幕間:コネホ視点
―――――コネホ視点――――――
「ゆっくり上げろー!そうだ、もうちょい右ー!」
「おい!追加の補強材持ってきてくれ!予想よりも随分重い!」
まったく、なんて重さだい。妖精鋼製の滑車がひん曲がりそうじゃないか。
今、アタシは街の真ん中にあいた巨大な穴の淵に立っていた。見下ろした虚の中には陽光を受けて赤く輝く物が埋まっている。
「コネホ様、ここにサインをお願いしやす」
「ああ、はいよ」
ドワーフの作業員が差し出した書類に筆を滑らせる。中身は近隣住民への知らせだ。
この作業を始めるのにここまで時間がかかったのもこのクソ忌々しい各種申請書類やらなんやらのせいなんだが……。
まぁいいさね。コレから得られる利益を考えればそんな手間など気にもかからなくなる。
「……では、よろしいですかい?引っ張り上げますよ」
「ああ、とっととこのお宝をとっぱらいたいからね。やっておくれ」
「へい!――――野郎ども!引き上げろ!」
年のいった監督役の声が響くと、ロープを握る作業員たちが一斉にそれを引っ張った。ロープは頑強な滑車を通り、穴の中のモノに結び付けられている。
耳障りな金属音をかき鳴らしながら滑車が周り、薄暗い穴のそこからソレがゆっくりと引き上げられると、見守っていた住民のみならず気を張っていた作業員達からすらどよめきが漏れた。
「――――久しぶりじゃないか、クソッタレの炎龍め……」
死してなお怒りを燃やすような真っ赤な瞳。
土埃や血で醜く汚れているというのにその表皮は見事な光沢を保ち、その威容を青空の下に晒していた。
以前に見た時よりも大きく、凶悪なツラになってるじゃないか……!
無論生きてはいない。ここにある龍骸は上半身のみで下半身はさらに別の場所で確認されている。
だというのに荒々しいまでの『生』の匂いをありありと感じさせるその巨体。さすがはこれまでいくつもの村を滅ぼしてきた炎龍といったところか。その場の誰もが息を飲んでその死に様に見入っている。
「さぁ、ボヤボヤしてないでさっさと解体しちまいな!早くしないと匂いが強くなるよ!」
「は、はい!おら、オメェら!惚けてないで引っ張りだせ!」
ようやくこのバケモノの死に顔を見れたのだが、このままいつまでも鑑賞しているわけにはいかないね。とっとと解体して売り捌かなくちゃねぇ……。
「しかし恐ろしいモノですな……」
「何がだい?」
「見てくださいよ、あの傷を」
指した先にあるのは最も目を引く両断された胴体部分ではなく、甲殻の表面に地図を描くようにして走っている傷の方だった。
「炎龍のことも恐ろしいっちゃ恐ろしいんですがね……。あの傷はただでさえクソ硬い炎龍の殻を食い破ってる傷なんでさ」
「…………それはどうゆうことだい?」
「細かく歯型がついてるんでさ。あっしらもよくはわからないんですが、少なくとも言えることは…………あっしらには到底想像もつかないようなモノがこの傷を作った、ってことでさぁ」
「想像もつかないモノ、ね…………」
大方あのバカがやらかしたのだろうということくらいは分かる。
そもそも誰が想像できただろうねぇ。
あの大空を我が物顔で飛び回っている炎龍を、
ひとりの人間が堕とすなんて馬鹿げた所業を――。
「いや、変なこと言っちまいましたね。件の『英雄様』があっしらの遥か雲の上にいらっしゃる、ってぇことを言いたいんですさぁ。いやはやまったくありがたいことで」
「…………」
このドワーフの監督官のセリフは、『英雄が自分達を守ってくれる』という安心感からきた言葉なのだろう。
その脅威が自分達に向けられるなどとは露程にも思っていない。
アタシだって今更疑ってはいない。
あの時のユージーンの言葉で、アイツ自身が身をもって証明してみせた。誰にも分かるような形ではっきりと。
「悪いこと、しちまったねぇ……」
「はい?何がですかい?」
「いや、こっちのことさね」
王族達は自分達の内側に入り込まれて状況がさらに悪化するのを恐れているようだが…………あの時以上の状況なんていったい何が当てはまるのやら。
今の状況ははっきり言って異常だ。
ひとつの国のみならず、人の世界を支配する王族達全員を救っておいて誰もユージーンに感謝しない。
遠巻きに眺めて処遇をどうするか話し合うだけだ。
それをアイツが黙って眺めているというのも不自然極まりないが……。
またロクでもないこと考えてるんだろうね。
「そういやコネホ様は英雄様にお会いしたことがあるんでしたっけ」
「…………アタシからはなんとも言えないね。王族が何も言わないからね」
