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竜の最後

前話24日投稿予定が、一日ズレていました。

申し訳ありません。

「らあああああああああああッ!」


「――ッ!」


 なんだありゃ……滅茶苦茶にも程がある。

 ヤケになった魔人が適当に回す鎌。それに触れた机やら何やらが軌跡に沿ってごっそり抉られていく。明らかに刃の部分よりも広範囲にまで影響が及んでいる。

 鎌の上にさらに魔法の力が上乗せされているようだ。


 幸いルイは無事だ。

 拡大した殺傷範囲を計算し、その外側に身を置くようにして攻撃を避けている。

 とはいえそう長くは持たないようだ。足がふらついてきているのが見て取れる。


「『ソード・クラフト』!」


 精製した剣を投げつけながらチャルナと共に窓から望翠殿に入る。

 飛んでいった剣は鎌に切られて空中で光の粒になって消える。


「はぁーッ!はぁーッ!アンタまでアタシの邪魔しに戻ってきたのね……!」


「踏み台がちょこまかと避けるんでね。釘でも打って固定しに来たところだ」


 あれは相当頭にきてるな。

 息を荒立てている魔人に注意しながら、へばりそうになっているルイに駆け寄る。


「ご、ご主人様……」


「無茶しやがって……。――取り敢えず説教は後だ。まだいけるか?」


「大丈夫、です」


 そうは言うが限界は近そうだ。


「『我と我が名と我が標 誓いにをよりてを癒す 安らぎの手よ いざここに』」

「『治癒ヒール』」


 詠唱と共に柔らかな光がルイに降り注ぐ。

 ルイはちょっと驚いた表情をしていたが、すぐに手を握ったり開いたりして調子を確かめている。




 さて、どうしたもんかな……。

 うだうだしてるとドラゴンが突っ込んでくるし、早くコイツを撃破しないといけないんだが……。


「なんなのよ!もうッ!さっきからまいどまいど次から次に邪魔しに来やがってーッ!」


「…………メンドくせぇ」


「うにゃー……」


「ご主人様、警戒を……!たしかに荒っぽくなって攻撃に隙ができたです。けど破壊力は格段に上がってるです……!」


「見りゃあ分かる」


 精製した剣を軽々と両断していた。いくら脆いからって人体よりは確実に硬いんだ。正面から当たったりすればシャレにならん。

 精製した武器の強度を上げられればマシなのだろうが……今はどうすることもできない。

 ふむ……。ここは頭を使うか。


「一発でも当たったらアウトだ。魔人の気を俺に惹きつけるからその間に攻撃しろ!チャルナは右、ルイは左だ!」


「了解です!」


「うにゃー!」


「敵の目の前で作戦会議?どんだけなめてんのよ!?アタシがそんなんに引っかかると思ってんの!?」


 それに答えずに走り出す。

 ああ、分かってんだよそんなもんは。だからこっちも反応せざるを得ないエサを用意してある。

 魔人の近くまで来るとそのエサを思いっきり振りかぶって投げた。


「そんなものぶった斬って……、――ッ!?」


「もふぁーッ!!」


 思いっきり投げられたエサが悲鳴を上げる。

 ――もちろん捕獲しておいた夢魔の魔人だ。


「る、ルティ!?きゃああああああッ!!?」


「大切なお友達だろ!ちゃんと受け取っておけ!」


 鎌で両断しようとしていた魔人は動きを止めて、受け止めることもできずに顔面にモロにヒットした。

 変な態勢だったため、もんどりうって倒れる魔人。


「気をつけろ!倒れても攻撃が飛んでくるかもしれない!」


「わ、分かりました!」


「にゃ?」


「あ、おい!チャルナ!気をつけろと言ってるだろ!」


 倒れている魔人に警戒することなく無防備に近づいていくチャルナを怒鳴る。

 アホか!俺の行動を予測して倒れた演技をしているだけかもしれないのに!

