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あきらめ

 ふぅ……。ようやく時間をとることができました。

 これから徐々に『夏の大陸・勇者編』へと移行していきます。


 さて、最低限のマナー、と息巻いてみたが。


「そもそも俺、その最低限のマナーすら知らねぇな……」


「じゃあなんでこんな真似させたです!?」


 机の前で行儀よく座らさせられたルイが叫ぶ。その机の上にはまだ湯気が上るスープが置いてあった。

 とりあえずマナーを教えるなら、と用意したものだが…………。


「ユージーンさんは貴族……ですよね?どうしてマナーを?」


「あー……。ウチは代々武家の家柄だったもんで。そういう事を覚える前に剣の扱いを先に覚えさせられるからな。マナーは二の次で学校で教わってこいと言うのが方針だ」


「……。いくらなんでも大雑把過ぎやしませんか?」


 そうは言ってもなー。

 『スプーンで敵が倒せるか?』とか言いそうなあの親父にマナーを聞くのもな。

 そして難なく倒しそうなあの親父に聞いてもな……。


「家じゃどんな風に食べてたの?」


「最低限大きな音をたてなければいい、というだけだったな。レリュー、お前の家じゃどうだ?」


「それなりの決まりはありますけど……私たちの生活空間は水の中なので、今回はお役にたてないと思います」


「ふむ。まいったな……」


「考え込まなくても良いからコレ解いて下さい!あいたたたたたっ!痛いですー!」


 叫ぶルイの肌には黒い縄状の物が食い込んでいる。それがイスとルイの体を縛り付けて離さない。

 というか俺のコート型魔道具セグメントだ。


「マナー違反したら食い込むって言っておいただろうに」


「今しがた『マナーを知らない』と言ったクセに!?コレ完全にご主人様が手動で動かしてるですよね!?」


「あーほら。叫ぶから余計に締まっていくぞ?」


「イタタタタッ!な、なんでルイばっかりこんなにキツくしてるのです!?」


 メシ食うときは静かにするもんだろ。

 さて、まいったな……。


「そッ、そもそも!なんでルイが歓迎会になんて参加しなければいけないですッ!?ご主人様とレリュー様だけでもいいはずですッ!」


「いやぁー、俺たちが華々しく社交界デビューしている陰で、お前らが寂しく飯食ってると思うと、悲しくて悲しくて」


「絶対嘘ですッ!悪巧みしてる盗賊でも、もっとマシな顔してるです!」


 勿論嘘だ。

 あんなところに俺を放り込んでみろ。遠巻きに観察する奴とやたら媚びを売るやつで絶対に落ち着かなくなるわ。

 こいつらを連れて行くのは好奇と畏怖の視線からの緩衝材になってもらうからだ。そして弾除けはあればあるほどいい。


「そもそもさー。世界各国の国の人がいるわけじゃん?それぞれ食材も作法も違うのに、みんな一律で同じマナーっていうのは無理じゃない?」


「…………考えてみればそれもそうだな……。なら最低限、丁寧な動作で尊敬の気持ちを表せればいいか。いいところに気がついた。ナイスだケーラ」


「あはは。ほら、ウチのお店が回るのって色んな種族の村だからさ、細かいトコロでいちいちマナーを変えてたらエライ事になるなーって思ってさ」


「『丁寧な動作』とか『尊敬の気持ち』とか、ご主人様には無いからどっちにしろ教えようが無……イタタタタタ!ごめッ、ごめんなさいですー!」


「せっかくお前の主人に丁度良さそうな奴が来るんだから、もうちょっと謙虚にしろよー?」


 今回無理にでもルイを歓迎会に放り込む理由がコレだ。王族だろうが英雄だろうがここでコネを作っておけば念願の護衛の仕事につける。

 いつまでも俺の下で研修のような真似をさせていられない。

 こいつの就職にはまたとないチャンスなんだから、もっと貪欲に今回のイベントを活用しろよな。


「………………」


 俺が呆れ気味にそう言うと、ルイはそれまで悲鳴を上げていた口を閉ざして悲しそうに俯いた。


「あ?どうした。むっつり黙り込んで?」


「ご、ご主人様は……その……ルイを――――」


「――――取り込み中、失礼する」


 ルイのセリフを遮って現れたのは、表で見張りをしているはずの兵士だった。

 昨日まで滅多なことがなければこちらに干渉して来なかった兵士が、俺を呼んでいる……?なんだってんだ、いったい?


