黒い魔道具
魔人の仕掛けに使われていた鏡を所長代行に渡し、設置場所の情報を教えると大層喜ばれてねぎらいの言葉をもらった。後は探索班に任せておけば問題なく終わらせてくれるだろう。
これで俺がココに居る理由は無くなったわけだが…………。
キツイ事言って放置するだけってのもアレなんで、チャルナに頼んでおこう。
『チャルナ。おい、チャルナ』
頭の中でチャルナに呼びかける。
チャルナの意識はあったが、混乱しているのを放置しているうちに静かになったので、これ幸いと行動させてもらっていたのだが……。
返事がない。
イヤな予感が脳裏をかすめる。
まさか……俺がこの体を乗っ取り続けていたせいで、チャルナの魂が消えてしまった……?
『おい!チャルナ!返事をしろ!居ないのか!?チャルナ!』
頭の中で必死に呼びかけるが、依然返答はない。
マズい……!ただでさえ魔法の仕様にない状況だから、何が起きるか分からない状態だったのに長いこと使いすぎた……!!
もう少し俺が注意していれば……ッ!
『――――んにゃ……?ふぁぁぁぁぁ……。ましゅたー?おはよう……』
『ッ!!チャルナ!大丈夫か!?』
『んー?大丈夫だよ?お話長いからお休みしてただけー』
『なんだ……ただの昼寝か……』
心配して損した……。
というか自分の体が乗っ取られているというのに、呑気に寝てんじゃねーよ……。
『やっとマスターとおしゃべりできるね。マスター、今ドコ居るの?』
『レリューを助けるために離れた場所にいるん――』
『あたしも行くッ!』
『…………落ち着け。今から来たら到底間に合わねぇよ』
『うぅ〜〜……ッ!』
悔しそうな声を上げるな。
これがあるから俺は何も言わないで出て行ったんだ。
『はぁ……いいか?俺はもうちょいしたら帰ってくるから、それまでルイと一緒にしていて欲しいことがある』
『うにゃ?ルイと一緒に……?』
『ああ。実は――』
チャルナにも分かるように暴れている魔物と兵士を倒して欲しいことを告げる。
俺が居ないのでチャルナ達だけでは危なっかしくて行動させられない。なので冒険者たちと一緒に探索組を守ってほしい事を伝えた。
ついでにチャルナに『エンチャント・サンダー』を付与しておく。念の為。
『ルイはギルドの外に居るはずだ。頼んだぞ』
『うにゃん!了解!』
『あとついでに伝言を頼む。「冒険者に同行し、その動きを観察しろ。求める答えの参考になる。後は知らん」ってな』
『う、うにゃー……。了解……』
なんで自信なさげなんだ。そんなに長い伝言じゃないだろうが。
ともかくずいぶん長いことこっちに居たな。そろそろ本体に戻らないと。
『マスター!』
『ん?』
『マスター、絶対帰ってくるよね?前みたいにケガしちゃ嫌だよ……?』
チャルナの顔を見ることはできないが、伝わってくる思念から不安そうな表情が透けて見える。
前に居なくなった時はミゼル達と戦った時だったっけな。不安にもなるか。
『怪我はするだろうが必ず帰ってくる。……大人しく待っててくれ』
『うにゃ……』
魔法を解除すると意識がチャルナから離れていく。
薄れていく意識の中、名残惜しそうな声が脳裏に響いていた。
「――……さて、こっちも動かないとな」
ようやく自分の体に戻って来れた。
いや、厳密にはずっとこっちの体も動かしていたのでこの表現はおかしいか。
なんというか……意識を分割してそれぞれを独立させて動かしていたような感覚だ。左手と右手で別々の事をしているのと似ていた。
チャルナの体に乗り移った当初は、自分の体との違いに戸惑いながら動かしていたっけ。【武術習得補正(中)】のお陰かすぐに慣れたが。
チャルナの体を操って戦闘をしながら、こっちの本体は魔物を避けて進んでいた。そのせいで時間を食ってしまったがな。
苦労して登った山の頂上の眺めは壮観だった。富士山のように頂上がひとつある、というのではなく、エベレストとかそういう海外の山のようにいくつかの山が連なっている。
遮る物のない眺め、というのは底なしの開放感を俺に与えてくれた。
この山がどれほどの標高なのかはわからないが相当高い。だというのにさほど寒さを感じないのはここが火口に近いからか。
たしか100メートルごとに0.6度ずつ気温は下がるんだったか?1キロで6度だ。見たところかなり遠いところに平坦な場所が見えるのでここも凍えるような気温になっていてもおかしくないはずだが……。
――っと、そうだ。こんなこと考えている場合じゃないな。さっさと魔人どもを見つけないとレリューが危ない。
目的の場所は山々の中でも一際高い場所にあった。パックリと口を開けた火口と、それとは別の不自然にえぐれたクレーターが見える。
というかこのクレーター、規模がおかしい。
となりの火口はこの大陸の中央に陣取る山脈の規模としてふさわしい大きさのものだ。少なくとも火口の直径は500メートル以上に渡って落ち窪み、モクモクと煙を吐き出している。
これはまだいい。
問題のクレーターはひとつ谷を挟んだ別の山の頂上にあるのだが……頂上を消し飛ばして空間が有るのだ。
というか、クレーターとかいうレベルじゃないなコレ……。山頂が三日月みたいな感じにえぐれている。かめは○波でもぶち当たったのか?
