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イタズラの代償

「――――ご機嫌なのは結構ですけどほどほどにしておかないとルイちゃんが可愛そうですよ?」


「いいんだよ。主人の無茶に付き合うのは護衛の役目だ」


「またそんなこと言って……」


 会議の時間が終わればある程度の自由時間を与えられる。といっても監視付きだが、そこは俺が気にしなければいい話だ。

 最近はルイ達に付き合ってレリューの見舞いに来るのが日課になっている。


 レリューは連続して『歌』の力を使って無茶をしたせいか、体力を極度に消耗していた。命に別状はないのだが、体力が回復しても念の為にこうして病室で療養しているのである。

 ちなみにルイ達は何故か連れ立って買い出しに行っている。


「そうそう。例の報告書……街の事についてまとめたやつにお前のことも乗っていたらしいな」


「え?そうなんですか?」


「ああ、炎龍の巣に連れて行かれて無事に帰って来た王女、ってことで幸運の象徴みたいな扱いになっているとか」


 絶対絶命の状況に置かれて、それでもなお生還する。

 それがいかなる理由であろうとも関係なく、人はそこに自分たちの常識では測れない力の存在を想像する。――奇跡の、存在を。

 魔人に攫われたことで悲劇のヒロインとされていたレリューだが、ドラゴンへの攻撃に参加したことで一躍時の人となった。そのネームバリューたるや凄まじいものがある。


「ほれ。神秘の人魚姫人形。なんでも持っていれば魔物が寄って来なくなるらしい」


「ものすごく布薄いですーーーーーーッ!!?」


 どこぞのエロフィギュアもかくやという程のクオリティを持つ木彫りの人形に、レリューの目が点になる。


「ななななんでそんなエッチな物ができてるんですか!?というかなんでそんな物持ってるのですか!?」


「そんなもんお前、抜け出して買いに行ってるに決まってんだろ」


 ちなみに情報提供及び制作指導はこの俺である。


 元は遠目に書いた姿絵をモデルに、職にあぶれた彫師が制作した物だった。たまたま目に付いたのでおもしろ半分に指導したのが大当たりした。布一枚分薄くしたり、女性らしいラインを作るのに酷く苦労させられたが、その甲斐あって売れ行きは好調である。

