不和の種
すいません。また更新がズレてしまいました。
元のように毎日更新するのは難しくなってきましたので、こうして2、3日置きに更新する形式でいきます。
2週間に一度、日曜日の日にはこれまでどおりユージーン以外の視点で幕間を入れていきます。
それと今回ちょっとだけ宗教に触れておりますので苦手な方はご注意ください。
地球にはかつて磔の救世主がいた。
石をパンに変え、水をブドウ酒に変え、時には湖の上を歩いたという話が残っている。
幾世紀経った今でも、彼を……彼の起こした奇跡を信じる者は多い。彼の信者でなくともその名を聞いた事のある者は多いだろう。
神の子という地位にあるその名は世界中に轟いていた。
だが……果たしてその中のいったい何人が知っているだろう。
その肝心かなめの“神の子”という地位が『会議における投票』などという俗物的な経緯を経て決められたということを――――。
…………案外、その会議に本人が出席していればウンザリしていたのかもしれないな。今の俺みたいに。
もはや日常の光景と化した望翠殿の会議場で、俺はそんなことを考えていた。
別に聖人と己を重ね合わせて悦に入っているわけではない。そんな大それたことは考えてはいない。いないが――――。
「いい加減にしろ!まだ彼が魔人の手下などとフザけた与太話を続けるつもりか!」
「貴様こそいい加減に目を覚ませ!疑惑は晴れていない!大人しくしているのが演技だと分からないのか!?」
もしも目の前で当の本人を置き去りにして、こうもくだらない話合いを延々と続けられたら、いくら聖人といえども呆れ果てるのではないだろうか。
…………などと考える程度には暇だった。
そもそも例の会議は、かの聖人の死後数百年経ってからの話だ。
もし教えに伝わるように死後に復活して会議を見ていたとしたら…………俺だったら魔法のひとつでもぶちかましたのかもしれない。
リツィオの言っていたことは気にはなるが、こうしている以上、俺にはどうすることもできない。せめてもの手段として色々と手を回してはいるが……あまり良い成果は出ていない。
「あの時の戦いを見ただろう!?コイツは人間ではない!」
「人ならざる者を倒すにはそれ相応の力を使うより他ないでしょう!そう見えても仕方ない!」
…………やかましいな……。
騒いでいるのは決まったメンバーらしく、見慣れた今となっては最初から落ち着いている王族達との見分けもついた。
騒ぎ散らしている者達とは別に、常に冷静な者達がいたのだ。
今まで声を大きくしている者が目立っていただけで、その陰に隠れるようにして場や状況を観察し続けている。
みっともなく騒ぐ肩書きだけのバカだけではないらしい。
「――――ええい!埒があかん!こうなったら当の本人から弁明を聞こうじゃないか!」
おっと。そのバカの方からご指名らしい。議段に上がっている大柄な王族がこちらを睨みつけていた。
何人かは『ついにやっちまった』とでも言いたげに顔に手を当てているが、多くの参加者の反応は同じだった。つまり次から次に罵声を吐き出していた口を閉ざし、一様にこちらの反応を伺っているのである。
今の今まで無視し続けてきていた俺にようやく視線を向ける王族達。
俺の一挙手一投足に会議場中の視線が集中していた。
張り詰めた空気の中、先程の発言者が声を響かせた。
「さぁッ!なんとか言ったらどうだ!?貴様は人の敵なのか!?それとも人を導く英雄なのか!?」
散々放置しておいて今更俺にそれを聞こうというのか。
とんだ凡愚だな。
放置するならするで最後まで触らないで来なければ良かったものを。それもよりによって判断の丸投げである。
それに対する俺の返答は決まっていた。
「俺は……魔人の協力者ではない――――」
「――――などと言うと思ったのか?甘えるな!」
『ッ!?』
「ちょッ……!?ご主人様!?」
俺の放った言葉にただでさえ静まり返っていた会議場中の空気が凍りついた。
先ほどまで言葉の応酬を繰り広げていた者たちも、俺の擁護に回っていたカンタンテ王達も、場を観察していた切れ者達も。
