しがらみ
ふぅ……やれやれ。まる一ヶ月もかけてようやく結論を出したか。随分長らく待たされたもんだ。
だが、それもこれからのことを考えれば決して無駄ではない時間だった。
俺が、というのではなく世間一般に対して。
時おりチャルナやルイを偵察に放って調査させた結果、かなり噂の『英雄』に対する関心は高まっている。何も発表が無いままに焦らしに焦らされた結果だ。
宣伝が広まれば広まるほど、理想と現実の差があればあるほど混乱は大きくなるからな。都合が良い。
会議の結果を知らされた他はこれからの処遇と行事の日程を聞かされただけだったのですぐに解放された。おかげで日の光が差し込む廊下を悠々と歩くことができる。
今まではだいたい夜に会議が終わってから出歩くか、一日部屋に閉じこもったるかのどちらかだったからな。陽光が目に沁みる……。
「――――随分とご機嫌のようだのう。ユージーンよ」
背後からかけられた聞き覚えのある声に振り返ると、煌びやかな衣装を身につけた壮年の男性がお供を連れて立っているのが目に入る。
うげっ……。このタイミングで会うのか……。
そこにいたのは春の大陸のアルフメート国の国王…………つまり俺の出身国の一番お偉い人だった。
「ご、ご無沙汰しております。陛下」
「ああ、随分と久しぶりのように感じるな。ちぃと見ない間に大きく成長しおって。見違えるようだのう」
慌てて臣下の礼を取りながら、内心冷や汗を流す。
マズったな…………いつかは顔を合わせなくちゃいけないとは思っていたが、今この時になるとは思いもしなかった。
今回の騒動、俺以外で最も会議の結果に気を揉んだのは間違いなく目の前に居るアルフメート王だろう。
俺が英雄ということになれば『英雄を輩出した国』として周辺国を牽制できる。だが同時に国内のパワーバランスに大きな狂いが生じることになる。ダリア家に権力が集中することになるから、ますます御輿として担ぎ出す価値が大きくなるのだから。
逆に魔人の協力者となればそれはそれでまずいことになる。
世界各国の王族の集合地点に大規模なテロを仕掛けた者の出身国…………まず良いイメージは持たれない。それどころか俺が海外渡航許可証を持っているのを切り口に、『テロ支援国家』のようなやっかみを持たれかねない。
もちろんそんな証拠は無い。
だが、ちょっと前まで戦争してた連中が近くにいるのだ。政治的な弱みとして活用される可能性も十分ある。
どちらに転んでも頭を悩ませる種になっていたのは間違いない。
自国の者を人類の敵とする訳にはいかないだろうから、迎合派として動いてくれていたが、その内心は俺に対する不信感でいっぱいのはずだ。
なにせ国でスパイ騒ぎを起こしておいて、その一年後にまたこの騒ぎだ。
しかもかなり奇異な活躍の仕方。
身長は伸びるわ王族を罵倒するわ、一度しか使えない(という設定だったはずの)『天を裂く大魔法』でドラゴンを倒すわ…………。
恐らく俺が出国する為に言った言葉も出任せだとバレているのだろうな……。
「申し訳ありません陛下。本来なら最も最初にご挨拶に伺わなければいけなかったのですが…………」
「ああ、よいよい。そちらの事情は理解しておる。迂闊に会いに来たりすればむしろ怒鳴って追い返すところだったわい」
「お気遣い頂きありがとうござます」
会いに行けなかった、というのは本当だ。理由はリツィオの時と同じくあらぬ疑いを避けるため。
それは向こうも分かっているのだろう。表情は穏やかだ。…………まだ、な。
「さて、ユージーンよ」
「はっ」
「諸々聞きたいことはある。そちらもあるだろうが…………」
あ、いえ、俺は無いッス。全力でトンズラこきたい気持ちでいっぱいッス。
「ひとつだけ問いたい」
「…………自分に答えられる範囲であれば、何なりと」
「――――お主は誰の為に動いておる……?」
「………………」
表情は変わらず穏やかだ。
だが目が笑っていない。
今こうして沈黙している間も、細めた瞼の間から冷静にこちらを見つめてくる。
…………リツィオのお陰でこうした視線にも慣れたものだな。まったく、嫌な経験値ばかり溜まっていきやがる。
「――――無論、己のために、です」
「…………ほぉ、正直じゃな」
「正直は美徳ですゆえ」
「とてもそんな信条を持っているようには見えぬがのう。反応を見た限り嘘をついているわけではなさそうじゃな」
疑われているのは百も承知だ。
だからこそある程度は腹を割って話さなければいけない。
「ここで白々しく嘘を吐くようなら強制的に国元に連れ帰るつもりだったがのう」
「まさか。私が陛下に嘘を言うわけがないでしょう」
「さっそく嘘をほざきおって。帰りたいのか?」
「冗談です」
「いいや、連れ帰って親の前に引っ立ててやらんと気が済まぬわい」
そう言って呵呵と笑うアルフメート王。
嘘をつかれた事、やっぱり根に持っているようだ。いや、こうして茶化してくれている辺り、そうでもないのか……?