 惜しむらくはモデルの凹凸が、木彫りの像に負けていることか……。


「見てくれよ。この腰と魚の部分の継ぎ目に苦労してよォ(職人が)」


「なんでそんなことするですか!?もうッもうッもうッ!意地悪いじわるイジワルぅッ!!」


 もちろんこの反応が見たいからである。

 ケタケタと笑う俺を、枕でバンバンと叩いてくるレリューは顔真っ赤だ。


「バカ!バカぁっ!ユージーンさんのバ――――ゲホッ!ゲホッ……!」


「おっと、ついやりすぎたか。悪かったって。ほら、薬だ」


「うぅ…………んくッ……」


「すまんすまん。だがこれも街の連中を安心させるためだと思って我慢してくれ」


「うぅ……ホントに皆さんの為になるんですか……?私なんかの人形で安心してくれるでしょうか?」


「ああ、大丈夫だ。胸を張れ」


「なら……良いですけど……」


 どことなくホッとしたように見えるのは、いつだか聞いたように自分が人の役に立てない、という思い込みが少しでも解消されたからだろうか。


 街の連中はきっとレリューと自分達を重ね合わせるだろう。

 この人魚姫が最悪の状況から生還したように、このエストラーダに住む人々もまた、今回の襲撃から立ち直ることができると信じるはずだ。


 今は部屋に閉じこもりきりのレリューだが、そのうち外に出るようになる。

 そうなった時に沈んだ顔をしていれば、民衆が信じていた可能性が信じられなくなってしまうだおう。それは回避したい。

 こうやってからかう事で気を楽にする手伝いになればいいが。


「レモンのハチミツ漬けでも持ってきてやるよ。ハチミツは喉に良いからな」


「は、ハチミツ、ですか……?」


「…………安心しろ。もう塗りたくらねーから。チャルナもいねーし」


「信じますよ……?ホントですよね?嘘吐いたらイヤですからね?」


 以前にお仕置きとしてハチミツぶっかけたことが未だにトラウマらしい。ハチミツと聞いただけでびくりと身をすくめているレリューを見てなんとも言えない気持ちになる。

 気を楽にさせるどころか、むしろ俺が負担になっているような……。気にしたら負けか。





 ちょうど良く小腹が空いてくる時間なのでついでにティータイムとしゃれこむことにした。作り置きしておいたクッキーを並べていると、レリューが神妙な面持ちで口を開いた。


「ユージーンさん…………ありがとうございます」


「ああ?なんだ変に改まりやがって。このくらいなら別になんでも……」


「いえ、お茶のこともそうですけど。――――ありがとうございました。私を、この街を、みんなを救って下さって」


 礼を言うと共に頭を下げてくるレリュー。

 ああ、そっちの事か。

 …………そういえば面と向かって誰かに礼を言われるのは初めてのような気がする。他の王族は腫れ物を扱うような姿勢だったし、気がついたときには会議で話し合いが始まっていたからな。礼を言われるようなタイミングはどこにも無かった。


「…………俺は俺の都合でお前を助けただけ、と言っても同じことをお前は俺に言えるのか?もしかしたら噂のように俺は魔人の協力者なのかもしれないぞ?」


「ありえない話を持ち出しても仕方ないじゃないですか。もしそうだとしても、私はユージーンさんに『ありがとう』と言っていますよ」


 クスクスとレリューが可笑しそうに笑っている。

 ……そう、だな。

 コイツの性格ならきっと俺が本当に魔人の協力者でもお礼を言いそうだ。


「意地の悪い質問だったな。すまん」


「いえ、ユージーンさんでも弱気になることがあるんだなって分かりましたから。良かったんです」


「……弱気?」


「はい。ずっとずっと会議でお話をされていたので、もしかしたら拗ねていらっしゃるかと思ってました」


 拗ね、って…………。

 いやまぁたしかに自分の功績を素直に評価されないのは思うところはある。

 だからって拗ねはしないし、ましてやあの程度の雑言で俺が弱気になるわけがない。


「弱気にもなってないし、拗ねてもいねぇっつーの」


「はい、そうですね。そういうことにしておきましょうか」


「おいヤメろ。なんで素直じゃない子供を見る目になってんだ」


「はいはい。分かってますよー」


 先ほど言った言葉に嘘はない。俺は俺の都合の為にレリューを利用した。

 花が開くように爛漫に笑うレリューを見ると、罪悪感がチラリと心をかすめるときはある。そんな感傷がさっきの言葉を吐かせたのかもしれない。


「お父様達はちょっとそれどころじゃないみたいなので、先に私からお礼を言わせていただきます。本当にありがとうございました、ユージーンさん」


 そう言ってレリューが差し出したのは、半透明で青みがかっている三角形の物だ。

 これは…………鱗、か?


「これは私の鱗です」


「お前の?これをどうすれば良いんだ?」


「ええと……食べてください」


「食うのか!?」


 予想外なプレゼントもあったもんだ!


