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待っていた者達


 召喚の儀式はすぐに中止となった。

 本来の目的を達したというのに『中止』というのもなんともおかしな話だが、それよりも重大な案件が発生したのだからしょうがない。


 試練の襲来――――――

 世界規模の変革が起きるというのに、形ばかりの儀礼しか残っていない召喚の儀式にいつまでもかけづらってはいられないのだろう。

 すぐに先程の衛兵に加えて各大陸への連絡が飛ばされる。専用の魔法具が使われるというがそれほど早い伝達速度ではないらしく、世界のどこで異変が起きているかすぐにはわからないらしい。


 召喚された少年達は以前に使っていた会議場へと案内され、今頃は世界各国の王族たちから説明を受けているはずだ。『よく来てくれた。異世界の勇者よ』とかなんとか、テンプレ通りの話がされているんだろうな。

 そちらも気になるが…………今はどうしても試練の方が気になる。


「あ、あの……ご主人様?さっきのアレは一体なんだったです……?」


「ユージーンさんの持っていた本が光っていたように見えましたが……」


「悪いが今それを説明してる暇は無い。ルイ、レリュー、それとケーラも。すぐにでも逃げられるように荷物はまとめておけ」


「え、あ、うん……」


 いつ、どこで連中が襲ってくるか分からない以上、避難の準備はしておくに越したことはない。

 まさかまさかこのタイミングで……とは思ったが、考えてみれば今この会議を襲えばそれだけでも世界は一変する。各国の要人がそろい踏みしているわけだからな。丁度、魔人や俺が狙ったように。

 ここには人が多い。少なくともこの大陸では最も大きい都市だ。タイミングの件と合わせて考えればここに『黄道十二宮』が出現する可能性は高い。


 ルイ達に避難の準備をさせておきながら、俺は俺で戦いの用意をしていた。

 拳銃型魔道具フライクーゲル

 コート型魔道具セグメント

 修復した点火球イグニッションボール専用の手袋。

 魔力補給用に充填した各種素材を収めた『ススメ』。

 それを見ながらここまでの道のりを思い出す。


 いよいよ『黄道十二宮』が動き出す。

 8年だ。

 この8年、異世界に召喚され、いつ来るかと恐れていた怪物たちがようやく。

 待ちに待った『殺し合い』が始まるんだ。心に波風が立たない訳が無い。

 どこだ……?どこに居る…………!?

 とっとと出てこい……!こちとらテメェらを殺すためにワザワザ異世界にまで引っ張り出されてんだ!

 どんな言葉で飾られようと、神の玩具オモチャに変わりはない。

 このクソくだらない試練とやらをとっとと終わらせて、俺はようやく俺の人生を始められる。ユージーン・ダリアとしての人生を始められるんだ。

 絶対に――ブッ潰してやる……!!




 そう、思っていたのだが――――………………


「なに?どこにも異変が無い?」


「そうみたいです…………」


 次の日の夜、自室でくつろいでいた俺たちに届けられたのは肩透かしの報告だった。

 放った衛兵により、異変の調査はすぐに開始された。

 あの時の夜闇を照らす光と声は大陸各地で観測され、大きな衝撃を与えていた。そのお陰で各村でもすぐに調査隊が編成され、近隣の場所に派遣されて翌日の夕方には報告が飛んできていたのだが……どこにも、何も、異変は見られなかったというのだ。


 もちろん立ち入れない場所はある。

 凶暴な魔物の巣窟や、侵入困難な高山や森林の奥深くなどだ。

 そう言った場所での調査に時間がかかるのは分かる。今来ているのは暫定的な報告なのだろうが…………。


「相手は世界に変革をもたらすような怪物だぞ?現れただけでも異変を招く可能性があるっていうのに……それは妙じゃないか?」


「確かに最上位の魔物が現れたら近くにいる動物が逃げたり、近隣一帯の動植物を食い荒らしたり、出現場所自体への影響はあるというのを聞いたことがあるです」


「でも、報告によればそう言った現象自体が観測されていないようですよ?…………他の大陸にでも出現したんじゃないでしょうか?」


「可能性としては十分にありえるが……」


 兵士から受け取った報告書を片手に困った顔をするレリュー。

 規模は世界クラスの試練だ。他の大陸にでも出現する可能性は十分にある。

 だが、召喚の儀式に合わせて行動したというのに、ワザワザそんなことをするだろうか?

 『黄道十二宮』と戦えるのは軍隊や英雄といった強力な戦闘力を持つ者だ。

 なんの力もない市民を相手にしたワンサイドゲーム……。それもそれで見ている側からしたら面白いのかもしれないが、最も興奮するのは拮抗した力を持つ者同士のぶつかり合いだろう。

 少なくとも全く勝ち目のない市民を虐殺するよりは見ごたえがあるに違いない。


 手間をかけて呼んだ英雄を放り出して、一般人を手にかける。…………そんな真似をするだろうか?


「動きが妙過ぎる…………。何か仕掛けてくるつもりか……?」


「え、えと……ユージーンさんはもしかして、世界の異変についてなにか知ってるのですか?」


 何故かレリューがそんなことを聞いてくる。

 んん?なんで今、そんな質問を投げてくるんだ?


