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会議の合間に3


「――最近、英雄とか言われて調子に乗っていたではないです?」


「…………はい」


「謝罪の言葉は?」


「…………はい。誠に申し訳ありませんでした」


 チャルナを泣かせたアレから1時間後。

 体中をズタボロにされてボロ雑巾のように床に打ち捨てられた俺を、帰って来たルイ達が発見した。


「はーい。ちょっと染みますよー」


「いつつ……」


「綺麗に三本線引かれちゃってまぁ……」


 レリューが傷薬を塗布した後を、ケーラがゆっくりとなぞる。

 体中に刻まれた傷跡は……チャルナの爪痕だ。文字通り。

 それをやった張本人は、別室に移動してまだ怒っているらしい。半泣きで。


「それにしても英雄様ともあろう人が、どうしてかよわい獣人にここまでやられたです?」


「…………俺とチャルナが繋がっている、というのはわかるな?」


「あれだよね。契約魔法ってやつ」


「そうだ。通常なら俺からチャルナへと繋がる経路パスは俺が許可しない限り開くことがない。だが……チャルナの感情が爆発することによってその経路を無理やり開くことができるらしい」


「そんなことが可能なのですか?」


「ああ。俺もついさっき知った」


 本来ならそんなことは起こりえない。契約魔法の原則に反する。

 だがどういった理屈なのかチャルナはそれを可能にした。


 俺から奪い取った魔力がチャルナの体内で膨れ上がり、その身体能力を爆発的に引き上げた。

 あの時の発光現象はチャルナの怒気に呼応して体温が上がり、揮発した汗の中に混じっていた生命力が魔力に変化した上で、光として転化されたものだったのだろう。

 内圧ギリギリまで魔力が高まっていた状況だからこそ起こり得た現象なのだ。

 結果としてごっそり魔力を奪われ弱体化した俺は、なす術もなくパワーアップしたチャルナに蹂躙されたと言うのが今回のあらましだ。


 仮説として考えられるのが、通常なら自分の感情で動かす命の蓋が、繋がっているチャルナの感情で開いた、というものだ。不可解な現象だけにはっきりと言えないのだが、そう考えるのが一番しっくりくる。

 それを話すと皆、納得したように頷いた。


「なるほどです。ご主人様の非常識っぷりに隠れて見えませんでしたけど、チャルナさんもかなりブッ飛んで非常識みたいです」


「まぁ知らない人が見たら魔法を使えないはずの獣人が、古代遺物アーティファクトも持たないで魔法使ってるように見えるしねー」


「そもそもチャルナちゃんだけでもかなり強いはずです。魔物を苦ともしないで切っていきますからね」


 そうだ。そもそも意思疎通ができ、人に近い思考回路を持つチャルナはそれ自体がかなりのイレギュラーなのだ。

 今までの契約魔法使いでは考えられなかった弊害が起きてもおかしくない。

 今は笑い話で済むが、これが戦闘中にでも起こったら冗談抜きで共倒れする可能性がある。今回チャルナに持って行かれた魔力量は、並みの魔法使いなら魔力切れを起こして死にかねない量なのだ。

