復讐の相手
上月祐次…………地球で生きていた頃の俺の名前だ。
今になってもその名前を知っているヤツは一人しかいない。
俺をこの世界に引っ張り込み、騙して英雄の役割を押し付け、ススメなんて意味の分からないものを寄生させた張本人――――
「ターヴ……ッ!」
『8年ぶりに会ったというのにそう睨まないでくださいよ』
憎々しげに名前を呼ぶと、また文字が浮かんでくる。
姿は見えないが、どこからか俺を監視しているのか?
「出てきやがれ!テメェには一発食らわせないと気が済まねぇ!」
『ボクだったらさっきからあなたの目の前に居るじゃないですか』
「なに?」
重ねて確認するが部屋の中には俺しかいない。
目の前にあるのはススメだけだ。
『ですから、そのススメの中にボクは居るんです』
「…………なんだかわからんが、この本の中に居るんだな?」
『はい』
「なら……ッ!」
ズドッ!!
部屋の中に轟音が鳴り響く。
キツく握り締めた拳がススメのページにめり込んで粉砕した音、
――――ではない。
拳は確かにススメを捉えているのだが、ススメにはシワひとつ出来ずに下の机だけが俺の全力のインパクトを受け止めて真っ二つに割れたのだ。
いくらススメを体外に出しているせいで子供化してるとは言え、身体機能上昇(大)の効果で岩でも軽く割れるはずの力はある。
だというのにススメには全く効いていない。
「ちッ……!どうなってやがる」
『…………まさかいきなりススメごとボクを殺しにかかってくるとは思いませんでした』
「ノコノコ現れて、俺が無事に帰すとでも思ってんのか。ウスノロが……!テメェに騙されてこんな世界で生きてくハメになったのを忘れちゃいねぇぞ!」
『…………。あなたの魂に深く寄生しているススメを攻撃することは、そのまま自身の死につながります。それを避けるためにあなた自身の力で、ススメを攻撃することはできないように設定してあります。そして――――』
俺の力でダメだというのなら、チャルナやルイに頼んで…………。
そう考えていた俺は次の一文で動きを止めた。
『例えボクを殺しても、ターヴという存在が死ぬことはありません』
「…………。どういう意味だ」
『そのままの意味です。神は死なない。神の使いであるボクもまた、死なないのです。世界に組み込まれた柱であるボクらは、死ぬたびに世界がその存在を補填します。ボクたちは言ってみれば物理法則のようなものです。それがなくなれば世界は崩壊する』
「だから、殺そうとしても無駄だと言いたいのか?」
『はい。それともう一つ。そもそもボクは分身体なのです。本体は今、別のトコロにあってこのススメにダウンロードされた意識があなたに話しかけているのです』
意識をダウンロード、だと……?ならここでススメを攻撃して破壊したとしても、ターヴは健在だ。そしてススメが俺の改造の要だとすれば弱体化……どころか死ぬ可能性が高い。それなら本当に無駄死にだ。
あくまでこのターヴ(分身体)の言うことを信じるのならば、だが。
「…………ちッ、相変わらず趣味の悪い野郎だ。どこかで高みの見物かよ」
『いいえ、むしろ、今は必死でこちらに連絡を取ろうとしているようです』
「ああ?どういうことだ?」
『本体であるターヴとは現在交信が途絶えている状況です。きっとあなたのことがバレて他の神々に捕まったのでしょう』
「…………」
綴られた文字のあまりのバカバカしい内容に、俺は一瞬目を疑った。
アイツが捕まった?俺を召喚したせいで?
『最後に通信があったのは7年前。あなたを召喚して1年も経っていなかった頃です。こちらの映像などは随時送り続けていたのですが、それを受け取っていた最後の記録は…………丁度あなたが各種機能を解放された1年前です』
1年前、開放、と言うと例のミゼルのスパイ事件の時の話だ。
「…………くははッ。なんだもう捕まっていたのか。ざまぁ見ろ!」
そういえば全くターヴから連絡が無くて捕まっているんじゃないか、などと考えた事があったが、まさか本当に捕まっていたなんて。いい気味だ。
だがしかし、疑問は残る。
なぜこの分身体の方は今更になってノコノコ現れたのか。
『――――お願いが、あります。祐次さん』
「まさか騙してこの世界に引き込んだ俺に向かって助けて欲しいなんてほざかないよな?」
『いえ。まさにその通りです』
「ふざけてんのかテメーは?こちとらお前に会うために世界を混乱に陥れようとまで画策してたんだぜ?当の本人が出てこれないとあっちゃあ、意味のないものだったがな」
『ええ、知っていますよ。目覚めたのは最近ですが、記録としてこのススメの中に残っています。ですが……よろしいのですか?』
「何がだ?」
『あなたが復讐できる相手はボクひとりです』
「それがどうした?」
『もう元の世界に帰ってあなたを殺した連中に復讐する事はできない。あなたを苦しめるトラウマを解消するための相手は手の届かない世界に居ます。
貴方が例え英雄になったとしても、生きている限りそのトラウマは追いて回るでしょう…………永遠に』
「…………」
それは…………その通りだ。
きっとこのトラウマは治ることがない。
普通なら困難な道のりでもきっといつかは治ることもあるだろう心の傷は、俺の場合は特殊だ。
