでも10km以上は確実にある。あまり広い感知範囲とは言えないだろう。
「じゃあ次は……そうだな。この体について何か知ってるか?炎龍の……じゃないか。真炎龍の宝珠というものをススメのアイテムボックスに嵌めると、この青年の体になるようだが」
『それはススメの機能ですね』
そんな文字が浮かんだ後、パラパラとひとりでにページが捲れる。
開いたのはアイテムボックスのページだ。
アイテムの名前がずらりと並び、例の赤い枠と青い枠が表示される。その余白に文字が浮かぶ。
『この赤い枠はあなたの魂に直結しています』
「……いきなりさらっと重大なことを言うな。なんだそれは」
『そもそもススメはあなたの魂に寄生しています。この赤い枠はその魂に繋がっている穴のようなものなのです
この枠に嵌められたものは、あなたの魂と融合しその効果を現す。宝珠にはあなたの記憶……それも前世の記憶が色濃く残されています』
それは…………ライフドレインで無理やり引きずり出された記憶のことを言っているのだろうか。
確か、宝珠の中にいたおっさん達犠牲者はもう全員成仏したようなことを言っていた。そのせいでこの宝珠がただの入れ物になっている、としたら――――。
『宝珠に残された、あなたの生前の記憶……。それが体にも影響し生まれ変わる前の年齢に近づけさせているのでしょう』
「ならば、この枠にはもっと別の物を嵌めても俺は青年化しない……?」
『はい。恐らく、その嵌めたものの特性に合った効果が出てくるでしょう。
しかし、何を嵌めても効果が出るわけではありません。ある程度、物質として強い物でなければ魂との融合に耐え切れずに崩壊してしまうでしょう』
今ある手持ちの物でどんな効果があるか、後で試してみるか。
以前この赤い枠に物を入れた時に何も効果がなかったのは、ススメを表に出したままにしてあったせいか。
きっと体の中に隠れている状態であって初めて融合されているはずだ。
だからススメを表に出せば、青年化は解ける、と。
…………さらっと流したが、魂に融合って危険はないのだろうか。
ターヴに聞いたが、それはターブ自身にさえ分からないそうだ。
しっかりしろ、神の使い。
「細かい疑問は後々聞くとして、だ。最後に聞いておきたいことがある」
今日は考えることがありすぎて少し疲れてしまった。
なので今までずっと考えていた疑問を口にして終わりにしよう。……俺が生まれてから……いや、生まれる前のあの白い空間の中からずっと抱いていた疑問を。
「俺の今の性格は、上月祐次の時とはまるで違ったものだ。暴力を平気で使い、人を信じず、憎しみのままに行動する。
死を契機に変わってしまったのは分かる。だが、なぜこのような性格になったのか、お前は知らないか?」
『…………ボクは以前のあなたをそれほど詳しくは知りません。ですが死の間際に何かを強く想いませんでしたか?』
「ああ。俺を殺した連中への恨みの感情だな」
あの時襲いかかってきた張り裂けそうなまでの憎しみ。
それは今でも俺の心の中に有って薄れることはない。
『強い……とても強い感情は、時としてその【場】に焼き付いてしまうことがあります。あなたがたが幽霊と呼ぶ存在は、大抵がこれです。
祐次さん。あなたが抱いた感情は間違いなくその場に焼き付いて、地縛霊とでも呼ぶべき存在を創りだすものでした。それもとても強くて、厄介な。
ボクはその感情ごと、あなたをこの世界に召喚した』
「…………それで?」
『結果、焼き付くはずの感情は場には残らず……あなたの魂に、その行き場のない激情を焼き付けた。
あなたはきっと知ってしまったんでしょうね。自分が大切にしていた知識は自分を救ってくれず、忌み嫌っていたはずの暴力の方がより強いことを』
それは……そうだ。
俺は自分をいたずらに暴力を振るうことのない、知性ある者だと考えていた節がある。暴力に訴えるなんて、頭の悪いバカのすることだと。
だが……あの死の瞬間、俺の知識は役に立たなかった。
思い知らされた、無力。
そして同時に身をもって理解したのだろう。
暴力は使える、ということを。
『あなたの心の中までは神の使いといえどもわかりません。これは全て事実を元にした推測です。本当のところはあなたしかわからないのですから』
「…………役に立たんパシリだな、お前は」
『すいません。ですが、ボクの本体を解放するために、精一杯頑張らせていただきますよ、祐次さん』
そう言ってターヴは謝るが、きっと、その推測は間違っていない。
きっと、焼き付いた感情はもうなくなることはないのかもしれない。
唯一の可能性は、やはり、コイツの言ったように復讐することでしか晴らせないのかもしれない。
なんともアホらしい話だ。
世界の為でもなんでもなく、復讐相手を助けるために、ひいては自分が助かりたいがために、世界の脅威と戦う事になるなんて。
「俺の事はユージーンと呼べ。もう、俺は祐次じゃない」
『それもそうですね。ではユージーンさん、と。――ああ、そうだボクにも名前を付けてくれませんか?』
「お前に?」
『いつまでもターヴの分身とか呼びづらいでしょう?』
「そんなもんか?」
名前……名前ねぇ。
実家のクロや、チャルナの時もそうだがかなり適当に付けている。あまりセンスのある方ではないからな……。
コイツはターヴの分身。本のなかの案内人。
安直にナビとかか?
いや、それはそれでこいつに案内されているようで気に食わない。
となると――――
「よし。お前は『リベル』だ」
『おお、思ったよりマシですね。ユージーンさんにしては』
ページ引きちぎってやろうかこの野郎。
『ちなみに由来をお聞きしても?』
「ただ単に『本』のラテン語読みしただけだ」
『酷いセンスですね』
「後はそうだな。『開放』って意味の『リーベラーティオー』を短縮した意味も込めてある。本体の開放を目指すお前にはピッタリだろう」
『…………本当ですか?』
「いいや、今考えた」
それ以上何か言う前に、ぱたりとススメを閉じる。
人に名前を与えてもらっておいて文句言ってんじゃねぇ。
「それ以上グダグダ抜かすようなら、油塗って日当たりのいい場所に一日放置しておくぞ」
『やめてください!日焼けします!本は冷暗所に保管してくださいって言われるでしょう!?』
うお!?ススメに書けないときは頭に文字が浮かんでくんのかよ。
これはこれで便利だが、いちいち読まないといけないのが難点だな。
――――信用できるかできないかは別にして、こうして予期せぬ同行者がひとり、ひっそりと増えたのだった。