人魚族わたしたちの風習で、最大限のお礼の形です。自分の一部を分け与えた相手は、もう自分やその家族と同じ仲間なんだっていう意味になります」


「そんな風習が……」


「鱗を取り込んだ相手が傷つけられたら、自分達が傷つけられたのも同じ。だからこれは言ってみれば『繋がり』の証なんです」


「そうか……だが良いのか?もし会議で俺が魔物に認定されたら、お前ら王族は……」


「その時は全力でユージーンさんを守りますよ。例え私ひとりでも」


 手渡された鱗を観察する。

 スベスベとした手触りで非常に軽い。ロウソクにかざすと薄青の光が目に入った。魔術的なしかけは何もない。本当にただのそういう風習らしい。

 これほど軽いものだというのに、込められた物はとても重い…………。


 しばらく手の中で転がしていたが、じっと見つめられていたので根負けして口に含んだ。軽い音をたてて鱗が割れ、それを飲み下すとようやく視線は離れた。


「――――私、レリュー・カンタンテはユージーン・ダリアを良き仲間として認め、ここに繋がりを示し、受諾する」


 魔法の詠唱のようだが、魔力を感じない。先程の鱗と同様にこれもまたただの宣誓らしい。

 レリューの口から出た言葉は、2人しかいない部屋の中に留まっているように感じられ、再び言葉を発せられたのはしばらく経ってからのことだった。





「えへへ……な、なんかちょっと照れますね」


「…………知るか」


 勝手に恥ずかしがられてもな。

 レリューの顔はその言葉通り真っ赤になっている。

 自分の一部を他人に食べさせるというのは確かにちょっとマニアックな感じがするが…………。

 ただそれだけのことだというのにレリューの顔の赤みが引かない。


「ユージーンさんには本当に感謝してるんですよ?」


「聞いたよ。十分に分かってる」


「いいえ、分かってないです。私がどんなにこの街が好きか、そこに住む人が好きか。ユージーンさんが守ってくださったからこの街はあるのですよ?あなたが救ってくれたから、私はここに居るんですよ?」


 ふと、手を握られた。

 水かきの付いた、ちょっとだけ冷たい小さな手だ。


「街が傷ついても、ユージーンさんが居なかったら今以上に酷いことになっていたでしょう」


「お、おいレリュー……、顔が近いんだが……」


 なんだ……?イヤな予感がする。

 このシチュエーション、前にも覚えがあったような……。


「さっきのお礼だけじゃ、私の感謝の気持ちは伝わらないみたいですから、直接教えてあげようかと思って」


「直接、って……!?」


 レリューの赤い顔が文字通り目と鼻の先にある。

 手を握られた時から徐々に強くなっていた鼓動がココに至って跳ね上がった。

 まさかこいつ……セレナの時みたいに……!?

 しくじった……!レリューの態度が変わらないから気づかなかったが、状況が全く同じだ……!


 俺が動揺しているのが面白いのか、すぐそこにあるレリューの瞳は細められている。それを見ても俺にどうこうする手段はない。

 動こうとしているのに空気に絡め取られたかのように体が言うことを聞かない。


「私はこの街が好きです。この街に生きる人も……」


「き、聞いたっての。それがなん――――」


「ですから」


 俺の言葉を遮ったレリューはそこで言葉を切る。

 間近にレリューの熱い吐息を感じる。それを吐き出している唇が湿気をまとって艶々と輝いている。視線がそこに吸い寄せられて離れない……!

 堂々としているように見えるが、こいつの顔は未だに赤い。


「それを守ってくれたユージーンさんのことも好きですよ……?」


「お、お前――――」


 ただでさえ近いというのに、レリューの顔はさらに近づいて来る。

 ついに緊張に強ばった唇同士が触れ合う――――




 ――――――ことはなく。


「好きですよ、ユージーンさん。シェフとして・・・・・・


「…………は?」


 そんな、予想外の言葉を耳元で囁かれて、頭の中が真っ白になってしまった。

 クスクスという笑い声がすぐ近くから聞こえてくる。

 これは……まさか……


「うふふ……。ユージーンさんにはいつもイジワルされてましたからね。お返しです」


「…………レリューお前……」


「はい。嘘です」


 や、やられた……。

 普通に動くようになった体で手を伸ばしてレリューの体を離すと、まだ顔を赤くしたままおかしそうに笑うレリューがいた。


「うふふ……。どうですか?イタズラされる側になった気分は?」


「サイアクだよ……つーかてめぇも恥ずかしいならやんなよ。まだ赤いぞ」


「でもその甲斐あって無事に騙せました」


「ああ、そうだよチクショウ」


 酷く残念な気持ちにもなったが、同時に少しだけ安心した。

 トラウマのこともあって、俺が誰かと付き合うようなことはできない。イタズラで済んで良かった……。

 …………いや、違うか。

 どんなに強い敵を倒しても、どんなに強い魔法を使えても。

 俺の根っこの部分は未だにヘタレだということなんだろう。


「…………。もし俺がその気になって押し倒したりしたらどうするつもりだったんだ?」


「その時は容赦なく拒絶します」


「ひでぇ!?自分で誘っておいて!」


「当たり前ですよー。だって――――」


 そう言うとレリューはその唇に人差し指を当てて――――


「女の子の唇はそう簡単にあげられませんから」


 と言って笑って見せた。

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