「……居る、な」
遠目からでもクレーターの底に巨大な赤い物が見える。
ドラゴン、だろうな。
マグマの代わりに置いておいた、と言うにはシャレにならない代物だが。
ゆっくり、気取られないように近づいていく。
火口の方には見当たらなかったから、あそこに居るはずだ。ここでバレたら元も子もない。
近づくにつれて声が聞こえて来る。
いつか聞いたことのある声――――レリューの歌だ。
「〜♪〜〜♪〜〜♪〜」
そっと取りついたクレーターの淵から中を覗き込む。
底に寝そべる炎龍の巨体。
削れた山肌に作られた岩棚で歌うレリュー。
…………良かった。まだ無事らしい。
「――――魔人は…………居ないようだな」
エストラーダの侵攻にでも回っているのか?
レリューはひたすら歌い続けているようだが、あれが魔王復活の儀式か?
ならドラゴンはルイの守りか、あるいは魔王の生贄か?
なんにせよ、レリューを掠め取るなら今しかない。
俺がここまで来られないとたかをくくっているのだろう。あいつらが居ないなら居ないで各個撃破がやりやすくなる。
さっさとレリューを確保し、安全なところに避難させた上でドラゴンを討伐。エストラーダに取って返して魔人を倒す。
そろそろと身を伏せながらレリューが居る岩棚の上へ近づく。すり鉢状に窪んでいるクレーターの縁から岩棚のレリューを見下ろしている格好だ。
クレーターの直径は火口よりは小さいが、それでも300メートルくらいはある。ドラゴンの体長は30メートル。ゆうに遊び回れる広さだ。
斜面を滑り降りレリューに近づいてもドラゴンが気づく気配はない。おとなしいもんだ。
「――おい。レリュー聞こえているなら返事をしろ」
「〜〜〜〜♪」
返事はない。いつぞやと同じように操られているのか。
「しゃあない。ムリヤリ連れて行くか」
「――――残念だけどそう簡単にはいかないわよッ!」
「ッ!?げあッ!?」
いきなり声がしたかと思うと背中に衝撃を感じた。
勢いを殺しきれず、狭い岩棚の上から空中に飛ばされてしまう。
咄嗟に伸ばした手が虚しく空をきり、斜面に背中から着地した。
岩とも土ともつかないものと一緒にゴロゴロと斜面を転がって底にまでたどり着いてしまう。
手をついて身を起こしながら俺を突き落とした人物に悪態の言葉を吐いた。
「ぐ……、どこに隠れてやがった……!食い込みパンツ魔人が……ッ!」
「いきなり失礼なこと言わないでちょうだい!ずっと居たわよ。魔法で隠れて、だけどね」
見上げた視線の先、岩棚から悠々とこちらを見下ろしてくるのは例の魔人の片割れ。
数ヶ月前に見たのとまったく変わらない衣服を身にまとっている、例の食い込みのほうだった。
「アンタは絶対にココに現れるって気がしてたのよね。念の為アタシがここに残っていて良かったわ」
「想像する頭が残っていたのか……。いやむしろ動物の第六感か」
「うっさいわね!アタシを野良扱いしないで!」
軽口を叩いているが、さっきからずっと臨戦態勢を維持している。
何しろ前には魔人、後ろにはドでかいドラゴンだ。さっきから半端じゃないプレッシャーが俺の背中にのしかかってきている。
「さぁ!あの時の屈辱、晴らさせてもらうわ!」
「グルルルルルルルル……」
「…………遅かれ早かれぶちのめすつもりだったんだ。ここでお前らが同時に来ようが――――」
威圧してくる魔人とドラゴン。
前後を挟むようにしている両者に拳銃型魔道具を突きつけて叫ぶ。
「予定が早まるだけだ……!今度は逃げられると思うなよ!」
クレーターに声が反響して延々と響く。
誰も知らない秘境で、人外の戦いの火蓋が切って落とされた。
俺の言葉を引き金にしたように、魔人からは紫の斬撃波、ドラゴンからは炎のブレスが飛んできた。
苦し紛れに魔法弾をばら撒きながら横に飛ぶ。
△セット:ウォーター・ノーマル△
ドラゴンは元から効かないことが分かっていたが、魔人の方は例の空中浮遊で避けられた。
炎のブレスで焦げた地面を、紫の軌跡がズタボロに引き裂く。
