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遺言


「――――キモッ!?」


「ひゃあッ!?」


「い、いきなりなんなんです?」


「いや、なんか怖気が走って…………気のせいか?まぁいい。ほれ、チャルナ。つけ髭の土産だ」


「うにゃー!おヒゲッ、おヒゲッ!」


「なんで留守番してたはずのご主人様がお土産をくれるです?」


「というかその大量の毛はどこから……?そしてなんでレリュー様は青い顔してるの?」


「ええと…………聞かない方がいいかもしれません……」


 色々あったんだ。色々。

 変なタイミングで入ってくるからつい熱が入った仕返しをしてしまった。


「見て見てー!紳士じぇんとるー!」


「…………流行ってるです?」


 こっち見んな。

 今は大量に出た髪の毛使ってカツラ作ってんだから。集中力が途切れる。


「うわっ……こっちの毛、すごい縮れてるんだけど……これってまさか下の……?」


「下品なこと口走ろうとしてんなよ?火で炙っただけだ」


 土台・・が逃げようとするから変な風に縮れちまったじゃないか。

 そういった毛をより分けて、型に植え付けていく。ちょっとした小道具だが、後々役に立つかもしれない。

 …………いや、流石に無いか、使うタイミングなんて。


「あー……。ダメだ。全く集中できないわ。こまい作業って一回嫌になると後回しにしたくなってくるよな」


「知らないです。自分でやってるんだからやめればいいです」


「それもそうだな。ちょいと外の空気吸って休憩してくるわ。お前らこそ土産があるんじゃないか?妙に息せき切って入ってきたが」


「あ!そうでした。レリュー様、あのプレゼントの意味、ようやく分かりましたよ」


「えへへ……分かっちゃった?」


「にゃ!そうだった!レリュー、コンヤクするー!!」


「ありゃりゃ、まだ覚えてたんだ」


 なにやってんだかな。

 騒がしい声を背中に受けながら部屋を出る。

 チャルナたちが帰ってきてくれて助かった。レリューと二人きりだと変な空気になりそうだったし、一旦クールダウンしとかないと後を引きそうだ。

 ここいらで抜け出せるのは実にタイミングが良かった。

 …………なんてのはやっぱり建前で、ヘタレてレリューから離れたいだけなのかもしれんが、な。


「まったく、炎龍を倒した英雄様が女ひとり満足に扱えないとは……」


「おい!貴様!勝手に部屋から出るんじゃない!」


 扉の向こうに出ると監視役の兵士が声を荒げた。

 俺は焦らずにゆっくりと手を持ち上げて指を鳴らす。


 パチン――――ッ!


「…………」


「…………」


 2人いた兵士は俺の指の音を聞くと、とたんに虚ろな表情になって立ち尽くした。


「お前らの主人は誰だ?」


「…………あなたです。ご主人様……」


「よろしい。今、ここは誰も通らなかった。監視対象は中にまだ居る。そうだな?」


「は、い……。ヤツはまだ……中に……」


「俺が合図するとお前らの意識はまた元に戻る。水の底からゆっくり浮かんでくるように、いつもの自分が戻ってくるんだ」


「元に……」


「そうだ。1、2の3――――」


 パチンッ!

 再び指を鳴らすと虚ろだった瞳に徐々に理性の光が戻ってくる。

 完全に意識を取り戻す前に俺はその場を後にした。


 あそこに居たのは、レリューが誘拐された時に精神魔法をかけて洗脳した兵士達だ。あれ以降も俺の催眠の影響下にある為に、ちょっとした暗示で催眠状態にできた。

 禁忌の魔法を使ってやることが夜の散歩とはなんとも締まらないが、それでも重宝してる。





 誰にも会わないように、時にはコート型魔道具セグメントを使ったりして移動した先は、街から離れた湖のほとりだった。

 気をつける必要があるのは望翠殿を出るまで。

 街の連中で俺の正体を知っているやつなんてほとんどいない。建物から出てしまえばむしろここまで来るのは簡単だった。


「ふぅ…………。やれやれ。レリューにからかわれただけで動揺するんじゃ世話ないわな」


 レリューの顔が迫ってきたあの時、俺は動けなかった。頬も熱を持っていたようだし、絶対に赤かったはずだ。

 リツィオやミゼルの時は露骨に裏があるのを感じていたからまだ冷静でいられたが、レリューのように悪意の欠片も無いような奴にやられるとたちまち動揺しちまう。

 こんなんじゃ先が思いやられるな……。


「あー。やめやめ」


 こんなとこでひとり鬱に入ってたってしょうがない。別のことを考えて落ち着くか。


 おもむろに手の平から『ススメ』を取り出してアイテム欄を呼び出す。ちなみに『ススメ』を取り出した時点で俺の体は青年の姿から、元の8歳の子供に戻っている。

 アイテム欄には以前はみっちりと詰まっていた食材が姿を消して、空きが目立つようになっていた。


 『魔剣グラム』

 あの魔法を使った際に一気に消費した物は未だに補充できていない。これは追い追い補充するとして、問題は別にある。


 アイテムを注ぎ込んだ青い枠。

 その隣にある赤い枠に、はめた覚えのない物がいつの間にか存在していた。それを取り出して、月明かりにかざして見てみる。

 燃え盛る炎を押し込めたかのような、力強い輝きが目に入る。

 これは――――


「――宝珠、だよな。どう見ても」


 ドラゴンから奪い、落下の際に食ってしまったはずの宝珠がそこにあった。

 なぜこれが『ススメ』の、しかも今まで使い道が分からなかった赤い枠にはまっているのか。それは分からない。

 だが、確かにここにある。


 そしてもう一つ。

 宝珠を外した状態で『ススメ』を手の中に戻す。すると…………。


「やはり成長しない・・・・・、か……」


 俺の体は先程の青年の姿ではなく、子供のまま。

 ということは俺の異常な成長は、この宝珠が、赤い枠に嵌っている状態で発動する、ということになる。

 いったい何なんだ?この現象は。

 なんの意味がある?なんの法則がある?


