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護衛の覚悟

 カツン――――という乾いた音が耳に届いた…………気がした。


「う、ん……?ルイ、ちゃん……?」


「目が覚めたです?レリュー様」


 ――――ルイが、居た。

 魔人と聞いただけで怖がってたルイが、盾を構えて魔人の手を阻んでいる。


「ここは危険ですのでお下がりください」


「アンタ、邪魔するつもり?」


「…………ルイだけが……」


「ん?」


「ルイだけが何もせずに守られている・・・・・・わけにはいかないのです」


 剣を持ち威嚇するように魔人に突き出すルイ。

 何をする、つもりだ……ッ!?まさかアイツ……!


「よせッ!ルイ!お前じゃ敵わない!レリューを連れて逃げ……ぐあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」


「ゴルルル……」


 噛み潰そうとする力がより一層強くなる。

 黙ってろということか……!?冗談じゃない!


「逃げろ……ぐッ!逃げて時間を稼げ!逃げろ!」


 そうすれば、俺がここから脱出できたら、魔人なんてすぐに倒してやれる……!

 ここでルイが戦った所でなんの意味もない。


「そういう訳にはいかないです!ご主人様に叱られてようやく分かったのです!ルイの守りたい物が!目指すべき目標が!」


「へぇー……。アタシ、そういうの嫌いじゃないよ。でもね……!」


 魔人が鎌を大きく振り上げるのが遠目にもよく見えた。

 無理だ……!ルイは俺や、俺の支援を受けているチャルナと違ってただの一般人。多少の戦闘経験があったところでどうこうできる戦力差じゃない。

 その程度のことはルイも重々承知のはずだ。


「邪魔するっていうのなら容赦しないからねッ!」


「――ッ!」


 かつて大木すら両断した鎌の攻撃。

 いくらルイに持たせた盾が金属製だからって防げる訳が無い。

 必殺の威力が乗ったその一撃を――――


「なッ!?」


「甘く、見ないでほしいのです……ッ!」


 ――――懐に飛び込むことで止めて見せた。


「まぐれよッ!」


 鎌の柄を握るルイの腕を弾き、返す刃で命を取ろうとする魔人。

 それに対してルイは盾を構えて体ごとぶつかることで体勢を崩す。


「くッ!?ただの獣人のくせに……ッ!」


 大鎌の柄は長い。

 通常ならリーチの長さとして長所になるそれも、今となってはデメリットになっていた。

 ルイは鎌の殺傷範囲のさらに内、柄が邪魔になっているところで戦い続ける。

 頭のすぐ後ろを刃先がかすめ、後ろ髪を数本持っていく。

 当然、魔人は腕力だけでも人を殺せるために直接打撃を叩き込もうとするが盾でいなされて失敗に終わる。


 力や早さといった身体的なスペックでは魔人にはるかに劣るルイは、一発でもまともに喰らえばアウトだ。

 だというのに死に怯えることもなく淡々と戦い続けている。


 格下の獣人に手こずっている事に腹立っているのか、段々と魔人の攻撃が荒くなり、それに反比例するようにルイの動きのキレが良くなっていく。


「ルイ……」


 ――――戦い方が、違った。

 今までの守りを主体としたものではなく、

 かと言って望翠殿前で見せた感情を叩きつけるような戦い方でもない。

 守る為に攻めている。

 相手の攻撃を見極め、その殺傷範囲キルゾーンに躊躇なくその身を曝す。

 その覚悟がなければ到底できないような戦いのスタイル。

 これまで旅をしてきた中で何度もアイツと戦い観察してきた俺でも見たことがない戦いの姿勢だった。


「これで、良い、ですかッ!?ご主人様!」


「ッ!?」


「アンタね、戦いの最中によそ見してんじゃないわよッ!」


「いいえ!ルイはちゃんと見えているです!あなたの事も!自分の事も!」


 ――敵も己も見えていないような奴がまともに戦えると思うなよ。

 そうだ。俺は追いかけてきたルイにそう言った。

 今のルイは確実に強くなっていた。

 あの時の周りを見ずに感情を叩きつけるような無様な戦い方ではない。

 あいつ……たったあれだけの言葉で、こんな短期間に成長を……?