 そう何度も起きない事だとは言え、何かしら対策を考えておかないとマズいだろう。


「それはそれとして何をどうしたらあのチャルナさんを怒らせることができるのです?」


「それは――――。…………言えん。口が裂けても」


 俺の防御力を貫通してまでダメージを与える。

 それはスキルを超えるほどの攻撃力が有るという事を意味している。

 そしてそれほどまでにチャルナが怒っているということも。

 迂闊に弱点を漏らせばあのチャルナでさえも……いや、チャルナだからこそ、何も考えずに襲いかかってくるだろう。


 ルイならまだ理詰めで押すことも出来た。

 しかしチャルナはまだ子供だ。精神的にかなり幼い。

 どんな理屈をこねようと、どんな言い訳をしようと。

 それが納得できなければ感情のままに爪を振るうだろう。


「ううむ……ユージーンが言いよどむなんて、よっぽど怖い思いをしたのかなー?」


あの・・ユージーンさんをそこまで怖がらせるなんて…………」


「いつも怒らない人を怒らせるとおっかない、というのは本当だったのです……」


 ああ、そうだ。怒らせたんだ……。

 いつもはにゃーにゃー言って懐いてくるあのチャルナに手を出させるほど、追い詰めて、泣かせて、怒らせてしまったんだ……。

 謝って済むだろうか……。

 あの屈託のない笑顔を曇らせるようなしこりを残す事になったら、俺は――――。




 今回の件。完全に俺が悪い。言い訳のしようもない。


「すまん!チャルナ!俺が悪かった!」


 なので素直に頭を下げることにした。直球娘には同じく直球で、だ。

 俺の精一杯の謝罪にもチャルナは体育座りで壁の方を向いて、不機嫌そうな声で答えるのみだ。


「…………マスターのばーか……」


「その通りだ。すまん」


「……あたし、ダメって言ったのに…………」


「すまなかった」


「…………」


 黒い尻尾がゆらゆらと揺れる。

 いつもならそこから読み取れる感情もあるのだが、今日に限ってはチャルナがどんな気持ちでいるのか、まったく推し量ることができない。噴出してきた汗が額から流れ落ちて床へと落ちる。

 怖い。

 今まで相対してきたどんなものよりも、チャルナの機嫌が直らないということが恐ろしくてしょうがない。

 心臓の辺りが締め付けられて、冷たい感覚が胸に広がっていく。

 クソ……なんで俺はこんなに恐れている?たかが飼い猫の機嫌のことだというのに、なんでこんな思いを抱いているんだ?


「………………もうしない……?」


「あ、ああ。しない。もう金輪際しない」


「………………ホント?ホントにホント?」


「本当だ。絶対に絶対。お詫びになんでもする」


 子供に言い聞かせるように、何度も繰り返して念を押す。そうしてやっと、チャルナはこちらを向いてくれた。

 目の辺りが赤くなっているのは何度も擦って涙を拭いたからか……。

 チクチクと胸を刺す罪悪感に耐えていると、チャルナが突然抱きついてきた。こっちの体が成長したせいで、それまで俺より背が高かったはずもチャルナのつむじが下に見える。


「おい、チャルナ?」


「…………撫でて」


「え?なんでだ?」


「うぅー……なんでもするって言った!」


「あ、ああ……分かった」


 言われるままに頭を撫でる。猫のときとはまた違う、絹のような手触り。押し付けられた胸からチャルナの暖かさと鼓動が伝わってくる。

 チャルナが何も言わないので無言で撫で続ける。

 触られて嫌だったというのに、侘びとしても撫でることを要請されるとは。いったいなんのつもりだ……?


「チャルナ。撫でるのはいいが少し離れられないか?」


「…………ヤ。離れちゃうとおなか、触られちゃう」


「…………。――ああ、なるほど」


 一瞬意味がわからなかったが、こうして正面から抱き合うような形なら、手を差し込まない限り密着しているチャルナの腹には触れない。だからこの形なのか。


 チャルナのぬくもりを感じながら、しばらく撫で続ける。

 撫でる。

 撫で続ける。

 ひたすら撫でる。

 撫でまくる。


「――――……まだ?」


「まーだ」


「――――…………そろそろいいだろ?」


「まーだ」


「――――……………………勘弁してくれ…………」


「まーだまだー。うにゃー♪」


 う、腕が…………。





 途中、撫でる場所を変えたり、撫で方を変えたりしながらひたっすら粘った。

 いつまでも立っているのもアレなので、座ったり、寝っ転がったりもしてあやし続けた結果…………。


「すぅー…………」


「…………ようやっと寝やがったか……」


 動かし続けて腕の感覚がない。スキル、どうした。仕事しろ……。

 なんでこんなハメに……と思ったが、最初っから最後まで俺のせいだ。甘んじて受け止めるとしよう。

 機嫌は……最後の方で良くなっていたようだし、直っていると信じよう。


「寝てる隙にセクハラされたってのに呑気なもんだ……。あー…………もう無理。眠い……」


 ここに居るのは俺とチャルナだけ。

 旅を始めてずっと気を張っていたが、今なら安心して寝ることができる。そう考えると途端に睡魔が襲ってきて目蓋が降りてくる。


「何だかんだで、依存しているのは俺の方なのかもなー…………ふぁぁぁ……あふー……」


 ぼやけ始めた頭でそんなことを考えて、チャルナを腹に乗せたままゆっくりと眠気に身を委ねていくのだった…………。


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