会議の合間に
「オシオキをしようと思うんだ」
「…………はい?」
「にゃ?」
俺の放った言葉に、ルイとチャルナが首を傾げた。
ケーラとレリューは呆れたような視線をこちらに投げかけてきていた。
「まーた訳分かんない事言い出したねー。ユージーンは」
「え、ええと……どういうことですか?ユージーンさん?」
「どうもこうもなく、オシオキをしようと言ったんだ」
「意味が不明過ぎです…………」
流石に唐突過ぎたか。
仕方ない順を追って説明するとするか。
「ストレスが溜まってしょうがないからお前らでウサ晴らししようと思う」
「発想が最低過ぎるです!?」
「なんと言われようがオシオキはするぞ?」
「納得させようという気が一瞬で無くなりましたね…………」
そりゃめんどくさいからな。
リツィオのアレを聞いた後、四方八方のツテを使って異変の兆候がないか調べさせた。主に催眠をかけた兵士と波平さん髪の元警備長がツテ、各地の警備兵や復興目的の巡業商団が情報源だ。
集まった情報にはさして重要な物は無かった。
しいて言えば最近エストラーダ近郊で小さな地震が頻発している事ぐらいだが、それくらいでは異変…………『黄道十二宮』の出現に結びつけるには弱い。
他に天変地異級の魔物が出たという話も無い。
復興のドタバタを狙って他国が動いたという話も無い。
魔人がリベンジに現れたという話も無い。
念の為に鍛錬しようにも派手には動けない。
ない、ない、ない、と続く。
何をしようにも状況が許してくれず、あっちこっちに頭をぶつけている現状だ。
できる事と言ったら部屋に缶詰になって読書くらいだ。いい加減読みつくしているので新しいバリエーションが欲しい。
漠然とした不安を抱えたまま、議場で一向に進まない話合いに付き合わされるか、女ばかりの部屋に閉じこもるか。
外出しても人目を避けてこそこそと動く。
そりゃストレスも溜まるわ。
あまりにシリアスし続けるのもバカらしくなったのでこうしてギャグに走っている訳だ。
「オシオキ、と言いますけど……具体的に何をするつもりですか?」
「どうせやらしーことなのです」
「男の子だしねー」
「失礼な。この俺がそんなことをするような男に見えるのか?」
「見えるです」「見えますね」「見えないわけないよー」「うにゃー」
「ではご期待に応えまして」
「応えなくていいです!?触手と手をウネウネさせるなですッ!期待してないです!!」
いいや。期待している人はいる。
――――俺だ。
「――人は――誰かの為ではなく――――、己の為に――生きているのさ……!」
「ユージーンー。青年状態でシリアスすれば誤魔化せると思ってない?」
「ダメか」
「ダメです。ダメダメです。ご主人様は人間のクズです」
まったく、酷い言われようだ。はっはっはっは。
ルイは口が悪いなぁー。
「じゃ、最初はルイな?」
「がうッ!?や、ヤブヘビなのですー!」
おもむろに編み上げた触手でルイを拘束する。逃げようとしても無駄だ。
手を縛って空中に釣り上げた。その状態でこちらに引き寄せる。
「は、離すですッ!?近寄るなですッ!」
「くっくっく……。もう逃げられやせんぞ……!」
「言ってることが完全に悪役ですね……」
「助けてほしいですぅぅぅぅ!」
「とは言っても……ねぇ?」
「うにゃー」
編み上げた触手はまだ余っている。ここで迂闊に止めに入れば次の犠牲は自分になる。そう分かっているからこそケーラもレリューも助けに来ない。そもそもチャルナは助ける気はないらしい。
「ま、安心しろ。使うのはコレだ」
「……く、櫛、です……?」
「ああ。遅かれ早かれ議会は俺を英雄と認めるだろう。その時にはお前らも表に出る機会が増える。今のままじゃ少々見劣りするからな。この機会におめかししなきゃな」
これまで荒事ばかりこなしてきたルイとチャルナを、各国の王族が入り乱れるパーティーに放り出すのは場違いも甚だしい。
「ああ、そういう……じゃあ私は必要ないじゃないですか」
「なぁーんだ。それじゃオシオキでもなんでもないじゃん」
「いいや。オシオキだぞ?」
「へ……?」
甘い。実に甘いなぁ……。
「俺が、直々に、お・め・か・し、してやろうって言うんだよ」
「そ、そそそそれはどういう……」
「くっくっく……。身動きできないようにガッチガチに拘束して、その上で好き勝手弄らせてもらう……ッ!」
余らせていた触手の先端を全て櫛の形に変える。
歯の鋭い薄いもの。
歯先に丸いコブの付いたもの。
はたまた栗のイガのように丸いもの。
硬いもの、柔らかいもの。
『硬化』の魔法で感触も思いのままだ。
「い……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
不気味に蠢き空中で乱舞する櫛達を見て、ルイが青ざめて暴れだす。
思ったより反応が激しいな……。弄りがいがある……!