 遥かに実力がある相手だというのに、

 死とスレスレの戦いを続けているというのに、

 ルイの口の端は持ち上がっている。

 笑っているのだ。

 険しい瞳で魔人の鎌を見据えながら、口だけで笑っている。


 なぜだ?なぜ笑える?

 このままでは――


「なに笑ってんのよ!いくらアンタが避け続けようと、アタシを攻撃できなきゃ意味ないじゃない!」


 そうだ。いくら魔人の攻撃をさばいていても攻撃できなきゃ意味がない。

 魔人の攻撃がルイに当たらないように、ルイの攻撃だって当たらない。

 どうするつもりだ?


「いいえ!ルイは攻撃する必要なんてないのです!まだわからないのです?」


「どういう――ああッ!?」


 ああ、そういうことか。

 バカだな、俺も魔人アイツも。ここまで気づかないだなんて。



「王女が、居ない……!?」



 見れば先ほどまでルイの後ろに庇われていたレリューが居なくなっていた。それどころか王族たちもいなくなっている。

 視線をルイの後ろに向ければ、残っていたリツィオとルカが会議場の扉に椅子で封をしようとしているところだった。


 勇ましく懐に飛び込んでこられては、いくら魔人といえども注意を割かずにはいられない。その隙をついてルカやリツィオが王族を誘導して逃がしていたのか。


「アンタ!まさかこのために……!」


「――――ルイは、護衛です」


 油断なく剣を向けているルイ。

 構えた盾越しに鋭い視線を向けている姿は、いつものルイとは別人のように堂々として見えた。

 その小さな体で魔人を圧倒しているような錯覚すら覚えるほどに。


「護衛は人を……大切な人達を守るための盾になる仕事なのです。それがルイの目指した『英雄の形』……!今のルイを簡単に倒せるとは思わないでください!!」


「ちッ!めんどくさいわね!なら、あそこのダークエルフの女王を人質にすれば――――」


 キンッ!

 そう言って飛ぼうとした魔人の鼻先を、ルイの剣先がかすめる。

 並大抵のことでは傷つかない魔人の肌に、一筋の血がにじむ。


「戦いの最中によそ見してんじゃないわよ、なのです」


「…………。――いい加減、こっちだって我慢の限界ってもんがあるのよ……!!いいじゃない!ええ、いいじゃない!そこまで虫けらがアタシの邪魔をしようってんなら!今度こそ完膚無きまでに打ちのめしてあげるわッ!!」


 魔人の鎌が紫の光に包まれる。

 これまで魔法を使わずにルイを倒そうとしていたが、俺やらルイやらが散々邪魔していたせいでキレちまったらしい。

 マズイな……!いくら今はどうにかできているとはいえ、基本的に実力差がかなりある相手だ。すぐに加勢しなければ押し切られてしまうだろう。




 ルイにばかり気を取られていてはいけない。

 あっちはあっちで一時しのぎにはなったが、こっちもチャルナが敵に捕まっているのだ。俺は依然としてドラゴンに咥えられたままだし、ヘタをすればルイがやられてしまう前にこっちが死んでしまう。


「グルルルルルル……」


「え、あ!だ、ダメです!炎龍!待ちなさい!」


 ドラゴンが呻くと同時に、俺の足元……喉の奥から熱源が上がってくるのを感じた。

 魔人が必死になって止めようとしているが、このトカゲもどきは俺をこのまま焼き殺すつもりらしい。


「うにゃ!?ダメッ!マスター逃げてッ!」


 チャルナの声が聞こえるが、どうやって逃げろってんだ!?