「おっと、こりゃ失礼。街中の命を救ってくれただけでなく、あっしらにこうして仕事を貰えたんですから直接でなくともお礼を言いたかったんですが……」
「……噂話なんてどこにでもあるからね。そいつが誰かは知らないが感謝の言葉くらい耳に入るだろうさ」
「ははっ。そうだといいんですがねー」
この街の住民全員がユージーンに感謝しているというわけではない。
だが、それでもこうした声は多く聞くことができる。
今は望翠殿に軟禁されているあのバカに聴かせることができたなら、いくらか気が晴れるだろうにねぇ……。
アタシらが言った事でここまで大事になるなんてね…………。その償いはしなきゃいけないだろう。
今、かつて気づいたコネクションを使って各国の王族を説得して回っているところだ。少しでもアイツの味方になってくれるよう、秘密裏に接触して交渉している。
こんなことでアタシの罪が軽くなるとは考えちゃいないが、それでも何もしないわけにはいかない。いつかはアイツの前で頭下げなきゃいけないだろう。
かつてこのアタシにも家族と呼べる者が居た。
夫がいた。息子もいた。
――――それも全てあの炎龍に持って行かれた。
今から40年以上も前の事だ。
何がキッカケだったのか。何が始まりだったのか。
今になってもわかっちゃいないが、炎龍が目を覚ました。
覚醒は不完全で、力も限定的にしか使えない未熟なものだったが…………。
それでも人間は大敗を喫した。
なんとか休眠に追いやることはできたが被害は甚大。
夏の大陸の議会は民衆に動揺を与えない為に事態を隠蔽。炎龍の活動が広範囲まで及んでいなかったために、多くの人々は炎龍の復活を知ることなく平穏な日々を続けていた。
――――2週間前までは、の話だけどね。
アタシは夫の残した巡業商団を解体。
炎龍討伐の際に築いたコネを使って今日までなんとかやってこれたが…………胸の奥に燻っていた復讐の火種はずっと残ったままだった。
炎龍が現れ、それに呼応するようにあの小僧がこの大陸にやってきた。
それを知ったとき――――なんとも古臭い表現をするが『運命』ってやつだと思ったのさ。この機会を逃したら、永遠に復讐のチャンスは訪れない。
そう思ってけしかけてみたが、ユージーンは立派にやってくれた。後はこっちが仁義を通す番だ。
疑って、裏切っておいて今更、と思うかもしれない。
それでも、だ。
それでも受けた恩義は返しておかなければならない。
いくら死んだ息子とあのバカを重ね合わせて見てしまったからって、魔人の協力者などと言ってしまった償いも合わせて返さなければ――――
『〈ザザ〉ユージーンは〈ザザザ〉魔人〈ザザザ〉力者……〈ザッ〉』
ん?耳鳴りかねぇ?
最近多くなってきたようだが…………一緒に見えるこの赤い女は一体なんなんだ?
アタシも耄碌してきたのかねぇ……。ああ嫌だ嫌だ。歳はとりたくないね。
「あ、コネホさーん!」
「おっと、ケーラに嬢ちゃん達じゃないか。何してるんだいこんな所で」
「ご主人様の買い出しです」
「にゃ!おっきー穴ー!」
三人寄れば姦しい、と言うがこの子らは一人でだってやかましいね。
ユージーンとレリュー様はまだ街に出ることはできない。だからこそこの子達が買い出しに来ているんだろうが…………。
あいつらが居ないだけで違和感を感じるようになっちまった。
一番やかましいのが居ないせいかね。
「あ、そういえばレリュー様からコレを貰ったです。けどまだ意味がよく分からなくて…………」
「なんだい?見せてみな?」
「うにゃ!」
3人が3人とも差し出したのは…………ああ、これは鱗じゃないか。
そういえば人魚族の風習にそういうのがあったような気がするねぇ。
「これはね、同性の友達に自分の一部を与えることで『この子は大事な友達だよ』っていう意味になるんだよ」
「あ、そうだったです?レリュー様は教えてくれなくて」
「真正面からそういうのを言うのが気恥ずかしい時だってあるさね」
「へぇーそうだったんですねー。…………ってあれ?『同性の友達』ってことは異性にあげるときは意味が違ってくるんですか?」
「ああ、そうだ。だから将来店に出る気なら覚えておきな、ケーラ。もし人魚族の男から鱗を渡されても軽々しく受け取ってはいけないからね」
ましてや体内に取り込むことなんてもってのほかだ。
「それはね、『婚約』の場合なんかに使われる、最も重い意味合いになるからねぇ」
「こ、婚約ですか……?」
「そうだ。神聖で重要なことだからね。覚えておきな」
「うにゃー」
呑気な声を上げてまぁ……ホントに分かってるのかいね?