「――――別に、特別何かを知っているわけでは無いが……」


「でもご主人様、あの『開始宣託』を聞いてすぐに行動に移しているです。いくらなんでも早すぎる気がするです」


「ああ?行動が早い、つってもまだ調査隊派遣しただけだぞ?」


「あー。ルイちゃんやレリュー様が言ってるのはそういうことじゃなくてさー」


「なんだってんだよ?」


「最初から、今回の試練が怪物の襲来だと知っていたみたいだと言うお話なのです」


 コイツは何を言ってんだ?なんか情報が食い違っているような……。

 ――――あ!?

 しくじった……!そういうことか!

 神の試練は具体的に何だ、という話はされていない。宣託にあったのは『星座の名を冠した12の試練』という情報だけ。

 地震や洪水などの天変地異かもしれない。そういった可能性を最初から排除して動いているのは…………ターヴから情報を受け取っていた俺だけだ……!


「はっきり『怪物』と言い切ってましたし、そういえば召喚の儀の時もいつも持っている本が光っていたみたいですし…………」


「戦う準備しているみたいですが、その怪物と戦うつもりなのです?そういえば、そもそもいくら大貴族の息子だからといって魔人と炎龍を同時に相手取ることなんてできる訳ないです」


「うぐ…………」


古代遺物アーティファクトもいっぱい持ってるしさ。かと言って遺物だけの強さってわけでもないみたい。その辺どうなのかなぁー?ね、チャルナちゃん何か知らない?」


「うにゃー?」


 疑惑の目がこちらに向けられている。

 ドラゴン討伐が終わった頃からたまに何か聞きたげな視線を向けられることはあったが、気を遣っていたのか直接訊いてくる事は無かった。

 今回の一連の怪しい行動で、一線を超えて聞いてくるようになってしまったか。

 マズイな…………。ここで誤魔化しても上手くいくのだろうか。一度誤魔化されている以上、向こうも警戒しているだろうし。

 いや、そもそもススメのことはなんと言って誤魔化す?『召喚された英雄とは全く関係ない』などといっても、あの場面を見られているのなら無駄に終わる。


「「「じーっ」」」


「うにゃー?」


「く…………」


 全て喋ってしまおうか?

 いや、待て。ケーラは後ろでコネホが糸を引いている。間違いなく報告されて伝わってしまうだろう。

 レリューにしても、あれだけ王族としての責務を果たそうとしていたコイツのことだ。他の国へのアドバンテージを得るために、父親に話してしまうかもしれない。

 例えこいつらに悪意が無くても、その後ろに繋がる者達がそうとは限らない。あるいは悪意が無くても利益の為なら探りを入れてくることも有るかもしれない。


「…………」


 話せない。

 迂闊に情報を漏らせばどうなるのか分からない。

 転生した人間がいる、となれば世界に混乱を与えられるかもしれないが、余計な情報漏洩は俺の活動に支障をきたすかもしれない。弱みになり得るような情報は極力絞ったほうがいい。

 だから――――


「…………以前、そういう内容を記した魔道具を発掘してな。あの本がそれだ。詳しくは話せないが神に関する遺跡だった。それが英雄の持っていた何かと共鳴したらしいな」


 適当にでっち上げる事にした。


「……それが本当だとしても、ご主人様の強さの説明にはなっていないです」


「悪いがそっちは企業秘密だ。俺はこの力で食ってかなくちゃいけないんでな。そうそう他人に秘密を打ち明けられん」


「きぎょー秘密ってなんですか?」


「………………。ウチの秘伝、みたいな意味だ」


「ああ、武家の秘伝の修行法、みたいな?」


「そうだ」


 威厳たっぷりに重々しく頷いてやる。

 レリューは素直に感心している。ケーラはこれで報告することが出来た、みたいなドヤ顔をしている。チャルナは…………そもそも疑問を持っているかどうか。呑気な顔をしてやがる。

 問題はルイか。


「うさんくさいです」


 これだよ。

 仮とはいえ主に対して疑念を抱くとは、護衛の風上にも置けんヤツだな。


「これ以上聞かれても、答えられることなど無いぞ。ほら、諦めてとっとと寝ろ」


「うぅーー」


 ま、どうせルイは後であの召喚された英雄たちの誰かに預けるつもりだ。疑念を抱いていても引き離されたら追求もできまい。

 幸い男女どちらも揃っている。男に惚れてついていくもよし、身の安全をとって女の方についていくもよし。どうとでもできる。

 恨めしげな視線を向けてくるルイを追い払い、ついでに他の連中も寝床に追いやった。




 さて、それにしても『黄道十二宮』が現れていないというのはどういうことだ?

 さっきも考えたが、何か裏があるのだろうか?

 魔法の光が照らす室内で、ススメを片手にそんなことを考える。

 そもそも猶予が数年とはどういうことだ。俺がドラゴンの宝珠を手に入れなかったら、子供のままで戦うハメになっていただろうが。

 こんな時にターヴの野郎が居たらすぐに問い詰めてやるんだが…………。あのクソカタカナ野郎め。


 ――――呼びましたか?


「ッ!?」


 今、どこからか声が……!?

 辺りを見回しても誰もいない。

 あれか?今あなたの心に直接話しかけています、とかそういう感じか!?

 そんなことを考えた時、ススメが淡く光っているのに気がついた。


「…………まさか、これか?」


 ススメが俺の手の中からひとりでに宙に浮き、滑るように空中を移動して机の上に落ちる。そのまま勝手にページがめくれていく。

 今更こんなことで驚きはしないが、あの声は……!

 ツバを飲み込んでススメに歩み寄る。

 何も書かれていないページにじわりと文字が滲んで――――


『――――お久しぶりですね、祐次さん』


 ………………そんな言葉を綴った。


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