言うまでもなく俺が先ほどまで立っていた場所だ。
「消し炭にされた上にミンチか。絶対に勘弁だな」
厄介なのはドラゴンの方か。
デカイ図体を活かした肉弾攻撃、広範囲に広がるブレス……俺の移動する場所、避ける場所を狭めてくる攻撃を多用されるといつかは避けきれずに食らってしまうだろう。
剣や魔法での攻撃というのは基本的に点や線での攻撃だ。
しかし、ドラゴンの攻撃は面……その攻撃自体が空間を制圧しているに等しい。
こういう奴に対する定石は――――その面が及ばない範囲からの攻撃、つまりはドラゴンの体に取り付いての超接近戦!
上空から雨のように降り注いでくる斬撃波を避けながらドラゴンの方へと走る。
牽制用に魔人へさらに魔法弾をばら撒く。当たりはしないだろうが、それでも撃たないよりはマシだ。
岩棚から離れてクレーター中央の上空で俊敏に飛び回る魔人。
視線を前に戻すと、ドラゴンがその前肢を振り上げるのが見えた。
「ッ!」
スライディングで身を低くおくと、頭のすぐ上を風を孕んだ爪が通過した。
依然戦った時のような空中での一撃に比べ、力の逃げ場がないだけ地面に叩きつけられたらシャレにならない!
ドラゴンが俺を見る目には怒りが渦巻いているように見える。
そうか、お前も覚えていたのか。自分の尾を切り落とした俺の事を。
「ならコイツも覚えているだろう!食らっておけッ!」
あの時、こいつに唯一有効だったのは魔法弾で加速した武器投擲。
当然、それを使いやすくする程度の研究はしている。
俺の手を包む黒い布。
そこに縫い込んだ魔方陣に魔力を通す。
まず発動するのは手の甲に描かれた『ランス・クラフト』の魔法。
黒い手の平から石柱が生えるように、光り輝く突撃槍が出てくる。
お次は手の平。
描かれるのは魔法弾の魔法陣。
現れた突撃槍の石突部分に淡く輝く球体が張り付いた。
「Var. 点火球!」
俺が独自開発した魔法弾の派生系。それがこの点火球だ。
任意のタイミングで着火でき、指定方向に対して猛烈な噴射を行うすぐれ物。
手袋はこの魔法に特化した専用の魔道具だ。
両手で次々と突撃槍を複製し、順次ドラゴンの方へと投げる。
取り付けられた点火球が爆発し、その勢いでもって槍を押し出す。
ミサイルのように撃ち出された突撃槍がドラゴンの堅い表皮に突き立つ。
「ガアアアアアアアアアッ!?」
「効きはする……が、やっぱりどうしても武器精製の強度が足りないか……」
舌打ち混じりに嘆くのは、以前から問題になっていた部分。
精製した武器が、強烈な加速と強固な防御に耐えられずに砕けてしまうのだ。
砕ける前に向こうを穿つことはできるが、これをどうにかしないと決定的なダメージは難しい。
結局エストラーダでは芯となる金属を手に入れることは出来なかったせいで、解決出来なかった問題だ。
しかし相手がそれを解決するまで待ってくれるわけも無く。
「このッ!てりゃあああああああああ!!」
怯んだドラゴンまであと少し、という所まで肉薄していた俺に魔人からの攻撃が迫っていた。
今までは滅多矢鱈に鎌から斬撃波を飛ばしていたが、今は俺の動きを先読みして俺が避ける場所に攻撃を飛ばしてくるようになった。
上空から見れば俺の動きは把握しやすいのだろう。ドラゴンの攻撃で動く範囲を絞ることは簡単だ。
俺の動きにさえ慣れたら当てることは容易になるだろう。
――今、目の前に迫る刃のように。
「チッ!『障壁構築』――――!」
コート型魔道具に縫い込まれた魔法を発動。
不可視の防壁が展開し、紫の軌跡を食い止める。
「また変な魔法増やして来やがったわねー!やめなさいよそういうの!当たらないじゃない!」
「子供かテメェは!?悔しかったら当てて見せろ!」
なんなんだあの魔人は。言ってることが完全に小学生のそれだ。
腹立ちのままに魔法弾を連射するが、やはり当たることはなかった。
「グルオオオオオォォォォッ!」
ああ、クソッ!今度はトカゲ野郎か!