「……。分かるのはここまでか。また意味の分からない機能が増えたな」


『いやぁ。私にとっては君のほうが意味わからないけどね」


「ッ!?誰だッ!!」


 いきなり聞こえた声に戦闘体勢を取る。

 気配は無かった。…………暗殺者か?それにしてはターゲットに声をかけるとは……。


『ああ、ごめんごめん。私だよ』


 そんな呑気な声と共に、空中に生首が現れた。

 一瞬叫びそうになったが、よく見れば宝珠の中で会ったおっさんじゃねぇか。心臓に悪い姿をしているもんだからビビっただろうが。はっはっは!


「よう、久しぶりだな死ぬか?」


『日常にさらっと殺意を混ぜないでくれるかな!?それに私はもう死んでる!』


「うるせぇ。というかなんで今更お前が……」


『ま、見ての通り解放されたんでね。お礼とお別れとお願いを言いに来たのさ』


 軽いなノリが。しかし開放、なぁ……。

 確かに軽快なフットワーク(?)で空中を飛び回っているところを見るに、開放されたというのも嘘ではなさそうだ。

 お別れ、と言うからには成仏するのだろう。


「礼も別れも要らんからさっさと消えてくれ」


『冷たいねキミ!お願いだけでいいから聞いて!』


「死人の願いなど、古今東西ロクなもんじゃないと決まってる」


『いやね、ただの伝言だから!別にお前の体を寄越せとかそういうんじゃないって!これホント!幽霊嘘つかない!」


 俺が言えた口ではないが、幽霊だって嘘をつく。

 一度死んでいるのはお前らだけじゃない。


『コネホにね。何も言わないで死んでしまったものだから、ちょっとだけ伝言をお願いしたいのさ』


「…………お前、あのババアの関係者か」


『まぁね。それじゃいいかい?メモの用意は大丈夫かな?」


「やるとは言ってないが…………しょうがない。頼まれてやろう」


『態度大きいね。それじゃ――――』


 おっさんの口から語られる死んだ後の遺言。一字一句間違えないように、丁寧にメモをしていく。

 別に同情していたから、願いを聞いたわけじゃない。

 だが、俺も残された家族に何も言えずに去る事の辛さは分かっているつもりだった。



 月明かりの差す湖畔で、死者の思いを綴る。

 ひたすらに。一心不乱に。筆を紙の上で躍らせた。

 情を孕んだ人の声とカリカリという筆の音が静かな水辺に響き…………やがて止まった。


『これで思い残すことはない』


「…………そうか」


『本当に君には感謝しているよ。死者・・でありながら高みに至らんとするその気高き魂に、私は、……私たちは敬意を表する』


「…………」


 生首の輪郭が闇に溶けるように、ゆっくりと崩れだした。

 おっさんは最後に懐かしい物でも眺めるように目を細めて……。


『ありがとう。幼き英雄よ――――』


 笑いながら消えていった。

 最初から居なかったかのように後には何も残らない。

 …………いや。

 俺の手元にその最後の思いを書き写した紙がある。これがあのおっさんがいた事の証だ。


「…………」


 幸せ、なのだろうと思う。

 曲がりなりにも、人づてでも。

 自分が死んだ後のことを残された者に伝えられるというのは。

 俺にはそんな暇も無かったからな。


「…………どうしてんだろうな、あいつらは」


 今まで特に帰ろうとは思わなかった。

 俺は見た目も、その中身も変わり果ててしまった。今更会っても俺が上月祐次だとは家族はわからないだろう。

 俺が出来なかったことを、このような形とはいえ成し遂げたおっさんが少しだけ、そう、ほんの少しだけ羨ましいと思った。





 感傷に浸りながら湖を眺める。

 宝珠を枠にはめて青年の姿に戻った状態で、柔らかな地面に腰を下ろした。

 今まで走り抜けてきたここまでの道のことを改めて振り返りながら、これで良かったのだろうかと考えた。


 怪物どもを倒すために、英雄になるという目標を掲げて。

 この世界を楽しむために、英雄という手段を執って。

 そしてその目標に手が届くところにまで来ている。


 なりふり構わずここまで来たが、もし家族が今の俺の姿を見たら何と言うだろうか。

 これで果たして正しかったのだろうか。

 おっさんに会ったことで刺激されたのか、取り留めもなくそんなことを考えていた。


 だから――――


「ユー君……」


「ッ!?」


 気づくのが遅れた。

 いつの間にか背後に迫っていた人物が、俺の背中に覆いかぶさってきた。

次は土日のどちらかに更新予定です。

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