助ける理由
「アンタの作ったゴハン……?食べられるわけないじゃない。敵同士なのに何考えてんの?バカじゃない?」
まぁそう言うだろうな。
俺もこんな殺伐とした場面で何言ってんだと思っている。
「アイツさぁ……食ったんだよ。自分のこと食おうとしたヤツの飯をよ」
そんときはどんだけ腹減ってたんだよ、とか、警戒心無さ過ぎんだろ、なんて思ってた。
だってそうだろ?
どこに自分を襲って食おうとしてた怪しいガキの飯をためらいなく食うアホが居るってんだ。
「……で?なに?ゴハン美味しく食べてもらって情でも移ったの?」
「いや、イラついたね」
「はぁ?」
人が近づいてくる奴全員警戒してるってのに、ロクに警戒もしやがらねぇで幸せそうにメシ頬張りやがって。何なんだと思ったな。
「ベタベタ引っ付いて来やがるし、呑気に旅を楽しんでやがるし、悩んだと思ったらくだらねぇことでウダウダグジグジしてやがるし、本気で頭おかしいんじゃないかこの魚介類と思ったな」
「アンタ……よく仲間をそんなこき下ろせるわね……」
「で、ふと思ったわけだ。『ああ、そういえばこいつ人魚だったな』って」
「はあぁぁぁ?!」
うるせぇよ。そんなオーバーリアクションしなくてもいいだろ。
ホントにそう思ったんだから。
「何当たり前のこと言ってんの!?そんな事も分かんないで旅してたの!?」
「別に忘れていたわけじゃねぇ。ただ、あのアホ王女にはどう見えてたんだろうなと思ってな」
水のある場所でしか生きられない人魚が、陸――それも他の大陸からの来訪者と共に居るんだ。
俺のする事、話す事、その全てに興味を抱いても仕方ない。
変化の輝石で人の足を手に入れたレリューは、誰かに運ばれてではなく己の気の向くまま、好きな方に歩いて行けた。
俺に話を聞いたりチャルナ達と出かけたりして喜んでいたのは、決して大げさなことじゃなかったはずだ。
「レリューは食い物を通して陸のことを……世界のことを知ろうとしていたんだ。だから俺の飯だって食うし呑気に旅を楽しむこともする。たまたまそのきっかけが食い物だったってだけだ。
俺がレリューの事を助けようとするのはアイツの『知りたい』という気持ちを無くしたくないからだ」
未知の向こうは怖い。
だが、その向こうには己の知らない何かが有るかもしれない。
それを見つけることができれば己の持つ知識はさらに広がって、先を照らしてくれる。
コネホのように暗闇を恐るのか。
レリューのように暗闇の向こうに希望を見出すのか。
それを分けるのは新しい何かを『知りたい』と思う気持ちだ。
テレビの旅番組を見て、ワクワクしたことはなかっただろうか?
ゲームでマップを埋めるごとに新たな発見に期待を膨らませたことがなかっただろうか?
次々に現れる未知から、新たな事を知っていく快感を覚えたことは無かっただろうか?
知りたいと願う気持ちは誰にだって有ったはずだ。
俺はそれを大切にしたい。それが例え他人のものであっても。
この世界に来た時に知りたいのに知ることができない状況に、長いこと置かれていたからな。その焦れる気持ちは痛いほどに理解できる。
童話の人魚姫は足を手に入れるために声を犠牲にした。
ならばレリューは?
もしこの騒ぎが足を手に入れた代償というのなら、あまりに……下らない。
――――たかが魔王復活のために殺されるなんて勿体無い。この世界を楽しんで愉しんで遊び尽くして死んでみせろ。レリュー。
「そんな理由で……?たかが人間の『知りたい』なんて気持ちを守るために、こんなところまで来て!自分で自分を傷つけてまで守るって言うの!?王族っていうだけでなんの力もないこんな子を!なんなのよ……!なんだって言うのアンタは!?」
「なんの力もない、ってのがホントならアイツはここで歌わせられてないんだろうけどな」
それにしてもなんの力もない、か。レリューも似たようなこと言ってやがったが……。『ひとりでは何もできない』、だったか?