「る、ルイはっ!ルイは何も悪いことしてないですッ!だ、だからッ!だから……ッ!」
「いいや、お前は俺の言うことを守らずに魔人に突っ込んでいったな。だからこれはその罰だ」
「そッ、そんなぁ……ッ!?」
乱暴な口調とは裏腹に、ひどく優しくねっとりとした仕草でルイの顔を撫でてやる。
そんなことを言ってはいるが、別に怒ってはいない。むしろよくやったと言ってやりたいくらいだ。
だから――――――喜ばせてやろう。
暴れるルイの髪にゆっくりと櫛を通す。
丁寧に。丁寧に。
優しく傷つけないように。
こうして櫛を通したことが少ないのかところどころ絡まるが、その都度手でほぐしてやる。
「ん、んん……っ!ふあっ!」
くすぐったいのかルイの口から吐息が漏れた。
ゴワゴワとした髪に櫛を通すたび、強ばって固くなっていたルイの体から次第に力が抜けていく。
今日は髪型を変えるところまではいかない。荒れた髪を少しでもリカバリーする程度だ。保湿性のある薬湯を混ぜた水を馴染ませるように髪にスプレーすると、びくりと背筋を震わせて熱っぽい吐息を吐き出した。
「や、やぁ……っ!」
「あ、あわわ……」
「あー……。ルイちゃん顔真っ赤ー」
「にゃ」
まるで『こちらには関係ない』みたいな感じだが、後でお前らもやっからな?
とりあえずお約束通りならば『獣人は耳が弱い』というのがあるが、あえていきなり耳には触れずにその周りを焦らすようにくしけずる。
「んあっ……ひぅっ……な、なんで、こんな時ばっかり……優しくするです……かぁッ……!」
「なんだ?激しいのがお好みか?」
「ち、ちがっ――――!」
「なら望み通りにしてやろう…………!」
それまで遊ばせていた触手どもを一斉に蠢かせて四方八方からルイの髪に絡ませてもみくちゃにしてやる。
それからルイはしばらく悲鳴とも嬌声ともつかないような声を漏らしていたが、終わる頃にはぐったりして声も上げられないほど疲労していた。
「うわー……。サラッサラになってるね……」
「すごく綺麗になりました……。というかなっちゃいました」
縛られて宙吊りになったルイの髪を、ケーラやレリューが触りに来る。
元はそれなりに良いからな。ちょっと手をかければ見栄えは良くなるさ。
と、顔を赤くして力なく目を閉じていたルイが、呻きながら目を開いた。
「や、やっと終わ――――」
「そういえばお前、尻尾もあったよなァ……?」
「――ッ!?」
宙吊りにしていた手の拘束を解いてルイの体を俺にもたれさせる。丁度正面から抱きつかれたような状態で、首の後ろに手を回されている格好だ。
足は拘束したままなので、こうすると形の良い尻を後ろに向かって突き出した形になる。
「だッ、ダメです!シッポは!シッポだけはダメ――――うああッ!?」
「やるからには徹底的に、なぁ?」
もちろん問答無用だ。
触手でひと撫ですると尻尾から何かが這い上がってくるかのように、ゾクゾクと背筋を震わせた。
至近距離にあるルイの表情が先ほどまでより蕩けたものになる。瞳は潤んで涙を滲ませ唇は半開きになり熱い吐息が俺の胸を撫でる。
明らかに尋常ではない様相だ。
どれだけ敏感なんだ、この犬っころ。
「んやっ!やぁっ!ひゃうん!」
「ね、ねぇ……ユージーン……。そろそろ止めた方がいいんじゃ?」
「そ、そうですよ……」
「いいや。ダメに決まってるだろ。せっかく面白くなってきたんだからな」
いつも生意気言ってるあのルイが、俺の手の中でこうまで翻弄されている光景というのはなかなか貴重だ。
膝をガクガクと震わせているのを見て取ると限界はもうすぐのようだ。
今ままで手加減して労るように動かしていた触手の動きを一気に荒々しいものに変える。
「がうっ!?んやあぁぁぁぁぁぁ!?」
ぐいっと、今まで以上の力でルイの方に引き寄せられる。
丁度、目の前にピクピクと震えるルイの耳があるので空いている両手で弄りだした。
「ひゃああッ!?ダメッ!らめですご主人様!両方同時になんて!」
「んん〜?なんだお前。耳そのものじゃなくて根元のトコをコリコリされるのが好きなのか?」