確か、結婚できなくとも『心はあなたにある』なんて意味にも使われるものだから、決して無下には扱ってはいけないものだ。
「うにゃー!レリューとコンヤクするー!」
「あ、ちょっと!チャルナさんダメです!」
「ありゃりゃ。ちょっと待ってよー!あ、コネホさん、失礼します」
「ああ、道に気をつけるんだよ」
騒がしいったりゃありゃしない。
でもあのくらいの子供だったら元気が一番大事さね。
「なんとも無邪気なものだな……コネホよ」
駆けていく娘達の背を眺めていると、不意に後ろから声がかかる。
「アロンかい?人の話を盗み聞きとは、いいご趣味じゃないか」
「あれだけ騒がしければ嫌でも耳に入ってくるわ」
「そうかい」
すぐ横にまでアロンが歩いてくる。
そちらに顔を向けないまま、話を続けた。
「どうなったんだい?アンタの処遇は?」
「聞いての通り、既に警備長の役目からは外された。もしあの小僧が本当に英雄だった場合……儂が責任を取るように、とのことだ」
「スケープゴートかい。まったく……でも仕方ないのかもしれないね」
「ああ。今回の襲撃、全ては儂の不徳のいたすところから来ておるからな。これだけの損害を出しておきながらすぐに処刑されてないだけマシなのかもしれぬ」
馬鹿なことを言う。
これだけ大規模に、周到に用意をされていればいかなる者であっても損害を出さないことなど無理だろう。
むしろ街が壊滅していないだけ僥倖な話だ。
「不服そうだな」
「そりゃあね。アンタ以外の誰がやろうと結果は同じだろうに」
「だが誰かが責任を取らねば先には進めまい。死んでいった者たちが浮かばれまい。儂がたまたまその番だったというだけのことよ」
「そうかい…………」
こんな時だけ変に聞き分けがいいじゃないか。
何を悟ったのか知らないが、すっかりその気になっているみたいだね。
「お主にも感謝しておるよ。隊長の亡き後に当時の部下だった儂を口利きしてくれたからこそ、ここまで来れたのだからな」
「馬鹿を言うんじゃないよ。大口叩いて討伐しに行ったのに、あっさり死んじまったあのアホの後始末をするにはあっちこっちに人が必要だったんだ。アンタがここに適当だったってだけさね」
「それでもな。下手をすると生きて会えぬかもしれんのだ。青臭い言葉でも感謝を示さねば悔いが残る」
ああ、アンタも、死んだ夫も、あのユージーンもそうだ。
男ってやつはどこまで身勝手なんだい……!?アタシがそんな言葉を聞きたいとでも思っているのかい?
いつになく弱気な言葉を吐いて、まるで本当に死んじまいそうな――――
「生きたいって言えばアタシは手助けする。だから最初から全部諦めたようなこと言うんじゃないよ」
「だが、もうすぐ結論は出るだろう。無碍に扱われた小僧の怒りを鎮めるには儂が犠牲になる他…………」
「アンタは――――!!」
こんな老いぼれの拳でも、腑抜けたツラに一発当てれば正気に戻るだろう。
そう考えて振り返り――――
「――ぶほッ!?」
思いっきり吹き出した。
「…………」
アロンは何も言わない。何も言えない。
「あ、ああアンタ…………ぶふッ……な、なんだいその頭は……!?」
老いたとはいえまだ中年と言っても通じる外見だったアロン。
その頭にもそれなりに髪の毛が残っていたはずだが……。
頭頂部にひょろりとした毛をわずかに残し、それ以外は全て刈り取られていた。
蓄えていたヒゲも無残に剃り落とされており、ひん曲がった唇がよく見えた。
その代わりとでも言うように顔中に墨でラクガキのように縦横無尽に線が走っている。
「…………分かったか。これが小僧の怒りだ。先ほど謝ろうと部屋に顔を出したらこのザマよ……」
「くふッ……い、いいオモチャにされたみたいだね……ぶふふ……」
先ほどまで重苦しい話をしていたはずなのに、今は必死に笑いをこらえるハメになるなんて……。
いや、先程の話の最中、ずっとこんなフザけた頭で受け答えしていたと思うとむしろ…………!
「お主のそんな顔、久しく見ておらぬな。最後に良い物を見れた」
「や、ヤメろ……ッ!その顔でそんなこと言うんじゃないよ……ッ!」
なんなんだい!?あの子はアタシの腹筋でも壊しに来ているのかい!?
だが、これではっきりした。
ユージーンはアロンを罰するつもりなどない。
アイツは敵対する相手に容赦なんてしない。アロンがこの程度で済んだということは、この程度にしか罰するつもりはないということだ。
「はぁー……まったく気が抜けたよ」
「………………そうか」
未だにアロンが不服そうなのはそれほどユージーンの事を知らないからか。
今日にでも酒に連れ出して教えてやろうかね。
アタシの店で馬鹿騒ぎすれば全部忘れられるだろう。
面と向かって言えはしないけどね……ありがとうよ。ユージーン。
アロンを許してくれて。
ウチの子と、アホ亭主の敵を討ってくれて。
返す恩ばかりが増えていくけれど不思議と悪い気持ちにはならないねぇ。
アロン=警備長とお考えください。
コネホが炎龍をサルベージしているのはユージーンとの約束によるものです。詳しくはユージーンのパートで。
次は9日、水曜日更新予定です。
合わせて過去作の携帯で書いていた部分をところどころ修正しております。大きく変更するところはありませんのでご安心を。