「おい、魔人。なんでお前がこんなところにまで追い込まれたのかまだ分からないのか?」
「追い込まれたって何よ!アタシはまだ全然余裕……」
「こんなガキひとりに自分とドラゴンを投入しておいて、追い込まれてないってのか?」
「うぐッ……!」
「そもそもお前らがレリューを取り逃がさなかったら俺はここには居ない。レリューが
攫われなかったら、俺がここに来ることもなかった。……お前が侮っているなんの力もない王女様が、俺をココに導いたんだ」
誘拐の際の書置きも、海底の神殿を見つける手がかりになった御伽噺の本も、全てアイツがキッカケだ。
レリューという要素が欠けたら、俺がここでこうして魔人に対峙することは無かっただろう。
レリューの役目は魔人と戦うことではない。魔人に対抗できる者を探し、しかるべきところに連れてくる事だった。
ならばこれから先、連れてこられた俺は課された役割をこなさなければいけない。
「…………さて、下手な時間稼ぎに付き合ってやったんだ。面白いモノを見せてくれるんだよなァ?」
「ギックゥぅぅぅぅっ!?………………な、なんのことかしら?」
「ンなあからさまな誤魔化しが通用するか、ドアホ。グダグダ語らせたんだ。相応のものを用意してねぇと容赦しねぇ」
ワザワザ魔人の話に乗ってやったのは、何かの用意があると踏んだからだ。
でなければ誰が戦場のど真ん中で語りだすんだよ。禅問答しながら戦うガンダ○じゃあるまいし。
レリューが陸の事を知りたいと思ったように、俺だって世界のことを知りたい。
この人外たちが何を企んでいるのかを知りたい。
「で、でもアンタ、王女様が死ぬかもしれないからって急いでたんでしょ?なのに時間稼ぎに付き合って良いの?」
「ああ、それな。レリュー本人を見るまで分からなかったんだが、別に死なんだろ、アイツ」
「っ!?」
「魔王復活の材料と言えば生贄と相場が決まっているが、今のアイツは操られて歌っているだけだ。確かに魔王が復活すればレリューはお払い箱になって殺されるかもしれんが、俺が連れて帰るなら問題ない」
復活の儀式自体で死ぬ可能性があるわけではない、と理解したのはまだレリューが生きているからだ。
そもそも儀式において、生贄役と司祭役が兼任などということはまずありえない。
今のレリューは歌を唄い続けている。
歌――つまりは呪文だ。
古来から儀式には細かい手順と言葉による祈祷が必要になる。それを記録し、覚えて次代に繋げていくのが司祭役の役目だ。
一方、生贄なんてのは完全に使い捨て。
簡単に死ぬようでは次代に役目を引き継いでいくことなんてできやしない。
レリューは俺たちが闘ってるときも、俺が話している時も変わらずに歌い続けている。つまり、レリューは司祭役だ。
儀式で死ぬなんてのは可能性としては低いだろう。
そんでもって今の魔人の反応でその答えは正しいと分かった。
「で、でも魔王さまが復活したら困るんじゃないの?」
「いや、別に?」
「はぁぁぁぁぁああああああ!??」
「良いか?よく考えろ。お前らが魔王復活を知らしめる場として天上殿会議を狙ったのはその方が宣伝効果が高いからだろ?」
「そうだけど……」
「なら、同じことを人間が考えたっておかしくないと思わないか?」
「……っ!?」
俺の問いかけに魔人が息を飲む。
――――正直に言えば、いちいち周りの反対を振り切って戦うのは煩わしくてしょうがない。ずっとそう思っていた。
「世界各国の王族が見ている前で、魔王を、あるいは魔人を討って見せれば、『英雄』として華々しくデビューできると思わないか?」
「アンタ……ッ!まさかその為に!?」
「そう、乗っ取りだ!お前らの狙いに気づいた時から、状況を逆手にとってやろうと考えてたんだ!テメェら魔人も、レリューも、俺にとってはただの踏み台に過ぎねぇ!!」
レリューが死なないとわかっているなら儀式を成功させて魔王という脅威を蘇らせても問題はない。
力を示し貴人を救って見せれば俺がいくら子供でも、もはや誰も何も咎めることはできない。
文字通り世界に力を示すことができる。
今の状況は、魔人にとっても俺にとってもまたとないチャンスだ。
「アンタ正気なの!?魔王様に本気で勝てるとでも思っているの!?」
「もちろんだ。そういうふうに出来ているんだからな、この世界は……!」
神々が『黄道十二宮』を作ったのは、世界に変化をもたらしたいからだ。
逆に言えば、この世界の者では変化をもたらすことができない。そしてそれが可能な『黄道十二宮』は今のこの世界の何者よりも強いはず。
それと対等になれるように改造されている俺ならば、魔王の討伐だってできるはずだ。
「…………危険ね、アンタ。ルティには悪いけど――ここで!確実に!潰させてもらうわッ!!」
「できるもんならな……!」
時間稼ぎよりも俺を潰すことを優先させる気か。
なら魔王は諦めて、ここでこいつらを倒しエストラーダにいる魔人の片割れを引っ張り出して王族の前でぶっ潰す!