 チャルナを止めようとするが間に合わない。

 倒れた魔人に近づいて――――


 そのまま剣でつつき始めた。


 魔人が起き上がる様子はない。


「にゃ。気絶してるよ、この人」


「え、えぇー……」


「……。…………。今だ!集中攻撃ッ!」


「作戦意味ないです!?」


「これがホントの作戦だ!さっきのは敵を欺くフェイク!いいからふん縛れ!」


「今思いついた感が半端ないです!」


「うにゃー!」


 チャルナにセグメントの縄を渡すと、嬉しそうに走って行ってミノムシ状にぐるぐると巻きつける。

 よし、こんなもんか。どうやら本当に気絶しているようだし、これで問題ない。

 よっぽど当たり所が良かったのか、どちらの魔人も気絶している。


「ご主人様……なんでいかにも『これから戦いだ!』みたいな雰囲気を作っておいて、こんな騙し討ちみたいな真似を……?」


「いや、だって力をアピールする相手が居なくなっちまったんだ。早々に切り上げないと危ないだろ?」


「そんな理由……」


「これからあのでかいやつを倒すんだぞ?余力は残しておくべきだ」


「…………やっぱり卑怯卑劣なのです……」


 先ほどまで死闘を繰り広げていた相手が成すすべもなく気絶しているのを見て、釈然としない面持ちになっているルイ。

 良いんだよ、お前が無事なら…………なんて恥ずかしいセリフを言いそうになったが、流石に口には出さなかった。





 縛り上げた魔人を議場の隅に転がしておく。後で諸々・・やらなければいけないからな。くくく……。

 切り離した縄の分は『自己修復』で回復しておく。

 さて、最後は割とあっさりと魔人を片付け、残りはあのドラゴンだけ、という段になったのだが……。


「まいったな……見ている奴が居ないと意味がないぞ」


「そんなに重要です?」


「ある意味その為に戦っていたような一面もあるからな」


 王族が居なくなり、ガランとした議場を見渡してみる。ここでドラゴンを倒しても、俺の力を見せつけたことにはならない。

 むしろ――


「そんなこと言ってないで普通に倒すです。というか倒せるです?」


「おお、それは大丈夫だ。…………《強権簒奪の愚者フール》」


 おもむろにススメを取り出してスキルを口ずさむ。

 やはり体が縮むが、今は置いておこう。どうせ戻せば大きくなる。

 本から青い球体がにじみだして…………こない。


「あ、あれ?」


「何をやってるです?」


「いや、おかしいな……《強権簒奪の愚者フール》!!」


「なにも出ないです」


 ん、んんー?なんでだ?なんで出てこない?