体感でしかないが、『死』という壁を乗り越えたことで、俺……ユージーン・ダリアと上月祐次という存在は別物になっている気がするのだ。
上月祐次の人生で負ったトラウマは、
ユージーン・ダリアの人生ではきっと治せない。
本で例えれば、同じ本の中でページ一つ超えた先で、全くジャンルも構成も別の話が始まっているかのような感覚。
作者は同じでも、そのお話自体は繋がっていない。
日常から非日常へ。
どこかで繋がっていて、どこかが隔絶しているような…………奇妙な感覚。
上手く言い表せられないが、そんな気がするのだ。
だから、コイツの言っている意味は分かる。
【あなたが復讐できる相手はボクひとりです】
『もし。もしも、です。上月祐次の人生と、ユージーン・ダリアの人生を繋げる【何か】があったとしたら……その【何か】に、あなたはまっとうに復讐する理由があるとしたら……どうなると思います?』
つまりはそういうことなんだろう。
あの死んだ後の真っ白な空間。
あそこに居たのは、上月祐次であり、上月祐次では無かったのものだ。
上月祐次の後であり、ユージーン・ダリアの前。その間に存在した時間。
そして――――騙した、相手。復讐の為の相手。
もしかしたら、短期間に同じような目に合わせたこいつに復讐できれば、トラウマは解消できるかもしれない。
「…………ようは“復讐させてやるから助けて下さい”ってだけだろうが」
『ええ。でも、やる価値はあるでしょう』
「はっ。馬鹿かテメーは。たかだかトラウマ解消のために死ぬかもしれない厄介事に首突っ込むとでも思ってんのか?」
『必ず突っ込んできますよ、あなたは。なにせボクを一発殴るために、世界を二分させようとしたのですから』
その通りだ。
本末転倒な事は分かっているが、どうしてもあの忌々しいノイズとトラウマから解放されたい。それほどまでにアレは苦痛だ。
今更後には引けない。その覚悟は最初からある。先程のはカマをかけてみただけだ。
こいつに利用されるのは癪だがやってやろうじゃねぇか……!
「どうやって脱出させる?お前を捕まえているのも神様なんだろ?」
『取り敢えずさしあたっては黄道十二宮を倒して下さい。アレフ達六柱はあの怪物たちの力を使ってボクの本体を拘束しているようなので、倒していくごとに封印が弱まっていくはずです』
「なんでまたそんなシステムになってんだ?自分の力で封印すりゃいいじゃねぇか」
その方法だと最終的にはターヴを開放するつもりのように思える。
勿論人間が奴らに勝てれば、の話だが。
『ご褒美のつもり、なのでしょうね。あの方々にとっては黄道十二宮も、あなたの事も、自分達のことですら娯楽なのですよ。
ねぇ、祐次さん。死なない神にとって一番恐ろしい事ってなんだと思いますか?』
「よりにもよって死んだ人間にそれを聞くのか……。知ったこっちゃねーよ、そんな奴らのこと」
軽く自慢されたような気分だ。
あれだ。マ○オの残機の多さを自慢されているような感じ。
セレブ野郎が……っ。
『退屈、ですよ』
「はぁ?」
『いくら体が不死身だと言っても精神は不変というわけにはいきません。色んなことに少しずつ慣れて行って何にも新鮮さを感じなくなる……。それはたまらなく苦痛なのです。いえ、苦痛という感覚すら慣れて無くなっていってしまうから、厳密には違いますがね。
だから神様は人の営みを見守るのです。自分たちとは違って儚い命を必死になって燃やす、その姿をね』
なんでちょっといい感じの話になってんだよ。
その儚い命を火にくべて楽しむような真似してんのが今回の試練だろうが。
ようするに暇を持て余してるだけだろ?神だろうが人だろうが時間を持て余した奴はロクなことをしない。
「退屈を紛らわすために人を観察して、娯楽のために殺す。ターヴを開放しようとあがく俺の姿もまた娯楽、って言いたいわけか?」
『その通りです。飛んだクソ野郎ですね!』
お前が言っちゃうのかよ、それ……。
しっかし、どこもかしこも腐りきってやがるな、この世界。
さて、ターヴの話だが、勿論全部鵜呑みにする訳にはいかない。
一度俺を騙しているのだ。今回騙していないという保証はどこにもない。
ありえるのは実はターヴは神の使いでもなんでもなくて、遥か昔に封印された魔王とか魔神とかそういう存在で、封印のための12体を俺に殺させようとしている、とかそんなシナリオか。
どこのRPGだっての。
現状、当初に予定されていた通りの討伐を要求されただけだ。
本来の目的にひとつ上乗せされただけで、何か別のことを要求されたわけではない。
というか本当にさっきのシナリオなら別にこうして顔を出さなくたって、俺が勝手に奴らを倒すし世界も荒れる。警戒させるだけで意味がない。
とりあえずはこのままの路線でいいか。俺からこの分身体をどうこうできるわけでもないし、向こうから何か仕掛けてこれるようでもない。
何かとその動向にだけは注意を払っておくことにしよう。
ああ、でも世界を混乱させる意味がなくなったのか。
本当にターヴが捕まっているならそもそも意味がないし、そうでないのならむしろ世界の混乱は歓迎するところだろう。
蒔いた種は…………いいか、このままで。気ままに振舞うことはターヴを引っ張り出すことを抜きにしても俺が望んだことだ。
説明文が長買ったために2つに分けました。
いやー。漢字が多くて文章が黒く見えます……。