「貴さ…………ダリア様に来客だ。…………来客です」


「…………そんな無理して敬うポーズ取らなくてもいいぞ?」


「そういう訳にはいかん。……いきません」


 硬っ苦しいヤツだな……。


「で、誰が来たって?」


「外を警備中の兵士です」


「特に約束はしていないはずだが……。ルイ。言いたいことがあれば今のうちに聞いておくぞ?」


「…………」


 水を差されたせいでしゃべるつもりがなくなったのか、ルイは口を噤んだままだ。

 気にはなるが仕方ない。兵士の方に行ってみるか。






「あ、お待ちしてたッスよー」


「…………なんだそりゃ……」


 さて、俺のことを訪ねてきた兵士に連れられて、望翠殿からほど近い水辺の酒場に行ってみると、そこでは大勢の兵士が酒盛りをしていた。店の中には水路が巡らされており、そこから人魚族の兵士も顔を覗かせている。普通に立って飲んでいる兵には獣人が多い。

 一応、レリューやルイ達も連れて来たが、なるべく女子供には近寄らせたくない雰囲気の場所だ。

 そんな場所で警戒心も露わに辺りを見回していると、いつぞやの人魚族の兵士が呑気にコップを掲げて出迎えてくれる。


「俺を呼んだのはお前か?」


「はい!そうッス!ダリア様の詮議も終わったので、改めてお祝いをしなくちゃと思ったもんで。一ヶ月遅れでレリュー様の無事とダリア様の慰労を兼ねて宴会に招待したッスよ!」


「お前……一応レリューも王族なんだからこんなとこで飲み食いさせていいのかよ?」


「『こんなとこ』で悪かったね、にぃちゃん……」


 酒場のマスターらしき男がカウンターの向こうから睨んでくるが、自分でもここで王族を迎えるには格が足りないと思っているのか、すぐに目を伏せてグラスを磨き始める。


「いやー、こちらとしてもこんなところに英雄であるダリア様と王族のレリュー様をお招きするのは畏れ多かったんスけど……。カンタンテ王が……」


「お父様が……?」


 父親の名前が出て、フードを被っていたレリューが声を上げた。

 仮にも王族がホイホイ外を出歩くのは非常にまずいので、変装させて連れ出したのだ。ちなみに輝石の力で人化済みだ。


「おっと!そちらにいらしたのは王女様でしたか。ご無礼をお許し下さい」


「それよりもお父様がどうしたのですか?」


「ええと……ここのところ堅苦しい場所で閉じこもりきりだったので、羽を伸ばせるようにしてくれ、とのことで」


「で、ここか。ちっとも羽を伸ばせるような場所と状況じゃない気がするが」


 荒くれどもが集まって酒気を帯びている上に、その一部は自分の臣下なのだ。

 こんな所で気が休まるとはとても思えない。


「え?でもたまにお忍びで来られるッスよ、カンタンテ王は」


 何してんだあのおっさん。


「安全に関しては問題ありませんて。これだけ兵士がいるところで何かしようとしたらすぐに袋叩きにあうッスよ。他国の兵もいるんで簡単に国際問題にりますし」


「ホントかよ……」


「え、えと、私は問題ないですよ?」


「お前は飯を食いたいだけだろうが」


 これだけ人が多いと警戒対象を絞りきれない。それに料理に何か混ぜられないとも限らない。国際問題にはなるだろうが、むしろそれを利用して何か策を講じられたりすると可能性もある。


「ご主人様、大丈夫なのです。ルイがレリュー様をお守りするです」


「マスター……、ごはん……」


「ま、酔った男の人のあしらいなら任せてよ。ついでにお店の宣伝しておきたいしー」


 どいつもコイツも……まったく。


「…………勝手にしろ。ただし、酒は飲むなよ」


「「「「はぁーい!!」」」」


 元気に返事してそれぞれ料理を頼みはじめる4人を呆れた目で見送って、俺は人魚の兵士の方に向き直った。


「場末の酒場で飲み食いなんていくらなんでも気楽すぎるだろう。王族だぞ?王族」


「いやー、ホントに恐れおおいッスねー。あ、コレどうぞー」


「お、どうも」


 差し出されたのはいかにも酒のツマミといった感じの干し肉だ。

 夏の大陸の食事は基本的に味付けが濃い。照りつける殺人的な陽射しと熱気に耐える為だろうが、香辛料がふんだんに使われている物が多い。

 春の大陸の淡白な味付けを食べ慣れた身にはキツいだろうが、流石に一年近くも旅をしていれば慣れてくる。

 口に入れた端から舌に強烈なインパクトを与える干し肉を、さらに横から差し出されたジョッキの水で押し流した。

 何かを混ぜてあるのか、後味がすっとする。


「おお、いい飲みっぷりじゃねぁか。英雄様は意外とイケるクチだね!」


「あ、コレ酒だったのか?水かと思った」


「はっはっは!言うじゃねーか!おいマスター!もっとキツいヤツ頼むよ!」


 それまでこちらを伺うように遠巻きにしていた連中が、俺が酒をあおったのを見て擦り寄ってきた。

 それにしても……酒ってこんな味だったか?

