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勇者召喚

 一時間後にもう一話更新する予定です。

 よろしければそちらもどうぞ。


「――――8年前、私たち聖女教会の巫女たる『託宣者トーカー』へと、天上にお隠れになられた神々より神託が降された」


 厳しい装飾に彩られた服を着た男が、朗々と居並ぶ王族たちの前で声を上げている。

 その背後には血を薄めたような色合いの、透き通ったクリスタルが浮かんでいる。

 そのクリスタルの大きさは少なくとも演説を行っている男よりも一回り大きい。


 巨大なブラッドクリスタル――――

 それが英雄召喚に使われる『神様からの贈り物』だ。

 広い世界の中でも限られた鉱脈からしか発掘されない貴重なもの…………しかもあれだけの大きさとなれば、その価値は天文学的なものになるだろう。


「『世界に試練を与えよう。停滞せし世界は緩やかな滅びへと繋がらん。故に試練を与えよう。停滞に囚われぬように、我が愛しき子らに試練を与えよう』」


 そのクリスタルが6つ、何にも支えられぬままに空中に浮いていた。

 床に刻まれた魔方陣の六芒星の頂点にそれぞれ配置されたそれには、精緻な筆致で文字が刻まれている。

 クリスタルはシャンデリアからの光を反射させ、その神秘的な薄紅色の輝きを見上げる聴衆へと振り撒いて、これから始まる神聖な儀式への期待を盛り上げていた。


「『星にかたどりし座の名を与え、試練を汝らの元へと向かわせん。世に満ちし愛しき子らよ、この試練を乗り越えよ。

 夢々忘れることなかれ。試練は12。屈することあらば世界の理は覆らん――――』」


 大げさな身振り手振りで語られる内容に、聞いている方は縋るような視線で見上げている。

 その視線は演説をする男を透過してその背後のクリスタルへと注がれている。


「『汝らは弱く、小さい。その脆弱さを補い導かんがため、――――――異世界より呼び招きし英雄を遣わさんッ!』」


「おおっ!」「英雄様ッ!神より遣わされし英雄様ッ!」

「どうか我らをお助けくださいッ!」「救いを!どうか救いを!」


 芝居がかった口調で教会の男が背後のクリスタルを示すと面白いくらい反応が返ってくる。


 ――――というかアレは演技でやってるやつが何人か混じっているな。サクラか?

 ため息を吐いて視線を演説打っている連中から外すと、望翠殿の外で焚かれている篝火の光が目に入る。

 目に痛いほど煌びやかな望翠殿の中と比べると、外の暗闇に浮かぶ炎は不思議と落ち着くような暖かさを感じた。恐らくあの光の下には新たな英雄の召喚を、今か今かと待ち望んでいる民衆がひしめいているはずだ。

 外気温25度以上の熱帯夜だというのに、外でも中でも気温以上の熱気が渦巻いているようだ。




 今まさに英雄召喚の儀式が行われようとしているこの場所は、望翠殿の中にある祭儀場だ。壁には歴代の英雄の彫刻が刻まれ、あちこちに飾られた花々が無機質な美術品に『生』の暖かさを与える。

 それに負けぬようにと、世界各国の王族がそれぞれの国から持ち寄った服で自己を主張する。

 そんな場所の一番奥で、巨大なクリスタルがそびえ立つ。

 宗教儀式の為の厳かな空間――――。

 ……というにはいささか装飾過剰な気もするが。




 段の上に登り、声を張り上げている男は聖女教会の高位神官だ。

 聖女教会は『神』や『英雄』といった分野に関しては、他の信仰よりも抜きん出たものがある。その存在は世界の英雄信仰からしても異質で突出している。

 というのも、『すべて英雄は神から遣わされた選ばれし者であり、神の代弁者たる聖女に帰属する』という教えがあるからだ。


 まるで神様を信じているかのような教えだが、実はこれは違う。これでも聖女信仰は『神への信仰』ではなく、『英雄信仰』の一部だ。

 そもそも神を信じていたのは当の聖女であり、残りの教会信者たちは『神を信じる聖女』を信仰しているのだ。


 聖女の教えに従い、すべての英雄は聖女の下と扱われる。

 この分野に関しては聖女教会が幅を利かせている。そしてその活動の本拠地となるのが――――――


「――――なーにムツかしい顔してるのよ?お偉方が皆見てるわよ?」


「…………リツィオか。ちと考え事をな」


 いつの間にか深く掘り下げていた思考を、横に居たリツィオの声が引き戻す。

 ああ、ダメだな。思考があっちこっちに飛んで落ち着かない。

 いや、落ち着かないから思考が飛ぶのか?