 ステータスの表示を見ても何ら異変はない。

 だというのに発動しない……。回数の制限があったのか、特殊な環境でないと発動しないのか……。


「うにゃ!マスター!おっきいの来てるよ!」


「あーッ!クソッタレ!肝心な時に役立たずか!もういい!普通に攻撃して何とかするしかない!」


「で、でもウロコに阻まれて……」


「あんだけボロボロなら剣だって通る!」


 ドラゴンの甲殻は既にボロボロだ。あれなら普通の剣だって刃が立つだろう。

 外を見てみれば、既に穴だらけの羽で一生懸命飛んでいるドラゴンの姿があった。被弾しすぎて高くは飛べないらしい。

 あの状態なら逃げられる心配はないだろう。


「ルイはここに――」


「残れなんて言わないですよね?ご主人様のことだって、ルイは守りたいと思ってるです。だから……」


「…………どうしても、か?」


「です」


 そうかい。まったく頑固な奴だ。 

 ルイも、そしてチャルナも引く気はないようだ。覚悟を決めた瞳でこちらを見返してくる。

 良いだろう。今のこいつらなら少なくとも死ぬことはないだろうし。


「いいか?俺がアイツの尻尾を掴んだら、すぐに湖に飛び込め。デカい魔法を使って派手にキメる」


「分かったです」


「にゃ!」


「それまでは俺の張った障壁の上を移動しながら攻撃して注意を引け」


「…………今度はホントにそういう作戦です?」


「変に疑うな。今回は本当にこの作戦で行くっての。――行くぞ!」


 一段一段、半透明の障壁を階段のように配置する。

 その階段はドラゴンの前にまで行くと、空中に円を描くように散開。ドラゴンを閉じ込めるような形で足場を形成した。

 それを駆け上がってドラゴンの目の前に躍り出ると、厳つい顔が出迎えてくれた。


「ゴルルルルル……!」


 ここで倒しておかなければ、きっとコイツは街の人間の生命力を食い荒らして傷を癒そうとするだろう。これ以上、このトカゲに手間をかけさせられるのはうんざりだ。


 血走った目でこちらを見てくる手負いのドラゴン。鼻息は荒く、明らかに興奮状態だ。その目に宿るのは己を傷つけたモノへの憎しみか?――――笑わせる。


「お前には2回も逃げられたんだ。頭にきてんのはこっちのほうだ!いい加減終わりにしてやる!」


 ダメージの蓄積、体力の消耗、流血と体温の低下による活動低下……。

 はっきり言えば今のドラゴンは死にかけだ。それでも立ち向かってくるのは生態系の頂点たる意地か、単に生命力がある俺を狙っているのか、はたまた魔人の命令か。

 その姿を哀れだとは思わない。

 生ぬるい憐憫の情などこの場にいる誰も望まない。

 コイツは人を食った。そして今度は人に食われる。それだけだ。


「決めた通りにコイツの気を引け!俺は回り込む!」


「ここまで来たらやってやるです!」


「にゃあッ!」


 威勢のいい返事とともに2人がドラゴンの頭に飛び移り、剣で攻撃を始めた。その隙に俺は後方に回り込むべく障壁の足場に沿って走り出す。


 ドラゴンは最初から脅威を俺だけと決めていたのか、2人の攻撃を意に介さずに俺を狙ってくる。風を切って振り抜かれる鋭い爪や、炎のブレスをなんとかやり過ごすが、常に視界に俺を捉えようと動き回る。

 幸い、ライフドレインは宝珠が無いせいか使ってこないが、これでは一向に尾にたどり着くことができない。


「く……ッ!ルイ!チャルナ!一瞬あればいい!何とかして稼げ!」


「分かってるです!でも……ッ!」


「うにゃッ!ダメ!マスターの方みちゃダメだってばー!」


 チャルナたちの剣はたしかに甲殻を貫いている。

 だというのにドラゴンは気にした素振りもない。単純に攻撃力が足りていないのか。

 だからといって俺がチャルナに魔法をかけるわけにはいかない。今まで散々魔力を浪費したんだ。この後のための仕込みには少しの魔力も無駄にできない。


 何か、あと一手でいい……!コイツの気を逸らすキッカケさえあれば……!

 そう考えた矢先、その異変は現れた。


「ッ!!ご主人様ッ!アレを!」


「――――チッ!この期に及んでまだ邪魔をしてくるか!」


 蟲だ。

 街の方から昆虫型の魔物が群れをなし、こちらに飛来してきているのが見えた。

 多種多様な魔物が少しの乱れもなく統率の取れた動きでこちらを目指して飛んできているのだ。

 この土壇場でちょうど良く魔物が近づいてくるなどありえない。恐らく目を覚ました魔人が何らかの方法で呼び寄せたに違いない。

 ドラゴンに相手にされていないチャルナ達に迎撃を任せようか?いや、だが量が多すぎる。対処をしている間にドラゴンの攻撃の余波だけで死んでしまうかもしれない。


 考えている間にもドラゴンの攻撃は続き、それを回避している隙に蟲の魔物は接近してくる。

 イチかバチか……あの魔物どもを空中の足場にして後ろに回り込んでみるか。近づいて来る魔物を相手にタイミングを計る。

 そして――――


 ――――魔物が全てドラゴンに攻撃を始めたのに目を見開くことになる。


「ルオォォォォォォォォォォッ!」


 まるで樹液に群がるように、蟲達はドラゴンの血を啜り始めた。

 ドラゴンも異常を察知して反撃するが、いかんせん数が多い。攻撃をくぐり抜けた個体が割れた甲殻を押し広げ、肉を割いて血を啜る。

 全身から送られてくる激痛にドラゴンが身を捩って苦鳴を上げた。


「なんだ……?どういう事なんだこれは?」


「ご、ご主人様。あの魔物、ルイたちの事見向きもしなかったのです。一体何が起きてるです?」


 ドラゴンの上からこちらに飛び移ってきたルイの疑問はもっともだ。

 だが、そんなもんこっちが聞きたい。

 なんで魔物がドラゴンを攻撃する?魔人に操られているのではなかったのか?