そう考えて駆け出した瞬間――――歌が、止まった。
それまでクレーターの中で反響していた歌声が止み、痛いほどの静寂が満ちる。
「!?」
「――――ようやく終わったわね。さぁ!アンタの出番よ!」
魔人がそう言って声をかけた相手は……ドラゴン?
なんでドラゴンに……?まさかドラゴンを生贄役に据えるつもりか?
「ガキ、アンタはずっとこれが魔王様の復活の儀式だと思っていたようだけどね、ホントは違うのよ!」
「なんだと……?」
パきリ、と音が聞こえた。
俺と魔人が話している間に異変は既に始まっていた。
ドラゴンの甲殻が盛り上がり、ただでさえ巨大な体が一回り膨らんだ。
尾の切断面の肉が蠢き新たな尻尾が形成される。
各所の鱗が鋭く尖り、全体的に荒々しいシルエットになった。
「おいおい……!マジかよ……!?」
それまでスラリとした西洋竜という印象だったドラゴンが、目の前で膨れ上がっていく。より凶悪に。より頑強に――。
ようやく分かった。
このドラゴンはレリューを守っていたわけじゃない。
レリューの歌は、こいつに聞かせていたんだ……!
「魔王様の封印が、こんな小娘の歌ひとつで解けるわけないじゃない!これは古の神々が危険な炎龍につけた鎖を解き放つための儀式だったのよ!
古の海の民だった人魚の、特に血の濃い王族だけが唯一封印を解くことができるの!」
得意げな魔人の声が耳を打つ。
今まででさえ厄介だったのに、あの強化された甲殻ではこれまでと同じ魔法が通用するとは思えない。
マズったな……!まさかそう来るとは。
変化中の今ならまだ間に合うと思って突撃槍を発射するが効果はない。
堅いウロコに阻まれて、少しのダメージも通っていないようだ。
「るるるるるる…………」
変化が終わった時、俺の目の前に居たのは体格が大きく膨れ上がり、全身に赤く脈動するラインを絡みつかせた巨大なドラゴンだった。
突き出した角や背中にあるトゲからは炎が吹き出し、辺りを明るく照らす。
さらには眼窩にも炎が灯り、火で縁どりされた瞳はこちらを鋭く睨みつけている。
「……魔王でもないのに変身しやがって。あと2回変身を残しているとか無いだろうな?」
「色んなところの古文書を読みあさって見つけた甲斐があるわね!さぁッ!アンタの力を示しなさい!」
「グルゥアッ!」
ドラゴンは一声鳴くと、その力を誇示するように大地を踏み鳴らす。
巨体の力を受けた地面に亀裂が入り、そのまま意思を持ったかのように俺の方向に伸びてくる。
反射的にその場所から飛び退くと、先ほどまで立っていた地面に火柱が生えた。
「炎を自在に操るのか……!!」
ぼんやりとつぶやいている暇は無い。
走り出した俺の足跡を消すかのように次々と火柱が突き立っていく。
掠っただけでコート型魔道具の端が焼け焦げた。
魔法を発動すれば衝撃を防げるとは言え、内部に熱が伝わってきたらどうしようもない。
「ルル…………ガアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「変身したからって元気になりやがって!ちょっとは大人しくしてろ、ってぇのッ!!」
走りながら空中に精製した6本の突撃槍をジャンプして蹴り飛ばす。
真っ直ぐにドラゴンに向かっていく槍をさらに点火球で加速させる。
「グルオォォォォォォォォォォンッ!」
突撃槍が突き刺さったドラゴンが苦痛の悲鳴を上げた…………わけではない。
一声啼いたと思うとその巨大な翼で風を巻き起こし、飛来する槍に正面から空気の塊をぶつけたのだ。
無論、その程度で槍は止まらない。
だが、それがドラゴンの堅い甲殻に当たるとかろうじて通っていたダメージはかなり減少してしまっていた。