「ほら、いい加減チャルナちゃん達が暇そうにしているから迎えに行ってあげなさい」


 俺たちがいる席は王侯貴族の座る貴賓席だ。豪勢な椅子でクッションもかなり高級な物を用意してある。

 チャルナ達が座るにはちと格式が高いので、あいつらは後方の離れた席をあてがわせてある。貴賓席が個別なのに対して、チャルナ達のような参列者(お供の貴族や各護衛隊の隊長用)には、教会で使われているような長椅子だ。

 最初のうちは物珍しそうに辺りを見回していたが、今は暇なのかじゃれあっているようだ。厳つい大人たちの中で子供が騒いでいるのはかなり目立つ。


「落ち着かない連中だな……。だが、今はいい。そのうちおとなしくなるだろう」


「どうして?」


「ぼちぼちあのクソ坊主の長い説教が終わるからだ」


「――――そしてッ!神が私たちに恵んでくださった古代遺物アーティファクトによって!今ッ!ここにッ!異世界からこの試練に於いて我らを導いてくださる英雄を召喚するッッッ!」


『オオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォッッ!!!』


 いつの間にやら熱を帯びていた演説に聴衆が呼応して叫び声を上げる。

 ったく、いつまでも大して代わり映えのしない演説をもったいぶって長々としやがって。

 そう悪態を吐くと同時に、室内の照明が落ちる。恐らく魔法で火を落としたのだろう。途端に視界が暗闇で染まる。


 ざわつく観衆を驚かせるように、突如赤い光が暗闇を照らす。

 小さな悲鳴の後に続いたのは、大きな感嘆のため息だった。

 赤い光を放っているのはクリスタルだ。

 先ほどまでシャンデリアのロウソクの明かりを受けて輝いていたクリスタルは、自ら発光しながら回転を始める。

 回転が早まるほど刻まれた文字から光が振りまかれる。

 巨大な宝石が…………宝石以上の輝きを放つ石が6つ、完全に同期した動きで回転しているのは異様で、しかし同時に非現実的な魅力でもって見るものを釘付けにする。とても幻想的な美しい光景だった。


「綺麗…………」


「ああ。…………。――――来るぞ」


 魔力ではない、何か未知の力が辺り一帯に満ちていくのを感じる。

 いよいよか…………!

 光が明滅を始め、それに呼応するかのように床の魔法陣も明滅する。

 散らされていく力場がはち切れそうな緊張感を感じるほどに高まる。


 そして――――――――――!


 膨らみ続ける圧力に耐えかねたかのように光の爆発が起こり、会場を飲み込んだ!


「――――――ッ!!!」


「きゃあッ!?」


 実際には何も爆発していないというのに、顔の前でかざした手のひらにぶつかってくる力を感じる。

 耳鳴りのような残響がかき鳴らされて心を揺らす。


 その圧力と耳鳴りが収まった頃には、辺りはシンと静まり返っていた。

 なんだったんだ、今のは……?


「あ……、アレが…………英雄…………!」


 一足先に我に返った誰かの言葉が耳に入る。

 その声に伏せていた顔を上げて壇上に目を向けた。

 クリスタルがあった場所に人影が…………いた。

 4つ・・の人影が。

 こくりと生唾を飲み込んでその人物に注目する――――――。


 ――――それよりも早く。


「なッ!?」


 外に広がっていたはずの闇が眩い光で照らされて、昼間と変わらない…………いや、昼よりも明るい世界が、そこに広がっていた。

 いったい、なんだってんだ?

 困惑する心に追い討ちをかけるかのように――世界が震えた。


『かくて駒は盤上に揃えり!世に満ちし愛しき子らよ!これより試練を始める!』


 大音声が鳴り響く。

 声の発生源は…………空だ。空の向こうから強大な威圧を伴った声が降ってくる。

 ビリビリと全身が震えた。立っていられずに誰もが床にヘタリこみ、椅子にすがりついて天を仰ぐ。

 俺も例外ではない。

 く…………ッ!これが…………神の啓示ってヤツか……!?