皆が皆、いきなり冷水をぶっかけられたかのように硬直して目を見開いている。
「俺の口から決定的な言葉を引き出して安心でもしたかったのか?ここで俺がなんと言おうが、最初から疑ってかかっている者たちには媚びとしか映らないだろう!」
ここまで会議が長引いている原因のひとつが、俺がどちらの立場も取っていないことにある。
だからこその発言だったのだろうが――――考えが浅はかすぎる。
「先程の質問への答えは『自分の頭で考えろ』、だ!その無駄に飾った頭の中が空っぽでないというのならとっととケリをつけてみせろ!」
「なんだと……!?」
「貴様……!調子にのりおって……!」
ふむ……。いい感じに反感を買えたらしい。何人かは血走った目でこちらを睨みつけている。
ここまで発言してこなかったのには理由がある。
こうやってワザワザ煽るような発言をしている事にもな。
俺が誓った英雄の形。
『誰も信じず、どんな暴力にも負けず、怒りのままに全てを薙ぎ払う』
その結論に至るまでの要因に、ターブへの復讐という要素がある。
あいつはこの世界の平穏を望んでいるようだった。だからこそ俺を呼び寄せたんだからな。
だから平和をぶち壊す。
例え『黄道十二宮』を倒しても、世界が混乱したままだったら俺を呼んだ意味が無くなってしまうだろう。
望んだ平和は手に入らず、むしろ自分の行為がそれを乱すようなものだったとしたら、あいつはどう思うだろうか?
あわよくば再びこちらに接触してくる可能性すらある。
その時が直接復讐する機会だ。
さしあたって俺はこの状況を利用して、世界を混乱させるような種を撒くことにした。といってもさして難しい話ではない。
今のこの議会の状況がそれだ。
『英雄を支持する派閥』と『英雄を認めない派閥』に分ける。
今はこうして怒鳴り合っているだけでも、俺の名が大きくなればなるほど、俺を支持するものが増えれば増えるほど、その諍いは大きくなっていくだろう。
この世界は『英雄信仰』の世界だ。
自分達の崇める英雄を否定する者達が現れれば……どうなるのかなんて目に見えて分かる話。
ようは宗教戦争の種を蒔いているのだ。
魔人が裏で絡んでないだけで、何かを企んでいる、という主張はほぼ当たっているわけだ。
「…………これ以上あなたにこの場にいらっしゃられると、冷静に議論できない方がいるようです。すみませんがお部屋にお帰りください」
場の混乱を見てとった王族のひとりがこちらに視線を合わせてそう言った。
会議が長引いて苛立っているところに先程の言葉。あれで十分目的は達せたはずだ。ならばここで引いておいた方が良いだろう。
兵士に両脇を固められて議場の扉をくぐる。
扉が閉まるその一瞬前には中の喧騒が聞こえてきた。
以前ならこんな大それたことなど出来なかっただろう。
だが、あの【愚者の強権】のスキルを手に入れて……己の利己をはっきりと突きつけられて、もう、無視するわけにはいかなくなった。
だから王族達よ、もっと争ってくれ。俺の目的のために。
王族達は民衆を恐れている。
彼らが凡人よりも高い地位にいるのは、それを下で支える存在がいるからこそだ。土台となる民衆の支持がなければ、そこにいるのはただの人となんら変わりなくなる。
そしてその民衆は、世界規模の変事の予言で不安になっている。エストラーダの人々でなくともな。そこで俺のように力のある者を排除したと知れれば支持する者が少なくなる、という事は簡単に見えてくる。
ただでさえ襲撃時に望翠殿に閉じこもっていた王族の株は下落気味だ。そこにさらに今回の話が知れれば…………、という話だ。
遅かれ早かれ、議会は俺を『英雄』と認めるだろう。
後ろからルイとチャルナが追いかけてくる足音を聞きながら、俺は笑みを浮かべていた……。
――――余談だが、先ほど例えに出した聖人。
彼を『救世主』と崇める派閥と、『ただの預言者だ』とする派閥の対立は、数世紀経った今でも未だに続いている――。
冒頭の会議は『ニカイア公会議』というものですね。
興味のある方は検索してみてください。