 持ち上げた顎は何とか這い出ることができそうなスペースが辛うじて空いているだけだ。下手に力を抜けばギロチンのような歯で再び挟まれて死ぬ。

 魔法を唱えようにも生み出すスペースがない。魔法弾で攻撃しようにも威力が強ければ俺にもダメージが来るし、弱ければドラゴンが怯まない。

 武器精製は俺が構えなければ刺さらないが、両手はご覧の有様だ。


 そうこうする内に、せり上がってきた炎が俺の足を炙り始めた。

 あと数秒もしないであの火炎放射が俺を焦がすだろう。

 またコート型魔道具セグメントで防ぐか?

 どの機能を使えばいい?

 『硬化』か?『障壁展開』か?はたまた『反射』か?

 どれを使ってどう組み合わせたら死なずに済む……!?


「グロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォッ!」


 時間切れを告げるようにドラゴンが吼える。

 ああ、クソッ!分かったよ!こうなったらイチかバチかだ!

 ビリビリと痺れるような咆哮をかき消すように、その機能を叫んだ。



「――――『変形』ッ!!」



 刹那、俺の背中から黒い腕が生え・・・・――


「ヌオオオオォォォォらあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 ドラゴンの鼻とアゴに手をかけて俺を引っ張り上げた。

 掠めた歯先に靴を持っていかれるが、それも漏れてきた炎に焼かれて火だるまになる。俺は障壁を張ることも忘れて水面にダイブし、深く潜って灼熱地獄から逃れた。

 間一髪、ってところか……。毎度まいど、こういうのは生きた心地がしない。



 俺が使ったのはアジャスト機能として縫い込まれていた『変形』だ。

 レリューごと自分の体を包んで逃れるときに、イメージしたら予想以上に柔軟に形を変えたのでもしかして、と思って試してみたらドンピシャだ。

 腕をイメージして魔力を通し、『反発』と『硬化』の応用で自分の体を持ち上げた、というのが今の脱出の経緯だ。


 この『変形』、基本的に媒体となる布地と俺のイメージ次第で服以外・・・にすら形を変えることができるらしい。

 予想以上の掘り出し物だ。ありがとよ、エルフのねーちゃん。




「なッ!?なんなのです、今のは!?――炎龍ッ!警戒を!相手は予想もつかない動きをします!」


「ゴルルッ!」


 さて。攻守逆転だ。まずはチャルナを救わないとな。

 魔人は水中の俺を警戒して高度を上げたようだ。

 俺は水中で魔人の下にまで泳ぎ――


 ――――――マントを触手の形に編み上げた。


 タコの足のようなひも状の触手がマントから伸びる。

 幸いこのセグメント、巻物一巻き分全てを使って作ってある。変化の容量は潤沢にある。水中に躍る不気味な幾本もの細い影を操り、空中の魔人に絡みつかせた。


「きゃあああああああああああああッ!?な、なんなんですか!?これは!?」


「うにゃああああああああ!?」


 悲鳴を上げるチャルナを魔人から引き離す。

 夢魔の魔人はそのまま縛り上げて詠唱ができないように猿ぐつわを噛ませておく。


「んんッ!?んむーっ!?」


「にゃあッ!?ま、マスター!?」


「走れ!ルイをサポートする!」


「わ、分かった!」


 水中から顔を出して障壁を展開。水を蹴飛ばすようにして走り出す。

 チャルナを背中の触手から下ろす。ケガは……していないようだ。あんだけおちょくられていたのに、夢魔の魔人は特に何もしなかったらしい。

 当の夢魔は抜け出そうともがいているがキツく縛り上げているのでそれは叶わない。虚しい揺れだけが触手を通じて背中に感じられた。

 ドラゴンは俺たちを追いかけようとしているが、水に長く浸かりすぎたせいで体温を奪われたのか、動きが鈍い。好都合だ。


 破壊音が鳴り響く望翠殿に向けて足を早めた。


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