後ろから異常な熱量が迫っているのが感じられる。またブレスか!
そりゃ上にいるやつと話をしていて棒立ちになったアホなんか絶好の的だよなァ!?
セグメントに縫い込まれたもうひとつの魔法を起動。
背後の炎を対象に設定――――『反発』発動!
「うおぉぉぉぉぉあああぁぁぁぁぁ!?熱ッ!熱い!!」
炎自体は俺の体から逸れて上空に逃れていったが、その膨大な熱量が俺の体を炙っていく。
すぐに致命的なダメージを喰らうほどではないが、それでも熱いものは熱い!
「熱ッ!?ちょっと!こっちにまで来てるじゃない!?」
「知るか!そのまま焼かれてろ!」
どうやら逸らした炎が上にいた魔人をかすめたらしいが、知ったこっちゃない。
「あーもう!炎龍!アタシが縛るからさっさと片付けちゃいなさい!」
そう言うと魔人は 長々とした咆哮を上げた。
魔物の咆哮は魔法の予備動作――――だが、妨害しようにも炎が上空への視界を遮っていて狙いがつけられない!
「るぅあああああああああッ!」
ッ!?
魔人の咆哮が終わると同時に、地面から半透明の腕が現れて俺をその手の平で包む。
ぐ……ッ!なんちゅう力だ……!俺が全力を出して振りほどこうとしてもびくともしない。物理的な力じゃなくて、魔法の力が必要なのか……!?
それまで視界を遮っていた炎が途切れ、今度は急速に俺に迫ってくるドラゴンのウロコが視界を占める。
さっきと同じように足で踏み潰すつもりか!
逃げようにも俺の体は拘束されていて逃げられない!
「う、うおおぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
咄嗟に点火球を発動。
自爆覚悟で体の真横で爆発させる!
ブレスとは別の熱が横っ腹を叩く。それと同時に吹き飛ばされた体が、ドラゴンの前肢をスレスレで回避した。
「ぐあッ!――――クソッ……効くな……」
だがダメージを追ってまで回避した甲斐があった。
いくらスキルで強化してあるとしても、あれだけデカイ生き物の攻撃を耐えられるかわからない。試したいとも思わない。
爆発で魔人の拘束は吹き飛んだらしく、体を縛る物は何もない。
ドラゴンから距離をとって離れながら忌々しい敵を睨みつける。
「さぁ……仕切り直しだ。そろそろ降りてこいよ、食い込み魔人」
「……分っかんないわねー」
「ああ?何がだ?」
いきなり疑問の声を上げた魔人に思わず返答してしまう。
ドラゴンの方は魔人の指示待ちなのか、積極的に仕掛けてくる様子はない。
「なんでアンタはそんなに必死になってこの子を助けようとするわけ?」
「はぁ……?」
「アンタは今の状況が不利だと理解してる。アタシと炎龍を同時に相手取るなんてムチャもいいトコだわ。それでもここで一度引かないのは……時間を置いてアタシ達が離れたところを各個撃破しないのは、あの子を助けようとしてるから。違う?」
そう言って岩棚のレリューを指差す魔人。
魔王復活の生贄にされる、と思っていたからここまで急いで来た。それは間違ってない。
「でも、アンタはなんでこの子を助けようとしてるの?」
「…………」
「アンタが愛とか情とかそんなことで動かないヤツなのは、駒の報告から分かってるのよ。でもアンタは不利になっても王女様を助けようとしてる。それが分かんないのよね」
駒、ってのはきっと操ってた兵士のことだろう。
俺の脅威を忘れずに、逐一報告させていたのか。
俺がレリューを助けようとする理由、か。
「そいつが居なくなると困る、ってのが理由だが……。ちと変なことを聞くようだが、お前、俺が作った飯を食えるか?」
「はぁ……?」
次の投稿は13日を予定しております。
ちなみに
バージョンはversionで V e r.
ヴァリエーションはvariationで V a r.
と、なります。