「ちがッ!違うです!ルイはそんなトコロ好きなんかじゃ……!」
「嘘つけ。嬉しそうに尻尾ブンブン振りやがって」
明らかに耳を弄る時よりも、その根元を弄った時の方が尻尾の反応が良い。
そう言うとルイは頬を擦りつけるようにして首を振り、必死になって否定する。
そんなところがまた、俺の嗜虐性を高めているとは知らずに――――。
「ふぅむ……。これ意外と需要あるかもねー。お店の方で導入検討してみよっかなー?」
「そんなことよりそろそろ止めないと!だんだんルイちゃんの震えが大きくなってますよ!?」
レリューの言うとおりブルブルとした震えが小刻みに、大きくなってきていた。
ピンと突っ張った尻尾の毛を触手櫛でクルクルと巻いたり、硬い櫛と柔らかい櫛で交互に梳いたりして遊んでいるウチに、本当にもう限界が来てしまったらしい。
「もう……ッ無理……!無理です……ッ!このままじゃ……このままじゃ……!」
面白かったがここまでか。最後の最後に強めに刺激を与えて終わりにするか。
尻尾にまとわりつく触手を止めぬまま、耳を弄る手を止めぬまま。
俺は目の前にあった耳を、軽く歯先で噛んだ。
すると――
「…………ッ!んやああああああああああああああああああ〜〜ッ!」
「おわッ!?」
一際大きくびくりとルイの体が跳ねて、ギュッと力の限り抱きしめられる。
しばらく体を震わせて硬直していたが、まるで取り縋るようなその力が弱まる頃には――――
「…………ッ!…………!」
ピクピクと体を痙攣させて、ルイの全身から力が抜けていった。
…………やりすぎた、か……?
「うわぁ……ルイちゃん、完全に伸びちゃってるよ……」
「ユージーンさんの体が大きいとそこはかとなく犯罪臭がする絵面ですね……」
後ろからどことなく興奮で息が弾んだ声が聞こえて来る。
忘れているようだが――
「次はお前らだぞ……?」
「ひあッ!?こ、こっちに矛先が向きました!?」
「やばッ!?と、とりあえず逃げ――」
「逃がすか」
既に触手は床に這わせてある。とてもではないがこの部屋からは逃げられやしない。
ふたりは足を引っ張られて逆さに釣り上げられた。
「きゃあッ!?」
「ひえッ!?」
「さぁーて。お次はどちらにしようかね――?」
ケタケタと笑いながら次なる獲物の下へと歩いていくのだった。
「――――つまらん」
「え、ええと……そう言われても」
「非常につまらん」
「…………知るか、です」
にべもない。
脱力から回復したルイは速攻で俺から距離をとり、部屋の隅から赤くなった顔で睨みつけてきている。まぁこれは致し方ない。
問題はその他の面々だった。
「なんでお前ら『らめぇ!』とか『悔しい!ビクンビクン!』とかなんないんだよ?」
「ルイはそんなこと言ってないです!!がるるるるる!」
「いや、そんなこと言われてもねー。アタシは割と髪の手入れする方だし」
「私も髪のセットは家の使用人の方にやっていただいてましたから」
そういえばそうか。ケーラは店の店員として、レリューは王族として人前に出る機会が多い。当然容姿にもそれなりに気を遣ってる。
人にいじられるのも慣れたものか。
それはそれとして、もっと問題なのは――――
「うにゃ〜。マスター、もっとやって〜」
「…………お前は慣れすぎだろう」
俺の膝で丸くなってなすがままに髪をいじられているのはチャルナだ。
どこか気恥かしさがあった二人とは違って、こちらは完全にリラックスしている。
あまり手入れをしていないお前がなんでそんなに慣れきってんだ。耳をいじっても心地よさげに目を細めるだけだし。
「そりゃ読書中、手慰みみたいに撫で回したら慣れちゃうでしょう」
「…………そんなにいじってたか?」
「ああ、無意識だったんですか。どうりで遠慮なくまさぐってるわけです」
そういえば本を読んでいるとき、気づくとチャルナが膝で丸くなってることが多かったが……まさかあの時か?
無論、猫のときの話だ。
…………。
猫のときの話、だよな……?
「結局、無駄にルイが敏感だっただけか」
「うっさいです!ロリコン!性犯罪者!」