「チッ……!何も考えてなさそうなツラしてんのに、それなりに頭は回るのか!」
元々自壊する前にかろうじてダメージが入っていたのだが、ああやって勢いを減じさせられるとすぐに無効になってしまう。変身して強化した分も合わせるともはや無意味だろう。
あいつもあいつなりに対抗策を考えてたわけか。
やはり確実にダメージを与えるには芯になる物が必要か。
「アタシの事も忘れんじゃないわよッ!」
「ああ、クソッ!もちろん忘れちゃいねぇよッ!!」
やけっぱちで声がした方に振り向きもせずに魔法弾を連射。同時に降り注いでくる斬撃波をコート型魔道具で防ぐ。
やりづらい……!
大雑把に攻撃してくるドラゴンと、俺に対してピンポイントで狙いを定めてくる魔人。
ドラゴンの攻撃で狭まった移動範囲で魔人は攻撃しやすくなる。
魔人の攻撃で足を止めればドラゴンの炎が俺を焦がす。
俺の攻撃はドラゴンには通じず、魔人には避けられる。
「このままじゃ追い詰められてジリ貧か……!」
「絶望してるとこ悪いんだけどねー!復活した炎龍の本当の恐ろしさはこれだけじゃないんだよ!ヤッちゃいなさい!」
魔人の指示が飛ぶと、ドラゴンの攻撃がひとまず止む。
これ以上厄介なことをさせられてたまるか!流石に目やら口やらを攻撃されれば効かないわけがない!
この一瞬の好機を逃さないために、俺は再度突撃槍を発射した。
が――――。
「な、に……?」
ドラゴンの顔めがけて殺到した槍が……消えた……?
「ッ!?なんだ……?力が抜ける……?」
槍が消えると同時に襲いかかる脱力感。
いや、違う。力が入らないんじゃなくて……力を入れようという気が起きない。
目の前に敵がいるというのに、今すぐにでも眠りたくてしょうがない。
かろうじて立っているのがやっと、という状態の俺に、魔人の声が降りかかる。
「どう?古のライフドレインの威力は?」
「ライフ……ドレイン、だと?」
ドレイン、というからには何かを吸収しているのだろうが……。
ライフ……生命力を吸い取っているのか?
ふと、俺の胸元を見るとうっすらと煙のようなものが立ち上り、ドラゴンの方へと向かっていくのが見える。
「あはは!さすがのアンタも、生命力を吸われながらは戦えないでしょ!?アタシ達が本当に必要としてたのは、コレ!アンタたち人間の生命力!これがあれば魔王様を復活させるのことが可能になる!」
デカイ図体してるくせに、随分とせせこましいことがお得意らしい……!
魔法が消えたのは、魔力も吸い取ってるからか。
魔力は生命力が肉体という器からこぼれ、変化した物。
ならば生命力を吸うということは魔力も同時に吸い取るということだ。
「今までも直に吸い取ってたらしいけどね、これは効率が違うわよ!なにせ体から生命力だけを吸い取ることができるから!いちいちコイツが腹空かすまで待たなくて良いのよ!」
「直に、ってのはあれか……。人間を食い殺して、腹の中で消化して……」
「そうよ!そして集めた生命力は額に……ってかアンタその状態でよく喋れるわね。意識を保つのもキツいはずなのに」
俺の様子を見てそんなことを言うが、それほど驚いた様子はない。
「ま、そうよね。今だってあんだけバカスカ無駄に魔法ぶっぱなしてケロリとしてたし!やっぱりルティの言ってたみたいにアンタを材料にするのが一番いいみたい」
「ざい、りょう……?」
「そうよ。見なさい!」
魔人は羽ばたいてドラゴンの頭の上に乗ると、その一部を撫でる。
アレは……なんだ?宝石のような物が嵌っているのが見えるが……。クソ……!体が
自由に動かん……!