「――――――ユージーンさぁぁぁぁぁんッ!」


「うにゃ!マスター!あれ!」


 チャルナの指差す方向、街に近い水辺のところに誰かがいて、そいつが俺を呼んでいるようだ。

 あれは――――


「レリューか!?」


「はぁーい!その達は私の歌の影響下にありますー!今のうちに攻撃してくださーい!」


 例の歌声で街に残っていた魔物を支配下においたのか。レリューめ。攫われたばかりだというのに……まったく。


 だが、異変はそれだけでは終わらなかった。


「――――総員、構え!攻撃開始ぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!」


「「「「「応ッ!」」」」」


 今度は水面からいくつもの槍が放たれて虫達ごと甲殻を貫き、ドラゴンの腹や足に突き立つ。

 見れば水中から人魚族の兵士が顔を出し、投擲用の投げヤリを次々と振りかぶっていた。


「効いてるぞ!このまま押し込めぇぇぇぇいッ!」


「「「「「応ッ!」」」」」


「すごい、です……!」


「うにゃあー」


 どこにこれほどいたのか、と思うほどの数の人魚族が水面からヤリを投げ、ドラゴンをハリネズミのようにしていく。

 陣頭指揮を執っているのはカンタンテ王か。

 ヤリを持っている中には俺が海底神殿に向かう時に別れたあの兵士もいた。

 加勢に来てくれたのか……!


「ウチの可愛い娘にフザけた真似してくれたあのクソトカゲを撃ち落とせぇぇぇぇぇぇぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああッ!!!」


「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ!!!」」」


 …………。

 …………加勢に来てくれた、のか……?


 岸辺にはレリューだけではなく望翠殿から避難したとおぼしき王族と騎士団が、かたずを飲んでこちらの様子を見守っていた。

 もっと遠くに避難すればいいものを……。

 だが、こちらにとっては好都合だ。


「今のうちだ!この茶番に幕を引くぞ!」


 ドラゴンは流石に俺を気にしていられなくなったようだ。

 虫を引き剥がそうと躍起になり、飛んでくる槍に苛立ってブレスで迎撃する。

 体中に虫を引っ付かせて血を啜られ、全身にヤリを突き立てられてはさしものドラゴンも耐えられないだろう。


 放たれた槍が飛び交う中をひたすらに突き進む。

 足元の障壁にヤリが激突し、その衝撃をねじ伏せるように蹴り立てて歩を進める。

 尾の先端まであと少し、といったところでドラゴンがこちらに気づいてしまった。


「グルゥゥオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 傷ついた前肢で障壁上の全てをなぎ払おうとするドラゴン。

 だが――――


 ガキャキャキャキャキャキャッ!


 金属が擦れ合うような音を立ててそのスイングが止まる。不可視の防壁がいくつも展開されて攻撃を阻んだ。

 この魔力の質は…………リツィオか?

 姿は見えないが助力してくれているらしい。


「チャルナさん!今です!」


「にゃあああああああああああああああッ!」


 防壁で止まった前肢に向かって2人が駆け出す。

 ルイは軍刀サーベルに振動を、チャルナは双剣にそれぞれ炎と凍気を纏わせて踏み込んだ。


「やああああああああッ!護剣流、攻式断の型!振擊斬!!」


 これまで見たルイの護剣流の技は、振動を相手に流して意識を刈り取るものだけだった。

 しかし今ルイが使っているのは違う。

 剣が絶えず細かく振動し、その震えによってドラゴンの肉を削ぎ落としていく。

 地球にいた頃に高周波ナイフを見た事があるがアレを軍刀の規模でやっているのか……!