一番気になるのは『連れ帰る』という言葉か。
暗にそれができるということを示唆しているのだろうが…………それがどんな方法なのかまでは流石に分からない。警戒の段階をひとつ上げておこう。
「今日はあまり立ち入ったことまでは聞かぬがのう。道を踏み外せば国に帰れなくなること、ゆめゆめ忘れるでないぞ?」
「――はっ。心に刻んでおきます」
耳に痛い言葉だが、それに従うことはできないだろうな。
護衛を連れて遠ざかっていくその背中にこっそりと謝罪の言葉を投げかけておく。あまり誠意は無いが、一応。
やれやれ……。一番面倒なのが出てきやがったな。
向こうは王家。それも俺の実家が仕えるアルフメート王家だ。
迂闊に手を出せば俺がしでかしたことがダリア家にダイレクトに伝わってしまう。それどころかダリア家自体に何らかの制裁が下されるかもしれない。さっきのはそう言う意味での釘刺しだったんだろう。
俺のやろうとしていることが露呈すれば、家に帰れなくなるどころでは済まない話なんだが、それとは別に俺のやったことで家に迷惑をかけるのはあまり気分の良いものではない。
「………………。精々バレないようにやりますかね……」
世界を混乱に陥れようと思っている悪役が、自分の国の平穏すら乱せないとはなんとも情けない話だ。
バレなきゃ良いんだよ。バレなきゃ。裏からこっそり争いの種を蒔いておけば、俺が何もしなくても勝手に芽を出していく状況にすれば問題ない。
英雄と世界の混乱。
その両立の道にはしがらみのイバラが蔦を這わせ始めていた――――。
「ただいま――――――――おっと」
部屋の扉を開けた途端、こちらめがけて飛来する物を視認し、咄嗟に手で掴み取る。
何だこりゃ……?果物ナイフか?
「おいおい。危ねぇーだろうが。人に当たったらどうする」
「平然とナイフを掴み取ってる人が言うセリフじゃないですッ!」
部屋の中で仁王立ちしているのは、全身から不機嫌さを滲ませているルイだ。以前のおめかしがまだ後を引いているらしく、時たまこうして直接攻撃に出てくるようになった。
料理にタバスコを入れたり、階段で足を引っ掛けてきたり、頭上から荷物を落としてみたり、落とし穴にハメられて上から土を被せてきたり――――――
あれ?なんか日を追うごとに危険度が跳ね上がっていってるような…………。
ちなみに今の今まで怪我ひとつなくピンピンしている。
「どういう理屈です!?なんでナイフが刺さんないんです!?」
「ええと……流石にナイフを飛ばすのはやり過ぎなような……」
「だって!だって、です!レリュー様はあ、あんな事にならなかったからそんなこと言えるですけど、ルイは……ルイは……ッ!」
「あんな事ってのはあれか。悔しくてビクンビク――」
「そぉいッ!ですッ!」
「もが」
再び飛来したナイフを、口で受け止めてそのまま歯で噛み潰す。このくらいの硬さなら、チョコの板とそう変わらないように感じる。
まったくスキルさまさまだ。
ガリッ!ゴリッ!ベキッ!もっちゃもっちゃ…………。
「ぺッ。あぶねーだろうがよ。人様にナイフを投げてはいけませんと教わらなかったのか?」
「そんなことができる生き物が『人様』な訳ないです!ホントに人間です!?」
「流石にコレ見ちゃうとなんの擁護もできないよ、ユージーン。いくらなんでもメチャクチャすぎでしょー…………」
「ああ、なんかな。炎龍の経験値を吸収してから、身体能力が上がってるらしくてな」
カラカラと床に転がる金属塊を見てケーラが青ざめている。
スキルの影響というのもあるだろうが、それだけでなく、空を染め上げるほどの量のエーテルを吸収したおかげか、極端に体が頑丈になっているようだ。
見たとおりチャチなナイフ程度じゃ傷すらつかない。
「さっすが英雄だねー。完全に別の生き物じゃん」
「ご主人様は英雄とか関係なく別の生き物だとルイは思うのです……。いたいけな少女に……あ……あんなことを…………ッ!」
「そ、そうです。英雄と言えば会議の方はどうなったんですか?」
このままだとルイがダークサイドに陥って延々とループし始めると思ったのか、レリューが露骨に話の転換を計る。
ちょうどいいので話をしておくか。
「そうだな。身の振り方が決まったんで全員に話をしておきたい。ケーラ。チャルナはどこに居る?一応話を聞かせておきたい」
「えっとね。確か…………」
「にゃっ!にゃっ!」
「そこで丸まったナイフにじゃれついてるです」
自由だなこいつ。というかいつの間に。
とりあえず輝石を使って人間化させてから座らせて、ようやく話をする体制になった。
さて何から話したものか…………。こういうのはシンプルに、話の結末から話した方がいいな。そう思って先程のレリューの質問に答える。
「――――議会は俺を英雄とは認めない、とさ」