 それにしても『試練を始める』ってことは今回の英雄召喚でようやく自分たちが目をつけた連中を送り込んで、いよいよ『黄道十二宮』を動かし始める、ということか……?


「衛兵ッ!!至急各地に伝令を飛ばせッ!!斥候や偵察部隊を出して辺り一帯を捜索!平時では見かけない魔物や、異常があればすぐに報告をさせろ!」


「は、はッ!」


 怒鳴り声を上げて命令をすると、動揺を引きずりながらも扉の方へと走っていく。

 既に空の発光現象は収まり、あの声も聞こえない。

 怒鳴り声で正気を取り戻した参列者たちが一拍遅れてざわつき始めた。




 混乱する儀式場の中、俺はとある一点をずっと見つめ続けていた。

 先ほどまでクリスタルのあった場所――――そこにいる召喚者達に。


「な、なにが起きてるんだ、いったい…………!?」


 左端に居る、メガネをかけた痩せぎすの男。

 典型的なアジア人らしく、黒髪に黒目、日に焼けていない黄色い肌だ。

 彼は気弱そうな顔を不安で曇らせてオドオドと辺りを見回している。

 高校生くらいだろうか?全く強そうには見えない。


「なーんだか面白そうなトコじゃん?」


 その横で軽薄そうな笑みを浮かべて、頭の後ろで手を組んでいるのは金髪の西洋の血を感じさせる容貌の男。

 こちらもまた先程の男と同じくらいの年だ。だが、こちらの方は動揺どころかこの状況を楽しんでいるような雰囲気すらある。


「ほー…………」


 興味深そうに辺りを見回しているのは、褐色の少女。

 リツィオのように生まれついての肌の色ではなく、よく日焼けした活動的な印象のある肌の、これまた高校生くらいの少女だ。

 クリクリとよく動く目が動揺する会場を映している。一見するとただの少女なのだが、その額には人間ではないことを示すかのように、白い角が生えていた。


 そして最後に――――


「ど、どこなんでしょう、ここは…………?」


 右端に居る少女。

 他の3人と比べてもそれほど特徴のない少女だ。

 アジア人らしい顔立ち。ポニーテールに結んである黒髪。

 容姿も反応も普通。

 ただそれだけで、特筆すべきことなどない。

 ない、はずなのだが…………。


 なんだ?なぜ俺は………………あの子のことが妙に気になる?

 視線が――――離れない。外せない。

 吸い込まれたかのように彼女を観察し続ける。

 まさかこの歳で一目惚れでもしたのか?こんな逼迫した状況で?

 そんなわけがない。クソッ…………!頭が回らない!混乱してるのか?


 頬を一度叩いて無理やり視線を外すと、改めて彼らを観察した。

 年の頃は全員同じ、高校生くらいだ。こうやって見てみても、彼らが世界を救う英雄だとはとても思えない。

 転生する際にターヴが言っていたように、世界の移動はとても困難なはずだ。それでも送り込んできたというのなら、強いはずなのだが…………。

 いや、それを言うならこの場に4人もいるということがおかしいのか。


「ゆッ、ユー君……!そ、それ…………ッ!」


「ああ?」


 隣のリツィオが叫び声を上げるのでその視線の先を見ると、俺の右手が輝きに包まれてゆっくりと持ち上がるところだった。


「うわッ!?」


「なんだコレ!?」


「うひゃあッ!?」


「きゃッ!?」


 それと同時に壇上の4人にも変化が起こる。

 俺と同じように右手が光を発して持ち上がったのだ。


 そして――――…………。


 その輝きの中に宿る何か・・が一際大きく脈打つように光り、ゆっくりと手の中へと沈んでいった。


 次から次へと…………!なんだってんだ!?

 俺の手から現れたのは『ススメ』だった。 

 ターヴに与えられたそれが、俺の意思とは無関係に現れて、そして勝手に消えた。

 ならば……あの召喚された連中にも、何か宿っているということか?

 呼応するように輝いていたことを考えると、そう考えるのが一番妥当だ。

 あいにく、あいつらに何が宿っているかまでは、輝きが眩しくて確認できなかったが。


「い、今のは……?」


「さぁね?向こうの人も何か知ってるわけじゃなさそうだし」


 壇上の奴らがこちらを……俺を見ている。

 当たり前か。今の不可思議現象の当事者だ。目を引かないわけがない。


「………………」


 混乱する議場。右往左往する人々。

 その只中で、俺たちは視線を交わしあっていた。


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