「ちょっと!ちゃんと見なさいよ!これに今からアンタの全部が吸い込まれるんだからね!」
「見えるかアホ……」
「ちぇ。ならいいわ!ここにある宝珠に今までこの炎龍が食べてきた人間の生命力が全部詰まってるの。でもまだ足りない。これを完全な形にするには命が足りないの」
そう言われて思い出す。
俺とあのドラゴンが初めて対峙した時、アイツは人間の馬車を襲って人を食っていた。あの時に食われたものも全てあの宝石の中に生命力という形で保存されているとしたら……。
「アンタ、普通の人間の何倍も生命力があるみたいだし、ここにおびき寄せて最後の材料にしたら丁度いい、ってルティが言ってたの!どう!?頭良いでしょ!?」
「少なくともお前は頭悪そうだがな……」
「ふふん!そうやって減らず口叩いていられるのも今のうちだけなんだから!炎龍!最大出力でアイツの命、吸い取っちゃって!」
「グルッ!」
ドラゴンの声と共に、立ち上る煙が一段と濃くなる。
手の平から水がこぼれ落ちていくように、命が抜けていくのが分かる。
ああ、クソ……何かを考えようとしてもまとまらない。考えていることが煙となって吸い取られていくような錯覚を覚える。
このままじゃ……マズい……!
「ほらほらー!もっと思いっきり吸いなさいよ!」
「グルルッ!」
そうやって激を飛ばされた炎龍が俺の上に足を乗せる。
まるでそうやって押し潰すことで生命力を搾り取ろうとするかのように。
コート型魔道具で防いではいるが、元々の力が強い上、魔法の制御に集中できないせいでかなり痛い。肋骨かどこか折れているのかもしれない。
焦れったくなった炎龍がさらに吸引力を上げた瞬間、それは起こった。
「ガッ!?あ、ああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
突然、今までの人生が脳裏をかすめては消え去っていく。
走馬灯、などど生易しいものではない。
これは死ぬ間際に自分の人生を穏やかに振り返るような、そんなものではない!
流れて行く場面に付随する感情がムリヤリ引きずり出されていく。
魔人との戦闘、チャルナの体に乗り移ったこと、神殿、遺跡、ここに至るまでの道。
春の大陸、王との謁見、ミゼル、フォルネウス――――
今までの生を逆再生していくかのように、流れて行く記憶。
怒り、悲しみ、喜び、楽しさ……今ままでの感情で頭の中がぐちゃぐちゃに掻き回されて、吐き気すら覚えた。
これは……いつもの魔法と逆だ。
命を覆う蓋を動かすために感情を動かす。それが今までの魔法。
今は逆に蓋を強制的に動かされているがために、感情が引っ張り出されているんだ……!
俺の体から引きずり出される命の煙はさらに濃さと勢いを増し、火でも焚いているのかと見紛うほど。
体は痙攣をはじめ、勝手に地面のキャンパスを掻いては無様な線を残す。
「あ、あれ……?なんか思ってたよりすごいわね……?ま、いっか。どんどんやっちゃえ!」
「ゴ、ゴルル……」
「あれ?なんでアンタも苦しんでんのよ!?ちょっと!しっかりしなさい!」
魔人が何か騒いでいるがこちらはそれどころではない。
巻き戻される記憶はやがて赤ん坊の頃まで来ている。
ダリア家の屋敷、拾ったばかりのチャルナ、ドルフ、ナタリア、クロ、ユーミィー、誕生の瞬間、ターヴ、白い空間、
そして――――
「ヤめろおおおおおおおおオオオオオオオおおおおおォォォォォォォおおおおッ!」
再び繰り返される死の記憶。
そこに至ると同時、爆発するかのように煙が溢れる。
視界が血の赤と煙の黒に塗りつぶされる。
コトリと、闇の中に意識が落ちていく瞬間、俺の手を誰かが握る感触があった。
次は日曜日更新予定です。
できれば2話更新します。