 先ほどまで苦戦していたドラゴンの甲殻を軍刀がガリガリと削り落とす。

 常なら守りに使う手段を攻撃に転じるとあれほどの威力にとは。


Xくろすたーんッ!てんぺすとぉっ!!」


 ドラゴンの前肢に深く亀裂が刻まれるとルイは後退し、入れ違いにチャルナが飛び出した。

 取り回しの効く双剣で次々と斬撃を刻み、亀裂を拡張していく。クルクルと回転しながら嵐のようにチャルナは剣戟を刻む。

 付与された炎と凍気がドラゴンの肉を焦がし、凍らせ、刻み、破砕する。

 たちまちドラゴンの腕は凄惨なまだら模様に染まっていった。

 そして――


「せぇのッ!」


「にゃあッ!」


 最後に一気に同時に踏み込んで剣を叩きつけると、それまで手間取っていたのが嘘のように前肢は両断された。

 丸太のような太い足が宙に浮き、音を立てて湖に落ちると見守っていた王族たちから歓声が上がる。


「うにゃあー!チャルナたちの勝ちー!」


「ざまぁ見ろ、です!」


 歓声を浴びて得意げになっている2人。

 大技を繰り出したせいで肩で息をしているが、嬉しそうな様子が伝わってくる。

 いつの間にここまで強くなったのやら。驚かされてばかりだな。


「よくやった!後は任せろ!」


「任せますです!」


「うにゃ!マスター!帰ってきてね?ゼッタイだよ!?」


「ああ!心配すんな!」


 神の改造はんそくをしていないこいつらがここまでやったんだ。俺がやらなければ示しがつかない。

 チャルナ達のお陰で道は切り開かれた。後は俺の仕事だ。




 湖に飛び込むチャルナ達を尻目に、俺は再び駆け出した。そして今度こそようやくドラゴンの尾を掴む。

 体が成長してもなお巨大なドラゴンの尾。

 動かせるコート型魔道具セグメントを全て使い、その尾に絡みつかせる。

 こんな時の為に作り出しておいたアレンジ魔法、それを使う為に口を開いた。


「『我らがしるべ 我らが絆 主命に於いて 我命ず』」


 唱えるは契約魔法・・・・

 だがこの魔法の効果はチャルナには及ばない。


「『与えるは歌 混沌の野を駆け回る生命の躍動 命を歌い 生を唄い 輝ける天に踊り狂わん』」


 契約魔法『ストレングス』。

 主の生命力を分け与えそれを変換・増幅し、契約した魔獣の筋力を劇的に上昇させる効果があるのだが…………。

 それを契約者自身に及ぼすことはできないのだろうか?