 匂いは…………うげっ。コンビニとかで売ってる発泡酒なんて目じゃないくらいのアルコール臭がする。こんなもん飲んだら一発で酔うわ。


「はいよ。まだ成人してるかどうか位の子供がよく潰れねーな」


「はっはっは!なんたってあの英雄様だからな。おっとマスター、このことは秘密な」


「今日は貸切だし俺が聞き流せば問題ないよ」


 酒場のマスターは酔った客の戯言か何かだと思っているらしく軽く流す。

 差し出された酒をまた喉の奥に押し流すが、全くアルコールを飲んでいるという気がしない。変な味付けの水を飲んでいるような感じだ。

 身体機能上昇の効果でも無駄に発揮されているんだろうか。

 ま、俺の飲みっぷりを見て兵士の方が便乗して飲み比べをして盛り上がっているからいいか。


「ありがとよ、英雄さんよ。こうして生きていられるのはアンタのおかげだ」


「そうそう。まさかこんなとこで魔人と炎龍を見ることになるなんて思いもしなかった」


「それを目にして生きてるってのがまだ信じられん」


 まだ酒で正気を失わずにこちらに話しかけてくる兵士達。

 口々に礼を言ってくるが…………なんだろうな?思っていたよりもフレンドリーな印象だ。

 いや、別に全員が全員、そこの人魚兵のようにへりくだれと言ってるわけじゃない。

 じゃないが…………なんだ?何か違和感がある。


「…………お前ら、俺が魔人の協力者だと疑ってないのか?」


「そんなもん、本気にしてんのは上の中でも一部だろ?」


「あんだけスゲーもん見せられてまだ疑うってんだから、お上の頭の硬さは生半可じゃねーな」


「ぶはは!炎龍の巨体が空飛んでんだもんな!」


「まぁーったく。あんなことできるんだから英雄ってのはすげーな!俺らが百人いても真似できねー!」


 人の活躍を肴にして豪快に酒を飲み干してく兵士達。

 酒場を見渡してみても、俺に懐疑的な視線を向ける者はいない。敵対的な視線を送る者も。


 徐々に。

 ほんの少しずつ、周りの言葉が異国の言葉に変わっていくような……意志の疎通が取れなくなっていくような奇妙な違和感。この空間にはあるべき何かが欠落しているようなそんな気がしてならない。

 …………なんだ?なんで俺はこんな違和感を感じている?何がおかしいんだ?


 口々に人のことを褒めそやす兵士たちの目には、こちらに媚びるような下心は感じられない。誰かが腹に一物抱えて近づいてきているわけではない。それぞれが好き勝手に飲み食いをしていてこちらに来るのは物好きな連中ばかりだ。

 だが、俺の名前……『英雄』という言葉が話題に上がる時、その目に浮かんでいるのは喜怒哀楽とはまったく別の感情だ。


 あれは………………なんだ?

 全員が全員、笑いながら、怒鳴りながら、その陰に共通してチラつかせる物は……。


 …………。

 ……………………。

 ……………………――――――『あきらめ』、か?




「なぁーに小難しい顔してるッスか!今日はお祝いなんだから、もっと楽しそうに飲むのが礼儀ってもんッスよ!」


「ん……。ああ、そうだな。今日は存分に楽しませてもらおう」


 しばらく黙り込んで思考の海に埋没していた俺を、人魚兵の声が引き戻す。

 …………あまり考えていてもしょうがないか。

 コイツの……じゃなかった。カンタンテ王の言っていたとおり、部屋に閉じこもりきりでストレスが溜まっている。この機会に発散させておくのも悪くない。ああ、悪くない。

 幸い、例のレリューのフィギアで儲けた金がいくらかある。それをチャージした記録板カードを差し出して酒を頼んだ。


「マスター。この金で適当な酒でも全員に振舞ってくれ。俺のオゴリだ」


「ひゅーっ!さっすが!英雄様は話の分かるお人だ!」


「マスター!一番いいのを頼む!」


「いくらなんでもタダ酒で飲ますには足りねーな。在庫量もそれほどねーから……そうだな、おい!こいつで近くの酒屋まで行って追加で注文してこい!」


 すぐに換金されたコインを持って、店の丁稚をしていた子供が走っていく。

 少々痛い出費だが、たまにはパーっと使わないと気晴らしもできない。こういうときにでも使っておくべきだ。

 届いた酒を片端から開けて騒ぐ兵士たちを横目に、俺はテーブルの上の料理に手を出していった。


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