「『踏まえし舞踏は誰がために 謳いし願いは誰が望む 主を失くした獣はただ踊り、歯車を回す 歌い、踊り、笑い、狂う』」


 この魔法はチャルナを変換・増幅器として見立て、俺から放出された魔力を循環させる魔法。そのためのアレンジ。

 契約の原則を無視した、孤独な魔法。


「『主従無き虚しき荒野に 昔日の狂宴を!!』」


「『――――ストレングス Varヴァリエーション.ライフギア』!!」


 一度放出された魔力がチャルナを通り、また巡る。

 チャルナの体にストレングスをかけた時と同じように、ドラゴンを掴む腕にも魔力の輝きが宿る。


「ぐぅッ……!やっぱり術式が荒かったか……!」


 滅茶苦茶な魔法だけあってその反動が強いらしく、全身に過剰な魔力付与による痛みが走る。ひりつくような疼痛を振り払うようにして、強化された腕に力を込めた。


「う、る、……ぉぉぉオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」


「グルッ!?」


 ――――ドラゴンが、動く。

 俺を起点に円を描くように、少しずつ、けれど確実に。

 30メートルを超える巨体が、たかだか2メートルにも満たない人間に振り回されているのだ・・・・・・・・・・


「ご主人様!?何を……!?」


「にゃはははははははッ!すごいすごーい!」


「あれはまさか……ドラゴンを投げようとしているのか……!?」


「そんな、馬鹿な……!」


 次第に速度を早めて、ドラゴンの巨体は回る。こいつを囲んでいた障壁は既に解除してある。

 足元の障壁があまりの荷重に耐えかねてヒビが入るが重ねがけして誤魔化した。


 ドラゴンを空中に留めているのは、その翼の力によるものだ。だが、既に翼膜はボロボロで用を為さない。

 ならば十分に動く可能性はある。

 もちろんこの巨体を浮かせているのだから、並大抵の力では動かすことなど出来はしない。

 だからこそのアレンジ魔法だ。


 スキル『身体機能上昇(大)』×成長した体+ストレングス+『反発』。

 ここまでやってようやく動いた。

 さらに――――


点火球イグニッションボール!!」


 尾を振り回しながら唱えていた魔法弾がさらに加速をつける。

 ドラゴンの背中に出現した点火球が爆発してさらなる推進力となった。


 轟々と音を立てて巨大な化物を振り回す。十分に加速がついてから足元の障壁を消した。

 横回転を続けていたドラゴンがゆっくりと軸をずらし、縦回転になる。

 傾く体勢。

 けれど目指すべき場所はずっと見据えている。


 タイミングを合わせて尾を掴んでいた手を離す。同時にセグメントも解除した。

 慣性に引かれるままドラゴンはそこに――――――――エストラーダ上空に投げ出される!


「このくらいの高さならどこにいようが見えるだろう……!!」


 もちろんこれで終わりではない。

 獲物を舞台ソラに上げて、そこで倒さなければ幕は降りない。


 ススメを取り出してアイテム欄を見る。

 《強権簒奪の愚者フール》の球体が無くなっても、その枠は未だにあった。

 今までの旅で蓄えてきた魔獣の素材、品物、食料を――――全て枠に注ぎ込む。


 体の奥底から生命力が、莫大な魔力が湧き上がる。

 これほどあれば良いだろう。いくらあのが大食いでも、溢れ出るほどの魔力を注げば命の危険はない。




 自分の体が風を切って落ちていく音を聞きながら、俺はあの忌まわしいノイズに身を任せた。

 頭の中に死の瞬間が蘇り、憤怒と憎悪で満たされる。


「そういえば銘をつけてなかったな……」


 こんな状況だというのに我ながらアホなことを考えるものだ。

 龍を討つ魔法の剣。

 北欧神話のおいて英雄シグルズが竜のファフニールを切ったと言われる剣。

 伝説から名前を借りるのは気恥ずかしいが、状況的にこれがぴったりなはずだ。


「――――魔剣、グラム――――!!」


 手の中に現れた魔法陣が歓喜するように震え……砕け散る。

 ――――ビシッ!パキャァァァァァァアンッ!


「なんだ……あれは……!?」


「巨大な剣……?!」


「なんと禍々しい……!」


 ざわめく声が風に乗って聞こえてくる。

 ――――――そして悲鳴を上げるドラゴンの声も。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォッ!」


 自分の下で湧き上がる暴力的なまでの生命の律動に狂したその声は、エストラーダの空に響き渡る。

 儀式魔法すら打ち破った巨剣を振りかざし、未だに上空にいるドラゴンに向けた。


「――――見さらせッ!これが世界を変える英雄の力だッ!!」


 夕日に染まるあかね色の空に浮かぶ、真紅の巨体。

 それに甲高い咆哮と共に生まれた黒剣がぶつかり――――――両断した。

 空中で2つに別れたその体を、グラムの黒い光がダメ押しのように貫き、砕き、氾濫した魔力で消し去っていく。


「はッ……。さんざん手こずらせてくれた割にあっさりと死にやがって」


 あかね色の空を、紫に塗りつぶすかと思うほどの輝きが現れる。

 死んだドラゴンが今まで溜め込んだエーテルが放出されたのか。

 天を覆い、湖に不気味な色彩を映すエーテルは絶賛落下中の俺めがけて収束してくる。

 紫の光が視界を埋め尽くす光景を見て、俺の意識は薄れていった。

 最後に聞いたのは、風を切るひゅうひゅうという音、水の中に落ちるぼちゃんという音と――――

 それを跳ね除けるように上がる、人の勝ち鬨かちどきの声だった。

次回は31日更新予定です。

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